第十話
千切られた僕の腕の断面を見せつける女。
彼女の見えない左手の中にある僕の腕は力任せに引き千切った為に筋繊維の長さに差が出来て、歪な形に折られた骨の断面から骨髄がはっきり見える。
それを見たヤタムナヤは小さく「ひっ!」と声を上げて僕の胸に顔を押し付け、体に抱きついてくる。
「くくくっ……。そこまで怯えられると返って滑稽に見えるな? 人の姿をした化け物風情が……!」
その台詞を言った彼女の顔は親の仇でも見るような凄まじい形相だ。
完全に敵としか見ていないと一目で分かる。
すると、彼女の感情に呼応するように見えない左腕は肩先から色を取り戻して行くように現れる。
その腕を見て僕は驚愕した。
その腕の肌は人の物ではなく黒鉄色の装甲。
僕の腕を握る指は完成された日本刀のような美しさすら感じさせる鋼の指。
素人目に見ても理解させられる程の洗練された無駄のない腕の造形。
頭に浮かぶ「戦闘用機械義手」の言葉。
女の姿と現在地が異世界ということを加味しても、今の状況は最悪だ。僕は放置しておけば失血死。ヤタムナヤも殺されるかもしれない。
「さて、もう一度だけお前に尋ねる。何処でその“姫”と出会った?」
しかも、目の前の女は高圧的な態度で僕とヤタムナヤを冷たい目で射抜くように見ながら、そう言ってきた。僕の腕は既に遠くに投げ捨てられ、それを目で追うことすら許されない威圧感。
彼女の台詞にはその内心がありありと聞き取れる。
───────喋らなければ、次は殺す。
僕の腕をあんな簡単に少しの痛みすらなく、しかも女性が素早く千切り取るなんて、ありえない。
流石は異世界! で済ませられる話じゃない。
今の僕達には大問題だ。ヤタムナヤは場合によっては、また異空間の屋敷に閉じ込められるかもしれない。でも、僕が喋らなければ、ここで二人共殺される可能性の方が高い。
今の僕に出来ることは一つだ。
「全部、話します……」
「そうか……。なら「その代わり!」ん?」
話を遮られた彼女から感じる冷たい刃物のような雰囲気が膨れ上がる。
降ろされている彼女の両腕を注視しているだけで、真綿で首を締め付けられるような息苦しさに口から出る言葉も途切れる。
「ヤタムナヤの、身の安全と、拷問などの非人道的な、行いをしないと、誓って下さい……っ!」
「………?」
懇願した。肉食動物に命乞いをする草食動物のように潔く、日本人らしい土下座で、震える体と声で精一杯に、神に祈るかのように願った。
お願いだから……、承諾してくれ……!
「……いいだろう。お前の取り調べは私の執務室で行う」
どうやら、上手く行った、ようだ……。
2人の命が助かった事への安堵と出血のせいで僕は糸を切った操り人形の様に闘技場の硬い地面へ倒れ込んだ。
ヤタムナヤが僕の体を揺すって何か叫んでいる。……気がする……。
……泣いているんだろうな、きっと。 この子は、優しい子だから……。
嗚呼……、強く、……なりたい……。
「起きろ、化物」
「んが!?」
「テツロー!」
脇腹に蹴りを入れられ、仰向けにされ強制的に意識を引き戻される。肋骨、だと思うが、それが体内に独特な嫌な音を響かせる。
痛みで目から涙が止まらなくなり、呼吸が更に苦しくなる。
「話はまだ終わっていない。連れて行くのはお前だけだ。そこの姫に関してはこの場で抹殺する」
絶対的な強者から与えられる絶望。抗える力は無い。
「な……、……ぜ……?」
一文字喋るのに全力を注いでもこの程度。 掠れて弱々しい虫の羽音より小さくなった僕の言葉を、 彼女は聞き取れていたらしく、 一拍置いてこう答えた。
「許せないからだ」
「許、せ……な……?」
何だそれは?
鼓動が跳ねた。
「こいつらは私から奪った。集落も、家も、家族も、この腕も。だから、許せない」
なんだそれは?
全身に熱が回った。
「私はお前達を許さない……!」
「ま、……て……!」
一瞬だけ女が感情を見せたような気がしたが、そんな事はどうでもいい。女を静止しようとするが、捥がく力すら残ってない僕には、呻く事しかできない。
仰臥した僕の目の前でヤタムナヤに向けられた女の義手が変形を始める。
ナンダコレハ?
折角、手に入れた力が何故こんなに無力なのか?
「塵すら残さない。それが我々の方針だ」
変形が終わった女の義手は手の形ですら無く、熱を帯びた砲身のような物になった。
恐怖で僕の右側に座り込んだままのヤタムナヤは茫然としたまま、向けられた砲口を見つめることしかできていない。
無意識だろうか?僕の胸の所で上着を握り締めている。
フザケルナ。
こんな簡単に終わるのか? 呆気なく?
「消えろ」
十字に展開した砲塔が火花を散らして回転し始め、砲口から閃光の塊を、無抵抗の少女の頭に解き放った。
お前が、消えろ。
「な!?」
驚愕している女の声。
当然だ。僕だって驚いている。隣にいるヤタムナヤも僕の顔を見て問い掛けている。
でもね、ヤタムナヤ? 僕だって知りたいんだ。君を苦しめていた鎖で出来た籠手について。
僕達三人の眼の前にある光景は、撃ち出された光の塊を難なく受け止めている僕の左腕だった。
「貴様!」
脅威と感じたんだろう。僕の頭に標準を変えた女の腕が向けられる。
その時の僕は、自分の左手に留めておいた光弾を何気なく、拳をつくる感覚で握り潰した。