レモンティに砂糖はいれない
愛して欲しかった。
本当にこの唯一の欲望を神に願った。
一度でいいから身も心も愛されたいと...
願って願って願って...愛そうと努力もした。
でも、愛し方が分からなかった。
だから、別の方法を取ることにする。
《私を殺してください。
どのようなやり方かはあなたにお任せします。
しかし、痛みや苦痛を伴うものは止めてください。
事前にそれを取り除くモノを用意して頂ければどのような方法でも構いません。
但し、死ぬまで目をそらさないで下さい。》
カチリと掲示板に載ったその言葉の可笑しさに笑える。
そう、これでいい。
死ぬその瞬間を見詰めてくれる誰かがほしい。
誰でもいいのだ、その瞬間を愛してくれれば。
「おはよう」
自分の横を通りすぎていく学生たちをぼんやりと眺める。
同い年位の子ばかりが沢山いるのに顔は欠片も見えない。
(ここにいる人達を全員ナイフで殺したら絞首刑になるだろうな。)
人生に不満があるわけじゃない。
満足もないけど。
家族は、みんな揃ってる。
それが幸せなのかは別として。
壮絶ないじめにあった訳でもない。
存在を認識されてもいないからいじめもない。
誰かに名前を呼んで微笑んでほしい。
それが私の願いで、どうにもならない欲望だ。
「おはよう。君が《如月》さん?」
ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべた男がいた。
子供の顔は、欠片も見えないのは分かっているからコイツは大人だろう。
「はい。貴方が《美野》さん?」
ニコニコとした笑顔を崩さないままえぇとこたえた男にそっと笑いかける。
「約束通りにしてくれますか?」
すると、スゥと目が細まり目の奥にチリチリとした欲望が見えた。
「もちろん。さぁ、行こうか」
丸い太った男の手に自分の生っ白い手が重なる。
これで、私は私の願いを叶える事ができる。
「車に乗って移動するけど大丈夫?」
疑問にしているが逃がす気は欠片もないような笑みに背筋がぞくぞくする。
この人は、からかいばかりの願いを叶えてくれない人達とは違う。
「はい、大丈夫です。
約束を守ってくれるならどこへでも連れていってください」
赤い車に自分から乗って笑いかけると男も酷く嬉しそうに笑った。
車の中で男はよく喋った。
自分の不満や愚痴、社会への不満、上司の悪口と止めどなく溢れる負の言葉をニコニコと聞いてやった。
殺してさえくれるならこの程度の低い会話にも耐えられる。
愛想よく相槌を打ち笑いながらニコニコとただ聞いてやった。
やってきたのは、森の中のコテージだった。
綺麗な森の中にある薄汚れたコテージの中にはブルーシートや工具が置いてある。
なるほど、解体用だろうか。
「君は、痛みや苦痛を感じたくないって言ってよね?」
野球のバットを持って興奮したように笑う男に落胆を抱く。
(コイツも暴力で発散したいだけの人間か)
冷めきった気持ちのままじっと男を見ると過呼吸のような笑い声をあげながらベラベラとこれから私にする拷問について喋りだした。
「ごめんねぇぇぇ?
おれはぁぁ、どおおおしても悲鳴と苦痛の表情が見たいんだよぅぅ」
クヒクヒと笑う男に仕方なく笑いかけてやる。
「そうですか。残念です。」
はぁ、とため息をつくと苛立ったのかバットを振り上げ朽ちた床に叩き付けた。
「貴方も所詮、他人を貶める事でしか自己を確立できない人なんですね。
暴力というツールを使わなきゃ何も出来ないんですね。
残念です。これは、正式な依頼だったのに...」
はぁ、重いため息をつく。
わめき散らし私に向かってバットを振りかざした瞬間、男が横に吹き飛ぶ。
「おい、死にたがり。
手間かけさせんな」
スキンヘッドの厳つい男が長い足でこちらに歩いてくる。
また、あのお遊びに戻らなきゃいけないのか。
「...契約の違反はありません。」
最初の投稿は、誰でもいいから愛してくださいだった。
《方法は、問いません。
私を心から愛してください。
痛みや性的行為を伴うものは止めてください。
手段や方法は問いません。
どのような形でも愛している事が証明できるなら構いません。》
そこにやってきたのは、コイツの上司だ。
《俺と家族になってほしい。
ただ、俺の妹として暮らしてくれるだけでいい。
俺にどこまでも愛されてくれ》
その言葉通りに彼は私を愛した。
好きでもないものを好きだよね?といって渡してくる。
他人の名前で呼んできて私の名前を呼んでくれない。
どうやら彼は、自分の過ちで殺した妹のやり直しをしているらしいと気づけば馬鹿馬鹿しくなる。
真綿で首をしめられるような生活に嫌気が差してきたのだ。
「はぁ...狼さん早く殺してくださいよ」
あの太った男をあっさりと丸めてトランクに積めたアッシュグレーの髪と瞳の男がハハッと軽く笑った。
スキンヘッドの男は、タバコを吸いながらギロリとアッシュグレーを睨んだ。
「...愛してほしいだけなのに...」
後部座席で寝転ぶとアッシュグレーの男がスルリと頬を撫でた。
骨張った硬い手だ。
私は、彼のことを狼さんと呼ぶ。
彼は、私に欲情する変わった人だ。
「んふふ、姫サンは相変わらず無防備だなぁ」
チラリと彼をみると綺麗なアッシュグレーの瞳が鈍く光ったように見える。
そんなに、私を壊してみたいのだろうか。
彼の性癖は、私の欲望とかち合わない程に暴力的だ。
「おい、クズ。きたねぇ手で触んな。
主人に殺されるぞ」
スキンヘッドがアッシュグレーの頭を叩いて言う。
あの男は、他人に私が触られるのを良しとしない。
妹は、神聖で美しく穢れもない存在であると信じているのだ。
お陰で病院で処女であるかも確認させられた。
あの頭のおかしい狂ったシスコンの部屋に戻されるのは苦痛だ。
あいつの愛は私にではなく亡き《妹》に向けられたものだからだ。
「ほら、帰るぞ」
スキンヘッドの硬い手がゆっくりと髪を撫でた。
彼の手は好きだ。
優しくて暖かくて冷たくない。
思いやりと言うものが彼にはあるのだろう。
満たされない欲望を抱えながら生きなきゃいけないなんてただの地獄だ。
「あのオニイサマは、まだ死なないのね」
あらゆる機械の管に繋がれたあの死にぞこないは未だに私を離さない。
「愛って...難しい...」
そっと目を閉じると車が静かに発進する。
暗くなってきた森を抜けてあの牢獄に戻される。
それまで、私の世界はこの車内だ。
舌なめずりをしながら私を壊すことを考えている狼さん。
主人の命令を遵守しながらも私を憐れむ狩人さん。
この世界の終わりは、あの狂ったシスコンが死んだときだ。
どちらに愛されて殺されるのかは、まだ分からない。