1977年 1月1日 教授であり父でもある男の焼け残ったノートと日記の一部
姫
異能力者の総称にして、蔑称。
新生児から二十代後半の女性のみ。その能力は多様性に優れ、その力の原因、法則性は解明されていない。
その存在は有史以前より確認される。地域や国により、天使や悪魔、妖精や精霊、妖怪と呼ばれていた事から人類種を助ける者、敵対する者、中立の者が居たと考えられる。
能力の使用により脳細胞の変質が認められている。その変質は能力の過剰使用、加齢による脳細胞の劣化など。
変質によって起こる具体的な劣化の基準は、一、年齢に合わない幼さで喋る。二、自律神経に異常を来たす為に起こる睡眠中の失禁。三、エピソード記憶の消失。
最終段階は理性を失い、脳と能力によって体を作り替え魔物となる。
個体差はあるが、能力を一日に百回使い続けた個体の場合、魔物となるまでに約二十年は掛かる。
魔物
姫が能力の過剰使用、乱用、暴走による急激な脳細胞の劣化、変質した姿の総称。
脳、肉体の処理能力の低下により、変異した姿。理性は皆無。極めて凶暴で残虐。
人間の遺伝子を一定数(個体による差異で百人から一万人)摂取すると理性を取り戻し、魔王(後述)へと変異する。
魔王
魔物と化した姫が人間の遺伝情報を摂取し、理性を取り戻した姿。
理性が戻っただけで、魔物の間に染み付いた残虐性や悪意は増している。
人と同じ物を食すが、好んで人間の血肉を欲する。異能は力を増している。
(例:火の能力→火に変化し、操る能力)
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1973年4月2日 晴れ
研究所に勤め33年、念願の教授になった今年の春。私に与えられた最初の仕事は、新しく誕生した姫の育成と研究。
私の所に研究材料として届けられた姫。生後数ヶ月と言ったところだった。 名前はヤタムナヤ。どうやら両親から名前だけは授けられたらしい。
初めは戸惑った。 私には子供どころか妻すらおらず、研究一筋の男に育児など……。
とりあえず、新しくついた子育て経験のあると言う男性助手(ヤタムナヤを生かす為? それとも私の監視のため? はたまた両方か?)にヤタムナヤを任せ、育児の為の参考本や紙オムツ、必要な物をを買いに行ったが……。
湿布の世話になるとは思わなかった。 私ももう56歳……。
思えば幼少期に私を助けてくれた彼女の為に『姫』の研究者になったが、彼女は元気だろうか? 今度、帰省した時にでも調べてみよう。
有給が溜まっている筈だ。
追記
あんな乳飲み子すら材料と言ってのけ、私に届けた政府の役人に腹の底から慄いた。
あの片腕の少女はまともじゃない。
私の過去を調べられたら間違いなく牙を剥いてくるだろう。
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1974年3月1日
我が家が研究室となり、老人と赤子という奇妙な生活から約10ヶ月。
そしてヤタムナヤが1歳の誕生日を迎えて、はや2カ月が経つ。
新生児の『姫』である彼女の成長速度は普通人の我々と全く異なっている。
去年の夏頃には首が座り始め、年末には寝返りを打ち、今日に至ってはなんと立ち上がり歩いた。
それだけでなく驚いたのは助手のミザーリ君(長男には女性の名前をつける独特な習慣の国出身らしい……)が私的な財産で購入した知育玩具、砂鉄を利用した絵描き板を使い、自分の名前どころか私の名前まで書いていた。
明らかに通常の新生児の姫とは異なる高度な知能は、彼女の異能によってもたらされた物なのか?
それとも彼女の出生に何か秘密が?
ヤタムナヤの両親についても調べたほうが良いかもしれない……。
追記
最初の頃よりよく笑うようになった。つられて私も■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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1976年8月30日
彼女に出会っ■■■■■■■■■■■■■■
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彼女は■■■■■■■■■■■■■■■■■
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彼女が言うには■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
ヤタムナヤの■■■■■時の反応■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
彼女こそ■■■■■■■■■■■■■■■■
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………檻を、完成させねば。
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1977年1月1日
もう駄目だ。
研究所のドアを破壊しようとする憲兵達の怒号が止まない。 私はここで死ぬだろう。
研究の成果は実り、完成した。 ヤタムナヤは囚われ続ける。
彼女の言っていた。 ヤタムナヤの■■■■■■■■■■■■■