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やまびこのお招き 

掲載日:2018/06/09

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 う〜ん、今日はいい天気だ。こうして山の上から、下に広がる街を眺めると、俺は視野の広さとか視点の切り替えとかの言葉が思い浮かぶよ。俺たちの祖父母や親の世代が力を尽くして開発したものだが、自然というスケールから見たら、服に垂らした一滴のしょうゆのシミって感じだな。

 いや、バカにしているわけじゃねえよ。面積的には大したことないが、印象的には避けて通れない存在っつー意味。大したもんだと思わないか? プラスかマイナスかは置いといて。

 あの中だけでも、生きようと思えば生きていけちまうからなあ。自然の姿とか知らないままに。井の中の蛙はいけない、とか聞くけど、それは大海の存在を知っているからこそ通じること。知らない者にとっては、おごり高ぶった、腹の立つ言葉にしか聞こえないだろうな。「井の中」というものを、なめくさっているんじゃないか、と。

 人間、外に目を向けるばかりじゃなく、よく見知ったと思っている目の前のことをじっくり掘り返すことも必要じゃないかと思うんだ。

 そんな、ひとつの「井戸」の話。この機会に聞いてみないか?

 

 俺の地元では、数百年くらい前まで変わった風習があった。

 子供が生まれると、幼い時から目と耳を鍛える。常人なら遠眼鏡をのぞいてようやく見えるかという遠景の詳細。耳に手を当てて、聞き返したくなってしまうような小声の意味。これらを素で正確に理解できるようにするとのこと。その理由がこれだ。

 山に囲まれたその地域では、奥地にしめ縄が渡されて、立ち入りを禁じられる場所がいくつか存在したらしい。そのため、ほとんどの山はいただきまで登ることはできないんだが、登山を許される数少ない山のひとつに小さな小屋があるんだ。

 村人は三日ごとに交代しながら、必ず誰かが小屋に待機している状態にする。小屋には十分な水と食料が常に用意され、じっとしていても生活には困らない。ただし、そこで過ごすにあたって、ひとつ決まりごとがある。

 毎朝、目覚めたら小屋の外に出て、天気を確認する。そして空にひとつも雲がない時には、山々に向かって大声で叫ぶんだ。「もう、よかですか?」と。

 よかですか〜? と語尾を伸ばしてはいけない。これはやまびこを聞くのが目的だからだ。間延びすると、やまびこが伸ばした語尾に重なって、耳にとどかなくなる。

 この時に遅れて、「もう、よかですか?」と声が戻ってくる時は、問題なし。その日は通常通りに過ごせばいい。

 しかし、「もう、よかですよ」と繰り返しではなく、答えが返ってくる時がある。この返事は一回こっきりで、あとはいつものやまびこに戻る。聞き逃すことは許されないんだ。

 この瞬間が、小屋の当番で最も緊張する瞬間なのだとか。

 

 やまびこを確認すると、当番は小屋に用意してある道具を用い、のろしをあげる。この時、色のついた煙を出すために、あらかじめ染料を調合した油も用意がされていた。

 ふもとの村人は、煙を目視すると、すぐにある準備に取り掛かる。煙を見逃すこともまたご法度だったから、どんなに細い煙であろうと見つけることができる視力が必要だった。

 そして各家庭は、それぞれの蓄えの中から、一番質が良いものを選りすぐる。それは酒や木の実や干し肉などの食料かも知れないし、服や毛皮や農具といった加工して使っている道具たちかもしれない。その品定めが朝から正午にかけて行われるんだ。

 午後になると、足腰の強健な者が選ばれて山伏の格好に身を包み、皆が選別した品々を分担して持ち、各々の山へと散っていく。

 山々の高さはいずれも1000メートルを超えないもの。道に迷わず、山を歩き慣れた者であれば、日が暮れる前に戻ってこられたとか。帰ってくる彼らは、一緒に連れて行った荷物たちを持っていない。

 彼らが何をしているのか。それは子供たちが成人する時に、実地で教え込まれるんだ。

 

 その時も、山伏の装束に身を包んだ少年が一人。同じ格好をした父親についていく形で、山を登っていた。すでに先人たちが歩んだと思しき道ができていたものの、石や根っこなどの不安定さはのぞかれていない。


「もたもたするな。日が暮れると危ないぞ」


 先導しながら、時折振り返る父親が少年を叱咤する。体力にはそこそこ自信のあった少年だが、それはまっ平らな地面でのこと。まだ経験が浅い山道では、黙って父の背中に追いすがっていくのがやっとだった。

 やがて、しめ縄が張られた場所に着く。父親は一礼して縄の下をくぐり、少年もそれにならう。禁断の領域に入り込む、と登る前は胸が高鳴っていた彼だが、父親についていくうちにその元気も吹き飛んでしまっていた。

 しめ縄をくぐった瞬間、わずかに肌をなでる風が冷えた気がしたが、それも一瞬のこと。景色が劇的に変化するわけでもなく、彼は引き続き、足を緩めようとしない父親の後を追う。

 樹冠からのぞく日の光は、かすかに西へと傾きはじめ、気持ち、紅を帯びてきたかのように思われた。

 

 やがて父親が足を止めたところは、大人数人分の幅と高さはあろうかという、大きな土塚の前だった。周囲の木々も、これまでの思い思いの立ち方とは違い、塚を取り巻くようにそれぞれの幹と枝をしならせている。

 父親は皆が選りすぐった肉などの食料関係を。少年はそれ以外を背中に担いでいた。父親は中身をその場で丁寧に広げると、身体を曲げた木々たちにひとつひとつを手際よく結び付けていく。

 少年も父親からの指導を受けて、枝たちに服や毛皮を「着せていく」。中には、現代のハンガーのように不自然な形の枝も混じっていて、かけやすくはあったが、不審に思ったらしい。それでも時間が限られていることもあり、親子は黙々と作業を進めていった。


 夜。家で鶏肉と山菜の入った鍋を火にかけつつ、その庵を囲みながら父親は話す。

 今日のように、異なるやまびこが返ってくる時。それは山が「お招き」を受ける時なのだという。


「人が、誰かのお呼ばれに預かることがあるように、山もまた招かれる時があるのだ。何百年、何千年、ひょっとするとそれ以上の年月、ひとつところにとどまり続けるなど、辛いだろう。たまにはふらりと、立ち歩きたくなる。そこで我々がその化粧を手伝うのだ」


 それゆえに最高級の飾りつけをしなくてはならない。お前もゆめゆめ忘れるなよ、と父親は語った。

 少年も何とか耳を傾けていたものの、生返事に終始する。疲れと空腹が、彼の意識を引き付けて離さなかったからだ。食事を終えた彼は、ほどなくわら布団の中に潜り込んで、眠りの中へと落ち込んでいった。

 ただ、夜半の間。不意に「ずん、ずん」と地面そのものが押し上げてくるような強い揺れに、わら布団ごと何度か身体が跳ねて、目が覚めてしまう。思わず外に出ようとしたが、父親に止められる。

「お前だって、逢引に水を差されるほど、嫌なものはあるまい」と説かれて、ぐうの音も出なかったとか。地揺れはそれからも断続的に、一刻ほど続いた。


 翌朝になって、村全体はにわかにざわついた。

 村の四方を囲む山々の一方。親子とは違う組が、登ることを担当した山だ。

 その頂上付近の木々がすっかり禿げ上がり、山肌があらわになっていたんだ。火事にあったか大規模に木を切り倒されたかでもしない限り、起こり得ないことだが、昨晩、そのような気配はなかった。

 飾りつけがお気に召さなかったのだろう。担当した組と、物を持たせた連中は村長の村に集められたが、親子を含めた他の組には仕事がある。彼らは再び山伏の姿となって、自分の持ち場だった山の中へと踏み入っていく。

 親子が塚周りに着いた時、昨日の飾りつけはそのまま残っていた。のみならず、それらがかけられた木々の枝は、金色に輝いていたんだ。

 あっけにとられる少年の前で、父親は枝を次々に折っていく。これらは表面だけでなく中まで黄金になっており、しかるべき場所へ持っていけば、かなりの値打ちものとして扱われるのは間違いなかった。


「遠慮するな。これが我々の報酬だ。どうやら気に入ってもらえたらしい」


 父親に促されるまま、彼も枝と品々を集めて帰り、村の皆々に歓迎されたという。


 だが、それも昔の話。今や俺の住んでいる地域の山は、緑こそあるものの、同じようなことをしたところで、そもそもやまびこのお招きがないんだ。

 明治時代。山々が、一時いちどきにはげ山と化してから、ずっとその状態らしい。

 下手な化粧に山が怒って、ふて寝しちまったんだろう、とみんなはウワサしているよ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 怖いというより、なんだか可愛いですね。気に入らないと禿げちゃう。
2018/06/12 16:10 退会済み
管理
[一言] はじめまして。 雪縁と申します。 山にはなにかしら、不思議な力がある、存在があると信じてうたがわない私にとって、この物語はとても魅力的でした。やまびこで遊んだこともありますが、ちがった言葉が…
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