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72.今なら心から笑って伝えられます

 悩む間にも、どんどん時間は流れていく。

 ノエルとは気まずいままに、私が王都へ戻ってからとうとう四か月半。


 ついに、アルディナ様の巫女就任二周年を祝うお祭りの本番がやって来た。


 私の思いつきから始まったこの計画も、気付けばたくさんの人達を巻き込みながら、近年稀に見る一大イベントへと仕上がりつつある。


 出店する飲食店は最終的に十八店舗となり、しっかりした食事系のお店から、飲み物やスイーツ系のお店まで、ジャンルも多種多様だ。事前に各店の出品フードを見せてもらったが、どれもアルディナ様のイメージ通り、繊細かつ美しく、柔らかな印象の仕上がりで、味もそれぞれ素晴らしかった。

 また、コリーさんが頑張ってくれたこともあり、高価な魔道具類も破格の値段でレンタルすることができたので、店の設営から厨房の設備まで、野外イベントとは思えないほどに本格的だ。


 当日は、晴天。


 会場は、かつて若者達のダンスパーティーが行われた、街の広場だ。

 開場前から広場の周囲には来場客がひしめいていて、大盛況を予感させる。

 大きな円を囲うようにして設置された各ブースからは、そんな彼らを惹きつけてやまない、得も言われぬいい匂いが漂ってた。


 やがて開場時間がやって来て、組合の代表者が壇上で挨拶を述べて。

 風船によく似た色鮮やかな魔道具が空へと放たれると、広場からは大きな歓声が上がった。


「ついに始まったわね、ハルカ!」

 青空に散らばる色とりどりの風船もどきを眺めながら、セナさんが上機嫌に声をかけて来た。

「これからが本番だよ。元気よく、楽しく行こうね!」

「……はい!」

 私は笑って頷き返した。

 ノエルのことがあってから、何となく心ここに在らずな状態が続いてしまっていたけれど、塞いでばかりいても仕方がない。クヨクヨしたまま一年が過ぎてしまったら、それこそ何のためにこうしてここにいるのか分からなくなってしまうではないか。

 今日はとにかく、楽しもう。


「うちの定食屋は、私が見てるから。ハルカは祭り全体に気を配っておいて。頼んだわよ」

「はい、分かりました。よろしくお願いします」

 祭りの言い出しっぺである私は、完全に運営スタッフ的な立場に割り振られている。

 予想以上の人出だから、どこでどんなハプニングが起こるかもわからない。楽しみつつも、周囲に気を配るようにしなければ。


「あ、おーい、ハルカちゃん!」

 人混みの向こう側からこちらに手を振っているのは、コリーさんとルーナさんだ。

 こんな街中で彼の姿を見るのは初めてだったから、少し驚いてしまった。

「コリーさん、ルーナさん! 来てくれたんですね」

「うん。魔道具の調子を見れる人材が必要だと思って来たんだけど……。いやあ、物凄い大盛況だねえ。人酔いしそう」

「店の数も随分たくさんあるようですね。これは全店制覇のし甲斐があるというものです! ハルカさん、一店舗につき一品の出品なのですか?」

 ルーナさんの目が爛々と輝いている。

「えっと、お店によっては数品出してるみたいですよ。甘味とかそういう系のお店ですけど」

「なるほど、それは重畳。では私は早速出陣して参りましょう! コリー、ここで解散で良いですね」

「ええっ、別行動なの!?」

 そういう間にも、ルーナさんの姿は見えなくなっている。

「凄い、ルーナさん、もういない……」

「まったくもう、ルーナの奴、本当に薄情なんだから」

「コリーさん、良かったらうちの定食屋にもぜひ寄って行ってくださいよ。食べて行ってくれたら、ご主人達もセナさんも喜びます」

 せっかくなのでそう提案してみれば、コリーさんはほんのり顔を赤くして頬をかいた。

「セナさんもここに来てるんだ?」

「そりゃあ、うちの定食屋の看板娘ですから」

「影のボスって噂も聞いてるけどね」

 おや、コリーさんてば、愛しのセナさんのことをそんな風に茶化すスキルを身につけていたのか。これはいつの間にやら、二人の距離は思った以上に近づいている……のかもしれない。


「あっ、見つけた」

 その時だ。また別の方向から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返れば、人混みをかき分けながら近づいてきたのは、シズルさんとエリオットさんだ。

 彼らの片手には、ちゃっかりとどこかのお店で調達してきたらしい一品がある。一見すると生春巻きのようなそれは、半透明の薄い皮がまるでレースのように重ねられていて、美しいだけでなく、同時にとても美味しそうでもある。

「シズルさん、エリオットさん! こんにちは」

「知り合い?」

 コリーさんの問いかけに、私は頷いた。

「今回の企画で、広場の警備を担当してくれている、王宮の兵士のお二人です。……なんですけど、その手のそれは何ですか?」

 じとりと生春巻きを見つめると、エリオットさんが慌てたように弁解した。

「いや、これは店の店員が、警備を宜しくと挨拶がてらにくれたもので」

「そーそー。生真面目なこいつが、仕事中に勝手に買い食いなんてするはずないじゃん?」

 そう言いながら春巻きにかぶりついているシズルさんに関しては説得力ゼロだ。

「へえ~、美味しそうだなぁ。僕も早速、セナさん達に挨拶しがてら店を回ってみるよ。それじゃまたね、ハルカちゃん」


 去っていくコリーさんを見送ってから、シズルさんはぼそりと呟いた。

「……彼氏?」

「違いますっ。王宮の魔術師の方ですよ。魔道具を色々とお借りしているので、様子を見に来てくれたんです」

「魔術師か……。あんまりそうは見えなかったな」

 エリオットさんがもっともな感想を述べる。

「いい人ですよ、本当に。魔術師が皆、人嫌いな偏屈者と思っちゃいけません」

「いや、俺は一言もそんなことを言っていないんだが」

 ややひきつった表情で、エリオットさんが訂正した。

「それより、あんた、これ食べるか」

 そう言って、生春巻きの入ったお皿を差し出してくれる。

「え、いえ、悪いですよ。エリオットさんが貰ったんですから、エリオットさんが食べて下さい」

「仕事中に買い食いしてんじゃねぇ的なこと言っといて?」

 シズルさん、あなたはもう既に食べ終わっているというのにそのツッコミ。

「あれは冗談ですってば。せっかくのお祭りなんですから、お二人も警備しがてら楽しんで行ってくださいよ。他の警備の方にも伝えておいてくださいね。遠慮せずお祭りに参加してほしいって」

「それは伝えておく。でも俺は、今は腹も減っていないから、これはいい」

 いいから食べろと強く押し付けられてしまった。

 嬉しいんだけれど、本当にいいのかなあ。そんなに物欲しげな視線を送ってしまっただろうか。

「じゃあ、また何かあれば報告する」

「それじゃあ」

 軽い挨拶と共に、二人も立ち去ってしまった。


 それにしても、こうして広場を練り歩いていると、やはり王都というものは、街の住人達が作り上げているものなのだと実感する。

 王様がいてこその王国であり王都であり王宮だけれど、街の皆がいなければ、やっぱりそれらは成り立たない。老若男女、それぞれが笑って泣いて、歯を食いしばって、そして互いを支えあいながら暮らしている。

 今日の皆は、総じて笑顔だ。

 美味しいね、と微笑みあい、見た目にも綺麗だね、と感心しあい。次はあっちへ行ってみよう、今度はこっちへ行ってみよう、そんな弾んだ声があちこちから聞こえる。

 ちょっとしたいざこざが起こりそうになる場面もあるけれど、そんな時、皆決まって口にするのだ。今日はアルディナ様のお祝いなのだから、争い事はやめにしよう――と。


(アルディナ様の想いは、こんなところにまで、行き届いているんだ)


 自らの心の弱さから、私を再召喚してしまったというアルディナ様。

 疲れ果て、弱り果て、たくさん傷つくこともあっただろう。それでも彼女が巫女として皆にもたらしたものは、こうして確かにその芽を育んでいるのだ。


(すごいな、アルディナ様は)


 本人にとっては、後悔することも色々とあったのかもしれない。けれど、彼女だからこそできたことも、確かにあったのだと実感する。



 そうして結局、大きな問題が起こることもなく和やかな時間が過ぎていった。

 人気店はお祭りの終了時刻を待たずに段階で売り切れになってしまったようで、それは我らが定食屋も同じだったようだ。


「ハルちゃん、ちょっと立ち寄っていかないかい」

 お祭りももうそろそろ終わりが見えてきた頃、定食屋のおかみさんが店先から顔を出して私を呼んでくれた。

「おかみさん、お疲れ様です。売れ行きは順調だったみたいですね」

「順調も順調、もうヘトヘトだよ。さっき最後の一皿が出たところさ」

 やれやれ、とおかみさんは自身の肩をたたく仕草をしながら、それでもまんざらではなさそうだ。店の片づけを始めていたセナさんや手伝いのリックさんが、にこにこしながらそんなおかみさんの様子を見守っている。

「巡回していても、うちの料理が美味しかったっていう声はたくさん聞こえてきましたよ」

「それは良かった。でも、ハルカちゃんもずっと働き通しだったんだろう? ちょっとは楽しめたのかい」

 同じように片づけをしていたご主人が、気遣うように声をかけてくれる。

「はい、もちろん。他のお店の皆さん、私の顔も覚えていて下さったみたいで、どこを通っても、これを食べていきなさい、あれも食べていきなさい、って持たせてくれて」

 私ももうお腹いっぱい、とパンパンになったお腹を叩いていせた。

「何だ、普通のお客さんより食べてるな」

 そんな風に、皆で笑いあって。

 さあ、最後のもう一仕事だ。


 遠足は、うちに帰るまでが遠足なのだというし。お祭りも、片付け終わるところまでがお祭りなのだ。気合を入れ直し、お祭りで出たゴミの処分でも始めようかと思った時――。


 会場の空気が揺れた。

 次いで、ざわり、というどよめきが一斉に広がる。

 来場していた人々の視線は、ある一点に集中していた。その先にあるものは、人だかりのせいでここからはほとんど見えない。


 一体、何事なのだろう。

 せっかく平穏無事にお開きになりそうだったのに、まさかここへ来て何か問題でも起こったのだろうか。


 慌てて騒ぎの中心へ向かおうと、一歩を踏み出した時だった。

 次の瞬間には、その足が止まってしまった。

 何故なら――その「渦中の人物」の方から、こちらへやって来たからだ。


 ざわめきは止まない。

 けれど、広場を埋め尽くしていた人々は、ごく自然に、「彼女」のために道を開けた。


 人々の波が二つに割れていく。

 そして、その向こう側から歩み寄って来たのは、アルディナ様だった。


「どうして……」

 アルディナ様がここに。

 驚きのあまり、声がかすれた。

 しかし、皆まで言わずとも、私の思いははっきり彼女に伝わっただろう。


 アルディナ様は私の目の前までやって来ると、足を止め、それから優しく微笑んだ。

 まるで女神が天から地上へ舞い降りたかのようだった。

 淡い金の髪はいつものように艶やかに波打ち、キラキラと輝いて見える白く華奢なワンピースは、やはりいつものようにふんわりと彼女の肌を包んでいる。そこに立っているのは、もはや私には見慣れたアルディナ様そのものであったはずのに、こうして街中で対面すると、その美しさが一層際立って感じられた。


「驚かせてしまってごめんなさい」


 アルディナ様は、微笑みながらそう言った。

 数か月ぶりに聞く彼女の声は、ただ優しげなだけではなく、確かな強さを秘めている。


「街の皆さんが私の就任二周年をお祝いして下さっていると聞いて、どうしても直接皆さんに会って、お礼を伝えたくなったんです」

 それからアルディナ様は私の両手を取り、強く握りしめた。

「ハルカさん、あなたがこのお祭りを企画なさったそうですね。お疲れさまでした。そして、本当にありがとうございます」

「え、あの」


 どうしよう、この状況は、全くの予想外だった。

 ここで私はどうすればいい。


 おろおろと周囲を見渡すと、アルディナ様の後ろで控えるソティーニさんの姿を見つけた。彼女は呆れたように肩をすくめ、しっかりしろと視線で説教を寄越している。そしてその傍らに――ノエルの姿は、ない。代わりに、私の知らない騎士が、静かに控えているのみだった。


「こうして皆さんの楽しそうな笑顔を見ることができたのが、一番嬉しい。それも、ハルカさんをはじめ、このお祭りを支えて下さった皆さんのおかげですね」

「アルディナ様……」

 私は、彼女の手を握り返した。

 そしてそのまま、ぶんぶんと両手を振る。

「アルディナ様こそ、ここまで来て下さってありがとうございます。まさかアルディナ様ご本人が足を運んでくださるなんて、夢にも思っていなかったからとても驚きました。でも、同時にすごく嬉しいです。――もちろん、私だけじゃなく、きっと街の皆も。だって皆、アルディナ様のことが大好きだから」


 興奮冷めやらぬまま素直な思いを伝えると、わっと大きな拍手が上がった。

 まるで、広場の人々が私の言葉に賛同を示すかのように。

 その拍手は鳴りやむ気配を見せるどころか、どんどん大きくなっていく。驚いて周囲を見渡す私とアルディナ様をあっという間に包み、広場は一体感に包まれた。私とアルディナさんは、拍手の嵐の中、手を取り合って顔を見合わせ、それからふっと笑い合った。


「アルディナ様」

「はい」

 大きな拍手のせいで、隣り合っていても互いの声がやっと聞こえる程度だ。

「私、この街が――この世界が、大好きです」

「……はい」

「一度目に来たときは、この世界のことを知らないまま去ってしまいました。それで、終わってしまうところだった」

「ええ」

「だから、この世界へもう一度来れてよかったと……今は心から思っています」

「ハルカさん」

 アルディナ様はとても嬉しそうに笑ってくれた。

 巫女としての微笑みとはまた違う。一人の女性の、屈託のない笑みだった。


 そしてアルディナ様は私と片手を繋いだまま、街の人達の方へ向き直った。そのまま、大きく彼らに向かって手を振って見せる。

 もう一度盛大な歓声が上がり――こうして、お祭りは大成功のうちに幕を下ろしたのだった。

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