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4 漢の工房

 水晶の街の一画に、その工房はあった。グスちゃんに促されるまま中に入ると、内側は水晶ではなく、真っ白く濁った壁のようになっていた。部屋の奥には炉のようなものと、石の台のようなものがある。


「へえ、水晶の内側ってこうなってるんだ! 流石に中までピカピカじゃないんだね」

「中まであんな水晶だったら、太陽の出てる間、ずっとムスカ状態で大変だろうがよ」

「あははは! 確かに太陽がチカチカして、目が、目があ、ってなっちゃうね!」

 大笑いすると、グスちゃんも「だろ?」と肩を竦めて笑った。


 そんな風に笑い合っていると、別の部屋から妖精の少年が現れた。翅が茶を帯びた黄色なので、恐らく地属性寄りの妖精なのだろう。髪は柔らかそうな金髪で、さらさらと風になびいている。どうやらプレイヤーではなく、この世界の住人(=NPCのこと)のようだった。


「師匠、お帰りなさい!」

「おう、ただいま。なんか変わったことはあったか?」

「師匠に武器を作って欲しいって人が一人来てましたよ。師匠が帰ってくる頃に、またいらっしゃるそうです」

「ん、久しぶりの注文だな。留守番ありがとうな、セン」

 セン、と呼ばれた妖精は、感謝の言葉に微笑んで頷く。と、ようやく私の存在に気付いたのか、こちらに視線を向けてきた。


「師匠、この妖精の方は? ……ハッ、まさか、この工房の新入りですかッ!? 僕の師匠、取られますか!? これが噂のNTRですか!?」

「何言ってんだよ、ばぁか。友達だよ、友達」

「あ、お友達の方でしたか。早とちりしてしまいましたね、ごめんなさい。僕は、師匠の弟子をさせてもらっている、センと言います。宜しくお願いします」

「私はヒカリだよ、よろしくね」

 手を差し出されたので、そう言って握り返す。

 少年の手は、優しく柔らかな笑顔と相反して、ガサガサで硬かった。どうやら弟子というのは、肩書きだけではないらしい。さっき、ちらりと見えたグスちゃんの手も、皮膚がぼろぼろと荒れていたから。武器作りは、たぶん私が思う以上に重労働なのだろう。

 そんな二人の間に、ちゃんとした師弟関係を感じて、素敵な関係だなあ、と少し羨ましくなった。


 この世界は、ただの仮想現実だけど。

 こうやって、ちゃんとした絆を築くことが出来る。

 NPC相手だから、そんなのニセモノだって言う人もいるかもしれない。

 でも、二人が並んでいるのを見ていると、私には本物の師弟にしか見えなかった。


「よし、じゃあいっちょヒカリの武器を作ってみるか! ……でも普段、あんまり杖は作ってないからな。期待すんなよ?」

「あんまりどころか、普段は刀しか作らないじゃないですか、師匠。使うスキルだって違いますし、大したものは出来ないんじゃ?」

「しー! いいんだって、初心者にはそんなのわからねえんだから! ここで恩を売っといて、あとで安価で素材取ってきてもらうんだよ!」

「グスちゃん、聞こえてる、聞こえてるよ全部ー!」

「残念、聞かせてるんだッ!」

 そんなやり取りに、三人で一斉に爆笑してしまうのだった。


 □


 「軽水晶かるすいしょうの杖」。グスちゃんに作ってもらった杖は、そんな名前の綺麗な杖だった。全体的に水晶のような素材で出来ている。

 私は、早速それを装備する。木の杖より脆そうな見た目と名前だったが、攻撃力も魔力も木の杖を装備していた時より上がっていて、思わず瞠目してしまう。まあファンタジー世界だし、何でもありか。


 ……それにしても、物凄い早業だった。

 武器作りは重労働なのだろう、なんて思ってたのに、スキルを選んで素材を選んでパラメータをちょちょいと弄ってぱあっと光ったと思ったら杖が出来ていた。……何ということでしょう。


「……ねーねー、グスちゃん? 武器ってそういう風に、すぐに作れるものなの?」

「んあ? あー、まあ、普通はこうやってパッパと作るだろうなー」

 グスちゃんの言葉に、センくんは自慢げに胸をそらして言葉を引き継ぐ。


「でも師匠は違うんですよ! 刀を、こう、ガーンガーンってハンマーで打つんです! 僕、それに憧れちゃって!」

 つまり、グスちゃんはファンタジーな世界でファンタジーに武器を作れるにも関わらず、リアル鍛冶をやっている、ということだろう。なんと奇特な。


「普通なら、ぱあっと作れるのに、何でわざわざそんな真似してるの?」

「んー、ちょっと俺のリアルの話になるがいいか?」

「あ、うん、別にいいよ?」

「俺さ、20代の半ばまで、刀鍛冶の道目指してたんだよ。勿論、ちゃんとしたところに弟子入りしてだぜ?」

「へええ!」

 それはとても興味深い話だった。というより刀鍛冶って、今の現代にもいるものなんだ……もっとはるか昔、たとえば江戸時代辺りで途絶えたものだと思っていたよ。


「でも、俺の師匠頑固でさー。気に入った奴にしか刀は作らん、なんて言ってたら、だんだん資金繰りが苦しくなって、とうとう破算しちまって。今のご時勢、選り好みしてたら普通そうなるわな。んで俺も見事無職の道へご招待ってわけよ」

 あっけらかんと言うには重過ぎる展開だった。今ばかりは真面目な表情で聞きながら、グスちゃんに視線で次を促す。


「ま、今は普通の職につけて何とか生活してるけどよ。やっぱ、刀を作りたくってさ。で、そんな時にこのゲームときた。まあ、俺も最初は形だけでも満足だと思いながら、ファンタジーな作り方してたんだが、有る日ふとやってみたら普通に鍛冶でも武器作れやがんの。しかもその方が多少だが質もいいし、スキルレベルの上昇も早い。どんなプログラムされてんだよこの世界、って話だよな」

 けらけらと笑うグスちゃんに、私も合わせて微笑む。

 グスちゃんの話を聞いて、この世界は本当に「もう一つの現実」なんだと、改めてそう思った。

 姉がおかしくなった……もとい真人間に近づいたのは、このもう一つの現実世界で、何かを見つけたからだろうか?

 予想でしかないけど、たぶん、それは正しい気がした。

 まあ実際に見てみないと、何が本当か判らないから、ちゃんと探りに行くつもりだけど。


「ま、そんな感じよ。理解したか?」

「うん、面白い話だった! 話してくれてありがとうね、グスちゃん!」

「おうよ! っと、そろそろMPも回復したんじゃねえか?」

 言われ、自身のステータスを確認する。確かにMPは全快していた。よし、早速レベル上げに繰り出すとしよう。


「最初の内は街のすぐ傍で魔法を撃って、モンスターを倒したらすぐ街に戻る、を繰り返した方がいいぞ。奴ら、この街の中には入ってこれないようになってるからな」

「うん、わかった!」

 有り難いアドバイスに大きく頷いて、私は彼の工房を後にする。

 フィールドの入り口まで飛んでいきたかったけど、そうすれば元の木阿弥なので、ゆっくりと景色を楽しみながら歩いていくことにした。

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