第三話
俺は回想に耽るのを終わりにして立ち 上がった。 そして彼女に話しかける。
『天池…さん?ここが日本じゃないって 分かったし…とりあえず進んでみよう か?』
「あ~…うん…。」
『ん~っと…じゃあ…どの方角に行く? …と言っても、どっちが北で南なの か、全くわからないんだけど…どうす る?』
そもそも…このせかいに方角があるの か分からないのだが…。
「えっと…神風くんに任せる…。」
そう言われて、俺任せかよ!!と突っ込 むのを我慢して周りを見回す。
俺が見ている真正面…つまり前方に は、何もない。地平線の彼方まで見渡 しても何もない。強いて言うなれば… 月が…青い月がある…。
右側 を向けば、森…?いや…林が見え る。 後方には…。といって振り返ると、と んでもなく大きいものに視界を遮られ ている…これは…崖?……断崖絶壁?… いや…どちらも似たようなものか…の ようなものが漠然と俺の視界を狭めて いる。
『…な…なんだ…これは…。』
俺の言葉を聞いた天池も、ボーッと見 ていた月から目を反らし、後ろを振り 向いて言った。 月明かりに照らされた天池を美しいと 思ったことは俺だけの秘密だ。
「神風くん気付かなかったの?」
『えっ?あ…あぁ…んー…つか…君つ けなくていい…神風で良いよ。』
「ぇえっ!?あ…じゃあ…私も…さんつけ なくていい…。」
『…そうか…分かった。』
「うん。」
『じゃあ…話を戻すぞ。俺は全く気づ かなかった…。天池さ……天池は気付 いてたのか?』
「うん。すぐに気づいたよ?」
『そうなのか…』
すぐに教えてくれなかった天池に少し ムカついたが俺は左を見る。
『ん…?んん?あれ?…おいっ!!天池!!あっ ち見てみろよ!!』
「え?」
左の方角には何もない…ように見えた のだが、目を凝らすと街の灯りのよう なものが見える。
『天池。あそこに向かおう。そうすれ ば、この世界の事が何か分かる…気が する…。』
「そうだねっ…行こっ♪」
そう言って歩き始めてしばらくする と、俺はなにかにつまづいた。 拾ってみると、透き通ったガラス玉の 様なもので、中で煙のような何かが蠢 いている。
「なぁに…?それ?」
『分かんない…とりあえず持ってお く。』
そして、また歩き始めて暫くして… やっと街…?城塞…?についた…のだ が、門が閉まっている。
『あ…っと…どうしよう…?』
と俺が聞くと、天池は俺を見ただけで 何も言わない。 …
………と俺はあるものを見付け、そこ へ向かった。
そこには門の右下に、小さく普通サイ ズの扉があった。
他に方法を思い付かなかったので、俺 はノックすることにした。
コンコンコン…ガタッ!…え…?今明ら かに人為的な音がした。
もう一度叩く。 コンコンコン…今度はやや遠くから、 金属の擦れる音が聞こえる。
その音は、徐々に近付いてきて…扉の 前で止まった。
ガコン…シャッ…何やら変な音が聞こ えたかと思うと、扉のやや上の辺りに 穴がひとつ空いた。 そして、それが喋った。
「このような夜更けに何者だ?どこから 来た?」
と、その問いに、俺は天池と顔を見合 せてから答えた。
『え~っと…俺達は…その…に…日本 から…。』
「ニッ…ニホン?二本?何が二本あるん だ?」
『えっ?あーっと…すみません…今の は忘れてください…俺達は………どこ から来たのか分からない…と言ったら 信じて貰えますか…?』
手汗がヤバイな…
「……本当だな?」
『はい!!』
と言って、その穴を睨んでいると、… ギィ…と扉が開き…
「早く中へは入れ二人とも!!」
そう言われてあわてて中に入る俺と天 池。
「お前たち…よくも、そんな武器ひと つ持たず…防具も着けず…ここまでた どり着いたな?どうやって倒したん だ?」
「ほぇ?倒す…?何をですか?」 と天池が聞き返す。
「何を…って色んな奴等に決まってる じゃないか。モンスターだったり、盗 賊だったり…まさか!?ここまで何にも 会わなかったのかい!?」
『はっ…はいっ!!何も見掛けませんでし た!!』
「ほぁー…これは驚いた。とんでもな い強運の持ち主だ…」
『「あはははは…」』
「儂はゾルフ…というもんだ。この街 の門番をしとる。まぁ…常にではな く…交代制でな。…で…お前さんたち は記憶喪失みたいじゃが…来たところ は、覚えてないのだろ?自分の名前は覚 えてるのかい…?」
そこで、俺はあることを思いきって聞 いてみることにした。
『えっと…ゾルフさんって…苗字です か?名前ですか?』
「みょ…ミョージ?なんだそれは?そん なものは知らんぞ?ん?家名のことか? なら名前だ。」
『あっ…それです。家名か…』
俺はこの世界に普通に苗字が無いこと を理解して答えた。
『え~…俺はジン…といいます。そし て……えっと…』
そこで俺はこっそり天池に訊ねる…ヒ ソヒソ…『なぁ…あ…アマチ…にす る…?さ…サキ?…にする?』
「私も名前でいいですっ!!」
と顔を反らして何故か怒っているサ キ。
そんな反応を不思議に思いながらゾル フさんに答える。
『サキです…ジンとサキといいます。 』
「そうかそうか。はっはっはっ。覚え てて良かったじゃないか♪」
『「はいっ♪」』
「さて…お前さんたち…今日はもうこ んな遅い時間だし、寝るといい。そろ そろわしも交代の時間だ。わしの家へ 案内しよう。」
「えっ!?良いんですか!?」 「いいも何も、お前さんたち何も持っ てないじゃないか。寝るところも無い のにほっとけるわけないじゃろ?」 『ありがとうございます♪』
そうこうしているうちに、次の人が来 て、交替となったので、ゾルフさんの 家に向かうことになった。 暫く歩いて…家につくと、鍵を開けた ゾルフさんが言った。 「二人とも…お風呂は…?入るか…?」
『いえ…大丈夫です。な?サキ?』
「えっ!?う…うん。」
『お気遣いありがとうございます♪お 風呂は遠慮しておきます。』
「そうか…そんなに固くならなくて良 いんだからな?(笑)じゃあ…寝室に案内 しよう。」
『お願いします♪』
「ここが寝室だよ。ここは来客用だか ら、気楽に使うといい。」
俺は部屋を見回して思った。 結構いい部屋だなぁ…
『ありがとうございます♪』
「はいよ♪どういたしまして♪明日 は…眼が醒めたら一階に降りてくると いい。疲れてるだろうから、ゆっくり 寝たほうが良いからな。起きるまで上 には行かないからな?」
『はい、何から何まですみません。あ りがとうございました。ゾルフさんお 休みなさい♪』
「お休みなさい…」
「おう、お休み。」 と言って、にっこり微笑みながら下へ 降りていった。
『ふぅ…今日は色々ありすぎて疲れた な…じゃあさっさと寝るか…?…… ん?』
返事がないのでサキのほうを見るとサ キが赤くなって口をぱくぱくさせなが ら固まっていた。
『…どうした…?』
すっ…サキが指さしたのはベッドであ る。
『?…ベッド…?何処がへ…ん……』 そこで俺もやっと気づいた。 この部屋には大きな、ベッドがひとつ あるだけで他には何もない…そう… ベッドが一つしかない…
う…頭から湯気が出そうだ…
『お…俺はこっちの端で寝るから…サ キはそっちの端で寝ろよ…』
「…うん…」
俺はすぐさまベッドに入り寝てしまっ た。 緊張と恥ずかしさ…照れ…その他諸々 で寝れないかもしれない…と心配した のだが、どうやら杞憂に終わったよう だ。 あまりにも疲れていたせいか…すぐに 夢の魔法は俺を引きずり込んだ…