5 初戦闘と黒の精霊
RPGと言えば、戦闘である。たとえどんなRPGにも、その名を冠する以上、戦闘はあるだろう。コマンド式かもしれないし、フィールドを縦横無尽に駆け回るかもしれないし、操作できないオートバトルかもしれないし、はたまたカードゲームで勝負するかもしれない。
では、この「クォーターズ・オンライン」はどうかと言えば。
「うぉおおおっりゃあああ!」
「たああああああ! くっらえええええ!」
ガチの殴り合い、斬り合いなのである。
正直な心境を言おう。
ドン引きである。
幸いなことに、モンスターやプレイヤーから血が出ることは無さそうだが、それでも殴打や斬撃やモンスターの断末魔のような生々しい音が耳に響いてくるのだ。しかも花畑というメルヘンなフィールドで。
魔法職を選んでよかったと思うこと、ベスト3に見事ランクインした瞬間であった。
とはいえ、生々しい戦闘を繰り広げているプレイヤーはそう多くない。というのも、精霊種は魔法が主の種族ばかりだからだ。例外はドワーフや、スピリシア(人間と精霊の混血、という種族。魔法剣士になる適性が高い)くらいだ。そのため私と同じように、遠くからちまちまと魔法を撃っているプレイヤーが大多数を占めていた。それでもモンスターの断末魔は聞こえてくるのだが。そこは最低限仕方がない部分だろう。
私も他のプレイヤーに倣って、新しく現れたモンスターに狙いを定める。緑色のひょろりとした体付きと長い耳が特徴のモンスターの醜悪な顔に、思い切りファイアボールをぶつけてやる。炎に包まれ、ギャアッ、と甲高い悲鳴を上げた。
――後々教えてもらったのだが、これがコボルトというモンスターらしい。コボルトと言われると犬みたいなイメージがあったから正直意外だった。
少しの後、白い粒子になって、私のつけている腕輪に吸い込まれていく。グスちゃんに作ってもらった杖のお陰かは判らないが、どうやらワンキル出来たようだ。
私は続けて三発のファイアボールで、同じ種類のモンスターを同様に屠っていく。そしてすぐに、街の門とフィールドとの境目の位置に戻った。
「ふー。これでまたMP回復するまで待機かー。暇だなー」
血沸き肉躍る体験を求めていたわけではないが、若干どころでなく地味かつ待ち時間の多い作業だった。グスちゃんにメッセージ投げて泣きつこうかな、なんて思っていれば、ふと目の前に私と同じように、手持無沙汰な様子の少女がいた。私と同じ、プレイヤーのようだ。
その少女は腰辺りまでの長い黒髪と、黒のゴスロリドレスに身を包んでおり、全身が黒で覆われていた。しかし肌は驚くほど白いため、彼女だけまるでモノクロ写真から飛び出てきたかのような錯覚を受ける。
良く見ると少女の足は、ふわふわと浮いていて地についていない。常に床から2~3センチほど浮遊しているのは、精霊の特徴だった。
私は暇に押されて、そんな異色とも言える彼女に話しかけてみることにする。現実の自分なら初対面の相手に話しかけるなんて絶対に無理だが、今の私ならむしろ話しかける方が自然な成り行きだ。
「初めまして、こんにちはー! あなたもレベル上げの最中なの?」
「……ええ、そうだけど……」
静かで、凛とした声だった。私は彼女の傍に寄って、彼女をまじまじと見つめる。私も気合を入れて作ったつもりだが、彼女の姿には負けるかもしれない。それくらい、相当に気合を入れて作られている、と感じた。切れ長の目は、私を見定めるようにこちらに向けられている。
私が明るく愛くるしい炎妖精なら、彼女はすべてを静寂で包む麗しの闇精霊、といった感じだろうか。
「MP回復まで暇だよねー?」
「そうね」
私の会話に対する応えは、その一言だった。すっぱりと、会話が途切れてしまう。
さてここからどう話を繋げていこうかな、なんて思っていたら。
「この子、あほの子なのかな……」
ぼそり。そんな呟きが聞こえた。私はまさかと驚いて、彼女の顔を見つめてしまう。彼女は私の視線にハッとなって、恐る恐るといった面持ちで口を開いた。
「あの……もしかしてわたし、口に出てました?」
「うん、ばっちり。そんなに私、あほの子っぽい?」
しん、と二人の間に静寂が満ちた。
つんと澄まし顔だった彼女の顔が、一気に情けなく崩れる。
「ごごご、ごめんなさい! あの、その、違うの、わたし、つい考えることが口に出る癖があって! 直さなきゃって思ってるんだけど! 可愛い妖精さんだなって思ってたんだけど、あの、でも当たり前のことを聞くから、もしかしてあほの子ってやつなのかなあって思って! ああ、また言っちゃった!? 違うの、あの、えっと、違うんですー!」
わー、一気にイメージが瓦解しはじめたぞー。
「ううううう、わたしってば、こういう迂闊なところがあるから、すごく頑張って近寄りづらいキャラクターにしたのに! 今までプレイヤーは誰も話しかけてこなくて安心してたのに、あなたが、わたしに話しかけちゃうからあっ!」
彼女の目元に涙まで浮かんでくるものだから、私は彼女の肩に手を乗せて、どうどう、と落ち着かせることしかできない。
ゲーム製作者も、涙を流す機能まで実装しなくていいのに。VRだからって細かいところまで作り込みすぎだ、と途方に暮れながら思うのだった。
□
彼女がようやく落ち着いた頃には、すでにMPはMAXまで回復していた。つまり、それだけ落ち着かせるのに時間がかかったってことなんだけど。
「とりあえず、MPも回復したし、魔法撃ってきていい?」
「はい……」
すんすんと鼻を鳴らしながら、彼女は頷く。私は門から外に出て、湧き出たモンスターにファイアボールを撃ちつけた。4発目の魔法でモンスターを倒した瞬間、ファンファーレが鳴り響く。驚きながら周りを見ると誰も反応していないことから、どうやら自分だけに聞こえた音らしい。ステータスを確認してみたところ、どうやらレベルアップしたようだった。
簡単にステータスを確認した私は、再び門のところにいる彼女の元に戻る。喜びたい気持ちも当然あったのだが、未だ落ち込んだ様子の彼女を放っておくことも出来なかったのだ。
「ええと、大丈夫? ちゃんと落ち着けた?」
「はい、落ち着きました……あの、さっきはごめんなさい。あほの子なんて、言ってしまって」
「いや、それはあんまり気にしてないから大丈夫だよ」
『ヒカリ』を演じている私も、若干頭足りない子にしすぎたかな、と思っているくらいだし。
「私、ヒカリって言うの。あなたは?」
「わたしは、コクヨ、です。あの、宜しくお願いします、ヒカリさん」
「あ、ヒカリって呼び捨てでいいよ。私もコクヨって呼ぶから!」
「じゃあ、えっと……ヒカリ」
照れたように俯く彼女は、とんでもなく可愛かった。
……姉よ。麗しさと可愛さを兼ね備えるのはエルフだけじゃないみたいですよ。現実世界に帰ったらこの大いなる事実を教えてあげたいところだけど、まだゲームをプレイしていることは秘密にしたいからなあ。うーん、残念。
「あの、ヒカリも、初心者ですよね?」
「うん、そうだよ。今日から始めたんだ! コクヨはいつから?」
「えっと、3日目です……でもまだレベル1で」
「わ、本当に精霊ってレベル上げづらいんだ」
なんだか、レベルが上がったって言いづらい雰囲気。でも隠すようなことでもないしな。
「ちなみに、私はついさっきレベル上がっちゃった」
おずおずとそう伝えれば、彼女はぱあっと破顔する。
「おめでとうございます、ヒカリ!」
まるで我が事のように喜んでくれる彼女の姿に、こちらまで益々嬉しくなってしまう。
「わたしも、もう少しでレベルが上がるはずなので、そうなったらヒカリとお揃いですね」
「そうだね!」
二人でそうやって笑いあう。
まだフレンド登録もしていない彼女だけど、何となくこれからも上手くやっていけそうだな、と思うのだった。