第三話
『起きろ、ハウスダスト!! 説教はまだ終わってないぞぉ!!』
「はい……自分は、ハウスダストより劣るごみ虫です……」
『貴様はごみ虫ではない!!』
「え? 説教はもう終わ『ただのごみだぁ!!』……」
「はうすだすとってなに? テツローはむしさんなの?」
「うぅ……。ヤタムナヤ、僕は虫じゃないよ。人間だよ。二足歩行の哺乳類だよ」
「にそくほこー? ほにゅーるい?」
なんともシュールな画になっているだろう。
土下座したまま空中に浮かぶ王冠かぶった怒って充血した目玉の説教を聞き続ける礼服姿の男のすぐ隣に体育座りで座りながら男に純粋な好奇心から質問を投げかける美少女の図。
これが現状。心からの誠意を見せる為に土下座をして謝ったまではいい。そこまでは良かった。しかし、この妖精もどき心を読んでいるらしく、心の内で少しでもこのようなことを考えれば……。
『ごみぃ!! なんだその黒いガスの塊に目玉をくっ付けただけのような奴はぁ!! 私はそんな妖精ではなぁい!!』
「クリクリさんのおなかまさん、テツロー知ってるの?」
あれから何時間が経過したのか? クリクリさんの妖精さん達を代表した魂の説教。そして、純粋無垢な少女の質問責めは、まだ終わらない。
〜二時間経過〜
『ふむ……。今日はこれくらいで良いだろう。私の気も済んだし、これ以上ヤタムナヤに無理させる訳にはいかないからな』
「わくしはだいじょうぶたにょ?クリクリもん……。ぷぅ……」
「あぶな!……ヤタムナヤ、どうしたんだ?」
「ひさしふりらかま、まらりのくよいしちゃったぁ」
なんだこのかわいい生き物。
『!そうか。だから、この程度で済んでいるのか……』
クリクリさんの言っていることも気になるけど、ヤタムナヤの様子が一番気になる。ふらついて倒れそうになったのを抱きとめた。信じられないが酔っ払っている。間違いない。酩酊状態ではないが呂律が回らずに顔が上気したように赤い。体温も上がっているようだ。仕方ない、残ってるソファに寝かせよう。でも、いきなりなんだ? 一体、どうして……。
『ふむ……。どうやら、時間はまだあるらしいな。ならば今からお前の役目とヤタムナヤの力のことについて教えてやる。お前の疑問は話が終わってからだ。良いな?』
また、心を読んだのか? この目玉の王様は…。
『王様という表現は正しくない。何故なら私達妖精には力による上下関係や貧富の差など発生しないからだ。私達はヤタムナヤに召喚された時だけ姿や形を得ることが出来る。と、話がそれているな』
「発生しない?」
『疑問には後で答えると言った筈だが?』
すいませんでした。また土下座してしまった。考えられるだろうか? 人間の目玉が目の前で剣呑な雰囲気を漂わせて詰め寄ってきたら。……もはや、ホラー映画である。
『よろしい。暫く黙れ。まずはヤタムナヤの力についてだ。彼女の力は無限大の魔力と様々な能力を持つ私達“妖精”を召喚する力だ。
召喚した後は彼女の魔力を平均で一分間に20kmgずつ消耗する。
これは私の複数ある能力の“観察”と“未来視”によって確認されている。因みに今のヤタムナヤの最大保有魔力量は…9600kmg。
私が約八時間は今こうして顕現できる量はあるな』
無限大の魔力なのに、今の最大保有魔力量が9600kmg? と言うか、魔力なんて物を具体的に数値化なんて可能なのか?
『可能だ。私は“見る”ことと“教える”ことに特化している。
その為か力を視覚の中で数値化することも可能になったのだ。
無限大の魔力は首の鎖によってお前が鎖の原子一つを壊す前では1200kmgまで落とされていたのだ。
お前にも分かりやすく言い換えれば、ヤタムナヤは電源なのだ。
お前の世界で言うところの電力に今言った魔力を置き換えてみろ』
「なるほど、つまり今のヤタムナヤは身体に9600kW貯めておけるってことか……。
学があまり無いんで分からないんですけど、凄いことですか?」
『正しくは現在の時点で一日に使用できる魔力量が9600kmgなのだ。
ちなみに電力使用量、kWhに変換した場合は一般家庭の約二年分はまかなえる。
つまり、彼女が居れば約二年は電気代を気にせずに生活できるのだ。
彼女のさっきの酔った症状は急激に扱え始めた魔力の量に脳がエンドルフィンなどの脳内物質を過剰に放出したことによる“魔力酔い”だ。
これ自体は命に関わるようなことには成らないから安心しろ。
……それと、自らが無知なのを公言する者は嫌いだ』
……早くも次の墓穴を掘ったのかもしれない。
彼女の力が人智を超えているのはクリクリさんの説明で理解した。
一人で二年分の電気代が浮くのか……。と、不謹慎なことを考えてしまった。
しかし、疑問が尽きない。無限大の魔力の持ち主なら国が秘密裏に保護するのでは? それよりも、何故僕が触っただけであの鎖の原子の一つが壊れたのだろうか?
『彼女はな、“姫”なのだよ』
「姫ぇ?」
何やらクリクリさんがさっき迄のいい先生な雰囲気から一変して真剣な面持ち? で悲しげな声音でヤタムナヤが姫だと言い出した。
その本人は僕の膝枕で心地良さそうに寝ている。決して邪な感情は起こっていない。絶対にだ! だから、クリクリさん! 俺をじっと見つめないで! 冷や汗が止まらないから!
『……まぁ、いい。とりあえずは“姫”についてだ』
「いかにも呆れ返った感じで見ながら喋るのやめてくれませんか?」
『この、ロリコン』
ロリコン、違う!?
「それだけは幾らクリクリさんでも容認しかねますよ!? こちとら健全なお付き合いをしていた恋人だっていたんですよ!?」
『“姫”とはなこの世界の女性にのみ発現する特殊能力の総称であり、能力発現者達を指す蔑称だ』
スルーされた!? というか……。
「蔑称?」
『そうだ』
蔑称。意味は分かる。蔑んだ名称。良い意味では決して使われない言葉、呼び方。姫と言う言葉なのに。何故?
『“姫”とはお前の世界のお前の国の言葉に直した場合の意訳のような物だ。
こちらの世界では“人魔”、“魔人”、“魔女”。大体はそう言う意味合いを込められている。
故にこちらの王族の子女は王女としか呼ばれない』
「どうして。そんな、ヤタムナヤは、ただの人間じゃないですか!」
僕の膝枕で寝ている女の子は本当に気持ち良さそうに、穏やかな呼吸で寝続けている。話していても純粋で真っ直ぐで、僕の下らない話にも興味津々と言った感じで質問してきた少女が、そんな蔑称で呼ばれているなんて、信じられなかった。
「こんなに、良い子なのに……!」
『それは違うぞ。尾口 鉄郎』
「な!?……ぁ」
自分の言葉を切って捨てたことに一瞬で腹を立てたが、視線を上に上げた瞬間に言葉が出てこなかった。何故なら……。
『ヤタムナヤは純粋なのではない。壊れているのだ。心が……」
クリクリさんが泣いているのだ。
しかも、ローブを身に纏った賢者の風貌を兼ね備えた白髪の長い口髭と髪を持つ齢八十程の隻眼の老人へと変身し、涙を右目から拭うこともなく流しながら、ただ彼女を見つめて佇んでいたのだ。
「く、クリクリ、さん? え? ひ、人だったんですか?」
「……このことは、ヤタムナヤには内緒にしておくれ。
久し振りに顕現出来たものでな?
くくくっ……。
妖精の時の姿は彼女の願いを元に私達がこの世に干渉する為、魔力で作った鎧なのだよ。
故に彼女に召喚されるまで私達は目に見えない霊魂のような存在になったまま、あらゆる世界の情報の奔流の中でとどまり続ける。
次の召喚に備えてな? 姿が変わったのは鎧の形を変化させただけのこと。
しかし、驚いたぞ? まさか、異世界人を“救世者”にするとは。mjなaは?pの奴め一体……」
なんか最後の方、文字化けみたいな、テレビの砂嵐の音みたいに聞こえたが、何だ?
「え? それじゃ、あの目玉の姿も、ヤタムナヤ本人が考えた願いってことですか!?」
「左様。それはつまり、この娘が人を心の底で嫌っていることの裏返しであり、長い孤独の余りに変質した彼女の人格そのものなのだ。
お前に対する態度も全ては人ではなく、私と同じ妖精だと思い込んでるから。
私が未来視でお前のことを見た時も、人間であることは伏せてヤタムナヤに教えたのだ。
『全ての鎖を両の腕で壊し、人に戻す武器にする妖精が現れる』と」
「人に、戻す? 武器にするって、壊した鎖を?」
「うむ、恐らく可能なのだろう。
これについては私でも確証がない。
何故なら、私が見たのはお前が金の鎖を両手で壊しながら姫達を……」
「姫達を?」
「いや、これは余りにも不確定、不鮮明ゆえに話すべきではないな。
すまぬ、忘れてくれ」
「そこまで言ったなら教えて下さいよ! 不安になるでしょ!」
「当たり前だ。
未来とは不確定で不鮮明で不安な物。
それを容易く教えれば世界は混沌と化す。
お前は亡き恋人の後を追う程に一人の人間を愛した。
今の自分が子供の頃に想像出来たか?」
「……そんなことまで知ってるんですか?
まぁ、確かに考えたこともなかったですけど」
「そうだろう?
それにな、安易に答えばかりを求めては詰まらない人間になるぞ?」
なんだろうこの賢者。
マジで賢者なんですけど。凄く含蓄のある言葉を頂いた気がする。
「さて、早速だがお前にはヤタムナヤの首の鎖を破壊してもらおう。
やり方は両手で触るだけだ。やれ」
「不安にさせて実行させるって、容赦ないですねぇ」
「うぅ〜……」
「「っ!」」
「クリクリさ〜ん……。テツロ〜……」
なんだ寝言か。
「もうお腹いっぱいだよぉ〜……二人とも美味しいよぉ〜……」
……一緒にピクニックにでも行っている夢だよね?
決して僕達二人を文字通り食べている夢じゃないよね? ね?
『何とも言えないな』
本当に、心臓に悪いんで急に変身して詰め寄らないで貰えますか? クリクリさん?
『ふん。仕方なかろう。
姿を変えるのは召喚主の意識がない時と、召喚主に許可された時だけなのだ。
寝ている時は夢でも見ない限り姿は自由だが、夢の中に妖精が出てきた場合はその姿が認識されている状態ゆえに強制的に変化させられるのだ』
「へぇ〜……」
『何だその目は』
「いえ? 別に?」
『まぁ、今日はやめておこう。
ヤタムナヤ本人が起きている時にやらねば、彼女に悪い。なんせ両手で首にある鎖を触るのだから、な』
……確かに、よくよく考えれば、鎖が首との間にあるとはいえ、傍から見れば首を締めているようにしか見えない。
通報されるな間違いなく。
「分かりました。
鎖については明日、ヤタムナヤが起きたら直ぐにしましょう。
それじゃ、クリクリさん。また明日」
『む……!
……あぁ、また明日』
多分、ヤタムナヤ以外の人間にはあったことがないだろうクリクリさんは驚いたと思う。
それなのに初対面で説教するは、そんなに上手くないアカぺラを聞かされるは、異世界だと否応無く教えるは、ヤタムナヤ以外で初めての人との接触に恐れすら抱かないこの人は凄い。
なんとも陳腐な言葉だが本当に凄いと思う。
日本で言うなら、お見合い相手の悪い所を全部言って、その上、自分の得意な歌をアカペラでその場で披露し、実は既婚者ですと告げる。そんな感じだろう。
あれ? なんか違うかも?
まぁ、それでも一切、嫌な感じがしない。
なんとも不思議な魅力のある目玉だと思った。
今日は本当に色々あり過ぎた。
ヤタムナヤを起こさないように頭を浮かして、その下にスーツのジャケットを丸めて枕代りにする。
俺は…床でいいか。
本当に眠い。
おやすみ、ヤタムナヤ。
おやすみ、クリクリさん。
おやすみ、異世界。
『それと最後にもう一つ』
「何でしょう?」
『今度召喚された時にはもう一度、説教だ。教育もな。では、さらばだ』
……やっぱりあの目玉、嫌いだ!