2 『世界』の魅力
世界は、光り輝いていた。素晴らしいものを見たときにそう形容することもあるだろうが、文字通り輝いているのを見るのは初めてだ。
精霊たちが住む秋の国「ロムネスカ」の首都は、水晶で作られた街だ。
ネットのまとめサイトで調べた時には、「そういう街なんだ」と思う程度だったのに、いざ実際に見てみると驚嘆してしまう。
判っているはずなのに、感動する。
知っていたはずなのに、驚愕する。
それがこの仮想現実世界、『クォーター』の魅力なのだろうと思った。
「っと、あら、ごめんなさい」
「あ、いえ……こちらこそ」
後ろから誰かに軽くぶつかられて、ようやくぼんやりと呆けていたことに気付く。ここは道のど真ん中。邪魔にならないほうが難しいだろう。すぐ道の端に寄った。
両手を見て、右手首にプレイヤーを意味する腕輪があることを確認する。次に下を見て服装を、最後に首を捻って背中を見る。そこには間違いなく、薄紅の翅が広がっていた。私の見た目は、私がキャラメイクした通りになっているのだろう。そう思うと、急激に活力が湧いてきたような気がした。
私は『ヒカリ』なのだ。ならばその通りに、少しでも理想になるように、振舞わなくては。
「……えへ、えへへー」
とりあえず、快活に見える笑顔の練習。近くの水晶を鏡代わりに、確認してみる。その笑顔はぎこちなかったけど、気合を入れてキャラクターを作っただけあって、とても愛くるしく私の目には映った。思ったとおり、八重歯はチャームポイントとして映えている。やっぱり八重歯にして良かった。
……自画自賛して何が悪い。私が作ったキャラだもの、私が一番に愛してあげなくては。
「あ、そうだ」
確か補助魔法であれば、街の中でも使えるはずだ。私は妖精ならではの魔法――飛行魔法を試してみることにした。
音声認識でメニューを開き(慣れれば思考するだけで見れるらしいが、初心者は声に出した方が確実らしい)、スキルメニューを選択する。
初期スキルとして「飛行」「テレポート」「ファイアボール」が割り当てられていた。それぞれにはレベルがあり、全てのスキルがレベル1という表記になっている。スキルは、使えば使っていくほどにMP効率が良くなったり、威力が高まっていくらしい。
私は青いメニューをつつい、と指でなぞり、飛行を選んだ。
途端、ふわりと身体が持ち上がる。感覚で言うならば、高速エレベーターでぐっと身体を持ち上げられるのに近いだろうか。全身にかかる、微かな重力。ほんの少しの不快感に、身を硬くする。
意識的に、飛び上がるスピードをゆっくりにする。そうすれば不快な感覚も、気にならなくなった。
「っ!」
ふわふわと、10メートルほどまで浮かび上がった私は、湧き上がる笑いを堪えられずに、顔をにやけさせてしまう。
「すごい、これっ、すごいっ!」
視界に広がるのは、見渡す限りの水晶の街。きらきらときらめく光景は、絶景という他なかった。精霊種は飛べる種族が多いこともあってか、高低差がかなりあるつくりのようだ。
街の中心には、ここまで浮かび上がっているというのに、まだ見上げるしかできない、巨大な建造物らしきものがあった。というか、見た限りでは、水晶で出来た山にしか見えない。
街の果てには、花畑が見える。恐らくあの辺りはフィールドだろう。モンスターとの戦いは少しだけ恐いけれど、嫌悪感じゃない胸の高鳴りの方が勝っていた。
周りには私と同じように飛び回っている妖精や、精霊がいた。どうやらプレイヤーであるらしい。目配せすれば、にこりと微笑まれたので、私もついつられて頭を下げた。
なーんて、和気藹々としていれば。
「えっ!?」
私を、重力が捉えた。有り体に言えば、真っ逆さまに落下しはじめたのだ。
まるで急転直下のジェットコースターに乗っているみたいに、臓腑が浮き上がる感覚がする。大きな叫び声をあげて、磨き上げられた水晶の地面に――いや、何か柔らか……くもないような? ……床よりは柔らかいものの上に、叩きつけられた。
「うおぉっ!?」
「きゃああああ、なに、何が起きたの!?」
大混乱である。パニックである。痛みはないとは言え、いきなり10メートル超もの高度から落ちれば、冷静でいられる者など、そうはいまい。当然、私も冷静でなんかいられなかった。
「おい、さっさとどけ!」
「はぃい!?」
何が起こったのかわからずきゃあきゃあと騒いでいれば、私の下から野太い声が聞こえてくる。私は思わず飛び上がった。
「おめえ、初心者だな!? ったく、MPの残りには気をつけろ!」
「MP?」
そこで初めて、この落下の原因が「MP切れ」だということを認識する。そういえば、最初の内は飛行魔法中のMP残量に注意、なんて書いてあったっけ。確か最初の内は、1MPで10秒くらいしか飛べないのだったか。レベル1でまだまだMPも少ないというのに、調子に乗って飛びすぎたようだ。
そこまで考えが至ったところで、私を叱ってくれた人に初めて意識が向かった。むき出しの上腕は筋肉むきむきで、少女の私よりも背の低い、ひげもじゃの人だった。たぶん、ドワーフという奴だろう。魔法が得意な精霊種の中でも、地属性だけに特化している種族だ。
見栄えをあまり良くすることは出来ないが、武器や防具を作るスキルの適正がとても高いため、それなりに人気がある種族だったはずだ。やはりクリエイター系のスキルは、人を惹き付ける魅力があるらしい。
頭を下げて謝ろうとし、私は『ヒカリ』なのだということが頭に過ぎる。
こういうのは、最初が肝心なのだ。
ロールプレイ、ロールプレイ……っと。
「うわあっ、ごめんね、ドワーフのオッちゃん!」
「オッ……」
ドワーフの彼は、私の発言に酷く衝撃を受けたようだった。
……やっぱりキャラ作りなんてしないで、普通に謝った方が良かったかな。