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8 現実世界にて

 チチ、と窓の外でスズメが鳴いているのが聞こえる。

 目覚めは、すこぶる快適だった。

 VRで遊んでいたことなど全く無かったことのように、しっかりと眠った実感がある。VRということは脳は眠った状態にないはずで、少しくらい疲れた気がしてもいいものだが、全くそんなことはない。

 どういう仕組みかはわからないが、すごく、不思議な体験をしている気がした。


 昨日は、グスちゃんたちとお茶を飲んで雑談したあと、彼らが仕事に戻るというので、私は一足先にログアウトした。まだプレイできる時間は残っていたが、一人でレベル上げをするのも、何となく気が乗らなかったからだ。

 そして今、ログアウトする前に目覚まし機能で設定しておいた時間ピッタリに目が覚め、その朝の目覚めの健やかさに驚いているところである。

 普段よりよほど寝覚めが良い。何となく釈然としないまま、私は寝間着のまま下に向かった。


 洗面所に向かうには、一階のリビングを通らねばならない。階下に降り、リビングに向かうと、ちょうど廊下に出てきていた母親に驚かれた。


「あら、つゆり。今日は早いわね? いつもは起こしても中々起きないのに」

「うん、何か今日は起きれた」

「お姉ちゃんのがうつったのかしらね?」

 母親の冗談めいた言葉を背に聞きながら、そういえば姉も最近は母親に起こされなくてもちゃんと起きてるなあ、なんて思い返しつつ、リビングに入る。

 リビングのテーブルでは、ちょうど姉が朝食を食べているところだった。


「おっはよー、つゆりん!」

「……おはよ、お姉ちゃん」

 相変わらず朝からテンションの高い姉である。表情には出さず、げんなりする。以前はここからエルフ萌に話を繋げられる場合もあったので、まあマシになったと言えなくもないのだが。


「つゆりんったら、今日もクールなんだからー! お姉ちゃんさみしーいー!」

 あーはいはいと軽くあしらってから、洗面所へと顔を洗いにいく。

 姉が最近、寝覚めがいいのは目覚まし機能のお陰か、と洗面所で肩下辺りまで伸びた髪を梳きながら思う。こんな副次効果があるなら、私ももっと早くゲームをプレイしたかった。


 リビングに戻り、私がいつも座る席につく。食事は既に用意されていた。トーストと目玉焼き、それにサラダという典型的洋食な朝食だ。


「ねー、お姉ちゃん」

「なあにっ、つゆりん?」

 私から話しかけられたことが嬉しいのだろう。姉がキラキラした瞳でこちらを見つめてくる。微妙なウザさを感じながら、問いかけた。


「お姉ちゃんって、最近VRのゲームやってるんだよね」

「むふっふー! つゆりん聞いちゃう、それ聞いちゃうっ!?」

 うわ、どうしよう。聞かなきゃ良かったと思う笑顔が返ってきた。

 この笑顔はあれだ。エルフ萌えを語ろうとしている時の顔だ。間違いない。私は即座に質問を撤回し、時計に視線をやる。


「いや、やっぱ何でもない。ところでお姉ちゃん、時間大丈夫なの? 大学、遅刻しない?」

「んふふー、まだ大丈夫よー! ねね、VRのゲームについて聞きたい? 聞きたい?」

「いや、私も今日は早く出たいから、さっさとご飯食べなきゃ。だから聞けない、ごめんね」

 ほぼ棒読みで答えてやれば、姉は不服そうにぶうーと口を尖らせた。間違いなく20代の女性がする表情じゃない、とか色々思うところはあったが、完全にスルーした。反応を返せば間違いなく付き合わされるのは判っている。


 とまあ、私が問題とする姉は、平時からこんな感じである。

 こんな姉だからこそ、私は最近の変化の理由を直接聞けずに、こっそり探ろうとしているわけだ。おわかりいただけるだろうか。私の苦労を、おわかりいただけただろうか……。


 黙々と食事を続ければ、姉も諦めたらしい。不服そうな顔をしながらも朝食を再開する。それからお互いに、一言も口をきかなかった。


 □


 朝食を終えたあと、私は部屋に戻って寝間着から制服に着替える。VR空間で『炎の妖精・ヒカリ』を演じている私は、現実世界では『普通の女子高生・立花つゆり』だ。もっと言っていいのなら、『厄介すぎる姉を持つせいで常時憂鬱気味な女子高生・立花つゆり』くらいは言わせて欲しいところだが。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 母の声を背に、家を出た。いつもの通り、庭に置いてある自転車で学校へ向かう。

 自転車を漕ぎながら、昨日の体験――クォーターの世界に思いを馳せる。

 恐ろしいほどにリアルな世界だった。ゲームだと言われなければ、本物の異世界だと言われても通じるだろう。

 もう一つの、現実世界。VRだとか仮想現実だと言われるよりは、そう言われた方がしっくりくる。それくらい、プレイヤーも住人も、その世界で生きていた。


 そんな世界を作り上げた『四季』は、いったいどんな人たちなんだろう。「ハル」「ナツ」「アキ」「フユ」の女性4人からなる創作グループ、ということは知っているが、それ以上のことは殆ど情報としてあがってきていない。『クォーターズ・オンライン』自体はネット上であれだけ有名なのに、だ。

 噂レベルでは、4人ともまだ学生だとか、ハルにはそっくりな双子がいるだとか、実は隠された5人目の男性メンバーがいて四季全員から取り合われているだとか、そんな情報もある。まあ単なる噂なのだけど。

 というか最後の情報とか、どこのラノベだよっていう設定すぎる。『優秀すぎる女の子4人に囲まれていたら、いつのまにかVRゲームが開発されていた件。~しかも俺が社長だって!?~』みたいなタイトルでどっかにありそう。いっそ読みたい。


「四季、かあ……」

 呟きながら、自転車をこぐ力を強くする。『四季』という存在に、私は姉に対して感じる憧れと同種の思いを抱く。

 ……あんな姉でも、嫌いではないのだ。姉は昔から破天荒で、色々と私も巻き込まれてきたけれど、それでも彼女は何でもできて、色んな人に囲まれて、輝いていた。今、私が得意だと唯一言えるイラストだって、姉の影響で描きはじめたものだ。

 嫉妬すらできないような位置に、姉は立っている。顔も知らぬ四季も、私の中で同じ位置に、悠然と立っていた。


「……なんて、お姉ちゃんには絶対言えないけどね」

 言えば調子に乗る。間違いない。『つゆりんったら、お姉ちゃんのことをそんなに慕ってくれてたなんてっ!』とか言い出し、益々ウザくなること間違いなしだ。


 そんなことを考えていれば、見慣れた校門が見えてきた。私の通う高校までは、自転車で約10分という距離だ。

 駐輪場は学校の裏手にあるため、裏門の方へと自転車を進める。クラスメイトの姿も何人か見かけたが、そこまで仲が良い子ではなかったので、特に声はかけなかった。

 駐輪場に到着し、空いているスペースに自転車を止める。鍵をかけていれば、後方から「おはー、つゆりー」と声をかけられた。よく知った声に、手を動かし続けながら顔だけ振り返る。


「おはよ、めぐ」

 私が「めぐ」と呼んだ彼女はポニーテールを揺らしながら、颯爽と自転車を降りる。ちょうど空いていた私の隣に、同様に自転車を停めた。


「今日は早いね、つゆり」

「ちょっと早く目が覚めたから。あと姉から逃げ出すために早めに出てきた」

 そう言い返せば、「あー」と納得したように笑われた。姉については友人も、良く知っている。直接会ったことはないのだが、私がいつも文句を聞かせている、プラス、この高校に伝説として色々噂が残っていたためだ。ちなみに私は「あれの妹か!」と教師たちに仰天されることが多い。全く勘弁してほしいものだ。


「めぐ、教室まで一緒に行こ?」

「当然、そのつもりだって」

「そりゃそっか」

 お互い教室に行こうとしているのだから、ここから別行動になるはずがない。

 馬鹿みたいな提案だったな、と私は思わず照れ笑いしてしまうのだった。

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