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第八話

不気味な笑いは次第に声を大きくしながら暫く続いた。


観客もそれに気付き、恐怖を感じたのだろう。さっき迄の興奮や歓声は静まり返り、煩かったアナウンサーも固唾を飲んでいた。


アナウンサーが唾を飲み込む音が場内に響いたからな。それくらい観客席は静かになった。


その間に僕もただ突っ立っていただけじゃなく、ヤタムナヤを何とか助けようと頭の中で策を練っていた。


鎖で観客席まで持ち上げる?


無理だ。五本出した代償と今の消耗し始めてる自分の体ではその隙に後ろからメアリーちゃんに喰われる。


ヤタムナヤ自身に強そうな妖精を召喚してもらう?


ヤタムナヤはそんな妖精を知っているのだろうか? 知らない可能性の方が高いので却下。


Q.なら、どうする?


A.自分で戦う。ヤタムナヤを守りながら。


これが無難か。


「無理ゲー過ぎだろ……」


笑えてしまう。RPGなら最初の敵は定番のスライムとかのモンスターが鉄板なのに、笑っているメアリーちゃんはどう見ても中盤のボスの風格。駆け出し冒険者には荷が重過ぎる相手だ。


しかも、ヤタムナヤなんて非戦闘員の代表みたいな娘を庇い、守り、戦うなんて!


なんて……。


「面白いじゃないか……!!」


なんでこんな事を言ってしまったのか。両手の籠手に特撮ヒーローに憧れる子供の気持ちになってしまったのか、はたまた特殊な状況下に置かれて精神が高揚していたのか。


その所為で僕は自分を特別な存在とでも心の中で少しでも思ってしまったのが悪かった。


「……え?」


軽く押された程度の衝撃の後、赤く煌めく籠手に写り込んだ自分の身体の中心、心臓の位置に大剣で刺されたような穴が空いて、後ろの壁から大砲の着弾音に似た音がした。


メアリーちゃんを見ると、気味の悪い笑いは収まり指先で口の中、恐らく歯を弄っていた。


それを見て自分が何をされたのかを理解した。鮫の歯の構造は実に奇妙だ。一番前の歯の後ろには新しい歯が常にストックされており、取れても後ろから新しい歯に生え替わる。


絶滅した古代の鮫の中にはヘリコプリオンと言う、ゼンマイ状の歯を持っていたと言われるユニークな鮫も居る。


つまり、鮫の顔を持つメアリーちゃんの歯も、そうであると考えるべきであった。


膝から崩れ落ちた。そんな表現を体現するように足に力が入らなくなり、仰向きに倒れた。息が苦しい。


(しくじった……! 油断していた……! あの巨体なら殴るだけしか能がないと、獣以下の知能しかないと高を括って……! 自分がバトル物の物語の主人公のように、華麗に戦えると、思ってしまった……!)


天井の光が僕の目を白一色に変えて、後ろから全身を引きずり落とされる感覚に陥り、景色が暗転した。


やっと、死ねたのか?


暗い。いや、寧ろ黒い。そんな表現がぴったりな世界だ。


黒以外に何もない。僕ですら黒の一部。身体の感覚、吸う大気の匂い、立っているのかも分からない程に無感覚。ここに居るという認識以外は何も感じない。


ヤタムナヤも来るのだろうか?不甲斐ない僕は地獄へと向かって居るのだろう。彼女は天国に行く筈だ。約束を結果的に破ってしまった。色んな人との約束。色んな?誰だっけ?


「ysgふtsくぁhbtdvhrg?」


何か聞こえる。話しかけて来てる?僕に?僕って誰?


「まdwkpoえjpmoね……」


誰だよ。折角、いい気持ちなのに。このまま消えてもいいかも……。


「テツロー!! たすけてぇ!!」


え、この声は……ヤタムナヤ!? て、眩し……!?


目の前に光が生まれて、僕は飲み込まれた。


気が付いたら立っていた。両足でしっかりと、地面に立っていた。目の前には何故か唸り声をあげながら、慎重に一歩一歩近付いてくるメアリーちゃん。


何か怯えるような仕草に見えなくもない。振り返ると僕の後ろには驚いた顔をしているヤタムナヤ。目の淵には涙の流れた後が残っている為、時間はさほど立っていないみたいだが、何か変だ。そして気付く。


赤い籠手に覆われた両手。籠手から何かが溢れているのが分かる。黒くて、重い。そんな印象を受ける何かが、だ。籠手を見つめる。


……あれ? 今ならメアリーちゃんぐらいなら楽に殺せそうだぞ?


思考が物騒になっている。楽に殺せそうなど普段なら確実に言わない。そんな事より取り敢えず、ヤタムナヤを泣かせたと思われるあの犯罪級の化け物をこの世から抹殺せねば。


早速、右手から出した十本の鎖を警戒していたメアリーちゃんへ向けて放った。


メアリーちゃんは突如飛んできた鎖を避けようとして動き回ったり、鮫の歯で鎖を撃墜しようとするが、鎖自体が獲物を追いかける捕食者のように動き、砲弾と化した鮫の歯を避けもせず、何と威力も大きさも何倍もある歯の砲弾を飴細工のように壊し、その勢いでメアリーちゃんの首に五本、左足に三本、両腕に二本が絡みつき拘束した。


拘束から逃れる為に暴れるが、鎖はビクともしない。それを見た僕は止めを刺す為に駆け出そうとして足を止める。


っ! まただ。考え方が如何に敵を、今はメアリーちゃんをヤタムナヤから排除出来るかに変化している。


何をされたんだ? 僕は?


「テツロー、ごめんなさい……!」


困惑している僕に謝罪しながら抱きついてくるヤタムナヤ。


「ヤタムナヤ、何故、謝るんだ?」


「わた、()が! 私の力(・・・)が! ごめんなさい! ごめんなさい!」


錯乱状態になって言葉が要領を得ない。今はそれよりもメアリーちゃんを仕留めねば、ゆっくり話も出来ない。


「ヤタムナヤ、よく聞いて」


ヤタムナヤを落ち着ける為に彼女の両肩に手を置き、正面から彼女の顔を見つめる。


「続きは此処を脱出してからだ。いいね?」


上手くできたかは分からないが、微笑みながら、そう言い聞かせることにする。


「……うん」


顔を赤らめて目を潤ませたヤタムナヤは間を置いてから答えてくれた。その大人びた表情に心臓が跳ね上がってしまった。要するにドキドキしている。


そんな甘酸っぱい空間が形成されてる中、鎖の先のメアリーちゃんは暴れ過ぎて、身体に鎖の棘が食い込み血を流していた。


それでも悲鳴一つあげないのは対したものだが、もうそろそろ脱出せねば、周りの人間にヤタムナヤが殺されてしまうかもしれない。

そして、僕はヤタムナヤから離れ、囚われている獣に歩いて近付き、初めてまともにメアリーちゃんと向かい合う。


───────散々やられたから、殴らせてもらうよ?


瞬間、僕とメアリーちゃんの間の空間が爆発した。正確にはお互いにパンチを全力のパンチで迎え撃っただけだ。


一発だけだったが、その衝撃でメアリーちゃんは尻餅を着き、僕は2m地面を滑った。靴の裏が地面との摩擦熱を起こし、今すぐにでも脱ぎたい衝動に駆られる程の熱量を発している。


勿論、そんなことを許される状況ではないのが……。


メアリーちゃんは暫し呆然としている様子だったが、脚だけを使い地面が陥没する程の力で仰向けの状態から飛び上がり、猫のように四肢で着地し再度、顔を僕に向けてきた。その表情は憤怒で彩られている。


口は大きく開き、僕の身体を貫通した巨大な牙を見せ、強靭な尻尾は逆立ち、そのまま後ろでに手を組んで余裕綽々な態度を演じている僕に飛び掛かる。


だけど、そんなんじゃあ……。


「今の僕は殺せないよ?メアリー(・・・・)?」


メアリーの顔を突き上げ、吹き飛ばした。再び宙を舞う巨体。僕自体は何もしていない。


彼女を吹き飛ばした物体の正体は、成人男性一人分くらいの太さがある大量の鎖。何が起こったかと言うと、籠手を僕自身の身体で隠し、数百本分の鎖を籠手から地面の中へ。


後は地中で待機させ対象が顔を近付けたらドリルのように回転させながら射出した。


相当効いたらしく下顎の部分を両手で抑え、脚をバタつかせて痛がっている。


回転していたから鎖の棘が肉に突き刺さって肉を抉ってる筈だし、皮膚もズタボロだろう。この見た目通りのタフマンがここまで痛がっているなら、これから先でも技として使えるな。


そこで展開についていけなくなっていたアナウンサーが実況を再開した。


《「な、なぁぁぁぁんということだぁぁぁぁぁぁ!!??


わ、我々は今! あ、悪夢を見ている!! でなければ容認出来ないことが起こったぁ!!!! 観客の皆様ご覧になりましたかぁ!? メアリーちゃんの巨体が一度ならず二度までも宙を舞ったぁぁぁ……、その光景をおおおおおおぉぁぁぁぁぁぁ!!!!」》


僕は両手を握り締め自分の能力について、この時初めて自信を持てた。


さてと、後は止めだな。


痛がって暴れるメアリーの側に近寄る。


「フグルルルルるるる……」


僕が近付いたことで暴れるのを止め、起き上がり威嚇しながら僕に顔を近付けるメアリー。


まだ攻撃するつもりなのか、と、身構えると彼女は鼻を動かすような匂いを嗅ぐ仕草をした後、何の真似か僕に対して、立ち上がり腹と顔を横に向け首筋を見せてきた。まさか……。


「降参、のつもりか?」


そう聞くと、頷くように首を縦に一度振った。


「殺していいんだな?」


尋ねられた獣はもう一度、肯定の意として頷く。


頭が鮫なのでもしかしたらと思ってはいた。鮫は魚類の中では比較的大きい脳で知られる。


あるパニック映画では、人間並みに頭の良くなった鮫が連携して狩りを行ったり、人間をあざ笑うかのような行動をして登場人物達を恐怖させていた。


この大きさで二足歩行も可能なら、もしかすると……。と、考えていたのだが、当たっていたらしい。


よくよく考えると、戦闘中にも笑ったり、怒ったりしていたのが、ある一定以上の知能を持っていると裏付けられた。


それなのに僕は、手に入れた力に喜び一方的に痛め付けた。知能がある生き物を傷付け、殺そうとした。


はっ! 元の世界なら立派な犯罪者だ。そして、僕はもっと酷い事をしようとしている。それを途中で止めるつもりもない


「……分かった。ありがとう。メアリー」


彼女の首に十本、鎖を巻き思い切り引っ張る。


すると簡単に強靭な筈の鮫肌をやすやすと切り裂き、首の筋肉も難なく断ち、椿の花の散り様を思わせる落ち方で頭が落ちた。首のあった場所からは勢い良く血液が吹き出し、地面に紅い花を咲かせる。


その中心にいた僕は、メアリーの血を避けずに正面から受け止めた。


こういう事に囚われる日常になるだろう。なんせクリクリさんが正しいなら世界の人間全員に喧嘩を売って生きていくのだから、少なくとも人との殺生沙汰は起こる。と、覚悟は決めていた。


メアリーはその一人目だったが、同時に大事な事も教えてくれた。敵には容赦しない。全力で相対し、全力で殺す。


この血は彼女からの皮肉と哀れみを込めた選別かもしれない。


───────お前の人生(進む道)はどうせこう(血塗れに)なる、と。


それでいいさ。ヤタムナヤ達を守れるなら。それが愛しい恋人への罪滅ぼしに成るなら……。


こうして第一の試練は苛烈に終わった。






筈だった。

「鎖が!?」


「キィィ! 「キィ「キィィ!!」ィ! 「キィィ!!」! 「キィィ「キィィ!!」!!」!」


突如として首を落とした鎖の全ての環が、耳障りな声を発しながら一斉に鋭く長い牙を生やし、僕の制御を無視して、何とメアリーの首を含む、遺体に喰らい付き始めた!


第二の試練は直ぐにやってきた。


人が人である限り、欲望は止まらない。

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