第十一話
光弾を握り潰した瞬間に、さっき鎖を出した時に奪われた物が身体の中に満たされていく感覚。籠手の色も黒からあの鮮やかな真紅へと戻る。
『がああああぁぁァ!!』
「ちっ……!」
無意識に振るわれる左腕。左腕の籠手から轟く咆哮。砲口を向けていた女の悔しそうな舌打ち。金属同士がぶつかり、ひしゃげたような鈍い金属音と、スクラップを砕く破砕機から聞こえる様な騒音。仰向けに寝た僕とヤタムナヤに降りる影。
見上げた左腕は異形と化していた。
それも頭に『悪魔の……』とかが付随されそうな、鎖と籠手が変形や合体して形作られた人一人は簡単に飲み込める真紅の巨大な『顎門』。
そんな明らかに超重量な物体が、何の質量も感じさせる事もなく、悠々と女の左腕の砲塔を噛みちぎり、咀嚼している最中だった。
牙は鎖で出来ているが故に義手の細かい部品が牙の隙間から辺り一面に飛び散り、僕達にも破片が飛んでくる。
女の方を見れば左肩辺りを支えて、肘から先の部分が強引に噛みちぎられた義手が真紅の異形に飲み込まれていくのを、ただ忌々しそうに見ていることしか出来ていない。
はっ、ざまぁみろ。
滑稽だ。格下と思っていた相手を蹂躙し、一方的に叩き伏せて勝利し、虫の息の敗者に抗う力がないと油断した。その末路が自分の武器を破壊され、奪われる。
……奪われる? 何の話だ?
そんな疑問を追求する前にまるで誤魔化す様に、既に食事を終え沈黙した『顎門』は変形を始める。
鎖同士の結合を解き上顎と下顎が左右に開き、大口を開ける様に更に展開する。
そしてその内側には鎖で造られた発射口の様なものが上下の顎に八つずつ、計十六門の砲口が僕達の敵である女に狙いを定めて、初めて鎖を出した時ほどではないが、僕の腕を経由して身体から何かを奪い、砲口に充填している。
「バカな!? こんな数の魔弾を、再現していると言うのか!?」
女はさっきまでの冷静沈着な態度を崩して、取り乱し気味に大声で喚いている。余程信じられない光景らしい。それにしても、魔弾、ね……。つくづく本当にここは異世界なんだなと思う。
女の子の為に無茶やって、助かったと思ったら死に掛けて……。
僕の人生の中でこれ程までに、ある意味で濃密で有意義な時間は彼女と過ごせたあの頃以来だ。
そこでふと、僕の右側で座り込み続けているヤタムナヤが気になり彼女の顔を見る。
泣いていた。
「やめ、やめて、よ……!テツロー……! こんな……! こんなの、こんなの! テツローじゃない!! そんな顔で! 私の事を助けないで!!」
泣き、ながら、僕を叱っ、て……いる、のか?
一体僕はどんな顔をしている?
それを確認する為に標準を女に合わせたままの変形した籠手に顔を向ける。真紅の光沢は鏡としては最適だと思ったからだ。
笑っていた。無邪気に口の端まで吊り上げて微笑む道化師の様に。
楽しそうに。何かを傷付ける。そんな歪んだ遊びを覚えた子供の如く。
固まっていた。そんな不気味の塊の様な仮面と言ってもいい自分の顔。
その瞬間に駆け抜けた思いと想いは、瞬時に行動として破壊の咆哮を放とうとした『顎門』を止めた。
「やめろ!!!!」
「「っ!?」」
僕は『顎門』に対して、ただ一言。それだけを全身全霊を持って言い放った。
左右から聞こえた息を飲む音。その意味合いにはどれ程の差が有るのだろうか?
「も、もう……! 良い……! それまで、だ……! それ以、がほっ!?」
伝えたいのに、肺からの出血だろうか? 喉の奥から熱い血潮が、想いを心を遮って代わりに吐き出される。
(何故? コイツハ、敵)
そんな声が頭に響いた。僕は不思議とその声が左手の籠手からだと思えた。理由は、特にない。けど、強いて言うならヤタムナヤの力から生まれたなら、ヤタムナヤと同じで優しいんじゃないかと思ったからだ。強ち間違ってないかもしれない。
だって僕の事を思って? それとも念話以外に接触手段が無いから? 他にも理由があるかもしれないが、話を聞いてくれそうだ。
途端に充填されて放出されるのを待っていた何かが身体の中に戻って来たのを感じる。これで女を殺させるのは止められた。
しかし、標準は相変わらず女に向けられ、動きを牽制している。
そんな律儀な自分の籠手に初めて好感が持てた。
……ゆっくり話そうじゃないか?
左手に意識を集中させる。すると自分が加速し世界から切り離された感覚に若干驚く。
平時の僕なら声を出していたかもしれないが、怪我やら疲労やらで完全に人格が麻痺してきているのだろう。
閑話休題。
その感覚が安定したのを確認して、左手の籠手を説き伏せる。
(駄目だ。ヤタムナヤの目の前で、あんな顔で、敵を、人を殺す事は、許されない……!)
(……アナタハ思ッタ。『消エロ』、ト。故ニ実行ニ移シタ)
そんな簡単に人殺しを実行できる自分の武器はやはり危険だと再確認した。
しかし、これは籠手自身?が何も知らない、無知な状態の所為だと思う。こんな危険な場所では無かったら、本当にゆっくりと教えたい。
(……僕達は、これから先、嫌でも戦い続ける)
(……ナラバ、考エヲ改メタノカ?)
(違う、今も思ってる)
(ナラ(話は最後まで聞け!)……)
余計な時間も疑問も抱かせない。会話の主導権を握られる前にこっちが一気に畳み掛ける!
(……よし、いいか? 戦いは避けられない。
これは認める。だけど戦いを、人を傷付け殺す事を認めたら、許したら、俺達は囚われる)
(……囚ワレル?)
(そうだ。救える筈の命も、殺さなくても良い命も、纏めて『殺す』。なんて考えに囚われ続けて、死ぬまで殺し続ける)
(……ソレニ不都合ガアルノカ?)
(ある。このままだと他の姫達も殺す羽目になる。それに殺そうとした女は貴重な情報源だ。現状の僕達には無くてはならない。それをわざわざ潰して何になる? そんな事で僕達が死ぬ可能性が増えるのを、お前は望んでいるのか?)
(……否)
(だったら、もう分かるよな?)
その問いに対する答えは直ぐに分かった。
世界に囚われ始める。
「はっ!?」
「テツロー! 大丈夫!?」
強制的に意識が戻された。目の前にはヤタムナヤの顔。籠手は!?
「き、貴様! これはどういう事だ! 私に何をさせるつもりだ!」
左側を見ると展開されていた『顎門』は無くなり、鎖で雁字搦めに拘束された女が地面に横たわりながら、語気を強めながら喚き続けていた。
ご丁寧に女に千切り取られた僕の右腕も見つけて、女と一緒に巻きつかせてある。
そんな光景に……。
(……上出来だ)
(……フン)
僕は照れ隠しのつもりか、一瞬光った籠手に微笑みながら、ヤタムナヤの手を借りて立ち上がるのだった。
その後、僕達はこの女、五郎丸 漆の部下として、此処、第伍魔力研究所を拠点にこの世界に宣戦布告する。
それは今から遠くない、未来のお話。