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タイブ  作者: 佐倉薫流
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本編2

あれからいろんな声が聞こえる。

喜びの声、悩みの声、怒りの声、悲しみの声…

いったい自分の身に何が起こったんだろう?

誰も何もしゃべっていないのに、自分の意識に中に声が容赦なく入り込んでくる。

普通の精神構造を持った人間であれば、すぐにでも気が狂うであろう。

しかし、彼女は気が狂うところか、その声を聞きながら、どうしたら声が気にならなくなるかを考えていた。


「佐桐さん」


声が聞こえる前に振り向いた。

いや、正確には声になる前に彼女はそれを感じ取った。


「この案件だけど…いつまでできそう?」


彼女は会社にいた。

狭い部屋で、パソコンの前に座り、難しい言葉をキーボードから打ち込んでいた。


「そうですね・・・明日の午後までには」


さらりと言った。

先日の彼女とは違う、別の彼女がそこにはいた。

仕事とお金以外に興味を示さない、冷酷とも思われる社会人が一人、普通に仕事をしていた。


「まあ、そこら辺に転がっているサンプルソースを使えば・・・、すぐに終わりそうな仕事ですけどね」

「頼もしい」


彼女の淡々とした言葉に、声をかけた社員は口を開く。


(そう思っていないくせにナー)


彼女…いや、佐桐は苦笑いを浮かべながら謙遜してみる。

いつものことだ。


「じゃあ、よろしくお願いします」


そういってまた沈黙の時間が始まる。


(んー…この変な力を上手く制御できるようにならなくちゃなー)


佐桐はそんなことを思いながら、キーボードをひたすら叩くのであった。



帰宅後、佐桐はいつものように夕飯を済ませて休んでいた。

いつものパターンだ・・・あの日までは。

今では気が休まることが無く、いろんな声が聞こえる。

「漫画でこんな話あったよな?」

などとのんきなことを思っていた。

「本当にこんなことになると、困るよな・・・」

そういいつつ、佐桐は目を閉じて、深く息を吸った。

そして・・・目に見えない世界へ飛び立ったのであった。


空を飛んでいるような感覚。

ただ、実体が無い。

実体が無いにもかかわらず、体で感じることのできるこの爽快感はなんだろうか?

彼女は空でもダイブしているような感覚で、常に聞こえてくる声を一つ一つ確認するように聞いてみる。

中に、ものすごい悲壮感に満ちている声が聞こえる。

…自殺でもしようとしているのだろうか?

彼女はその声の方へ意識を近づけてみる…と、なんとその人物の悲壮な思いが、自分の思考のように分かる。

ああ、彼は本当に失望感なのだな。


「でも…残された家族のことを考えて、もうちょっとがんばってみたら?」


実際に声には発しないが、声をかけてみた。

すると、彼の意識の変化が読み取れた。

また辛い彼の思いが佐桐の意識に入ってくる。

彼のその意識に自分が支配されそうになるが、そこは意識を失わないように強く自分を思うことで回避した。

佐桐はふと、目の前に広がる景色を見た。

肉体は目を固く閉じたままにも関わらず、佐桐にはその光景が見えた。

どこかのビルのトイレなのだろうか。

目の前に、おそらく彼のネクタイであろう物が、丸を描いてぶら下がっている。


「そんなことをしても、なんの解決にもならない」


佐桐は自分のことかのように強く思った。

その頃には、彼の悩みがすべて自分の事かのように分かってしまった。

彼は・・・あてつけのように自殺をしようと考えている。

だけど、彼にはまだまだ死への恐怖が残っている。

それを感じ取った佐桐は、その恐怖へ意識を持っていった。

とてつもなく恐ろしい思考。

彼女がそれを感じ取ったとたん、彼の視線から、丸くぶら下がったネクタイはなくなっていた。

そのネクタイが彼の右手に感じられると、佐桐はその彼から意識を切り離した。

離れるときに彼が「誰かの声が聞こえたような」と思う意識を感じたが、佐桐はそれを気にすることは無かった。


佐桐は更に、意識の空をダイビングしてみた。

見てみれば、いろんな思いがあるものだ。

しかし、人の思いが分かるというのはなんというのか…面白いようなつまらないような。

人間「分からないほうが面白い」という人がいるが、それは今とても頷ける、そう思うのだった。


佐桐は目を開けた。

もちろん、自分の肉体の目だ。

その表情にかなりの疲労が見える。

意識の探検は、肉体的に相当な疲労をもたらすらしい。


「カウンセラートロイになった気分だ」


トレッキーの佐桐は、そんなことを思いながら、明日のために眠る準備をするのであった。

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