第漆話 前
爆発自体には巻き込まれなかったが、右の籠手を口を開いた状態の『顎門』にして会議室の方に向け防御した事で爆風に押し出され、ヤタムナヤを左腕で胸の中に抱えたまま窓硝子を内側から突き破る形で全面硝子張りの建物の外へ放り出される。
ヤタムナヤを抱えたままじゃ着地が……!
「クリクリさん!」
『分かっている!』
「ぷはっ。あっ!クリクリさん!」
名前を呼ぶと僕の中の力が一瞬減る。同時に減り始める。この力はやっぱり魔力。
どうやら僕は鎖を壊した時にヤタムナヤの魔力と召喚を奪ったんだな!
ヤタムナヤは僕の胸に顔を押し付けていたのを腕の力を緩め、彼女の身体を支える程度にした。苦しかったか、ごめんねヤタムナヤ。
早速呼び出したクリクリさんに助けてもらうアイディアを頼む。
「クッションの代わりになって下さい!」
『阿保か!? 私の力で浮けば良いだけだろう!?』
あ、忘れてた。この人、言葉にすれば何でもできるんだった。
二階も過ぎた。地面が近い。
「なるはやでお願いします!!」
『浮け!』
途端に身体が浮く。
ヤタムナヤだけ。
俺は自分の両腕と両足で着地した。
取り敢えずは助かったが、何だったんだ。いきなり姫になったのか? それにあの力のパワー。多分、怒りで漏れ出ただけの闘気の爆発の威力であれか。
もしあの力を一つの方向へ指向性を持って放たれた日には、文字通りの消し炭になる。それ程の危機感を感じた。
上を見上げれば、僕達のいた四階の壊れた窓枠から濛々と煙が空へと昇り、炎が検知されたのか、研究所全体にスピーカーからサイレンが鳴り響く。
「クリクリさん、ここまでの経緯は?」
『全て見ていた。あの五郎丸 漆という少女、ヤタムナヤの様な種類の異能ではないな。力の塊のような荒々しい異能だが、応用力もありそうだ』
「爆発を起こすだけなら、前みたいに拘束して気絶させるだけで楽で良いんですけどね」
「あ、なな、出てきたよ」
「『!?』」
ヤタムナヤの科白にクリクリさんと共に僕は籠手を構えた状態で、同時に天を仰ぐ。
窓枠に立つ五郎丸の姿は変容していた。
あの爆発で服が完全に消し飛んで、全裸だが全身が赤熱化した様な状態で体の節々から白煙をあげている。しかも彼女の体を守る様に身体の周囲に会議室で見せた闘気が収束した球体が視認できる。見た限り十数個は飛び回っている。更には現在の彼女の体温の所為で左腕の義手がドロドロに溶けて肩から抜け落ちた。なんと抜け落ちた後から発光した状態の歪な細い腕が生えてきた。
なにより表情が一番危険だ。憤怒、激怒、憤慨。どの表現も当てはまる怒り一辺倒の顔だ。彼女の右目からは焔が舞い上がり、顔の右側を眼帯の様に完全に覆っているが、その奥に見える右目も左目も左腕と同じ様に発光して、口元は歯を剥き出しにして、口を開いている様に見える。
熱で溶けている窓枠に立っている彼女の立ち姿は怒りに震える紅蓮の悪魔か、はたまた猛る火精霊か。
確実に一筋縄ではいかない強敵なのは間違いない。
今の五郎丸を止める方法をクリクリさんなら瞬時に解析して解決策を教えてくれる筈だ。
「クリクリさん、あの周りに浮いてる球体は何ですか?」
『……撤退しろ。あれはどう見ても爆発を起こした闘気を圧縮して威力を底上げしたものだ。お前の籠手でも触れた瞬間に壊されるぞ。
それにあの身体、表面の温度だけなら摂氏三千度はあるな。
左腕に関しては細く歪に見えるのは、恐らく数万度は発生している熱量で蜃気楼が起きているからだな』
「え? まじ?」
と、クリクリさんに顔を向けて引き気味に返す僕。この籠手が壊れるのか。
「まじ?」
僕の真似なのか首を傾げながら問い掛けるヤタムナヤ。
『マジだ。
! 来るぞ!』
見上げたまま僕達の問いに答え、即刻警告するクリクリさん。
再度見上げると五郎丸は四階から飛び降り、左腕を突き出して僕達に突っ込んできた!!
僕は急いでクリクリさんを鎖で掴み、ヤタムナヤをお姫様抱っこして全力で飛び退く事で避ける。
地面に光る拳が当てられた瞬間に、地面が揺れ、大気が震えた。土埃が立ち込め、遠くでガラスが割れる音と女性職員の悲鳴の様な声が聞こえた。
『ヤタムナヤは無事か!?』
クリクリさんが叫ぶ様に言う。
「当然!!」
「テツローありがと!」
僕にお姫様抱っこされたヤタムナヤがお礼を言いながら首に抱きついてくる。
「どういたしまして。五郎丸は!?」
『地下に向かっているな』
地下に?
『奴の殴りつけた地面を見ろ』
……な、なんだあれ!?
『熱で溶かし殴りつけた衝撃で、穴が空いている。今の一撃で十メートルは下に行ったな。
穴の周りの地面は高熱で硝化している。相当な熱量が彼女の左腕にある証拠だな』
た、戦いたくねぇえええええ!?
近付いたら火傷じゃ済まないですよね!? 確実に燃えますよね!? 遠回しに死ねって言ってますよね!?
また地面が揺れる。今ので更に下に行ったって事かよ……!
『男なら覚悟を見せろ!!』
ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!! この目玉、自分が後衛だからって他人事だぁぁぁぁぁぁぁ!!
地面の揺れはなくなり、代わりに穴の中から衝撃波と爆発音が飛び出してくる。
「テツロー? なな、大丈夫? あつくないの?」
え? ヤタムナヤ、どういう事?
『馬鹿め、あの少女の状態がいつまでも続く筈がないだろう。もって一日。最悪、今日の正午に身体が耐え切れなくなり、体の内側から爆発してこの休火山の一部が消し飛ぶぞ。ここにいる我々ごとな。殺しても爆発するだろう』
何それ? 進むも地獄、退くも地獄って事ですか? 然も生け捕り?
穴の中からもう一度、爆発音だけが聞こえた。随分下に行ったらしい。
この中に入るのかと思うと、冷や汗が出てきた。
「つまり、彼女を止めるには、どうしたら?」
『……お前はヤタムナヤを救った時の事を思い出せ。私は帰る。他の妖精も呼ぶなよ? じゃあな、ヤタムナヤ』
「ばいば〜い」
え!? なんで帰るの!? それって触れって事だよね!? 両手でしっかり五郎丸に触れって事だよね!?
どこに!? あのあっつい身体のどこに触れる箇所があるんだ!?
「尾口! お嬢ちゃん! 大丈夫か! 何があった!?」
権藤課長!? と、その背後に戦闘課の職員も見える。
彼らは消火用の装備と思われるホースや斧などを装着した鎧型の機械に乗って、駆け付けてきた。
そうか、クリクリさん他の人に姿を見られたくなかったのか。
それに周りに気を回せば、爆発に関する放送と一緒に訓練室に避難を促してる。
しかし、どう説明しよう。あれ? 上手くやらないと、五郎丸殺される?
取り敢えず誤魔化さねば! 僕達が全滅してしまう!
「……皆さんは消火活動に専念して下さい。五郎丸さんは敵を追って、あの穴に侵入しました。僕も応援に向かいますので、戦闘課の皆さんはヤタムナヤの事、お願いできますか?」
「お、おう。それは良いが、会議室は何故爆発した。あの地面の穴は敵が空けたのか? 何処の誰が攻めてきた? その説明をしてくれ」
ど、どうする? 深く突っ込まれると、少し考える間が空く返答をしてしまった。何とか、彼等に突入させる事なく五郎丸の所に一刻も早く行ける様に説得しなければ……!
「はい! わたしがしゃべるね!」
「えぇ!? お嬢ちゃんが!?」
ナイスアシストだ! ヤタムナヤありがとう!
「皆さんへの説明はヤタムナヤがしてくれますから、それじゃ!!」
「おい! 尾口!?」
「いってらっしゃ〜い!」
「行ってきます!」
そして、穴に突入した僕を襲ったのは先ず暑さだった。
「あっっっつ!?」
暑いと言うより、熱い。熱された鉄板に顔を近付けたんじゃないかと思うぐらいの熱が襲ってきた。目の水分が持って行かれない様に目を細める。僕が上にいた間に、もう五郎丸は真下の闘技場に着いている速さで地面を掘り進めているだろう。しかし、通り道となった穴の中は未だに熱が冷めていない。
衝撃波と爆発音がしたから僕の体を叩いた。
「ぐっ!? 何だ!?」
すると左肩に針を刺された様な痛みが走る。
恐る恐る、籠手の装着されている右手で調べる。
コツン、と微かに何か硬いものに当たった音がした。その音の正体を引き抜くと、鋭く尖った岩の質感を持った先端から中程に鮮血の付いた親指位の大きさの石だった。
思い出せば此処は休火山の中腹部の地面の中。
と、いう事は縦穴を落下し続けている僕を囲む地面は火山灰だったり、地上の空気に触れて冷えた溶岩だった物。
それが高熱で戻され、上から粒になって空気の抵抗により段々と鋭さを持って落ちて来たのか?
僕の耳に小さな物体が通り過ぎた様な風切り音が幾つも聞こえ始める。
上を見ると僕の肩に刺さった石と同じ物が、雨の様に上から降り注いできた!
僕は手に持っていた石を下に投げ捨て、両方の籠手を頭の上で交差させ頭や胴体を防御するも、足や背中に周りの壁に反射した石が浅く刺さる。
体勢を崩さない様に我慢できるが、痛いのは嫌いだ!
今度は籠手を『顎門』にして上からの攻撃を完全に防ぐ事にする。
前よりも力の減りが少ないと感じられた。使い慣れたって事なのかな?
兎に角、これで落ち着いて五郎丸救出について多少の時間は出来たな。
僕は童話の不思議の国のアリスの気分になりつつ、真剣にクリクリさんに言われた事を思い出す。
ヤタムナヤの時と同じって事だよな。
……ヤタムナヤの鎖みたいな部分が有るのか? でも、全裸だし、左腕の義手も溶け落ちたし、右目は、眼帯に隠されていたから、戦いの中で潰されたのかな? そう言えば火傷の跡も酷かったな。やっぱり、あの光っている左腕が鍵か?
あぁ! 特徴が有りすぎて的が絞れない!
ふと下を見ると、出口の光が見えてきた。
このまま突入するのには不安があるが、今は着地について考えないと。
これから長くなりそうだな。
そう、長い一日の幕が今上がった。




