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5.祭の後

 終わった。

 パレードは行ってしまった。


 街の雰囲気も一気に気の抜けた感じに変わってしまった。さあ、あとは打ち上げだ。そんな声がどこからか聞こえてきそうだ。皆、やれやれと息をつきながらそれぞれの帰路についていく。大人はこれから馴染みの店で一杯、きっとそんなところだろう。

 パレードのために撒かれた花びらや紙吹雪がそこら中に散らばっていて、辺りは一面真っ白だ。子供たちが楽しそうにそれらの欠片を拾い集めている。

 そんな祭の余韻を踏みしめながら、私も周囲に倣って大通りを後にした。


 数々の出店も店じまいを始めたところのようである。

 たまたま先程のフランクフルト屋を通りがかった私は、せっかくだから一本貰おうかと思い立って足を向けた。

 さすがに先程までの混雑ぶりは収まっていて、今はおじさんが一人で残りの肉を焼いているところだった。


「おじさーん、戻って来ました」

「おう、ハルカか。お帰り」


 祭の間は結局何も食べなかったので、私はお腹が減っていた。この肉々しい匂い、うーん、なんともたまらない。

「一つもらえますか?」

「ああ、もちろん。いつもうちの店を贔屓にしてもらってる礼だ、代金はいらないよ」

「え、そんなわけにはいきませんよ。払わせてください」

「いいっていいって。またこれからもうちのお店をよろしく、ってご主人さん達に伝えれもらえればな」

「でも……」

 全く、どうしてこうもいい人揃いなのだろう、この街は。

 普通はもっとこう、殺伐としたあれやこれやがあって然るべきなのではなかろうか。悪徳商人なんかがこの街にやってきたら、あっという間にうちの定食屋もおじさんの精肉店も潰されてしまうに違いない。

 そんな勝手な懸念を胸に秘めつつ、最終的にはおじさんのお言葉に甘えさせてもらうことになった。好きなやつを持っていっていいと言うので、網の上に並んだフランクフルトをこっそりと吟味する。一番大きいやつをもらっちゃおうかな。


 そこへ、若い男の声がかかった。

「おっ、うまそうだな。まだ店はやってるのかい?」

 何気なく振り返ると、声の通り、二十代前後と思われる青年がにこにこと店を覗きこんだところだった。笑顔のさわやかな、人好きのしそうな若者だ。

「一本貰えるかい」

「まいど。二百ビルだよ」

 そんな彼らのやりとりを傍目に、一番いい焼き具合のフランクフルトを選びとった私は、思いきりかぶりついた。あっつい。でも、美味しい。

 隣の若者も、代金を払ってすぐにかぶりついていた。熱そうに頬張りながらも、実に嬉しそうだ。こんなに生き生きとした笑顔の若者、初めて見た気がする。そんなに美味しいか、フランクフルト。よかったね。


「これ、美味いなぁ」

 彼は不意に私の方へ顔を向けた。


 まさか突然話しかけられるとは思っていなかった私は、ぎょっとする。

 でもまあ、彼の感想には同意だ。だから素直に頷いておいた。

「これだから、たまんねーよな。たまのこういう息抜きは、最高だよ」

 ね、と再び同意を求められ、私は今一度頷いた。

 いやしかし、何なんだ。この人。

「君、一人で祭に来てたの?」

「えっ、あ、はあ。まあ」

「友達とはぐれたとかじゃないんだね。じゃあ、良かった」

「……ありがとうございます」

「さっきも君が一人で歩いてるの見かけたから、ちょっと気になってたんだよね」


 何だこれ。ナンパなのか。

 しかし私は、わざわざナンパなどされるような容姿の持ち主ではない。そんなことは十分承知していたので、純粋に心配をして声をかけてくれたのだと信じることにした。


「この街に単身出てきて、まだ日が浅いので。あまり、友達もいなくて。だから一人で」

 あまりどころか、考えてみれば友達と言える友達はゼロだ。

「そうなの? 若いのに一人で王都に? 大変だね」

 私の身の上に同情してくれている割には、相変わらずのいい笑顔である。

「ところで君さ」

 若者は、ぱちぱちと目を瞬きながら私と真正面から向き合った。


「巫女様にどことなく似てるよね?」


 ぶぅごほっ、げっほ!!!

 ――うら若き乙女にあるまじきむせ方をしてしまった。


 でも、だって、仕方なくないか!?

 今、思いっきり聞きたくない台詞をきいてしまったぞ!


「ごめんごめん、大丈夫?」

「げほっ、だ、大丈夫、です」

 背中をさすろうとしてくれた彼を制し、私は何とか気を取り直した。絶対気管にフランクフルト入った、まだ苦しい。

「あっはっは。ハルカがアルディナ様に? おい、良かったなぁハルカ! 一生に一度の褒め言葉だぞ、これは!」

 耳ざとくも彼の台詞を聞いていたらしいおじさんが、大ウケという様子で私に同意を求めた。ええい黙れ、こっちは色んな意味でそれどころじゃない。

「いや、アルディナ様じゃなくて、前の巫女様。似てるってよく言われない?」

「い、言われません! 初めて言われました!」

「え、本当? 結構似てると思うけどなぁ~」

「そもそも私、前の巫女様がどんな方か見たこともないですし! どうしてあなたは前の巫女様を知っているんです?」

 これは純粋な疑問だ。

 何せ私は、任期中はほとんど王宮の外には出なかった。確か、外に出たのは十回にも満たない程度だったはず。その稀有な外出の際に、こんな若者に出会う機会などあっただろうか。ないと思う。私自身は、まるっきり憶えていない。

「いや、俺もたまに見かけたことがあった程度なんだけどさ」

「……何者ですか……?」

「王宮の下働きだよ。アルスっていうんだ。よろしく」

「はあ……」

 ここでようやく私は思い至った。


 やっぱりこれは、ナンパなんだ!


 目をつけた女子に、誰かれ構わず「巫女様に似てるね」と声をかけて回っている。そうだ、そうに違いない。国で一番崇められている巫女に似ていると言われて悪い気のする女性などいないだろうし。しかも、“前の”巫女であれば、実際に顔を知っている人なんて限られている。好き放題言えるというわけだ。

 そうだそうだ。きっと祭の序盤はもっとハイレベルな女子に声をかけていたけれど、とうとう誰もつかまらず、仕方なしに女子のランクを下げて声をかけて回っているのだ。

 謎は全て解けた。

 そうと分かれば、彼の人好きのする笑顔が一気に胡散臭いものに変わった。

「あの、じゃあ私、もう帰りますので」

「そう? まだ明るいけど、気をつけて帰ってね」

 しつこく引きとめるつもりはないようだ。ならばまあ、良し。

「おじさん、それじゃあ、また」

「ああ、またよろしくな、ハルカ」

 彼が二本目のフランクフルトを注文しらたしいのが、背後に聞こえるやりとりで分かった。


 それにしても、祭の最後に、とんだ爆弾が投下されたものだ。

 まさかまさか、通りすがりの若者に巫女であると見抜かれてしまうとは。全く、通りすがりのナンパ野郎で本当によかった。やっぱりむやみに外を出歩かない方がいいのだろうか。いや、でも、今回のは全くの偶然だったわけだしなあ。今日一日で、推定十人以上の女性が「巫女様に似ている」と声をかけられたことだと思うし。

 あまり深く考えない方がいいか。うん、そうだな。


 その翌日。

 定食屋では、アルディナ様の話題で持ちきりだった。

 皆が皆、アルディナ様の美しさを褒め称えている。まあそうだろう。私だって、同性にも関わらず惚れぼれと巫女様に見入ってしまったんだから。

 それはまあ、いいとして。

 もう一つ、定食屋を席巻した話題がある。


 それは、私が前巫女様に似ているらしいという話だった。

 どうやらあの精肉店のおじさんが、うちの常連の誰かにネタとして話してしまったらしい。

 ハルカが巫女様だってよ! とんでもなくありがたい店に変わっちまったなあ! いやこれは入店の度にひれ伏して巫女様を拝み倒さなきゃなんねえな! そんなオヤジ達の腹立たしい笑い声が飛び交っていて、心底不愉快である。

 おうおう、それならその通りにやってもらおうか。

 こちとら本物の元巫女様なんだぞ!

 ――とは、やはり死んでも言いたくはない私だった。

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