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25.恋のライバル?に見つかりました

 魔術研究所からの帰り際、出入り口のところでオルディスさんに会った。


 すれ違いざま、「よくも先日は人の睡眠を邪魔してくれたな」などと謎の捨て台詞を吐かれてしまい、私はびっくりである。

 一瞬何のことか分からず、そのまま立ち去ろうとするオルディスさんをぽかんと見送りかけてしまったが、すぐにノエルがやってきたあの晩のことだと思い当たり、慌てて彼の背中を追いかけた。


 そうだ、ノエルが私の肩を掴んだ時、オルディスさんからもらったブレスレットが警告のように点滅したんだった。あの後、特段何も起こらなかったから、単純な警告だけで済んだのだと思ったけれど、どうやらしっかりオルディスさんのところへ連絡が行っていたようである。


「ま、待って下さい、オルディスさん。その件なんですけどっ」

「相手はウッドグレイ殿だったのだろう、分かっている」

 ひい、完全にバレているじゃないか。

 別に私が悪事を働いたわけではないが、どうにも居たたまれない。


「遅かれ早かれ、お前に接触してくるだろうと思っていたから、驚いたりはせん」

「そのっ、どの辺まで知ってるんですか……? 会話が聞こえたりとか?」

「相手がウッドグレイ殿だと分かった時点で、会話の傍受など面倒なことはしていない。どうせ自分のところへ来いだとか、その辺りの話だったのだろうが」

 ご明察の通りである。

 でも、それだけじゃない。宰相様や――オルディスさん達に利用されていることを忘れるな、という際どい忠告もあったのだ。もしオルディスさんがそれを聞いていたとしたら、どうなるのだろう。私への接し方が変わって来るだろうか。


「何にせよ、誰が聞いているかも分からんこんな廊下で話し込むのは、馬鹿のすることだ。今日は特段お前に報告するような話もないから、さっさと定食屋に帰るがいい」


 うわあ、機嫌わるっ!


 いきなり接し方が変わっている様子なんですけども。


 やはりあの晩の会話は全て聞かれていたと考えておいた方がいいのか。「聞いてたんですよね?」などと念押ししようものなら、オルディスさんの機嫌は海よりも深い奈落の底へ沈みそうな雰囲気なので、聞くに聞けない。


 まあ、仮に会話を聞かれていたとしても、どうしようもないことであるし。

 ここは、言われた通り、さっさと退散するのがよさそうだ。

 私は逃げるようにして研究所を後にした。


・   ・   ・   ・


 機嫌の悪い時のオルディスさんほど恐ろしいものはない。

 触らぬ神に祟りなし、と一人唱えて廊下を歩く。

 しかし、ここはあえて触ってみる勇気が必要だったのかもしれない。

 早々にオルディスさんと別れたことが、仇になった。


 研究所からの帰り道――全く別の災難が、突如降ってわいたのである。



「ちょっとお待ちなさい」


 不意に廊下に立ちふさがった影が、私を呼びとめた。


 ここはまだ研究所からそう離れておらず、普段から人気ひとけのない寂しい廊下だ。

 そんなところで声をかけられるとは思っていなかった私は、不思議な思いで顔を上げた。


 廊下に仁王立ちしていたのは、私とほとんど変わらない年頃の娘さんであった。

 白を基調とした丈の長い上着に、薄い水色のロングのワンピースを身につけている。艶やかな金髪を一つにきっちりとまとめ上げ、意思の強そうな茶色い瞳がしっかりと私を見据えている凛とした様は、人目を引きつける華やかさがある。

 明らかにいいところのお嬢さんという出で立ちだ。むしろ、いいところのお嬢さんどころか、どこか神々しささえ漂っているような気も……。


「あ!」


 私は素っ頓狂な声をあげた。


 目の前の娘さんが何者か、思い当たってしまったのだ。

 彼女こそ、ルーナさんが言っていたソティーニさんとやらではあるまいか。例の、オルディスさんに恋焦がれて還俗しようとしている女性神官で――私を恋のライバルと認定し、目の敵にしているとかいう。うん、間違いない。


 私はすぐさま回れ右をした。


 が、どうやら彼女の方では見逃してくれるつもりなどないらしい。


「お待ちなさいと言っているでしょう!」

 思いっきり肩を掴まれ、逃げるという選択肢を奪われてしまった。

 こんな時に限って、オルディスさんからもらったブレスレットはぴくりとも反応しない。相手を選んで能力を発動させるのはやめてほしいところである。


「あのう、何でしょうか」

 とうとう私は観念して、娘さんと向き合った。

 娘さんは、ふんっと鼻を鳴らして、私を頭のてっぺんから足のつま先までじろじろと観察した。

「あなたが、お弁当の配達員?」

「はあ、そうです」

 何を言われても一切反論しないようにしよう。それが、最短の解放ルートだと私の本能が告げている。


「名前は?」

「ハルカと言います」

「男みたいな名前ね」

「よく言われます」

「私はソティーニと言うのよ」

「素敵なお名前ですね」

 あああ、やっぱり噂のソティーニさんだ。内心の焦りを感じさせないように、私は極力無感動に相槌を打った。

「名前なんてどうでもいいのよ。私が確認したかったのは――あなた、オルディス様のお知り合いだそうね?」

 思わぬことに、ソティーニさんはいきなり本題を持ち出してきた。

 なるほど私も、のらくらとどうでもいい話題で時間を稼ぐのは本意ではない。面倒事に関わってしまったからには、さっさと言いたいことだけ確認し合って、解放してもらうのがいい。特に今回のように、どう転んでも時間の無駄にしかなりえないような押し問答が待ち受けている場合には。


「そうですね、オルディスさんは昔お世話になった恩人でして。とは言っても、今は弁当を研究所へお届けしているだけの間柄ですが」

「オルディス『さん』ってあなた、この国の一級魔術師であるお方に対して、何と無礼な」

「あ、失礼しました。オルディス様でした」

 本題勝負かと思いきや、細かいところにツッコミが入ってくる。

 これはますます、下手なことを口にしないよう気をつけなければ。


 しかし、だ。


 ……オルディスさんめ。

 くそう、何となく流れが読めてきたぞ。


 推測ではあるが、オルディスさんは、私と出くわす直前まではこのソティーニさんと会っていたのではなかろうか。


 ソティーニさんに付きまとわれて辟易していたオルディスさんは、適当に話をはぐらかしてその場から逃走。逃げ出すことには成功したものの、募った苛立ちを発散する行方までは確保しきれず、この私に八つ当たりという形式でそれを仕向けてきた。それがつい先程のオルディスさんの不機嫌ぶりである。

 ソティーニさんがこんなうら寂しい人気のない廊下に一人で佇んでいたのも、オルディスさんを追いかけてここまでやって来たからなのではなかろうか。さすがに魔術研究所へ足を踏み入れる勇気まではなかったのか、諦めて戻ろうとしたところへ私がはち合わせてしまった――と。

 そう考えれば、流れが繋がる。


(それにしても、なあ)


 私はこっそりと驚いていた。

 ソティーニさんはもっと年上の女性だと思っていたのに、まさかの私と同年代である。

 三十過ぎのおじさん相手に本気で恋をする十代女子だなんて、とんだカルチャーショックだ。目を醒ませと耳元で叫んであげたいところだが、おそらく無駄なので止めておこう。


「あなた、私のことは当然知っているのでしょうね?」

「お伺いしています。オルディス様の……将来の、婚約者様だとか」

「ええそうよ、話が早くて助かるわ」

 ほんの少し、ソティーニさんの心証がよくなったようである。このままゴマをすりまくって、見逃してもらうのがいいだろうか。


「あなたがどうあがこうが、あなたでは彼の本妻にはなりえないのよ。所詮は定食屋の店員でしかないその身では、オルディス様には釣り合わない。そこのところ、ようく考えてごらんなさい。まあね、オルディス様にあこがれる気持ちは分からないでもないわ。でも、あのお方も迷惑しているの。いつまでも未練たらしく彼にまとわりつくのは、同じ女として見過ごせないわね」


 全てに肯定して場を切り抜けようと決めたばかりであるが、さっそくその決意が揺らぎつつあった。

 私が身分不相応な横恋慕でもってオルディスさんを追いかけまわしているなどと、あまりにも事実無根な言いがかりをつけられて、はいそうですねと頷けようか。


 ああでも、ここで反論すれば、より一層の泥沼に巻き込まれるのは目に見えている。

 結果、私は微笑みだけを顔に貼りつけて、無言を貫いた。


「あのお方には、私という未来の伴侶がいるんですもの。これは神が定めたる絶対なるえにし。何者にも覆すことなどできやしないわ。例えあなたが、彼の胃袋を掌握することで運命を弄ぼうと企んでいても」

「いや、そんな、めっそうもない」

 そもそもオルディスさんはうちの弁当を口にしてすらいません。

「……あなたのところのお弁当は、庶民の味にしては、なかなか美味しいらしいわね」

「いえいえ、オルディス様のお口にはとても合わないようでして」

 どれだけこちらが下手に出て話の方向性を切り替えようとしても、当のソティーニさんにはまるでそのつもりがないようである。初めから最後まで、持っていきたい話題は彼女の中ですでに決まっているらしい。


「ねえ、私にも、あなたのところのお弁当を食べさせてちょうだい」

「えっ」


 いやそれは、と遠慮しようとした私に、ソティーニさんの鋭い眼光が飛んでくる。

「まさか、この私のお願いを無碍に断るつもりではないわよね?」

「ええと、そのー、ソティーニ様のような高貴なお方にはとてもとても」

「オルディス様が召し上がっていらっしゃるのなら、将来の妻たる私も頂いておかなくては」

「オルディス様ご自身は、食べていませんよ! あの人の部下が食べているだけで」

「嘘をおっしゃい」

 ソティーニさんの静かな雷が落ちた。

「今日も私がオルディス様のためにお食事をご用意したというのに、お弁当の予約があるからと断って研究所に帰られてしまったばかりなのよ。予約したお弁当を食べなければ廃棄することになるという、あのお方のお心遣い。いたく心に沁み入りましたわ。けれど同時に、私がご用意したお食事は、たかが庶民のお弁当にも屈する程度のものであるということも事実」

 ぐっと、ソティーニさんは拳を握りしめた。

「私は、知らなければならないのよ。あなたのお店が用意するお弁当の味をね」


 ……もう帰りたい。

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