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21.勝手にライバル認定されました

 いつものように、弁当の配達へ、私は魔術研究所へと向かった。


 オルディスさんがいれば、あれから何か進展があったかどうかの確認をしようと思ったものの、どうやら今日は不在のようである。本来、研究所に入り浸っているような身分の人ではないので仕方があるまい。

 代わりに、前回も会ったルーナさんとコリーさんが、二人で向き合って席に腰掛けているのが目に入った。一体何をしているのだろう?


「こんにちは」

「おや、ハルカさんこんにちは。お弁当ですね、待ちわびておりましたよ~!」


 大きな目をきらっきらと輝かせながらルーナさんが私を歓迎してくれた。ルーナさんは、私に飛びかからん勢いで籠ごと弁当を受け取り、中身を取り出しにかかる。


 一方の私は、今しがた二人が覗きこんでいた机上のボードのようなものが気になっていた。将棋か囲碁でもできそうな升目の描かれたボード。その目の一つ一つが薄ぼんやりと光り輝いている。目によって、白と青の二つのほのかな光。とっても綺麗だ。

 私がじっとボードを見つめていることに気づいたコリーさんが、笑いながら教えてくれた。

「これね、魔術を使った盤上ゲームなんだよ。この目の一つ一つが陣地になっていて、その陣地を取り合っていくゲームなんだ」

 あ、リバーシ……だっけ、そういう系のゲームなのかな。

「普通は白と青の色の石を使って陣地を取り合うんだけど、僕達は魔術師だから、魔術を使ってこんな感じになってるんだよ」

 コリーさんが目の一つをとんと指でつつくと、白く光っていた升目が青に変わった。うわあ、イルミネーションみたい。

「いいですねえ、魔法が使えるって」

「ハルカさんもちょっと挑戦してみる? このボード、僕達がしょっちゅう使ってて魔力がだいぶ溜まってるから、普通の人でも動かしやすくなってるよ」

「え、本当ですか?」

 巫女だった時には、簡単な魔術ならば使えていた。あの時はまるで夢みたいだと思っていたけれど、今でもこの世界にいる間は魔術が使えたりするのだろうか。密かに期待で胸を膨らませつつ、コリーさんを真似て升目の一つを指でついてみた。

 ――が、青い光は一向に白に塗り替わることはない。

「あれ、ちょっと無理かな?」

 コリーさんが眉尻をさげながら申し訳なさそうに呟いた。

「私、全然魔力がないんでしょうか」

「うーん、そうだねえ、まあ、慣れの問題もあるからねえ」

 慣れの問題、か。でも、昔は使えていたのだから、慣れているといえば慣れているはずなんだけどな。やっぱり今の私は、どこまでも凡人になり下がってしまったようである。分かってはいたんだけども、ちょっぴり切ない。


「そういえば、ハルカさん。ソティーニさんには会われました?」

 弁当を魔術師達に配り終えたらしいルーナさんが、自分の分の弁当を広げながら、私に問いかけた。

 ソティーニさん? 初めて聞く名前だ。

「いえ、どなたでしょうか」

「ああ、会っていないのなら、会わないに越したことはないんでしょうけども。きっとハルカさんにとっては面倒くさいことになるでしょうし。と言いますか、私に言わせれば、そもそもあんな頑迷な偏屈魔術師などよした方がいいと思いますのに、どうやら乙女心はそうも簡単にはいかないようでして。彼女も残念な恋の犠牲者の一人と言うべき存在なのかも」

 全くもって話が見えません。

「ソティーニさんというのは、王宮付きの女性神官の名前なんだよ」

 コリーさんが助け船を出してくれた。

「オルディス様の熱狂的な信奉者でね。とても有能で身分もある神官らしいのに、オルディス様と結婚できるなら還俗してもいいと吹聴しているくらいなんだ。こう言っちゃなんだけど、とても神様に仕える貞淑な女性とは言い難い、……ええと、ひどく情熱的な人でさ」

 オルディスさんの信奉者! そんな女性が存在するのか。

 まあ、あの人も顔はいいからな。遠目に見ているだけの女性からは憧れられてもおかしくはないかもしれない。私としては、ルーナさんの容赦ないオルディスさん評に一票投じたいところだが。

 でもそんなソティーニさんが、何故私と会う会わないの話になるのだろう?


「なんでも、ソティーニさんはハルカさんを敵視しているそうなのです。全く恋する乙女の身勝手さは、古今東西変わりようもない普遍的事実というもので」

「え!? な、何で私を?」

「おい、ルーナ。会ったこともないそうだから、余計なことを言わなくてもいいだろう」

 コリーさんがたしなめるが、ここまで聞いたからには全て聞いておきたい。何故、顔を合わせたこともない女性神官に敵視されないといけないのだ。身に覚えがないにもほどがある。

「顔合わせがまだというなら、却って知っておいた方がよいですよ! ソティーニさんは、あろうことかハルカさんとオルディス様の仲を疑っておいでなんです。長らく想いを寄せているオルディス様は、自分には見向きもしてくれない。というのに、ぽっと出のよく分からない平民の娘に近頃入れこんでいると聞いて、我慢がならない! これは一度ぽっと出娘に会って、牽制せねばなるまい! とまあ、こんな具合でして」

「ちょっと待って下さい、ぽっと出の平民の娘って私ですか?」

「ハルカさんですねえ」


 どうしてそうなった。


 研究所への弁当の配達なんてまだ数回の出来事だし、その中でオルディスさんと会ったのはたったの二回だけ。それが一体、どこをどうすればオルディスさんが私に入れこんでいるという話になるのだ。

 というか、私とオルディスさんが会って話していたことが、研究所の外部の人に知られていること自体驚きなんですけど……。


「冗談じゃないです、ほんっとありえないです。そもそもオルディスさんて三十越えてますよね? まずそこからしてありえません」

「……ハルカさん、結構言うね」

 コリーさんが頬を引きつらせつつ呟いた。

 いや、そりゃあ世の中には素敵な三十代もたくさんいるだろうけどさ……。


「まあとにかく、そういうわけでして、ソティーニさんはハルカさんの事を探しまわっているようなのですよ。向こうも日中は神官のお務めがありますので、弁当配達に来られているだけのハルカさんとはち合わせるようなことはなかなかないとは思いますが、何卒身辺にはお気をつけて。万が一遭遇してしまった際には、できれば完膚なまでに叩きのめして、血迷った想いから解放してあげるとよいと思いますよ!」

 そんな面倒事の到来は、心底ご遠慮願いたい。


「でもさ、ハルカさんってもともとオルディス様と知り合いなの?」

 コリーさんが不思議そうに問いかけた。

「え?」

「この間来たときに、二人で話し込んでいたみたいだったしさ。もともと人嫌いの気があるオルディス様が、初対面に近い相手とじっくり話し込むなんてこと、普通は考えられないし」

「いやあ……」

 コリーさんの的確すぎる指摘に、どう答えたものか迷ってしまう。

 でも、変に誤魔化しても後々面倒なことになりそうだ。今後もオルディスさんとは色々相談する機会もありそうだし、その時また同じような疑念を抱かれても困る。

「実は、昔の知人でして」

「やっぱりそうなんだ!」

「はあ、恩師……とは違いますけど、うーん、まあ、世話になったと言えなくもないような……」

 煮えきらない私の答えに、ルーナさんは満面の笑みを浮かべる。

「分かります、分かりますよ! ハルカさんは正しくオルディス様を評価されています。あのこん畜生を好きになれないということは、よくよくオルディス様というお方を理解していらっしゃるということに他ならない! 心底認めたくはないけれども、単なる顔見知りというよりは、もう少し深い付き合いがあるということなのでしょう」

「あの人も不思議な人だなあ。いつの間にこんないたいけなお嬢さんと知り合いになったんだか」

 具体的な関係を模索されても困る。私はそそくさと空になった籠を取り上げた。

「それでは、今日はこの辺りで失礼しますね。またどうぞごひいきに」

 つっこまれる前に帰ってしまえ。

 私は笑顔を顔に貼りつけたまま、研究所を後にした。


・   ・   ・   ・


 しかし、ソティーニさんかあ。

 もし本当に絡まれたりなんかしたら、面倒くさいことこの上ないな。


 私は溜め息をつきつつ王宮の廊下を歩いていた。

 廊下には背の高い窓が等間隔に並んでいる。そこから射す木漏れ日や、漏れ聞こえてくる鳥の鳴き声が、王宮とは思えない牧歌的な空気を生み出していて、心地がいい。


 いいなあ、私も鳥になりたい……。


 それにしても、本当に本当に迷惑な話だ。

 私とオルディスさんがどうこうなんて、天地がひっくりかえってもあり得ないことだというのに。もしこんな噂がオルディスさんの耳に入ったらと思うと、心底恐ろしい。私は悪くないのに八つ当たりされて、もし元の世界への帰還に支障をきたしたらどうしてくれるのだ。


 いやはや、全く。

 私個人としては目立ったことをしているつもりは毛頭ないのに、周りは余計なところばかりよく見ているものである。


「あ、君、例の定食屋の子だよね。ちょっといい?」


 その時、突然背後から声をかけられて、私は文字通り飛び上がった。

 例のソティーニさんかと一瞬思ってしまったのだ。男性の声だったので、すぐにそれはないと気付いたのだけれど。

 振り返れば、二十代も後半あたりの男性がこちらへ駆け寄って来るところだった。服装からして、料理人かなにかだろうか。


「突然ごめんね。今、少しいいかな?」

「はあ」

「今日の弁当配達はもう終わったんだよね。余りとかってやっぱりないよね?」

 言いながら、籠の中を覗きこむ。すっかり空っぽなのを確認して、お兄さんはがっくりと肩を落とした。

「だよねえ、評判がいいって話だし」

「あの、魔術研究所に持っていく時は、全て研究所で買い取りなので、そもそも余りは出ないんですよ」

「あ、そうなのかあ」


 最近は、兵士でも魔術師でもない別部署の人から、うちにも来てほしいという依頼がちょこちょこくるようになった。

 しかし、うちの人手の問題から、そんなにほいほいとどこへでも配達することは不可能だし、王宮からも訓練場と魔術研究所以外への販売許可は下りていない。なので、お断りせざるを得ない状況が続いてしまっている。


「じゃあさ、例えば明日一日だけでもうちへ配達してもらうことってできないかな」

「私達の一存では、なんとも。王宮の然るべき部署を通してお話しいただければ……」

「そうか、それは難しいかな~」

「あの、ちなみにどちらへの配達をご希望で?」

「ああ、ごめん、そうだったね。僕、ここの食堂で調理担当しているリックって言うんだ。配達をお願いしたいのは、うちの調理師控室だよ」

 えええっ? 仮にもプロの料理人のところへ、弁当配達?

 それっていいのか。

 私の疑念に気づいたらしいリックさんは、ゆるい笑みを浮かべた。

「いや~、お恥ずかしい話なんだけどさあ、最近めっきり食堂に来てくれる人が減っちゃってさ。前から開店時間が短いとか不便な点が多かったから、うちで働く職員の人数の割には、もともと利用者数が少なかったんだけどね。でも、あまりに利用者が減ってきてしまってるってことで、王宮側は僕達調理師を総入れ替えしようと考え始めているらしいんだ」

 なんと、リストラですか。

「確かに僕達も、売上とか評判とか気にしなくてもよかったから、気が抜けてたところがあったんだよね。そのやる気のなさが利用者達に伝わっちゃって、閑古鳥を呼びこんじゃったんだろうな、と。それで反省して心を入れ替えようと思うんだけど、周りの仲間達のやる気が今一つ上がらないんだ」

 そこで君のところの弁当だよ! とリックさん。

「君のところの弁当、一日の販売数が少ないから、兵士達の間では『幻』扱いされててさ。物珍しさも手伝ってるんだろうけど、それでも、たった二十個程度の弁当をたくさんの兵士達が楽しみにしてるっていうのは凄いよ。それでぜひ一度、この王宮で評判になっているその弁当を食べてみたいと思ってね。でも、昼時に僕ら調理師が訓練場まで弁当を買いに行くのは不可能でしょ」

 そりゃそうだ。何せ、料理人にとって昼時は一番忙しい時間帯である。

「そんなわけだから、配達をお願いしたかったんだけど。でもさすがに、王宮の上層部も、調理師のところへ弁当配達なんて許可するわけないもんな。ま、今度こっそり厨房抜け出して買いに行ってみるよ」


 王宮の調理師さん達も、大変なんだなあ。

 リックさん達にとって、うちの定食屋は目の上のたんこぶみたいなものなのかも。それでも、嫌がらせをしてくるとかじゃなく、むしろたんこぶと向き合うことで自分達のやる気を引き出そう! だなんて、素晴らしい向上心じゃないか。

 皆、リストラされなければいいけども。


 ……少しくらいなら、リックさん達の弁当、調達できないかな。

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