大好きなお兄ちゃんの為に
少々きりが悪いかもしれません。ご了承ください。
私には好きな人がいる。私よりも大切で、大好きな人がいる。
日高 祐輔。それが私の大好きな兄の名前である。
お兄ちゃんは私が生まれてからずっとそばにいてくれて、どんくさい私をいつも心配してくれて、私が近所の男の子たちにいじめられてたら守ってくれるヒーローのようにかっこよくて、誰よりも優しい人。
その大切なお兄ちゃんに近づく女は大嫌いな私だが、ここ最近お兄ちゃんに迫る女がいる――
キーンコーン カーンコーン
お昼休みの時間を知らせる鐘の音が学校中に響き渡る平日。私、日高 朱莉は授業後にすぐにお弁当を持って、大きな樹が聳え立つ中庭へ向かう。連れなんていない。友達はいるけど、お昼休みに群れて食べたがるような子達でもないので、こうして一人で動き回れる。
生徒で溢れる廊下をくぐり抜けて、そよ風が流れる外へ出る。大樹の近くから二番目にあるベンチについてホッと一息をつく。
今日もいるかな……。
そんなことを思いながら、昼食用に今朝作ったハムチーズサンドをパクリと。目線はこのサンドイッチではなく、向かいにいる数人の男子高校生の群れに向けたまま黙々と食べていく。瞬きもしないように。
わざわざ一人でお昼を食べている最大の目的は、その群れの中にいる一人の男子生徒、具体的にはお兄ちゃんの観察をすること。
あ、今日は曜日限定の極上メロンパンを巡ってお友達とじゃんけん大会してる。
お兄ちゃんたちと私の距離はそれなりに離れているから、声までは聞こえないけれど、「最初はグーっ、じゃんけんポン!!」といっているお兄ちゃんの口の開け方は見えた。そこでの結果で歓喜のガッツポーズをする人もいれば、膝をついて絶望感に満ちた人もいて、頭を抱えて嘆いてる人もいた。ちなみにお兄ちゃんは「んっしゃああ!!」とかなんか言って両手をグーにして喜んでいた。この時は少しだけ声も聞こえた。
勝ってよかったね。
と、くすりと笑ってしまった。一人で笑ってるの誰かに見られたら変な人って思われちゃう……。その場で少し目線を群れから逸らして左右を見た。人の気配なし。ホッとついたら、
「面白いよね、あいつら」
「いつもあんな感じでわちゃわちゃしてて楽しそうだなぁ」
後方の第二校舎からガールズトークをしてると思われる女子生徒の声が聞こえた。聞こえたのは窓が開いてるからと思われるのだが、その声に思わずゾッと鳥肌が立った。
恐る恐る上に目線を後ろに向けてみた。そこには二人の上級生が男子高校生の群れの方を向きながら喋っている女子がいた。お兄ちゃんと同じ色のリボンをしているから二年生に間違いない。
「なになに、あんたあの仲に入りたいと??」
ニヤニヤしながら喋るギャルっぽい先輩・本条 翠。この女は別にどうってことはない。情報通りなら、あの群れの中の一人・柳 朋哉っていう下級生にも人気のあるかっこいい先輩と幼馴染で、もう二年ほど付き合っている仲みたいだから。この女はあまり興味ない。問題はもう一人の女の先輩なのである。
「えっ、そんな恐れ多いことしないよ?! ただ、見てて楽しそうだなぁってね」
慌てながらも優しい笑みを浮かべるハーフアップの先輩・古森 聖夏。この人は問題が大有りである。おしとやかで男女ともに人気のある優等生で容姿もスタイルもよくてピアノが上手という情報があるこの先輩、私が入学してからこの二ヶ月で一番お兄ちゃんと話している女子生徒であり、しかも会話の大半は彼女がきっかけを作っている。部活同じでもなく、ましてや彼女でもないこの古森聖夏って女は正直危険だ。間違いなく狙ってる。しかもお兄ちゃんのタイプにどストライクしている。この先輩、完璧だけど絶対裏ある。女の私にはわかるの。だから――今度は私がお兄ちゃんを守るの。
午後の授業も一睡もせずに無事終わらせた。横の席の体格のいいクラスメートの男子は五限に始まって五分くらいで鼾をガーガー鳴らしながら寝ていた。しかも涎まで垂らしてて引いた。そんな男なんてどうでもいいのだけど。
ホームルームが終わって放課後。大きなくまさんストラップのついたスクールバックを持って、友達にバイバイと笑顔で言ってから教室を颯爽と出て行く。行き先はお兄ちゃんのクラスの教室。駆け足で大好きなお兄ちゃんがいるところへ向かう。
「おにいちゃん! 今日も一緒に帰ろ!!」
ドアの前でそういうと、自席で帰りの支度をする兄がこっちに目線を向ける。「おうっ」と一言言ってから鞄を背負うお兄ちゃんの姿をただ見つめていた。この時ちょっとだけにやけていたと思う。けれどその表情が一瞬にして崩れる瞬間があった。古森聖夏がお兄ちゃんに声をかける姿を見たときである。多分あれはまたねって言うだけの挨拶だけだろうけど、それでも私はニコニコしていた顔つきがムッと不機嫌に変わったと思う。
「待たせたな。ん? どうしたんだ朱莉、怒ってるのか?」
「え? ううん、そんなことないよ! それよりも早く帰ろうよっ!」
「そ、そうだな」
危ない危ない。私としたことがお兄ちゃんに少し心配かけてしまうような表情をしてしまった。多分こんなことになったのは、あの女にムカついて……いや、そうじゃない。お兄ちゃんが挨拶だけなのにあの女に向ける表情に腹が立ったんだ、きっと。
「ねぇ、おにいちゃん」
「どうした、朱莉」
帰り、赤信号を示した駅前の信号で私はある話を持ちかけてみた。
「お兄ちゃん、あの女と仲いいの?」
「あの女って……嗚呼、古森さんか」
うーんと悩んでいた。少し困った顔をしていたお兄ちゃんを、私はただ見つめながら信号が青になるのを待った。
「朱莉に言われるまで気にしてなかったけど、他の女の子たちよりは話しやすいし、なにかと縁があるから世話になってる。まぁ、それなりに仲いい友達になる……のか?」
苦笑いしながら返答をしてきた。嘘だ、きっと何かある。私になにかを隠してる。だって、顔はこっち向いているけど、目は私を見ていないもの。わかるんだよ、妹だから。お兄ちゃんがいつも隠し事する時、顔はちゃんと向けるのに目はこっちを向かないで他を見ていること。
「お兄ち「もう青だ。そろそろ電車くるからはやく渡ろうか」……うん、そうだね」
私はお得意の愛想笑いをして、先に歩くお兄ちゃんを追うように歩いた。
このときのお兄ちゃんの背中は、まるで別の男の人のように見えてしまった。自分勝手な思い違いだと思うのだけど。
電車に揺られ、軽く談話をしながら二人で帰った帰り道。私の心にはどこかモヤモヤした雨雲のような何かが残ったまま、帰宅後も晴れることはなかった。母も交えて三人で夕食を食べ、今はそれぞれの部屋で自由に過ごしている。私は部屋で今日の出来事を日記に綴った。今日はメロンパン争奪戦で勝ち抜いたお兄ちゃんが嬉しそうだった。それ以上にあの古森聖夏に帰りの挨拶されたときの顔が幸せそうだった――。
ポタッ
「あれ……?」
気がついたときには目尻にたくさんの雫がたまって、それが頬を伝って流れ落ちた。紙の上に落ちたそれが私が書いた字に滲んで広がっていく。雫という名の涙がポタッ、またポタッと紙の上に落ちて字を汚していく。
「なんで私じゃないの、ねぇ……」
なんでお兄ちゃんは私にあんな嬉しいそうな笑みを向けてくれないの? なんであの女には向けるの? 私のほうがお兄ちゃんのこといっぱい知ってるし、たくさん一緒にいるのにどうして? お兄ちゃん、私泣いてるよ? 昔いじめられて泣いてたときみたいに優しくしてくれないの? 私がいれば十分だなんて言ってたの、嘘だったの? 私とずっと一緒にいてくれるって言ったじゃない……。
「……お兄ちゃんは、誰にも渡さない……。ましてやあの女なんかに……」
この時改めて決心した。大好きなお兄ちゃんを、私だけのお兄ちゃんを誰にも渡しはしないと。
そして――
あの女を近いうちに滅することを――。
やる気と体力があれば、来年くらいに連載化する……かも?




