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第二話

 鎖が首に巻きついている。


 こんな簡単なことなのだが、その鎖と少女の格好が問題だった。


 最初に鎖なのだが、目に付くのはその色と鎖の環の形。色は純金製ではないかと疑う程に見事な色。修学旅行で行った京都の金閣寺を彷彿とさせる輝きに魅了されかけるが、鎖の環の両側にある簡単に人肌を貫きそうな棘は彼女の首に深々と突き刺さっているようにしか見えない。


 それが幾重にも重なって彼女の腕以上の太さに成っている。適切な表現ではないと分かっていても、どうしても連想するのは猛犬を縛り付けるための首輪。


 しかも年は十二歳程だろう少女の服装はカビと思われる汚れや穴あきの目立つ長袖の、かろうじて色が白だったことが分かるドレス。形としてはノースリーブに太ももの半ばまであるフリル状のスカート。布に黄ばんでいないところはない。しかも、足元を見ると靴やサンダルすら履いておらず、素足だった。


 顔には傷はないが、肌は少々くすんでおり、背中まである髪も艶がなく、傷んでいるのかハリがない。


 そんな状態でも美少女と判別可能な目の前に現れた少女に言葉も出せない。


「ねぇ、おじさん」


「お兄さんだ!」


 彼女との初会話(ファーストコンタクト)の一言目はツッコミだった。


 ……さて、見た目に反して幼い印象を受ける目の前の汚れている美少女に僕が二十歳だと教えなければ。それと自己紹介かな。その後は、……風呂でも探してやるか。




「……と、言うわけで僕はまだおじさんじゃない。君の年齢から見たら年上の男は皆おじさんと言う分類に入るかもしれない。でも僕は自己紹介の時にも言ったけど二十歳で、君は十三歳。七歳しか違わないんだ。だから、おじさんじゃなくてお兄さん。それが嫌なら名前にお兄さんを付けて読んでくれ。ヤタムナヤ」


「ふ〜ん…」


 歩きながら隣にいる彼女に教えるために長々と話してしまった。だいたい一時間も話してお互いの大まかな事情は分かった。流石に僕の自殺部分は端折ったけど……。


 分かったことは少女の名前とこの部屋のこと。僕のことをおじさん呼ばわりした彼女の名前はヤタムナヤ。非常に言いにくい名前だ。


 彼女の両親は何を思って名前をつけたのだろうか? 年齢は十三歳、らしい。らしいと言うのはヤタムナヤも正確に年齢を数えていないから。なのにどうして分かるんだ? と聞くと押し黙ってしまう。不思議に思ったが流した。今の状況ではより多くの情報を集めるのが先決で、情報の整理は後からでも可能だと思ったから。


 更に話を聞くと、どうも四歳の時から今居る部屋、と読んでいいか分からない程広い部屋にいるらしい。部屋の広さは三十畳、もしかしたらそれ以上かもしれない。部屋の内装は豪華だが恐らく掃除をしてない為に、喋っている時に上からたまに埃が落ちてきた。上を見ると10mはある天井には、遠目でも分かる程埃をかぶっているシャンデリアが三つ程並んであった。これはヤタムナヤの身長を考えれば当たり前で172cmの僕より10cm以上は小さい彼女の身長では天井の高さまでは脚立を使っても掃除は不可能だろう。ましてや壁伝いにあそこまで登るのなんて自殺行為だ。


 それからも彼女の話を聞いた。彼女の言い分をそのまま信じると彼女はこの部屋から出たことがない。他の人間にあったこともない。トイレや入浴、食事などは部屋に入ってから一度もしてない。


 入浴や排泄、食事を一度もしないなんてあり得ないと思うが事実、彼女と一緒に確認のために無駄に広い部屋の中を走り回り豪華な内装を施された部屋の壁やら窓やら扉やらを調べたが、月の光が射し込む窓は開かず、部屋にある唯一の出入り口と思われる両開きの扉も開けたが、扉の先には黒い粘土のような物で出来た壁のみ。


 試しに部屋にあった対になる形で置いてある重そうな革張りのソファを部屋の両脇に合わせて二十個あるガラス張りの窓の一つに叩きつけたが、ソファだけが壊れて中の綿と骨組みの木片が飛び出して驚いた。


 ガラスが割れないのは不自然に思い、大破したソファの脚部分の木材を勢い良く窓ガラスに叩きつけたが、結果はソファの時と同じだった。変態伯爵の城かよ!?


 ただソファを持ち上げた時に「すごぉい!」とヤタムナヤに喜ばれたのは少し嬉しかった。腕力が上がってるような気もしたが、火事場の馬鹿力と言うやつだろうと思って深く考えなかった。


 そこでこんな広い部屋と投げたソファや部屋に置いてある家具の類を用意できる位に両親が金持ちで理由は定かではないが監禁されているのか? と思い両親について聞いたら、純粋無垢な笑顔で僕と話していた幼気で快活な彼女が別人と思える程に無表情で虚ろな表情に変わり、「そんな感じだよ……」とだけ言ったまま、表情を変えずに顔を俯かせて黙ってしまった。


 慌てて話題を変えたから良かったが、その時に彼女の周りの空気と言うか、雰囲気? とでも呼べるものが、可憐な少女から発せられるべきではない何か恐ろしい物のように思えた。


 彼女と数分で意気投合して舞い上がっていたのかもしれない。大人としては恥ずかしい。長々と友達感覚で話してたから遅過ぎた感が否めないが……。


「わかった、テツロー」


「いきなり呼び捨てぇ!?」


 なんとタメ口。もっと男を疑った方がいいと教えるべきか? あいつとの間に娘が出来てたら真っ先に教えてた。僕以外の男をあんまり信用するな、と。


 しかし、年上の威厳とでも言うもので尊敬の念を抱かせようとした計画が頓挫してしまった。


 どうしよう? 死ぬ覚悟が出来ているのに今ここには考えられる限りそれに見合う道具も場所もない。


 天井まで上がれるものでもあれば、すぐさま飛び降り、全身打撲か脊椎骨折、または頭蓋骨骨折に伴う脳内出血、折れた肋骨が肺に刺さって苦しみながら窒息死なんて出来るだろうが、ヤタムナヤのような良い子の前で自殺なんか精神衛生上はもちろん、教育にも宜しくない。


「ねぇ、テツロー?」


 頭を抱えてどう自殺しようか? とウンウン唸っていると、僕がそんなことを考えているとは知らない純粋な光を宿した瞳で見つめながら彼女、ヤタムナヤから呼ばれる。


「テツローはこれとれるでしょ? だから、とって?」


 ん? なぜ彼女は自分の首に巻きついている鎖を指差してそんなことを聞いてくるんだ? 確かにこれなら自殺出来るくらいに棘が鋭いけど……。って、違う違う。ヤタムナヤはこれを取って欲しいだけなんだ。何を考えてるんだ僕は!


 彼女にはこの鎖についても教えなければ。


「ねぇ、ヤタムナヤ。どうしてそんなことを言うんだ? 僕も一応は鍛えてるけど、そんな痛そうな鎖を素手で壊すのは無理かなぁ。」


「ちがうよ? さわるだけだよ?」


「うん?サワルダケ? 何かのキノコの名前か?それとも薬?」


「だから! さわればいいの! それとキノコ? クスリ? おしえて!」


 ますます意味が分からない。


「それじゃ、ヤタムナヤその鎖をよく見せてくれる? キノコと薬のことは鎖を見ながら教えるからさ」


「ほんと!? じゃあ、はい!」


「はは、ありがとう。顔を近付けるから嫌になったら、言ってね」


「う? うん!」


 この年の子にしては不自然とも呼べるような、子役タレントよりも子供らしい笑顔で了承してくれた。


 よく見えるようにと上を向いて首を見やすくしてくれている彼女の好意に報いねば。まずはキノコの話を始める。


 近くで見たところ鎖には(ひび)どころか、目立った傷もない。レンチでも使わなければ壊せそうもない。それに今、僕は鎖に片手で触っているが特に何も変化はない。


 彼女が嘘をついた? そんな感じはしなかった。何より僕の勘で彼女は嘘をつくのも、嘘を真実の中に織り交ぜることも出来ない子供だと思う。


 だとしたら……。一つ試してみるか。


「もういいよ。ありがとう、ヤタムナヤ。悪いんだけど、鎖について教えて欲しいことがあるんだ。質問しても良いかな?」


「うん。いいよぉ? なぁにぃ?」


「鎖は片手で触ればいいのか?」


「りょうてだよ! かたてじゃダメだってクリクリさんがゆってた!」


 くりくり? 人の名前? 人には会ったことがないと喋ってたよな? 矛盾し出したぞ? そこを聞いてみるか?


「クリクリさん? それはどんな人なのかな?」


「ひとじゃないよ! ようせいさんだよ!」


「……え?」


 ヨウセイサン? それはあれかなサングラスをかけて、ギターを……」


『それは井上○水だな。』


「心を読まれた!? と言うか……!?」


「あ!クリクリさん!」


「しゃ、しゃべっ!? うぅわ!?」


 こ、これがクリクリさん?た、確かにクリクリしてらっしゃいますね。お目々がと言うか、空中浮遊する目玉その物!?


『ふん、おだてるな異世界人(・・・・)。お前が私の未来視で見た救世者(クェーサー)だな。尾口(おぐち) 鉄郎(てつろう)。』


 なんと、僕の目の前には理知的な喋り方で渋めな声で話をするバスケットボール大の目玉がギョロリとこちらを見つめながら浮いていた。


 それよりも…。


「井上○水を知ってるのか!?」


『その説明の前に、私は一ファンとしてお前の言動許せない。かの井上○水氏の名前をあまつさえ間違え、フルネームで呼び捨てるなど貴様のような若造には百年は愚か、千年は早い行いだと知れ。貴様のような愚物がヤタムナヤを含めた全ての姫(・・・・)を救い出せる可能性のある男でなければ、私を含めた全妖精(・・・)が貴様をこの娘の前では見せられないような方法で殺害(チョメチョメ)していたところだ。まぁ、お互いに初対面なのだから、私の趣味嗜好を知らずに愚行を犯した罪は土下座で済ませてやる。やれ、汚物。』


 誠に申し訳ありませんでした。


 あまりの威圧感に即座に土下座した。

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