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40.後戻りはできないようです

 翌朝は慌ただしかった。


 夜中に少しまどろむことができたものの、早朝からすっかり目覚めてしまった私は、勝手に部屋から出るわけにもいかず、気持ち程度に身支度を整えた後は、ソファに腰掛け神妙にノエルの戻りを待っていた。


 結局、次に部屋の扉が開いたのは、朝もかなり遅い時間になってからだった。

 やって来たのはノエルではなく、会ったことのない若い女性が一人である。ソティーニさんが着ていたような神官風のワンピースを身にまとっていたから、アルディナ様のお供の一人なのかもしれない。そんな彼女の手には、服や靴などを乗せたトレーがあった。


 急いで身支度を整えてください、そう簡潔に告げられ、次いで風呂場に放り込まれた。抵抗する間もなく、その女性神官に頭と体を洗われる。自分でやりますとか、ノエルはどうしたんですかとか、今から何が起こるんですかとか、言いたいことや聞きたいことは山とあったが、一つとして口を挟む余地がない。


 風呂の後は服まで彼女に着せられそうになったので、慌てて自分から着替えにかかった。まだ拘束の術が解けていないから着替えにも骨が折れたが、全く動けないというほどではない。

 用意された衣服は、私の支度を手伝ってくれた女性神官――クインさんというらしい――と全く同じワンピースだった。はてこれはと首を傾げながらも、手は休めない。何とか着替え終わると、今度は部屋の移動を促された。



 連れられた部屋では、なんとレイバーンさんが恐ろしい形相でもって私を待ち構えていた。

 その隣にはノエルとソティーニさんもいてくれたから、どうにか私はその場に留まることができたようなものである。でなければ、さっさと踵を返して逃げ出していたことだろう。


「昨晩は、色々と恐ろしい思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」

 レイバーンさんは仏頂面のままそう口を切った。言葉と表情が全然合っていない。怖い。

「ノエル殿の話から、あなたは暗殺を謀った侵入者では“なさそうだ”ということで落ち着きました。ですので、客人扱いというわけにはいきませんが、あなたへの対応を改めましょう」

 どことなく棘のある物言いに、隣のノエルは渋面を作っている。だが、手放しで私を歓迎しろとはさすがに言えないようで(言ってほしくもないが)、黙ったままだった。



 その後、レイバーンさんの手により拘束の術を解いてもらい、ようやく落ち着いて話ができる状態になった。

 そのレイバーンさんの話をまとめたところ、つまり私はグレーな存在ということで、アルディナ様ご一行に「保護」兼「監視」されることになったようだ。


 私の立場を黒からグレーまで引き上げてくれたのは、当然ながらノエルである。

 ノエルは、私を元巫女だと打ち明けこそしなかったようだが、以前、弁当配達でアルディナ様と面会して以降、私の身元を徹底的に調べ上げた経歴があると進言してくれたようだった。結果、私は単なる一平民であり、暗殺者などではあり得ないと判明した――と。まあ、確かに私は向こうの世界では単なる一平民で間違いない。


 更に、ソティーニさんも援護射撃をしてくれたそうだ。

 そもそも私と最初にコンタクトを取ったのはソティーニさん側であり、私からアルディナ様に接触を図るようなことは一切なかったと証言してくれたらしいのだ。ソティーニさんの中では、当然私を疑う気持ちはくすぶっているのだろうが、ひとまずは庇ってくれたのがありがたかった。


 では、何故私が巫女巡礼の一行の中に突如紛れ込むことになったのか。

 これについては、ノエルは素直に分からないと答えたらしい。一連の状況から、私が移転術で飛ばされたと見られるが、誰がどういう目的で送りこんだのかは不明である、と。だからこそ、私を監視する意味でも、共に行動して様子を見るべきだ――というのがノエルの主張だった。


 なるほど、聞いた感じでは、あからさまにおかしな主張ではい。

 身の潔白を証明しようとするのではなく、あえて私をグレーな立場に留めているから、話に信憑性があるのかもしれない。なにより、アルディナ様と近しいノエルやソティーニさんが揃って私を庇っているというのも高ポイントだろう。

 しかし、だからと言って、レイバーンさんや他の人達から、私に対する違和感と不信感を完全に拭い去ることはできなかったはずだ。そこを押して私の扱いを「改める」とレイバーンさんに言わしめたのだから、きっとノエルは、私に説明した以外にも、無理を通すようなことをしてくれたのだろう。



「さて、あなたにその衣服を用意した理由ですが」

 レイバーンさんは、私が身につけている神官衣装を指差した。

「あなたには、巡礼の一員として下働きを手伝って頂きます。朝迎えにやったクインがあなたの補佐をしますので、何かあれば彼女に聞いてください。今後の細かいことも、彼女に確認を」

「は、はい」

 ノエルが何も言わないので、この方向で問題はないのだろう。私は戸惑いながらも頷いた。

「ただこれだけは言っておきます。当然ながら、アルディナ様にお目通りが叶うなどとは思いませんように。遠目にお見かけすることはあるかもしれませんが、あなたからアルディナ様に話しかけたり近づいたりすることは絶対におやめください」

「はい」

「それとあと一つ、つけ加えておきますが」

 まだあるのか。

「あなたの補佐につくクインですが、彼女は本来騎士見習いであり、今回の巡礼では、アルディナ様の身の回りのお手伝いの他、護衛の任も担っております。おかしな動きがあれば、何者であろうと容赦はしないように言いつけておりますので、よろしいですね?」

「……はい」

 なるほど、クインさんは、私の補佐というより監視役ということらしい。

 神妙に頷くと、レイバーンさんはようやくほんの少しだけ満足したようだった。

 うん、無駄に騒ぎを大きくするようなことだけは絶対にするまい。


 何はともあれ、どうにか私の首の皮は繋がった。


・   ・   ・   ・


 私は早速クインさんに連れられて、下位の付き人専用の部屋へ向かった。

 二人で一部屋ということで、これから巡礼の旅の間はクインさんと同室になるらしい。もしここまでクインさんが一人部屋を満喫していたのなら、ちょっと申し訳ないことになってしまった。


「困ったことがあれば何でも言って下さいね。どうぞよろしく」


 少しつり目がちなクインさんは、最初の有無を言わさぬ身支度の流れもあって若干怖い印象があったのだけれど、意外にも友好的な態度を見せてくれた。


「実は私、王宮ではノエル様の配下で働いているんです。ハルカさんをお護りするよう、ノエル様より言い付かっていますので」


 なんと!

 補佐というより監視役、と思いきやそこからの助っ人!

 護ってもらうというのは大げさな気がするけれど、でも、ノエルの心遣いが嬉しい。


「さて、今の状況を少し説明しておいた方がいいですよね」


 クインさんに促されて、私はベッドの縁に腰掛けた。

 この部屋にはテーブルやソファがないので、クインさんも同じように自分のベッドに腰掛ける。私達は向かい合って話を続けた。


「ハルカさんは巫女巡礼というものについては知っているんですよね」

「あ、はい。概要は」

 本当は概要どころか巡礼の経験者なのだけれど、もちろん馬鹿正直に答えるわけにはいかない。


 ええと、つまり。

 『気』の通り道となる『聖域』を有する教会は、全部で八つ存在する。

 その教会を一つ一つ訪れ、乱れた『気脈』を整えてまわる旅が、私の知る“巫女巡礼”だ。

 私が元の世界へ帰った後は、建前上全ての『気脈』が綺麗に整っていたわけだから、恐らく『気』を整える云々はもはや関係なく、単純に巫女が『聖域』のある教会を回って祈祷することを“巫女巡礼”と呼んでいるのだと思う。

 しかし実際のところは、八つの『聖域』の内どれか一つが本当に乱れてしまっている。その教会に赴いて密かに『気脈』を正したいと、今回の巫女巡礼はそういう旅なのだろう。


「今は、まだ旅の始まりだったんです。最初の目的地は、カロムトという街の教会ですね。その後に、スミナーゼとテナンヤにも立ち寄る予定ですので、今回は全部で三か所の教会を回ります」

「そうなんですか」

 ううむ、『気』の乱れた一か所だけをピンポイントで訪れるのかと思いきや、そうではないのか。

 アルディナ様が『気脈』の乱れた教会を見つけらずにいるという話は、やはり本当らしい。

 となると、総当たりでとりあえず各地の教会へ向かい、どうにか神力で乱れを見い出せないか試してみようと、そういうことなのだろうか。


「ちなみに、巡礼を中止するという意見は出なかったんでしょうか?」

 実を言うと、一番気になっていたのがそこのところだ。

 私という不穏分子が突然飛び込んできた時点で、普通ならば巡礼を取りやめようという話になると思う。何せ、巫女様の身の安全が危ぶまれる事態なのだ。一度王宮に戻って仕切り直すべきだと、誰か一人ぐらいは声を上げて然るべきではなかろうか。……全くもって私が言えた義理ではないけれど。


 しかし、クインさんはふるふると首を振った。

「今のところは、このまま続行するようですね」

「そうですか……」

 私が微妙な表情で唇を結んだことに気づいたクインさんは、困ったように微笑んだ。

「ハルカさんの言いたいことは分かります。確かに、本来ならば一旦引くべきでしょう。でも、そうもいかない事情があるんですよ」

「事情、ですか」

 クインさんは頷いて、ここだけの話ですが、と言葉を続けた。


 つまりはこういうことらしい。

 アルディナ様は、巫女として神力をうまく発揮できず、以前から難しい立場が続いている。

 特に最近は、『気脈』の歪みを正せないせいで自然界にも影響が出始め、ただ努力するだけでは許されないところまで来てしまっているそうだ。

 そんな中で決行された、巫女巡礼。

 有り体に言えば、とにかく結果を出してこいと、アルディナ様は王宮から追い出されてしまったわけである。となれば、何が何でも『気脈』の歪んだ教会を見つけ出し、流れを整えなければならない。

 そんな後戻りできない状況の中で、何者かの襲撃を受けて巡礼を中止しましただなんて――うん、言えるはずがない。私にも分かる。巡礼の中止は、アルディナ様の巫女生命を断ち切る決定打となってしまう。

 例え敵襲があろうとも、意地でもこの巡礼を成功させねばならない――。


 ううううん、本当に、まずいところに来てしまった。

 思いっきり、アルディナ様の足を引っ張る形になっているではないか。

 私としては、ぜひともこの巡礼が成功して、アルディナ様に安心してもらいたいところなのに。


 でも、何故アルディナ様は神力をうまく使えないのだろう?


 私の時は、何もしなくても『気脈』を感じることができたし、正すことだってできたのに。

 それは私が異世界の人間だったから? こちらの世界の巫女の場合は、神力を自在に操るのは難しいことなのだろうか?


 私が考えにふけっていると、クインさんが思い出したようにぽんと手を打った。


「そういえば、昨晩ハルカさんに乱暴を働こうとした警備兵ですけど、彼は一行から除名になり、王都へ強制送還されることになりましたんで」

 あ、昨日のあの破廉恥男。ソティーニさんに処分が任されていたけれど、結局はそういう形で収まったのか。

「本当は、巡礼の警備兵が除名になるような醜聞は避けたいところだったんですけどね。さすがに、女性に乱暴しようとした輩をそのまま旅に参加させることは、レイバーン様にも出来なかったようです。まあ、当然でしょうけど。もしこのまま彼を加えて旅を続ければ、それは神への冒涜と同義です」

 クインさんは、あまり変わらない表情の中にもわずかな怒りを覗かせて、そう言い切った。


 そうだよな、暴漢が巫女様のご一行に加わっているというのは大問題だ。

 ……でもそれも、私がこの場に現れてしまったから引き起こされた事態なんだよなあ。私さえ現れなければ、あの男だって変な悪戯心を出すことなく、大人しく任務を遂行していたかもしれない。

 あああ、本当に、私って疫病神以外の何者でもないな。

 やっぱり来るべきじゃなかった。ルーノさんめ……いやいや、もう恨みつらみを言い重ねるのは止めにしよう。考えても仕方がない。


「まあ、そういうことで、この旅はこれから仕切り直しです。一緒に頑張りましょう」


 これから仕切り直し。

 それは私にも言えることだ。

 何が待ち受けているか分からないけれど、うん、頑張ろう。

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