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61.覚悟を決めるとき

 翌日。

 空は晴れ渡り、風は凪いでいた。


 アルスさんが欠けた一行は、それでも大きな問題が起こることもなく、順調に帰路を行く。


 そしてとうとう、懐かしの王都が見えてきた。

 なだらかな丘の上から見渡す、夕日に染まった王都の景色は、馬車の小さな窓越しとはいえ圧巻だ。

 二度目の召喚の際、森の中を彷徨った挙句にたどり着いた時の景色とよく似ていて、その当時を思い出さずにはいられなかった。

 でも、あの時とは違う。今は、私の帰りを待っていてくれる人が、王都にいるんだ。


 王都一番の大通りを突っ切るには目立ちすぎるということで、一行はわざわざ大きく迂回して、細い裏道を選んで街へ入ることになった。

 がたがたと悪路に揺られる馬車の中で、私はどうも落ち着かない。このまま馬車から飛び出して、懐かしの定食屋へと駆けつけたいくらいだ。ここまで来て、今更そんなことはしないけれど。


 間もなく馬車は王宮の門を潜り、敷地内の小さな小道を通って、目的地へと到着した。

 同じ馬車に乗っていた世話役の女性たちが、わらわらと馬車を降りていく。私もその中に紛れて久しぶりに地面を踏みしめた。


 ああ、本当に、王宮へ戻って来たんだ。


 嬉しいわけではないのだが、何とも言えず感慨深くはある。

 立派な柱が均等に並んだ、高く壮麗な建物を見上げて、私はため息をついた。


 さてこれからどうしたものかと思っていると、別の場所へアルディナ様を送り届けて来たらしいノエルが私を迎えに来てくれた。

「ハルカ、お前は俺と一緒に来い」

「う、うん」

 ありがたいのだけれど、アルディナ様周りのことは大丈夫なのかな?

 なんて思いがしっかり顔に出ていたらしく、

「お前を別の奴に預けると、そのままあの方に連れ去られそうだからな」

 と、しっかりくぎを刺されてしまった。

 あの方、というのはもちろんフラハムティ様のことだろう。

「あの、アルディナ様は?」

「帰還の報告のため、国王と神官長のところへ向かった」

「え、それって、ノエルも一緒じゃないとまずいんじゃないの?」

「俺はただの護衛だから、まずいってほどでもない。それよりも、表沙汰にはできないお前の身の振りの方がよほど重要だ」

 並んで歩きながら、ノエルは事もなげにそう言った。

 でも、アルディナ様にしてみれば、こういう時こそノエルに側にいてもらいたいんじゃなかろうか。私がそんなことを心配するだなんて、おこがましいとは思うけれど。


 王宮内部に入ると、今度の旅で警備を務めていた兵士達の姿があった。

 ガンヌさんをはじめ――エリオットさんやシズルさんもいる。何だかんだで彼らにはお世話になったし、一言挨拶をしておきたい。

「少しだけ、いい?」

 隣のノエルを見上げると、彼は小さく頷いてくれた。

 しかし、あまり悠長に世間話をしている場合ではないだろう。私はささっと彼らに駆け寄り、簡単にこれまでの旅のお礼を伝えた。

 すると、彼らはまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、私の顔をまじまじと見つめてくる。

「何で、あんたが礼を言うんだよ?」

 心底分からないという風に、シズルさんが問いかけた。

「この旅で一番理不尽な目に遭ったのは、あんただろうに」

「いや、でも、色々と助けてもらったのは、事実だから」

「……全く、あんたはとことん変わった人だな」

 エリオットさんは、呆れたとでも言いたげにため息をついた。

「これからどうするのかは知らないが、力になれることがあれば遠慮なく言ってくれ。できる範囲で協力する」

 それでも、そんな風に言ってくれるエリオットさんは優しい。

「俺も当然力になりますよ。当初は葬式みたいな旅だと思っていたが、あんたが来てから色んな意味で随分と賑やかになって、俺としちゃあ有り難いことでしたしねえ。悪いモンは炙り出せたし、『気脈』も正せた。結果的にはいい旅だったと、そう締めくくりましょうや」

 ガンヌさんの底抜けの明るさに、確かにいい旅だったのかもしれないだなんて納得してしまいそうになるけれど、いやいや、待って。シズルさんをして「一番理不尽な目に遭った」と評価せしめた私に対して、そのポジティブな結論はおかしいでしょう、やっぱり。

 でも――まあ、無事にここへ戻ってこれただけ、ひとまず良しとしてもいいのかな。


・   ・   ・ 


 それから私は、応接間のようなところへ連れられた。

 ベルベット調の生地がピンと張られた高そうなソファを勧められ、親切にもお茶とお菓子を出してもらった私は、いかにも寛いで下さいと言わんばかりの待遇に、どうしてよいものかと逆に落ち着かない。


 何でも、私という「一般人」が、召喚士ルーノさんの「気まぐれ」によって「無意味に」巫女巡礼の場へ吹っ飛ばされたという「事実」は、王宮内でも知る人には知られるところとなっているらしい。

 そういう訳なので、そんな一般人な私をきちんと保護したという記録は正式に残しておかねばならない、と言うことだった。それが、この歓待ぶりの理由である。


「ついでに、この『保護』の流れから、フラハムティ様との面会を取りつけるつもりだ。表向きは、お前は前巫女としてじゃなく、巡礼に巻き込まれた一般人として彼に会ってもらうことになるだろう」

 私の向かいのソファに腰かけ、なにやら調書のようなものをつけているノエルにそんな風に言われて、私は首を傾げた。

 随分と回りくどいやり方ような気がするのだが、どういうことだろう。


「秘密裏に話をつけようとすれば、フラハムティ様にお前の存在をもみ消されてしまうかもしれない。それこそ、前みたいにあの方の手元に隠されて、知らん顔をされてしまっては敵わないからな。だったら、ちゃんと記録に残して面会を申し込んで、『帰り道』を確保しておきたいんだ」

 ああ、なるほど。

 色々と、駆け引き的なものがあるわけね。王宮に一年間暮らしていたことがあるとはいえ、ほぼ引きこもり状態だった私に、そこら辺の微妙な駆け引きが分かるはずもない。

 もうその辺りは、素直にノエルに任せておこう。

「いい方に考えれば、今回、お前が巡礼に飛び込み参加したことで、ようやく俺との接点ができたわけだからな。存分に活用させてもらう」

 この腹黒そうな、騎士様にあるまじき発言。何とも心強い。


 しかし本当に、これからが最後の正念場だ。

 窓から差す西日が眩しい。まだだ、まだ終わっていないのだと、その強烈な赤が私に訴えかけているかのようだ。


 ――と、そんな時だった。

 不意に、部屋の空気がざわりと揺れた気がした。

 それは私の思い違いではなかったようで、ノエルもペンを走らせる手を止め、手元の書類から鋭く顔を上げた。ソファに預けていた剣を取りすかさず立ち上がったノエルに、私も緊張して身構える。


「ハルちゃん、おっかえり~!」


 が、その直後に響いたのは、何とも緊張感のない、ふやけた青年の声だった。

 空間が歪み、突如そこに「人」が象られていく。


「ル、ルーノさん!?」


 トン、と軽い足音と共に床に着地したのは、諸々全ての元凶と言っても過言ではない、召喚士ルーノさんその人なのだった。


 にこりと微笑んだルーノさんは、相変わらず黙っていればとんでもない美人だ。

 だがしかし、この男が人を玩具程度にしか考えていない極悪非道の大迷惑男であることは、もはや疑いようのない真実である。

 私はノエルが一歩を踏み出すよりも早くルーノさんに飛びかかり、その滑らかな白い頬を両手でつねり上げた。


「ルーノさん! あなたって人はー!!」

「いっ、痛い痛い! ホントに痛い、ハルちゃん!」


 当然だ。手加減ゼロで、本気で頬をつねっているのだ。つねるというか、もはやもいでやるという心意気のもと、全力を出している。それほどまでに、私の怒りは深く大きい。


「言いたいことが色々ありすぎて! もうどこからこの怒りをぶつけたらいいのか!」

「ごめんって~! お願いだからとりあえずこの手放してよ!」


 半泣きで訴えられて、ようやく私はルーノさんを解放してあげた。

 でもまだだ。断じて許したわけじゃない。当たり前だろう。この人がしでかしたことって、本当にとんでもない。巫女巡礼に私を問答無用で放り込んだのもそうだけれど、そもそも前巫女を無断で再召喚する片棒を担いだことは、それこそ国家を揺るがす大暴挙に違いないのだ。いくら国宝級の扱いを受けている一級召喚士とはいえ、これが公になれば、その進退を迫られることは間違いないと思う。

 なのに、こんな風に、頬をつねられて半泣きで許しを請うて、それで済まされるなんてこと、あるわけがない。


「でも、ハルちゃんが元気に戻ってきてくれてよかった」

 そう言いながら、ルーノさんはニコニコ笑って私の頬を両手で包んできた。もしや早速つねり返してやろうと、そういう魂胆なのだろうか。密かに身を固めていると、ノエルがため息とともに私とルーノさんを引き離してくれた。

「ルーノ殿。お聞きしたいことは、山のようにありますよ」

 冷ややかなノエルの視線にも、ルーノさんは動じない。

「そうだね、僕もハルちゃんと話したいことはたくさんあるんだ。なにせ、ハルちゃんがこっちの世界に戻ってきてから、ゆっくり話す機会が全然なかったもんね。ホント寂しかったよ~」

 いや、そんな旧友と再会した女子高生みたいなノリで言われても。

 本当にこの人は、事の重大性を分かっているのだろうか。


「そう言えばノエル君、さっきアルディナちゃん達一行を見かけたけど、君がいないって周りは結構騒いでたよ~。大丈夫?」

 えっ、やっぱりノエルがいないとまずいんじゃないか!

 ぎょっとして側のノエルを見たけれど、当人は涼しい顔だ。

「問題ありません。それより、今はハルカについての話をしたい」

 はいはい、とルーノさんは気楽な様子でソファに腰かけた。相手がこの調子なのだから、こちらが立ったままでいるのもおかしいだろうと、私とノエルもその向かいに並んで腰を下ろす。


「うーん、何から話したものかなあ。まずはハルちゃん、ノエル君、巡礼お疲れさま。無事に『気脈』が正されたようで、何よりだね」

「……ルーノさんは、これを見越して、私を巡礼に送り込んだんですか?」

 問いかければ、ルーノさんは得体のしれない笑みを深めた。

「なになに、ハルちゃんは、僕が君に嫌がらせするためにあんなことしたと思った?」

「ルーノさんの考えてることは、全っ然、見当もつかないです」

 正直に答えると、ルーノさんはますます楽しそうに声を出して笑った。

「まあ、色々と『こうなったらいいなー』って思いはあったよ。全部丸く収まるとは思ってなかったけどね。いやあ、さすがハルちゃん」

「私は、ただくっついて回っていただけで、何もしてません」

「それでいいんだ。君は、ただそこにいるだけで、いろんなものを動かす起爆剤になる。いい意味でも、悪い意味でもね」

 この人は、本当に、分からない人だ。

 でも、思っていた以上に「深い」人なのかもしれない。


「あんな形で得体のしれない娘が巡礼に紛れ込むことになって、ハルカ自身の身に危険が及ぶことは、考えなかったのですか?」

 ノエルが責めるような口調でそう問いかける。

 ルーノさんは、それでも涼し気な笑みを浮かべたままだ。

「だって、君がいるでしょ。だから心配してなかったよ」

「だからと言って、あまりに無茶な……」

「無茶じゃないと思ったから、そうしたまでだけど?」

 ルーノさんのこの自信は一体どこから来るのだろうかと、眩暈がする。

「第一さ、僕は、君らが別々に過ごしてるってことが、もーずーっと気になって気になってしょうがなかったわけ! 僕には信じらんないくらい、二人とも明後日の方向に頑固なんだもんね。何のために、僕の人生かけてハルちゃん再召喚に加担したのか、これじゃ分かんないじゃん?」


 そこだ。

 一番重要なのはそこだ。

 何故ルーノさんが、アルディナ様に請われるがまま私を再召喚したのか。

 まさか本気で、私とノエルをくっつけようって、それだけのために呼んだわけじゃない……よね? そこは、ルーノさんを信じてもいいよね?


「言っとくけど、僕が君を再召喚したのは、基本的にはノエル君と再会してほしかったからだよ」

 あっさり白状されて、私は心の底から脱力した。

 隣のノエルの様子は伺えなかったけれど、きっと同じようなものだろう。

「……本気ですか」

「もちろん。あとは、そうだね。僕がまたハルちゃんに会いたかったっていうのもあるし。それにまあ、これはあんまり興味なかったけど、本格的に『気脈』の乱れがまずい状態になりつつあったっていうのも、少しはあるかなぁ」

 オマケ、とばかりに告げられたその言葉に、光明を見る。

 ちゃんとした理由もあったのだ、このおめでたい召喚士の頭の中にも。


「アルディナちゃん単独じゃあ、もうどうしようもないところまで来てた。どっちかっていうと、精神的な意味合いで、だけどね。あの子はもう、潰れる直前だったと思うよ。だから、フツーに考えて絶対やっちゃいけないことを、本気でやろうとしちゃったんだよね。藁にもすがる思い、って言うじゃない? 藁ならよかったけど、それが前巫女ってのがねえ」

 あはは、と朗らかに笑っているけれど、それに乗っかったのは目の前のこの男だ。

「でも、しょうがない。アルディナちゃんの発想はぶっ飛んでたけど、間違いじゃないと思ったしね。意図的に壊された『気』の流れを正すなんて、この世界の人間には荷が重すぎるよ。それこそ、『異界の巫女』くらいしか対応できる存在はいないだろう。たとえアルディナちゃんが排斥されて次の巫女が据えられたって、結果は同じだったと思うな。むしろ、アルディナちゃんよりも『異界の巫女』に近しい魔力を持った子なんて、僕の周りでも見たことないし。いけるなら、極限まで力を引き出したアルディナちゃんか……『異界の巫女』であるハルちゃん、君しかいないと、そう思ったのさ」


 そうだったのか。

 最初っから、それを話してくれればルーノさんへの心証もまた違ったのに。


「だから、ゴメンね~。ハルちゃんの都合はまるっと無視して、君をここへ呼んだんだ」

「……事情は、分かりました。でも、私にはもう何の力もなくて」

「うん、そうだよね」

 ルーノさんは、事もなげに頷いた。

「こうして対面していても、ぱっと見は、君に巫女時代の『力』は感じられない。だから、君を召喚した後、その行方が分からなくなっちゃって、まー、あれこれあったわけだけど。それでも君を見つけ出したノエル君って凄いよね。愛の力ってやつかな?」

「……私を一番最初に見つけ出したのは、フラハムティ様です」

 苦虫を潰したように告げると、ルーノさんはまた笑った。

「本当、あのオジサンは目ざといよね~。僕とアルディナちゃんが君を呼んだのにさ、勝手に横からかっさらって懐にしまい込んじゃうなんて、とんでもない狸だよ。……ってことで、腹が立つから、君をあのオジサンにはもう絶対渡してあげない。で、その辺、ノエル君はどうなの? 君がハルちゃんを護れないっていうなら、ここからは本格的に、僕がハルちゃんを囲っちゃうけど?」

「こいつは、俺が護ります」

 あまりにもあっさりとノエルがそう答えたので、私はまた言葉に詰まった。

 何だろう、この、色々吹っ切れました感。もはやノエルには全然迷いが見えない。でも、それじゃあ私は一体どうしたいのか。ノエルのことはずっと好きだったはずなのに、まるで気持ちが定まらない。


「それは良かった。じゃあ、あとはハルちゃんの気持ち一つだね」


 そう。

 今度は私が、覚悟を決める番なのだ。

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