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49.旅の行方

 宿に着くなり私たちを出迎えたのは、神官のレイバーンさんとソティーニさん、そして警備兵の面々だった。


 もちろん、友好的な出迎えではない。まるで刑務所から出所してきた罪人を仕方なく迎え入れる隣人のように、皆、怒りと戸惑いと拒絶の混じった眼差しで、私たち三人を鋭く射抜いた。宿のリビングに通されこそしたものの、とても椅子に腰かけて和やかに談笑できるような雰囲気ではない。


 特に目に見えて攻撃的だったのはレイバーンさんだ。

「ノエル様、これはどういうことなのです? その後ろの男は?」

 彼は真っ先に、飛びかからん勢いでノエルに食って掛かってきた。後ろの男というのは、もちろんアルスさんのことだ。

「聞くところによると、その男は、突然宿にやって来て、娘に会わせろと無理やり押し入ってきたのだとか。彼女が我々に同行していると知っている者は誰もいないはずです。――彼女を送り込んできた者以外には」


「その通りですよ。私は彼女をこの場へ送り込んだ側の人間ですから」


 ノエルが答えるよりも先に、アルスさん自身が落ち着き払って口を開いた。

 この人は、これまで一体どれほどの修羅場を潜り抜けてきたのか、どんな場面でも絶対に動じないのが驚きである。

「……つまり、どういうことなの?」

 それまで様子を見守っていたソティーニさんも、静かながら責めるような口調で問いかけた。


「それでは、自己紹介から。私は、王立第三騎士団所属のアルス=エレインと申します。ハルカさんををこの場へ送り込んだのは、召喚士ルーノ様。彼が戯れに送り込んだ彼女を、引き取りに参上した次第です」

「騎士団所属だと……?」

「召喚士、ルーノ様が?」

 レイバーンさんとソティーニさんは、訝しげにそれぞれ呟いた。

 同席していた警備兵たちも互いに目配せをしあい、息を潜めて成り行きを見守っている。事情をある程度知っているエリオットさんとシズルさんだけは、難しい顔のまま口を引き結んでいた。


「ええ、そうです。あのお方の突拍子もない行動の数々は、皆さんもよくご存じでしょう。緊急の用事と称して王宮へ呼び出したハルカさんを、『面白そうだから』という理由で、皆さんのところへ飛ばしました。言ってみれば、ハルカさんは、ルーノ様の奇行に巻き込まれた被害者です」


 スラスラと説明するアルスさんに、私は気が気でない。

 ルーノさんの仕業だなんて、そんなことを話してしまっていいのだろうか? 確かに、もはや誤魔化せるような段階はとっくに過ぎてしまっているのかもしれないけれど。

 横目でノエルを盗み見ると、彼も厳しい表情ながら、アルスさんを止めるつもりはないようだ。


「大事な巫女巡礼に、部外者である一般の娘さんを放り込んだままにはしておけませんからね。私が秘密裏に、彼女の迎えを命じられてやって来たというわけです。身分を明かす前に追い返されそうになってしまいましたから、多少強引にはなってしまいましたが」

「でも」

 ソティーニさんはなおも納得がいかないというように、アルスさんを遮る。

「ハルカはあなたを拒絶して逃げたとも聞いているわ。単に彼女を迎えに来ただけならば、どうしてハルカはあなたから逃げようとしたのよ」

 彼女のその問いかけは、アルスさんにというよりは、直接私に向けられたものだと感じた。けれど、私はアルスさんのようにうまく口が回るタイプではないから、言葉に詰まってしまう。


「まあ、私は彼女に嫌われていますから」

 苦笑しながら、アルスさんは私に視線を寄越した。

「ここへ来る前から、実は私と彼女は顔見知りでした。私の上司が、ハルカさんに注意を払っておくようにと言うものですから、私は普段から彼女を気にかけていたのです。それで、ハルカさんを見かけるたびに、世間話をするようになりまして」

「なぜ、ハルカに注意を払う必要が?」

 アルスさんはソティーニさんへ視線を戻し、ほんのわずかに間を置いた。

「……以前、あなたは彼女とアルディナ様を引き会わせたことがおありでしたね。それが上層部の知るところとなり、ハルカさんは国の要注意人物と認識されてしまいました。あなたにもハルカさんにも他意はなかったのでしょうが、そのことで、ハルカさん自身、私の上司から色々と心無いことを言われてしまったようで。それですっかり、上司共々私もハルカさんに嫌われてしまったというわけです」

「……っ」

 ソティーニさんは、さっと顔色を変え、唇を強くかみしめた。

 たまらず私は声を上げる。

「アルスさん、適当なこと言わないで! アルディナ様のことは関係ないでしょ?」

「もちろん、それが全ての原因ではありません。もともと、一般人である彼女が王宮に出入りしていたこと自体を問題とする向きもありましたしね」

 アルスさんは私の抗議を遮るような形で言葉を続けた。

 ずるい。ソティーニさんに責任を感じさせることで、この場の糾弾から逃れようとしてるんだ。

 本当は、元巫女の私を監禁しようとしたことで私たちの関係は険悪になってるんだ――って、はっきり言ってしまえればいいのに。

「ハルカさんは、私について行けば、王都へ戻る道中で殺されるとでも考えているようで。もちろんそんなことはあり得ませんが、証明する手立てもないですからね。警戒を解いてもらうために、いったんはこちらへ合流させて頂くことにしました」


 アルスさんがそこまで話し終えると、リビングには沈黙が降り立った。

 表立ってアルスさんの話を否定する人はいない。けれど、何かがおかしいと、誰もが引っ掛かりを覚えている。そんな微妙な空気がじわりと広がっていった。

 当たり前だが、それではぜひ一緒に巡礼しましょう、などと言い出す人はいない。


 ――はずだったのだが。



「お話は分かりました」


 思いもがけず澄んだ声が、重い沈黙を打ち破った。

 振り返ると、半開きになっていた扉に手をかけて、リビングに入ってくる一人の影。

 アルディナ様だ。


「ハルカさん、本当にごめんなさい。私の軽率な行動が原因で、ハルカさんに大変なご迷惑をおかけしていたのね」

「アルディナ様! お部屋でお休み頂いているはずでは……!」

 神官のレイバーンさんが慌ててアルディナ様に駆け寄ろうとしたが、彼女はそれを片手で制してゆっくりと部屋の真ん中へと歩いて来た。


 白いワンピースを身にまとい、長い髪を無造作に下ろしているアルディナ様は、確かについ今しがたまで部屋のベッドで休んでいたのかもしれない。それでも顔色はそれほど悪くはないから、体調は落ち着いているのだろうか。

 彼女の後ろには、護衛兼世話役のクインさんの姿もある。困り果てたようにアルディナ様につき従うクインさんの様子から、アルディナ様が無理を言って自室を出てきたのだろうと窺い知ることができた。


「レイバーン、私は飾りの人形ではないわ。何か問題が起こったのなら、皆と一緒に考え、解決していきたいの。だから、どうか私の知らないところで全てを片付けてしまわないで」

「そんな、滅相も……」

「ええ、分かっているわ。それがあなたの優しさだということは」

 わずかに微笑みを浮かべてそう告げた後、アルディナ様は私の目の前に立ち止まった。


「ハルカさん、お願いがあります。どうか私を助けてもらえないかしら」


「え……」

 助ける? 私が、アルディナ様を?


 茫然とたたずむ私の手をアルディナ様の両手が包み込んだ。

「この旅も、もう間もなく終わるわ。だから、一緒に、旅の行方を見守ってもらいたいの」

「わ、私が……?」

「ええ、お願い」

 アルディナ様の手に力がこもった。

「国の重役の皆さんの中に、私を快く思っていない方がいらっしゃることは知っているの。私の力不足が原因で、いらぬいざこざが巻き起こっていることも。そんな中にあって、力ない私を支え、信頼してくれる人たちもいる。この巡礼の皆は、そんな大切な仲間たちよ。とてもありがたい存在だと、心から感謝しているわ」

 でも、とアルディナ様は言葉を続けた。

「だからこそ私は、皆に甘えてしまっていた。思うように進まない巡礼も、『大丈夫、次がある』『頑張りすぎないで、休みながらいこう』って励まされることに、すっかり慣れてしまったわ。そして私は、悲劇の巫女になりきって、自分をかわいそうだと思い込んでいたのよ」


 アルディナ様は、私をしっかりと見据え、目を逸らそうとはしなかった。

 周りの目を気にせず、しかし彼らにも聞かせるように、一言一言、はっきりと力強く言葉を繋げていく。

 なぜ彼女が突然こんな話を始めたのか、私には分からない。

 でも、とても大切な話なのだということだけは、痛いほどに伝わってきた。


「ハルカさん、私の敵でも味方でもないあなたにこそ、私の行く末を見守っていてほしいの。私の世界とは全く違うところで、自分を支え、真っ直ぐ前へ進んでいるあなたに」


 思いもよらぬアルディナ様の言葉に、私は何も返せない。

 でも、待ってよ。私はそんな凄い人間じゃない。

 だって私は、ただがむしゃらに過ごしているだけなのに。私の凄いところといえば、周囲の人にものすごく恵まれたっていう強運を持っていることだけ。アルディナ様は周りに甘えてしまっているって言うけれど、それは私だって同じ。むしろ、私のほうがよっぽどいろんな人に依存して生きている。

 私は、こんな風に、アルディナ様に評価されるような人間じゃないよ。


 ……分かってる。

 自分のことは、自分が一番よくわかっている。

 だけど。


 私も、この巡礼の――アルディナ様の行く末を、見守りたいと、強く思った。

 私の後を継いだ、この巫女の行く末を。


「……私でよければ」


 そう呟いてしまってから、はっとして私はノエルの方を振り返った。

 もしかして、マズい返事しちゃった!?

 しかしノエルは、そんな私に小さく頷き返してくれた。


「――ありがとう、ハルカさん。これで私はもう、あんまり無様な真似はできないわね」

 そう言って悪戯っぽく微笑むアルディナ様の美しさったら。


「お待ちください!」

 その時、ほわりとした私の気持ちに活を入れるかのような、レイバーンさんの鋭く厳しい声が割って入った。

「私は反対です。そもそも無関係の人間を巡礼に同行させること自体、本来許されるべきことではなかったと思っているのです。娘を迎えに王宮から騎士がやってきたのならば、彼女を引き渡し、我々は正しい姿で巡礼を終える努力をすべきです」


「もうお止めなさいよ、レイバーン様」

 そんな彼を諌めたのは、意外なことに、ソティーニさんだった。


「私たちは、アルディナ様の支えになるためにここにいるのではありませんか。巫女巡礼に選ばれたのはそういう面々なのだと、私は信じておりますわ。ただ体裁にこだわって、形ばかり整えることに無心するのならば、あなたこそこの巡礼には相応しくないのでは? ハルカがアルディナ様を支える柱の一つになれるというのなら、私は喜んで彼女を受け入れたいと思いますもの。……例え彼女が何者であろうとも」


 ソティーニさんの言葉に、私はどきりとした。


 ソティーニさんは、ちらりと私に視線を寄越す。

 一瞬絡まった私たちの視線は、けれどすぐにほどけていった。


 周りの皆は、誰も一言も口を挟まない。それがそのまま了解を意味しているのだと、わずかに緩んだこの部屋の空気が教えてくれた。レイバーンさんはといえば、強い非難のまなざしこそソティーニさんに向けていたが、結局それ以上は何も言わず、引き下がる格好になる。


「ソティーニ、レイバーン、そして皆、どうもありがとう。私のわがままを聞いてくれて」

 アルディナ様は微笑を浮かべて皆を見渡した。

 それだけで、ぐっと皆の表情も和らぐ。

 アルディナ様って、本当にすごい。


 しかし同時に、むしろ本当にわがままを通しているのは私の方だと痛感せずにはいられなかった。フラハムティ様のところへ戻りたくないからと、無理やり大切な巡礼に同行させてもらっているのは、ほかならぬ私自身の勝手な都合なのだ。レイバーンさんの怒りも、本来は最もなのだと私は肝に銘じなければならない。

 そして――、もはや、私だけの問題ではなくなっていることも分かっている。


 この旅ももうすぐ終わり、そう告げたノエルの言葉が今ひとたび頭の中に響き渡った。


 終わるのは巡礼だけではない。

 きっと、まもなく全てが明らかになるのだ。

 アルディナ様も――それをきちんと分かっている。


 何故だかこの時私は、そう確信したのだった。

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