7 情報の集め方
食事を終えてから、私たちは再びレベル上げを行うことにした。MPに関しての疑問はいくら考えてもわからないので、結局保留ということに。
コクヨと何だかんだ雑談しながら、お互いに魔法を撃っては門のところに戻っていく。
何故かは判らないがMPの総量が増えまくっていたお陰で、当初の私は効率よくモンスターを倒すことが出来た。が、コクヨはやはり上手く行かないよう。
「コクヨの魔法って、一回で9MPも使うんだ。それじゃあ効率も悪いよね」
「その分、ヒカリが使っている魔法よりは、強い魔法なんですけどね。初期フィールドじゃあんまり意味ないですけど。街でMP回復薬も売ってますけど、それに頼ってばかりじゃお金も貯まりませんし……」
「うーん、精霊って難しい種族だねー。というか魔法職が独力でレベル上げしようとするのが無茶なのかなあ」
モンスターを倒しつつそんな会話をしていれば、不意にコクヨが「あ」と口を開いた。
「コクヨ、どうしたの?」
「ごめんなさい、わたし、そろそろログアウトの時間みたいです」
「あ、そうなんだ。残念だけど、それじゃ仕方がないっか。ね、また明日会えるかな?」
「ぜひ会いましょう! えっとじゃあ、同じ時間帯にログインして、待ち合わせしません?」
コクヨの提案に、私は一も二もなく頷く。
「じゃあ、明日のお昼頃なんてどうでしょう?」
「あ、ごめんね。私、学生だから、その時間だとちょっと無理かな」
私の言葉に、コクヨがハッとしたような表情で口を開く。
「そ、そうですよね。ごめんなさい。明日、わたしの学校が休みなので、つい」
「へー、創立記念日か何か?」
「はい、そんな感じです。じゃあ、夜にしましょうか」
お互いに都合のいい時間を話し合う。その時刻になったら、音声チャット機能で連絡を取り合いながら、今日行った食堂の前で待ち合わせすることにした。
「じゃあ、また明日!」
「はい、また明日」
コクヨがふっとその場から消える。どうやらログアウトしたらしい。
ちなみにログアウトは、通常、街中などの安全なところでのみ行える仕様となっている。フィールドやダンジョンなどの危険地域でログアウトするには野営道具が必要だ。必要な道具がなく危険地域でログアウトすると、次にログインした際に、道具や所持金がなくなっていたり等のペナルティーがあるらしい。
そのため、フィールドやダンジョンの奥まで冒険しはじめるような中級者~上級者は常に所持しておくよう、などとまとめサイトに書いてあった。
コクヨが居なくなってからも、私は少しの間、魔法を撃っていた。2体、3体と、倒した敵の数を増やしていく。たまに一度の魔法で2体を同時に倒せたりして、ラッキー! なんて喜んでみたりもした。
……のだが。
「……なんか、寂しい」
話し相手もなく一人で行うには、結構心に来る作業だった。
いや、普通のゲームだってレベル上げは単なる作業に過ぎないのだけど。でも、先ほどまで二人楽しく過ごしていたところからの落差に、少しだけ心に隙間風のようなものを感じる。
「今日はもうレベル上げやめて、グスちゃんとお話しに行こうかな……」
ほぼ0に近いMPを見て、そうぼやく。すぐさまグスちゃんにチャットで泣きついた。
「グスちゃん、グスちゃーん! レベル上げ、作業すぎてもう嫌! そっち行っていい!?」
『まあ魔法職のレベル上げなんて暇だろうなー。俺はハンマー振り回してたから割と楽しかったが。今はこっちも休憩中だし、別に来てもいいぞー』
「じゃあ行く!」
『おー、なら待ってるわー』
ということでグスちゃんの工房に戻ることにした。
……うーん、こんな調子で姉の秘密が探れるのだろうか。
「……ま、初日だし。また明日、コクヨと一緒にレベル上げすればいいよね」
そう自分に言い訳して、グスちゃんの工房へと足を向けるのだった。
□
「やほう、グスちゃん! センくん!」
「お疲れ様です、ヒカリさん」
声をかけながら工房に入れば、別の部屋からセンくんが顔を出す。手招きされたので、どうやらグスちゃんもそちらの部屋にいるようだ。
「おー、来たかヒカリ」
「二人とも、のんびりの極みだねー」
招かれた部屋の中心にあるテーブルを、二人は囲んでいた。その上には2つの湯呑と、中心には皿に乗った煎餅なんかが置いてある。
なんだか、VRなんだか現実なんだか判らなくなる光景だ。しかし、グスちゃんの背格好や、センくんの背中に生えている翅を見て、ここは仮想的な世界なのだと改めて思い直す。グスちゃんに椅子を勧められたので、有りがたく座った。
センくんが私の分のお茶も淹れてくれる。注がれた湯呑を覗くと、どうやら暖かい緑茶のようだった。茶柱まで立っている。
「ねー、グスちゃん。こういうのって普通に売ってるの?」
「ん? お茶か? 煎餅か?」
「どっちも」
「普通には売ってないぞ。……いつだったかな。俺の友人たちが『VR中でも日本人らしく饅頭と緑茶で一服したいんだ!』『俺は煎餅がいい!』とか言いはじめて、調理スキルと栽培スキル持ちの奴らに頼んだのがキッカケでなー。それが何故か妙に盛り上がって、当時、プロジェクトXばりの一大プロジェクトが発足してたんだよ。米もない、茶葉もないで、かなり困難だったみたいだが、住人の協力もあってどうにか完成してな。俺もそのおこぼれに預かってるってわけよ」
現実世界に戻れば緑茶と煎餅や饅頭なんぞ、1000円以内でたっぷりと堪能できるだろうに。何故わざわざゲーム中でまで、と思わなくもないが、まあその熱意には敬意を表しようと思う。私もこれからおこぼれに預かるわけだし。
「へえ、凄いねー」
煎餅をばり、とかじる。現実世界で食べるそれと、代わり映えのない味がした。だからこそ貴重なのかもしれないが。
にしても、グスちゃんも変わった人だと思っていたが、彼の友人も変わった人が多いようだ。このゲームをそれなりに長くやっているようだし、人脈があるということだろう。
そこまで思い当って、私の姉のことも彼ならば知らないかとふと思う。
「あ、そうだ。ねえグスちゃん。私、人探ししてるんだけどさ、ちょっとグスちゃんに聞いてもいい?」
「ん? 人探し? どんな奴を探してるんだ?」
グスちゃんが言ってから、ずず、とお茶を啜る。
「プレイヤーネームは判らないんだけど……えっと、エルフ好きな人?」
我ながら情報が少なすぎだった。
だが、姉の種族も、プレイヤーネームも知らないので、こういう尋ね方しかできない。
「エルフ好き? エルフ好きとか言われても、そんなんいっぱいいるからなー。俺の友達でも思い当るやつが二桁はいるし。まあ特に有名な奴もいるっちゃいるが、俺もその類いを全員把握してるわけじゃないしなあ」
「あー、そっかー」
「某掲示板とかで情報は収集してみたのか?」
「んー……」
もごもごと口ごもる。そんな私の反応に、グスちゃんは「何だ?」と首を傾げた。
「いや、某掲示板って行ったことないんだよね。なんとなく恐くて。まとめブログとか、まとめWikiは見るんだけど。Wikiはイベントとかは詳しいけど、個人のまとめとかって載ってないし」
「何で掲示板が恐いんだ?」
グスちゃんが心底不思議そうに聞いてくる。私は苦笑しながら答えた。
「いやなんか、最近掲示板でウィルスに感染して捕まった人とかいたでしょ? そういうの聞くと、なんとなく恐いなあって」
結局釈放されたようだけど、逮捕というだけでも恐ろしい響きだ。
「ウィルスなんて滅多に踏むことないぞー? 大抵は馬鹿がエロ画像のリンクの中に紛れたブラクラ踏んで感染したりするんだよ」
「……グスちゃん」
「なんだ?」
「エロ画像とかサラっと口にしたね」
「…………そりゃ男だからな」
何となく二人の間に静寂が落ちた。
センくんは一人のほほんと緑茶を飲んでいた。
「まあ、変なリンクさえ踏まなきゃそうそう危ないところでもないし、気が向いたら検索してみるといいだろ」
「うん、そんなに恐いところじゃないっていうグスちゃんの言葉を信じて、明日ログインの前にでも検索してみるよ」
「まあ1スレくらいサラッと流し読みするだけでも、何となくの雰囲気が判ると思うぞ。過去ログは……専ブラないなら厳しいか」
「専ブラ? よくわからないけど、とりあえず探してみるね。ありがとう、グスちゃん」
返事の代わりにか、グスちゃんはニッと笑いながら煎餅をばりっと噛み砕いた。