本編6
佐桐はふと目を覚ました。
長い時間寝ていたように感じたが、実際には1時間も寝ていない。
いつものように、精神世界の探検で疲れているはずなのに。
彼女は布団から身を起こした。
深く息を吸い、長く息を吐いた。
その後、あくびをひとつして、さてどうしようかと考えた。
「やっぱり返事出すか」
そう思い、パソコンのスイッチに手をやったとき、今まで感じたことの無い感覚が彼女を襲った。
何かに吸い寄せられるような、胸騒ぎがするような、無数に聞こえてくる中聞こえてくる、耳障りな悲鳴の様な、そんな感覚。
しかし、それはほんの一瞬の出来事であった。
ほんの一瞬の出来事であったが・・・
なぜか深い不安に襲われた。
なんだろう・・・あの感覚は・・・!?
もう一度、精神を研ぎ澄ませて見る。
深く息を吐き、目を固く閉じた。
彼女が精神世界を探検するときの状態そのものだ。
静かに呼吸をして、耳を、いや、意識を研ぎ澄ます。
いろんな声が聞こえてくる。
やはり、悲痛な声や悲しみの声が目立って聞こえる。
しかし・・・それとは違う・・・違う声が聞こえた・・・はず。
しかし、先ほどの声は聞こえなかった。
「気のせいなのかな」
そう思った。
そう思うことにした。
自分は最近、調子に乗って、精神世界で遊びすぎた。
そのせいで多少感覚がおかしくなっているのかも知れない。
「やっぱり寝よう」
そういって、再び布団に入った。
なぜか急に眠気が襲ってきた。
意識が落ちていくその感覚を味わいながら、彼女はふと、夢らしきものを見た。
椅子に体を縛り付けられている。
後悔の念と恐怖の念で精神が崩壊しそうな感覚が彼女を襲う。
「これは悪夢?」
そうとも思ったが違う。
いや、やはり夢だろう。
そう思い、少しずつノンレム睡眠に陥ろうとしたとき、声が聞こえた。
―――-彩乃!!
佐桐はカッと目を開いた。
眠りに入りかけていたにも関わらず、意識がはっきりしている。
彼女は体を起こし、深く深呼吸をした。
そして、両の手の指先をこめかみに当て、目を固く閉じた。
・・・アイツが助けを求めている・・・
なぜ自分に助けを求めているのかは考えなかった。
いや、なぜ彼の助けを求める声が聞こえたのかも考えなかった。
ただ、今救わねば・・・それだけが彼女の頭に浮かんだ。
どうやって助けるのだろう。
それすら考えていないけど・・・
とりあえず、彼の精神を探そう。
直感でそう感じた佐桐は、いつものように精神世界を泳ぎだした。
普段のダイブとは違い、なかなか思うように意識を捉えることができなかった。
いや、普段は発せられる意識に自分から飛び込んでいったが、今回の場合は違う。
一瞬の意識の波動を感じただけで、その意識を自分で探し出そうとしているのだ。
しかも、すぐに見つからないところを見ると、一瞬だけのHELPである。
そのHELPから発信元を探し出すのは、探偵が人探しをするかのように困難であった。
いつも以上に意識の空を駆け巡る。
こんなスピードで駆け巡ったのは初めてだ。
体にも堪えるであろう。
しかし、佐桐はそんな事は気にせずに必死に探した。
より一層精神を集中して、わずかな意識の波動を探る。
分厚い電話帳に髪の毛をはさみ、その髪の毛の出っ張りを電話帳の表面から感じ取るような、繊細な感覚が要求される。
どこにいる?
どこに君はいるの?
佐桐は焦り出した。
焦れば焦るほど、彼の意識を捉えることはできない。
佐桐は自分に冷静になるように言い聞かせた。
焦るな・・・焦るな。
佐桐は今までの仕事の経験を生かしてみることにした。
発想の転換。
探そうとして見つからない。
見つからないなら自分で呼びかけてみよう。
佐桐は、香川の意識に届くように、彼のことのみを頭にイメージして、そして、放った。
―――君は・・・どこにいるの?