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73.もう一つの未来はいかがですか

 ああ、今日は随分と冷え込んでいるな。

 私は首に巻いたマフラーを口元まで運び、そっと息を吐いた。


 見上げれば、雲一つない夜空にはちらほらと星が瞬いている。

 東京の空にしては、星の数がいつもよりも多い気がする。真冬の澄んだ空気ゆえだろう。


「ハルカ!」


 呼ばれて振り返ると、■■が手を振りながら私の方へ駆け寄ってくるのが見えた。


「駅前で待ち合わせって決めてただろ。何フラフラしてんだよ」

「あ、ごめん。人が多すぎて疲れちゃって。すぐ戻るつもりだったんだけど」

「ったく。お前どうせ携帯に電話しても気づかないんだから、せめてじっとしとけよな」

「ごめんって」

「まあいいや。とりあえず行くか。確か店はこっちの方だったはずだから」


 ごく自然に手を繋がれて、私はおとなしく■■に引かれるまま歩き出した。

 ■■の手は、冬だというのに温かい。おかげで、この季節にはよいホッカイロ替わりになる。


「お前の手、相変わらず冷てえなー。よく生きてるな、これで」

「うるさい」


 週末の駅前は、サラリーマンや学生達でごった返していた。

 横断歩道の青信号が点滅し出したので、■■は「急げー」なんて言って走り出す。こっちは走りたくなんてないのに、手を引かれているせいで、一緒に走る他ないのが恨めしい。うまく人混みをすり抜けながら、なんとか信号を渡り切り、ほっと一息。


 間もなく目当ての店に着く。

 貸し切り、の文字を確認してから扉を開いた。


「あー、来た来た、■■とハルカ!」

「うわー、久しぶりー!」

「お前らでひとまず最後だぞー」


 既に到着していたらしい面々が、私達の姿を見て歓声を上げた。

 懐かしい顔ばかりだ。高校を卒業してからもうすぐ四年になるのだから、それもそうか。


「ほらほら、こっちおいでよ二人とも!」

 促されるままに着席する。

 どうやら本当に私達が最後だったようで、すぐさま乾杯の準備が進められた。


「皆、飲み物揃ったか?」

「はーい」

「幹事、乾杯の挨拶頼んだ!」

 楽しげなざわめきの中、この同窓会を企画してくれた幹事君が、少し照れくさそうにビールを掲げる。


「えーと、皆さん、お久しぶりです」

「何改まってんのー!」

「キャラ違うだろ、お前ー!」

 彼が一言喋るごとに冷やかしが入る。それすらも楽しんでいる様子で、皆笑顔だ。

「まあ、細かい話は置いといて。こうして高校のクラスの皆と酒が飲める日が来たっていうのはマジで嬉しいです。積もる話もたくさんあると思うけど、今日は思う存分、飲んで語り合いましょう。ってことで、乾杯!」

「かんぱーい!」

 グラスの合わさる小気味のいい音がこだまする。

 ビールを煽る間の一瞬の沈黙。それから、わっと拍手が広がった。

 そのタイミングで次々料理が運ばれて来たので、皆のテンションはますます上がっていく。


「いやー、それにしても、■■とハルカが付き合ってるってホントだったんだねぇ。一緒に来たからちょっとビックリしちゃった」

 本当にね! と同じテーブルの女子達は早速盛り上がっている。

 皆、相変わらずこういう話題が好きだなあ。でもまあ、高校時代の同級生がその後付き合い始めたとなれば、どうしたって根ほり葉ほりき聞きたくなっちゃうよね。

「てか、付き合ってるんだよね?」

「あー、うん、まあね」

 ■■は若干照れくさそうに、間延びした返事をしていた。

「付き合い始めたのは大学に入ってから?」

「うん」

「■■から告白したんでしょ? だって、■■って高校の時からハルカのこと好きだったんだもんね~」

「えっ、そうなの?」

 私が目を瞬いて■■を見ると、耳を少し赤くした彼が抗議の声を上げた。

「お前ら、好き勝手言ってんなよ! そういう自分達はどうなってるんだよ」

「うわ、聞いちゃう? 自分が幸せだからって周りも皆幸せだと思ってんじゃないよ?」

 あはは、と皆の笑い声が上がった。


 サラダを取り分けてくれていた同級生の一人が、なおも私達の話題に戻ろうとする。

「■■は、春から商社勤めが決まってるらしいじゃん。ハルカやったね、こいつ逃しちゃダメだよ」

「えっ、商社って凄くない? エリートっぽい」

「でも、海外転勤とかあったりしないの?」

「んー、まあ、ゆくゆくはあるかもしれない」

「わあ、そしたらついて行くの、ハルカ?」

「さあ、どうかなぁ」

 首を傾げてみれば、薄情な奴だな、と半ば本気で恨めしそうな顔をした■■と目が合った。だって、プロポーズされているわけでもないし、ついていくよ、なんて当たり前みたいに言ったりしたら、何だか恥ずかしいじゃないか。


「ハルカはどこに就職したの?」

「私は学校の先生」

「へー、ハルカっぽい! 昔から子供の相手うまかったもんねえ」

「そう? でも、中学校だからなぁ。ちゃんと教えられるか心配だよ」

「中学かあ。思春期とかで大変かもね。でも■■も心配だよね、ハルカがイケメン男子生徒に言い寄られたりしないか」

「中学生相手じゃ犯罪だろ」

 確かにそうだ、犯罪だ! と皆から謎の囃し立てを受ける。もう皆、酔っ払っているのだろうか。

 私は苦笑しながらビールを飲み進めた。


 こうして客観的に周囲を見回してみても、皆全然変わっていない。

 ■■も、高校時代から人当たりが良くて、男女問わず友達が多いタイプだった。それがどうして私のような地味な女に興味を持ったのかは分からないけれど、今のところ、私たちの関係はうまく行っている。

 うちのおじさんおばさんも、彼なら安心だと口を揃えて言っていたっけ。

 二人には早く安心してもらいたいから、このまま何事もなく時が流れてくれればと心から思う。


(我ながら、堅実な人生歩んでるな)

 悪く言えば、面白みのない人生。

 でも、それでいいとも思っている。


 人生のスタートこそ、両親不在というハードモードではあったものの、その後は出会う人に恵まれて、大学まで卒業し、きちんと職を見つけることもできた。優しくて人当たりのいい恋人とは、もう三年の付き合いになるし。

(これで不満だなんて言ったら、罰が当たるよね)


 時にはこんな風に、昔を懐かしんで仲間たちとお酒を交わす夜もあって。

 私はとても幸せだ。


 ■■が、テーブルの下で手を繋いできた。

 私はその手をぎゅっと握り返し、笑みを浮かべた。 


・   ・   ・


 朝が来た。

 寝覚めはあまりよくなかった。

 何だかすごく、疲れる夢を見た気がする。


 アルディナ様の巫女就任二周年を祝うお祭りが無事に終わってから、早数週間。

 あれからも私は相変わらずの毎日を過ごしていた。


 お祭りは本当に好評で、その後もしばらくは至る所でその話題に出くわした。

 王宮の兵士御用達だったうちの定食屋にも、街の住人達が多く来店してくれるようになったと聞いている。その他の参加店も、軒並み客足が伸びているようだ。中には、お祭りの時のメニューをそのまま通常メニューに加えた店もあるという。


 やっぱり、アルディナ様本人が顔を見せてくれたのが大きかった。

 その影響は私自身にまで及び、アルディナ様と手を繋いだ娘ということで、食堂で働いている合間に客の一人ひとりが私に握手を求めてくる始末。ただでさえ握力のいかにも強そうな男達と延々握手し続けたせいで、腱鞘炎にでもなりそうだった。アルディナ様効果、恐るべし。


 そんなことを思い出しながら、私は顔を洗って身支度を整える。

 今日もまた、一日が始まる。


・   ・   ・


 食堂での仕事を終えた昼下がり、私は魔術研究所に足を運んだ。

 コリーさんとルーナさんに魔術を教えてもらうためだ。


 私の魔術センスは、はっきり言ってあまりよろしくない。

 未だに蝋燭に火をともすことさえできないままだ。

 そもそも異世界の人間である私に、魔力なんてものは存在していないのかもしれない。巫女時代に使えていた魔術は、オルディスさんに言わせれば、魔力ではなく「神力」を無理やり変換していたものだそうだし。


 でも、魔術に関する講義をコリーさんやルーナさんから聞くのは楽しかった。

 意外にも、特にルーナさんの話が分かりやすくて面白いのだ。相当マニアックな知識を色々と披露してくれるのだけれど、横暴な貴族に使用人一同が仕掛けた魔術ドッキリの逸話だとか、わずか五歳にして高等魔術を使いこなした天才子供魔術師の話だとか、普通に講演でもやれば山ほど客を呼び込めそうな話題に、巧みな話術。副業として考えてみてはどうかと提案したくなるほどだ。


「あ、ハルカちゃん、いらっしゃい」

「いらっしゃい、ハルカ」


 その日、時間通りに訪れた研究室で私を迎え入れてくれたのは、コリーさんと――何故か、我らが定食屋の看板娘・セナさんだった。


「あれっ、セナさん? 一人でここに来ているなんて珍しいですね」

 挨拶することも忘れて、第一声で突っ込んでしまった。

 だって、彼女は前々からの魔術師嫌いで、この魔術研究所を世捨て人の巣窟とでも思っているフシがあったのだ。それがまた、どうして配達でも何でもない時に。


 相も変わらず自由に散らかった研究室のソファに腰を下ろしていたセナさんは、すぐ側で調べ物をしていた様子のコリーさんと顔を見合わせ、はにかんだように笑い合った。


 な、なに、これは。

 もしや。

 恋愛力ゼロな私でも、悟ってしまった。


「実は、ハルカに報告したいことがあって、コリーさんと一緒に待たせてもらってたの」

「報告したいこと」

「あのね……、私達、付き合うことになりました」

「えーっ!!」


 大体察してはいたけれど、それでも大きな声が出た。

 だって、コリーさんと! セナさん!

 え、本当に!?


 目を見開いたままコリーさんに視線を移すと、コリーさんは実に晴れやかな笑顔で頷いた。

「いい人ができたらちゃんと報告するって、ハルカと約束したでしょ。だから、ハルカに一番に伝えたかったんだ」

「セナさん」

 前に交わした約束を、覚えていてくれたのか。

「でも、いつから?」

「アルディナ様のお祭りが終わったその日の夜にね。その……まあ、お礼とか色々話をしていたら、そういうことになったというか」

「お祭りの日!? ちょっとコリーさん、その後、私達、魔術の講義で何度も顔を合わせていたじゃないですか! 全くそんな素振り見せてなかったんですけど!?」

「いや、だってセナさんが、自分から君に伝えたいって言ってたから」

 分厚い魔導書を盾にしながら、コリーさんが怯えたように弁解する。

 そうか、セナさんとは会う機会がなかったから、それで今日になったんだ。


 うわあ、でも、本当に驚いた。

 確かにセナさん、最近はコリーさんを褒めるようなことも言ったりしていたけれど。

 でもでも、でも。

「……セナさん。コリーさんはどう見てもセナさん好みのゴツい体はしてないと思うんですけど、それはいいんですか」

 思わず呟くと、コリーさんがうっと胸を押さえるようなしぐさを見せた。

 ごめんなさいコリーさん、あなたを否定する気持ちは全くないんです。ただ純粋に、どうしても気になってしまっただけで。

「やあね。言ったでしょ、私は芯の強い男が好きなんだって。筋肉は二の次。……まあ、あるに越したことはないんだけどね……」

 そう言いながら、セナさんはちらりとコリーさんに視線をやった。

 コリーさん、今日から筋トレ頑張ってください。


・   ・   ・


 数日後、食堂のリックさんにセナさんの件を報告すると、「へー、そうなんだ」と案外薄い反応が返ってきた。リックさんはコリーさんのことを知らないから、仕方がないのか。


「あんまり驚きませんでした?」

「というか、まあ、セナさんモテそうだから、むしろ今まで相手がいなかった方が驚きだったかな」


 食堂の営業時間が終わり、今は後片付けの時間だ。

 床のモップ掛けに精を出していたリックさんは、手は止めないままに溜息をついた。


「それよりも、と言っちゃなんだけど、俺は今度の社交会のことで頭がいっぱいだよ」

「社交会……」

 私はと言えば、洗い終わった大量の食器を所定の場所に片付けている。洗い物自体は、乾燥まで魔道具がやってくれるので大助かりだ。さすが王宮の施設なだけあって、街中の飲食店とはシステムのレベルが違う。


 リックさんのいう社交会については、私も知っていた。


 一か月後、国王主催で、貴族の集まる盛大な立食パーティーが開かれるそうなのである。

 食堂の立て直しで手腕を発揮したリックさんは、なんとそのパーティーで振る舞われる料理作りの一員に見事抜擢されたらしい。そのためか、ここ最近の彼はやや気もそぞろな様子だ。


 リックさんは、街でのお祭りの時、うちの定食屋が提供するメニューをご主人達と一緒になって色々と考えてくれていた。それらの中には、アルディナ様をイメージしたメニューということで、民間の定食屋が提供するには上品すぎる品もあったようなのだ。そうした没メニューを王宮側に提示したところ、立食パーティーでの一品として採用されることになり……という流れだそうで。リックさん、大躍進である。


「頑張ってくださいね、リックさん。晩餐会で腕を振るうなんてすごいです」

「他人事って感じだね、ハルカちゃん」

 やや恨めしそうなリックさんの声。

「いや、そんなことないですよ。心から応援してますってば!」

「せっかくだし、ハルカちゃんも一緒に来ない?」

「何言ってるんですか、私みたいな素人が行っても何にもなりませんよ」

「給仕の方なら人手も足りないようだから、歓迎されるよ」

 もう、リックさんてば、一人でトイレに行けない女子中学生でもあるまいし!

「リックさんの腕が買われてお声がかかったんですから。私のようなお荷物をわざわざ腰にぶら下げようとしないで、しっかり自分でお役目を果たしてきてください! 身一つじゃ不安だって言うなら、リックさんにはうちの定食屋の看板をがっつり背負ってもらっているわけで、全く一人じゃないので安心してくださいね」


 わざと突き放すようにそう言えば、リックさんはぐっと言葉に詰まった様子を見せ、それから神妙に頷いた。

「……そうか。そうだよな。ごめん。この期に及んでまだ定食屋やハルカちゃんに支えてもらおうなんて、あまりにも情けなかった」

 よし、ともう一度、今度は力強く頷いて。

「死ぬ気で頑張ってくる。定食屋のご主人やおかみさんたちに恥じることのない働きをして、王宮の人たちに認めてもらってくるよ」

「そうですよ、その意気です、リックさん」

 私は嬉しくなって、両手を叩いてリックさんを応援した。


 皆、色んなところで、それぞれの道を歩み始めている。

 確かに時は過ぎているのだと実感せずにはいられない。

 例えそれが大きな一歩ではなくとも、小刻みでも構わない。歩みを止めることさえしなければ、確実に前進していけるのだから。


 私は、私はどうなのだろうか。

 ちゃんと、ほんの小さな一歩であろうとも、確かに足を前に踏み出せている?

 周りの皆がどんどん遠くへ進んでいく背中を、ただ眺めて佇んでいるだけではない?


 私に与えられた時間はもうほとんどない。

 いつまでも、この場でたたらを踏んではいられないのだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この場合は「たたらを踏む」ではなく「二の足を踏む」ではないでしょうか?
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