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1.異世界で失恋しました

 私はごく普通の女子高生だ。


 今年で高校三年生。受験を控え、灰色の夏休みを過ごしている。

 見た目も普通、頭も普通、特別人に好かれるたちでもないし、本当に何の特技もないただの女子高生である。強いて特徴を上げるとすれば、幼い頃に両親と死に別れ、孤児院で育てられた幸薄い子供だというくらいだろうか。

 とはいえ、孤児院のスタッフさん達にはとても良くしてもらったし、別段自分が不幸だという感覚はない。それに、親戚に引きとってもらった今でも時たま孤児院に顔を出し、子供達の世話を手伝うくらいには孤児院と良好な関係を築いているつもりだ。


 あえて他にもまだ普通でない点をあげるとすれば。


 私は――異世界に、足を踏み入れたことがある。


 私は普段、あまり漫画や小説は読まないし、映画も見ない。ドラマも見ない人間だった。

 だからこそ、初めのうちは全然順応できなかった。異世界に放り込まれてしまうだなんて一体何の因果だったのか、今でも意味が分からない。本来ならば、もっとこういうものに免疫のある人間が選ばれるべきだったのではないだろうか。


 あの日、私を呼びだしたのは、その世界の著名な召喚師とやらだった。

 まずもって、「召喚師」という職業自体が意味不明である。現代日本ではおよそ聞きなれない単語だが、その字面から紐解くに、何かしらを呼びだすことが生業の人々なのだろうということは私でも想像がついた。だが、まさか異世界から生身の人間を呼び出す職業を指すとまでは思わない。


 とにもかくにも、私はその召喚師に呼び出された。


 曰く、私にその世界の「巫女」とやらになれという。巫女といえば、正月に神社でお神酒を配りおみくじを売っているアルバイトという印象くらいしかない私だったが、どうやらそういう存在を指すものではないらしい。


 それでは、一体「巫女」とは何なのか。


 分からないが、それが私の理解の範疇を大きく越えた存在であろうことだけは確信が持てた。 

 何故なら、召喚されたその場の空気が完全に「異世界」だったからだ。


 周りは金髪七割、彫りの深い欧米風の顔立ちの人間ばかりで、おまけに身にまとっているのは、かつて大流行したファンタジー映画の登場人物達のそれ。そんな異国の人々が、魔法陣の上に突如姿を現した(らしい)私を、百年草木の生えなかった砂漠の地に芽を出した小さな希望がごとく、崇め奉ってくる。


 こうなればもう、誰も私の話などに耳を傾けてはくれない。


 私は単なる女子高生で、意味も分からずこの世界に連れて来られ、辟易しているどころか精神を病みそうなくらい消耗している。どうか何もなかったことにして、元の世界へ戻してほしい。私は何もできない、何の期待にも応えられない、だからとにかく、私を元の世界に返してほしい―――!


 そうした全ては、壮大な独り言として処理されてしまった。

 どこの世界でも、人間というやつはとことん身勝手だ。


 どうやら私は、五十年に一度召喚される異世界からの救世主ということらしかった。この世界に平和をもたらす天上からの使者。つい昨日まではそこら辺にいくらでもいるただの女子高生だったというのに、皆が有り難がって私にこうべを垂れる。


 上手いことできてるもので、こちらの世界に来てからの私は、見た目には「私」でなくなっていたのも大きかったと思う。この異世界に来て丸一日経ち、ようやく鏡に映る自分の姿を確認したわけだが――ド派手な装飾の施された鏡に映るのは、金髪に碧眼、いかにも只者ではなさそうなオーラをまとった、神秘的な少女だったのである。


 顔立ちは確かに私自身だったけれど、カラーリングが変わればとことん変わるものだなと、変に感心した。誰が見ても別人だと断言するレベルである。私自身だって、人混みの中からこの姿の「私」を見つけ出すことなどできる気がしなかった。


 そうして、私の異世界生活は始まった。


 愛想のない若い騎士を護衛につけられたのが始まり。

 世捨て人めいた魔術師を教師につけられたのが二つ目。さらには、私を呼びだした元凶である、やかましい召喚師が後見人となったのが三つ目――。

 とにかく、周りをあらゆるスペシャリスト達によってがっちりと固められて、私は否応もなくこの異世界で生活するハメになったのである。


 私がその世界で過ごしたのは、ほんの一年程度のことだった。

 私に課せられた使命は、至極単純なもの。

 この世界を縦横無尽に走る『気』を上手く操って、完成された『気』の流れを作ることだった。異世界からの巫女に祝福された『気脈』は、長い時を経てこの世界に平和と繁栄をもたらすとかなんとか。


 いきなりバケモノと戦えとか言われなくて本当によかった。敵らしい敵はおらず、『気』の流れを正す作業は順調に進んだ。その作業の完成までに、約一年というわけだ。これはごく平均的な作業時間だったようで、何もかもが予定通りに進んだ。


 皆にちやほやされ、邪魔者もなく、居心地のいい世界。その上、狙っていたのか知らないが、私の周りは美形ばかりで固められている。となれば、当然このままこの世界に暮らしてもいいかななんて邪な気持ちがひょっこりと顔を出した。


 そもそも私は身寄りのない孤児なわけだし、元の世界にそれほどの執着はない。巫女様巫女様と皆に崇めたてられ、綺麗な顔をした男女に担ぎあげられる日々が苦痛であるはずがないのだ。


 でも――やっぱり私は、この世界の人間ではない。

 在るべきところに戻るのが、正しい選択のように思う。私がこの世界から消えていなくなること、それが、一年をかけてこつこつと正してきた世界の『気脈』の、最後の仕上げであるように思われた。


 だから私は、帰ろうと思った。

 でも、正直に言えば、最後まで迷っていた。


 だって私は、この一年で恋をした。


 あまりに報われないと思いながらも、気持ちを押し止めることはできなかった。

 ぶっきらぼうで無愛想で、優しさの「や」の字も見えないくせに、いつも私を見守り支えてくれた存在――私の護衛騎士様を、好きにならずにはいられなかったのだ。


 いやあ、私も若かったよね。

 思い返せば喧嘩ばかりしていたくせに、どうして好きになっちゃったんだろう。

 彼と一緒にいられるのなら、異世界だろうが何だろうが構わないとさえ思えたんだから、恋というやつは恐ろしい。元の世界に戻るべきだと分かっていたくせに、そのくせ「ずっと一緒にいたい」だなんて、恋する乙女は何でもアリだ。


 自らを諌める冷静な気持ちと、女子特有の突っ走る恋心とがぶつかって、くは目も当てられない恥ずかしい状況が続いたと思う。周りは何も言わなかったけれど、気付いている人は気付いていたはずだ。あああ、本当に恥ずかしい。


 そんな中で、最後に勝ったのは、冷静な私だった。


 全ては良い思い出として、元の世界へ帰るのがいい。

 でも、乙女な私もしつこく食い下がってきた。

 だから私は決めた。

 巫女としての役目を果たした今、後は帰還を待つばかり。最後に、彼にこの気持ちを伝えよう。そしてもし、私の気持ちを受け入れてもらえたら――この世界で彼と共に余生を過ごしてもいいのではないか、と。


 最後の日、召喚師により準備された魔法陣の目の前で、私は彼を振り返った。

 感情の読めない眼差しで私を見送る彼に向かって、私は、思い切って告げたんだ。――あなたのことが、ずっと好きでした――と。


 けれど。


 そうだよね、異世界とはいえこれは現実のお話だ。

 そうそう上手く物事が運ぶもんか。

 彼は、いつもはクールな表情を崩し、零れ落ちんばかりに目を見開いて。うん、一年一緒にいて、初めて見るほど驚いていたと思う。

 でも、結局、迷いもなく告げたんだ。


「すまない」

 と。


 私は頷いた。

 そうだよね。うん、ごめん、そりゃそうだ。

 ありがとう。私は、大人しく元の世界に戻ります――。


 奇しくも、十六年弱という人生の中で、初めて異性に振られたのが異世界でした。

 今思い返せば、懐かしい思い出だ。


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