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69.お祭りは、当人が楽しければいいのです

 もうすぐ、アルディナ様が巫女になって二周年を迎えるという。

 そのために、街中はいつになく色めきだっている。

 祝神祭の時のように、またパレードが街を練り歩き、アルディナ様を一目見られるかもしれない――なんて、街の人達は期待したりしているらしい。


「でも、残念ながら、そういう華やかな祝い事は予定されていないみたいだよ」


 すっかり定食屋の常連と化したアルスさん、ご主人の好意で出された料理をつまみながら、ちっとも残念じゃなさそうにそう打ち明けてくれた。

 それを聞いた店の客たちは、一斉にブーイングを起こす。俺に文句を言われても困る、とアルスさんも反論するけれど、皆聞いちゃいない。


「こういう機会でも無きゃあ、俺たち一般人がアルディナ様にお会いすることもねえんだ。その辺、おかみもどうして分かってくれないのかねえ!」

「そうだそうだ、あの美しさを王宮の中に閉じ込めておくとは、それだけで罪深い!」

「ほーら、酔っ払いのオッサン達! あんまり度が過ぎたことを言ってると、そのお上にしょっ引かれても知らないよ!」

 セナさんが慣れた調子で酔った客たちをあしらっている。

 今度は標的をセナさんに代えて愚痴り始めた常連客達だったが、やがてそのうちの一人が、からりと笑ってお酒の入ったジョッキを振った。


「おっ、そうだ、いいこと思いついたぞ! 王宮が何にもしてくれねえなら、俺らで勝手に祝い酒しようぜ! アルディナ様の美しさを称える飲み会をよ!」

「おー、そりゃあいい! おいオヤジ! ぜひやろうぜ!」

 野太い男たちの声が厨房まで飛んで行ったらしい。ご主人が眉尻を下げつつ顔を出した。

「何言ってるんだい。主役不在で男どもで飲んだくれていたんじゃあ、いつもの飲みと変わらないだろうに」

「いいんだよ、祭りなんてのは、楽しけりゃあ。やりたい奴が好き勝手やるさ!」

 そうだそうだ、とますます調子のいい声が上がる。

 苦笑しながら私とセナさん、それにアルスさんは顔を見合わせていたけれど――。


(ん、でもそれって、いいかもしれない)

 ふと、ひらめくものがあった。


 ――地域の飲食店が、それぞれの利益を邪魔しない範囲内で、協力し合えるような『何か』がないか――


「そうか! セナさん! あったよ、あった!」

「えっ、何、何があったのハルカ?」

「やりましょう。うちのお店だけじゃなくて、この辺一帯の飲食店巻き込んで。アルディナ様を称えるお祭り、やりましょうよ!」

「ええ!?」

 セナさんは、訳が分からないというように目を白黒させている。

 でもきっと、セナさんも賛成してくれるはずだ。ご主人とおかみさんも巻き込んで。皆で、一大イベントを開催しよう!


・   ・   ・


「ははあ、なるほどね。つまり、各飲食店が独自の発想でアルディナ様を思い描いた料理を作って、それを出店する祭りを開くってことか」


 数日後、リックさんも交えた定食屋のメンバーに、私はアイディアを披露した。


 今は、ちょうど昼下がりの時間帯だ。

 ご主人達の定食屋は中休み、そしてリックさんも王宮での仕事が一息ついた頃合いである。それでも皆忙しい身なのには変わりないので、無駄な話で貴重な時間を潰すわけにはいかない。私の思いつきが彼らにとってつまらないものだったらどうしようという不安と共に、それでも私は熱弁をふるう。


「はい。これまでも、お祭りに屋台は色々出ていたと思うんです。でも、それはあくまで主役が別にあって、食べ物は皆の小腹を満たす程度の脇役に過ぎなかったですよね。だけど今度は、違います。食べ物自体が主役なんです。それぞれの飲食店が、そのお店の技と創造力を駆使して、自慢の一品を作る。それを一つの広場で食べ比べできたら、面白そうじゃないですか?」

 元の世界ではよくあったグルメフェスティバル。

 私がイメージしているのはそれだ。


「いいじゃないですか。確かに面白そうだ」

 リックさんは乗り気で頷いてくれた。

「本当、楽しそう! アルディナ様を思い描いた料理、ってお題があるのがまたいいじゃない。ぜひやりましょうよ、これ!」

 セナさんも、予想通り諸手を挙げて賛成してくれる。

 もうひと押し、と私は言葉を続けた。

「お題があることで街の皆の興味も引けると思うし、全然系統の違う飲食店が集まっても、ちゃんとお祭りらしい統一感も出るんじゃないかと。それに、アルディナ様ご本人がいらっしゃらなくても、アルディナ様を称えるお祭りだっていうのが分かりますし」

 定食屋の常連客が言っていた通りだと思う。

 祭りというやつは、騒ぎたい人たちで騒げれば、それで大成功なのである。


「しかしねえ。そんな大きな祭りを、うちが先導してやるっていうのは」

 ご主人は、どうやら少し及び腰だ。

「恥ずかしい話だが、飲食店の組合で話題に出したとしても、話に乗ってくれる店があるものか、自信がないんだよ。うちの店は、あまり地域に貢献できていないから」


「それならなおさら、今、声を上げましょうよ!」

 むしろ私の狙いはそこにある。

 大好きなこの定食屋が、地域から浮いた存在になりつつあるというのなら。今ここで、皆と一つの輪を作るために、動くべきだ。

「ハルカちゃんの言う通りだと思いますよ。こういう催しなら街の活性化にも繋がりますし、それぞれの飲食店の知名度や集客率の向上も期待できますから、きっと他店にも歓迎されるでしょう。何より、アルディナ様の二周年という節目を逃す手はないですよ。そういう名目なら、国からの支援も多少は見込めるかもしれません」

 いいぞ、リックさん。どんどん理論的に攻めて下さい!

「しかし、やるとなったら、現実的な問題についても色々と考えないといけないぞ。広場を使う許可が下りるのか、そこで飲食の催しをやっても良いものか。人が多く集まるのなら、安全面の配慮も必要だろう。それに、広場に出店となると、どこでどうやって調理するのかも考えものだ」

 ご主人はあくまで冷静に言葉を続ける。

 確かに、楽しそうだからやりましょう、だけで片付く話でないのは確かだ。

「でも、やってできないことはないと思うんです。皆で力を合わせれば、きっと実現できるはずです」

 何事も、為せば成ると言うではないか。

「それに、私も頑張ってみます」

「え?」

「私、この定食屋を離れている間に、王宮で色々とコネ作ってきたんです! 魔術師の知り合いとか、兵士の知り合いとか。魔道具の貸し出しや警備なんかで力を貸してもらえないか、掛け合ってみます」

 なんなら、この国のトップクラスの人材にも掛け合えるコネがあるぞ。無駄に苦労ばかり積んでいたわけではないのだ。


「お前さん。こうなったら、やれるだけやってみようじゃないか」

 ここまで黙って話を聞いてくれていたおかみさんが、ついに口を開いた。

「ハルちゃんにここまで言わせて、それでも背を向けるなんざ男じゃないよ。それに何より、これが実現したら、きっと街の皆に喜んでもらえるよ。美味しいものを作って、皆に喜んでもらう。それが私たちの生きがいじゃないのかい」

 ねえ、ハルちゃん。そう言って笑うおかみさんの、何とたくましいことか。

 そして、やはりおかみさんの言葉は何よりも重かった。ご主人は、苦笑いを見せつつも、確かに心を揺らしてくれたようだ。

 そして。


「――そうだなあ。それじゃあ、やれるところまで、やってみようか」


 こうして、王都初のフードフェスティバルに向けて、計画は動き出したのである。


・   ・   ・


 そうと決まれば、善は急げだ。

 そうでなくても、アルディナ様の巫女就任二周年まで時間がない。


 ご主人達は、さっそく飲食店組合に今回の話を持って行ってくれた。

 最初は訝しげに話を聞いていたという他のお店の人達も、計画の全体像が見えたところでかなり乗り気になってくれたらしい。出店までの準備等、色々大変なことはあるだろうけれど、彼らにとっても決して損な話ではないのだ。

 最終的には、十店舗以上のお店が参加を表明してくれたという。


 一方の私は、宣言通り、王宮中のコネを使って協力者を募り始めた。

 まずは、祭りの間の警備問題。

 当然組合側からも国に援助申請をしたのだが、私は私で、巫女巡礼で一緒だったガンヌさん、そしてシズルさんやエリオットさんにも話を持って行った。

 ガンヌさんなどは、特に今度の話に興味津々で、ぜひ力になると快諾してくれた。ガンヌさん自身が結構な重役だったようなので、彼からも国に口を利いてもらったことで、当日の警備回りはもちろん、広場の設営などの力仕事まで国の兵士達に手伝ってもらえることになったのだ。これはとてもありがたい。

「何かあれば力になるとは言ったが、まさかこんな形でとはな」

 エリオットさんはどこか呆れた様子で、そんな風に言っていた。

「ま、俺たちの力が平和に利用されるんならいいんじゃないの」

 とは、シズルさんの弁だ。



 そして広場での出店の原動力となる、魔道具の問題。

 広場で調理をするにしても、各自の店で調理したものを持参するにしても、ぜひとも魔道具の力を借りたいところだ。それに、照明やらなにやら、他の様々な部分でも、魔術なくして今度の祭りは成り立たない。


 この問題については、コリーさんとルーナさんにお願いをすることにした。

 セナさんとタッグを組んで、魔術研究所を訪問して。

 コリーさんなどはすっかり舞い上がってしまって、例えオルディスさんに破門にされようとも、とびきりの魔道具を多数用意すると約束してくれた。いや、職をかけてまで頑張ってもらうのはさすがに心苦しいのだけれど。


「実は僕、魔術を人の暮らしに役立てるための研究を専門にしてるんだ」

 少し照れくさそうに、コリーさんは語ってくれた。

「魔術ってすごく便利なものなのに、王宮がその利益をあまりに独占しすぎてるでしょう。でも、民間の暮らしが発展せずに国が発展していくことはありえないと思うんだよね。だから、少しずつでも、魔術を人々に還元していきたいんだ」

「コリーさん、その信念に忠実すぎて、何度も国から始末書を提出させられてるらしいんだよね。それでもめげないんだから、見た目に似合わず根性あるでしょ?」

 セナさんが笑いながらそう言った。

「私はただひたすらに、魔術の可能性を追求せんがために魔術師を続けておりますがね。ハルカさんの頼みとあらば、一肌でも二肌でも脱いでご覧に見せますとも」

 ルーナさんの言葉も、とても頼もしい。

 二人の魔術師のおかげで、こちらもどうにか目途がつきそうだった。



 今のところ、全ては順調に動いている。

 祭りの日取りも決まり、街の人々への大々的な宣伝も始まった。

 祭りの打ち合わせのために、ご主人達の定食屋へ他の飲食店の店主達が顔をのぞかせる姿もちらほらと見るようになった。

 ご主人達も、どんな料理を出そうかと研究に余念がない。お店が閉まった後、深夜の時間帯まで試作品づくりを楽しそうに行っていると、セナさんが教えてくれた。


 皆が一つにまとまっていく。

 それぞれが別々に毎日を送っていく中、自らの意思で、一つの大きなうねりを作り上げている。そして、私もその一員だった。この街で、私は異色の存在ではなく、確かに皆の仲間でいられるのだ。


(それが何だか、心地がいい)


 以前の召喚の時とは違う。

 そして、私の世界での暮らしとも違う。

 どちらの時も、私は流されるようにして暮らしていた。

 でも、今は違うのだ。


 夜、自室の小さな窓から月を眺めて思う。

 王宮の広大な庭には、魔道具で照らされた仄かな明かりが点在していて美しい。けれど、ずっと高く遠くに広がる夜空には、それらとは比べものにならないほどたくさんの、そして明るい星が瞬ている。

 かすかに虫の音が、窓から漏れ聞こえてきて。


(いいな)


 私はふと目を閉じ、静かな夜の音に聴き入った。


(この世界に来れて、よかった)


 この時、心からそう思うことができた。

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