エピローグ
僕、「尾口 鉄郎」と囚われていた少女、「ヤタムナヤ」の二人は、脱出した先で捕まり、そのまま闘技場にてメアリーと呼ばれる化け物と対戦。
辛くも勝利を掴みとり後は脱出するのみとなる筈が、突如として襲い掛かってきた女、五郎丸 漆に僕は右腕を切断されてしまう。
その際に感じた実力差から降参を決意。ヤタムナヤの身の安全と人道的な『保護』と共に申し出る。
五郎丸 漆は承諾したが、ヤタムナヤに関してはこの場で抹殺すると言い、更に僕を痛めつけて、目の前でヤタムナヤを『消滅』させようとする。
その光景を目にした僕の湧き上がった激情に反応したのか。残っていた左手の籠手はヤタムナヤに向けられた攻撃を防御し、吸収。
それによって与えられたと思われる新たな力、『顎門』と『魔弾』を用い形勢逆転。そのまま殺害しようとするが、その際の表情をヤタムナヤは咎め、彼女は泣きながら僕を叱咤した。
彼女の涙ながらの訴えと自らの表情を見た僕は我に帰り、籠手に攻撃を中断する様に命令。すると、籠手に宿っていた「意思」と思われる存在が疑問を投げかける。
それに対し一方的に合理的な『命の価値』を「意思」の価値観に合うように説く。
納得した「意思」は五郎丸 漆を撃退し、意趣返しのつもりか投げ捨てられていた僕の右腕と共に鎖で拘束する。
「意思」の行動に僕は、上出来だ。と、素直に称賛した。
そんな状況も一段落し、現在。
回収した右腕を呼び出したもーるさん(泣きながら抱き着かれた。ヤタムナヤに呼び出されたと勘違いしたらしい)に繋げて貰い、手術に使われた特製の麻痺毒(明らかに根に持たれた)で足元が覚束ない僕と、懸命に支えてくれているヤタムナヤの二人の目の前に転がっている女、五郎丸 漆との自己紹介を終えた所だった。
因みにもーるさんは右腕の手術後、ヤタムナヤに「今度はヤーちゃんが呼んでね?」と投げキッスしながら消えていった。その時念話で(それ、繋げただけだから激しく動くと捥げるよ?)と、物騒極まりない診断を下された。……ここは素直に従おう。
さて、『五郎丸 漆』という名前を聞いた時に複数の質問が脳内に現れ、問いつめようと思ったが、それよりも重要な事が有りそうな為、口から出かかったのをなんとか押し込め、別の質問をする。
「……それじゃあ、五郎丸さん? 貴方には聞きたい事が「もう話す事など何もない!」……鎖をさっきみたいにしますよ?」
「っ……わかった」
僕の言った『さっき』とは自己紹介の時の事。僕達の方は自分達から名乗った。僕は簡単に自分の名前とヤタムナヤに名乗る様に促した。
ただヤタムナヤは人に名前を言うのが初めてなのか、元気よく大きな声で、
「ヤタムナヤです! 好きなものはテツローです!」
と言ってくれた。恥ずかしげもなく好きと言われ、なんだか妹を持つ兄のような、そんな風に誇らしくなったが、ヤタムナヤの初めての自己紹介と思われるそれに彼女の返答は、
「貴様らに名乗る名などない! くっ! 早く殺せ!」
うん、何という典型的な「くっ殺女騎士」展開。拘束されてる状態で捥がきながら言うあたり、分かってやっているんじゃないか? と思ってしまう。まぁ、たとえヤタムナヤがこの場に居なくてもこの女とは無いな。だって僕には……?
などと思いながら、折角の自分以外に行われたヤタムナヤの渾身の初めての自己紹介は無碍にされた事に、自分で想っている以上に腹に立った僕は鎖の拘束を更にきつくして棘が体に食い込み、皮を突き破る一歩手前まで締め付けた。
なぜここまでやるのか?
ヤタムナヤの今後の健全な成長に支障を来す要因は排除していきたいからだ。彼女の生い立ちは想像以上に凄絶な物なのだろう。
「姫」と確認された瞬間の、五郎丸さんのヤタムナヤ抹殺までの決断は一秒も掛からなかったはずだ。
でなければ、一人の少女に対する殺意と凶器のあの異常なまでの危険度は元の世界なら有り得ないものだ。
そんな存在の彼女が歪んだ環境と人間の影響で変貌し、自らの力を悪用、……ストレートに言えば大量殺戮、何て所業を嬉々として行う存在にさせない為には止む無しの行動だろう。
閑話休題。
そんな訳であの棘による痛みを文字通り身を以て知った彼女は、取り敢えずは従順な態度を示している。さて、質問の続き……と、その前に……。
「まず、最初に言っておきます」
そう一拍置いて、ヤタムナヤに頼み彼女の耳元まで支えて貰いながら口元を近付ける。
そして、命令する。ヤタムナヤには聞こえない位の小声、それも恋人に囁く様な優しい声でだ。
「これからする質問には正直に答えて下さい。もし少しでも不審に感じたり、嘘を言っていると判断した場合は、まず親指の爪を剥がします。いいですね?」
完全に悪役である。まずを強調する辺り悪どい。爪が終わったら指を潰すと囁くかもしれない。我ながら本当に残酷な奴になったと思う。やる気は……なくもない。
「う、承った」
「よろしい」
冷や汗を流している彼女の顔にちゃんと見える様に己の顔を見せつける。勿論、笑顔で。
よし、今度こそ質問に移れるな。
「まず最初にお聞きするのは、現在僕達がいる場所の正確な名前。出来れば現在地が何という国なのかも教えて下さい」
少し脅しとして彼女の親指に鎖を巻き付ける。
「……此処は、『倭国第伍魔力研究所』の地下闘技場だ。そして、国の名前は、倭国だ」
やっぱり、恐らく現在他はヤタムナヤの出身国じゃない。最悪の可能性の一つとして考えていたが、やはり辛いな。ヤタムナヤの出生や両親。他の姫に関する情報なども存在するのか怪しい。最悪、十年、二十年と時間がかかり、その間に何人か死んでしまうかも……。
……よし、次の質問はこれにしよう。
「倭国について教えて下さい。特に『姫』に対する一般的な考え方と、どの位『姫』を把握しているのか? 正確な人数を含めて」
「そ、それは……」
少し逡巡している。国家機密とかそんな分類に引っかかっていて話せないのか? それとも単に知らないだけか?
親指に絡めていた鎖の棘の先端を爪と指の間に当てる。剥がす準備は出来てる。その意思表示だ。
「っ!……倭国は、周辺を広大な海に囲まれ、孤立している大陸に存在している。『姫』に関しては、全ての個体を捕縛し、現在は全個体完全封印。……されている筈、なのだがな」
最後の所で僕とヤタムナヤを順番に見る五郎丸さん。
成る程、だからあの時、僕の事を『不確定要素』と言ったのか。
本来なら存在しない、例えるなら、極端になるが、現代日本に恐竜が現れた。大変だ! 被害が出る前に仕留めろ! みたいな感じか?
まぁ、だからと言って右腕の恨みはチャラにするつもりはないが。
さて………。
もしかして、ピンチか?
ここまでの彼女の行動、質問の答えを加味して推察する。
一・彼女は国立の研究所の職員。しかも武闘派。
↓
二・理由は恐らくメアリーなどの化け物然とした生物が万が一にも国の施設内で暴走した時などの歯どめ役。
↓
三・そんな時に少女を連れた不審な男が奇妙な力を使い勝利!
↓
四・化け物よりやばいんじゃないか?
↓
五・よし、無力化しよう!
↓
六・くっ!早く殺せ!
……あれ? 客観的に考えたら、僕の方が危険? というか、ひょっとしなくても、これ、犯罪? それより最後の六。彼女の印象がそれしか……。あんなに怖かったのに、今じゃ……!
いけない、堪えなければ、僕の悪い癖だ。緊急事態、それも自分に非がある時こそ茶化そうとする。
でも、ぷ。
(くっ!早く殺せ!せ…せ…せ……!)
「あはははははは!!!!」
「な、何がおかしい!?」
「テ、テツロー? 大丈夫? 具合悪いの?」
だ、駄目だ。現実で、あんな、あんな事言う人が、しかも騎士じゃなくて女戦士? ふは! 漫画の中じゃあるまいし……!
くそ、これ以上脳内再生し続けたら質問が出来なくなる! せめて、せめてこれははっきりさせなくては! ぷはっ!
「こ、この国の代ひょ……! 一番偉い人は!?」
「魔王様だ」
「……は?」
瞬間空気が凍った気がした。聞き間違いだろうか?
「あの、もう一度、聞き間違いだと思うんで、もう一回お願いします。この国の代表は?」
「魔王様だ。我々人類はあの方の為に存在し、家畜として、配下として、身を粉にしてあの方に尽くす。それが我が国だ。尾口」
いやそんな、寝転がった状態でドヤ顔決められても……。
「流石に魔王様の名は貴様の様な人外にも轟くか。やはりあのお方は、強大で荘厳で偉大だな!」
というか、魔王が、魔王が人類を支配下に置いてるうぅぅぅぅぅ!!??
ハッと気付く。クリクリさんに言われた言葉だ。
そう!確かあの時、初めて会った時にぽつりと「お前が〜(省略)〜救世主か」みたいな事を言っていたぁぁぁぁぁ!!
いや、でも、という事は……。
「俺の役目って、打倒、魔王……?」
「何?」
「打倒、魔王? テツロー、それ何? 教えて!」
そう言いながら僕に擦り寄るヤタムナヤの表情は、僕の心境と裏腹にこれから先の未来が明るいものだと信じたくなる、とても素敵な笑顔で。
「うん、今日から、此処を家にしよう」
その笑顔に僕は声を引きつらせながら、取りあえずの拠点をここに置くと決めた。
「おい貴様! 魔王様に何をするつもりだ! それに「五郎丸さん? 手伝ってくれますよね? ね? 返事は?」……はい」
その手続きをする人間の生殺与奪の権利を握っている事による事前承諾という形で。