1 キャラメイク
ファンタジーと言えば、まず何が思い浮かぶだろう。姉ならば「エルフ」というだろうが、私にとっては「魔法」だった。
が、しかし。
ゲーム中で一、二を争うほど魔法適正の高いエルフをゲームキャラとして選んでしまえば、姉にあんなことやこんなこと、ましてやピーと鳴る放送禁止用語なことすらされかねない。それは、男であろうと、女であろうと、彼女には関係ない。エルフという存在すべてが彼女にとって守備範囲だからだ。エルフBBA萌えとか言ってるときは流石に私も耳を疑った。
ゲーム中では、性的な目的を持った行為は厳しく取り締まられているのは知っている。だから、リアルの話でもゲーム中の話でもなく、薄い本の中でとか、の話だ。なんせ姉は無意味に、無駄に、絵が上手いから。折角のその才能をエルフ以外に生かしてほしい。いや切実に。
というわけで、私はエルフと並んで魔法適正の高い精霊系の種族を選ぶことにした。ただし純粋な精霊は必要な経験値量が多く、初期のレベル上げに苦労すると聞いていたので、精霊系の種族である、妖精を選ぶことにした。
妖精は魔法適正では精霊には劣るものの、初期状態からテレポートや飛行魔法も使える上に回避も高いので、戦闘不能になることも少なく、初心者にはそこそこお勧めの種族らしい。
「よし、と」
まとめサイトの種族一覧を眺めていた私は、早速ゲームをプレイすることにする。こういうのは習うより慣れろ、だ。
普段は、説明書なんて一切読まずにゲームを始めることもある私にとっては、良く下調べをしたほうだ。
姉がおかしくなった原因を探す。そんな理由をつけながらも、結局のところ私はこのゲームを楽しみにしていたのかもしれない。
ヘッドセットをつけ、ベッドに横たわる。翌日の目覚まし機能はゲーム中で設定できるため、私はそのまま眠りにつくように、ゲームの中へと沈み込んでいった。
□
黒い世界が広がっている。何かが頭に浮かぶ前に、耳のすぐ後ろから響くような声が聞こえた。思わず、ぞわりと肌が粟立つ。
「ようこそ、クォーターズ・オンラインへ」
「わっ」
思わず出た声に、恥ずかしさのあまり両手で口を押さえる。と、そこで黒い世界の中、自分自身の手が、全身が、はっきりと視認出来ることに気づき、微かな驚きを覚えた。そうか、ここはもうゲームの中なのか。そんな実感が、胸の内から湧き上がる。
「それでは、キャラクターを作成します。まず性別と種族を選んでください。種族の説明は必要ですか?」
首を横に振る。女性型の妖精、と告げると、その声は更に続けた。
「それでは、キャラメイクをはじめます。1から作りますか? それとも、貴方の姿をコピーし、それを元に作りますか?」
「1から、だね」
姉をこっそりと探りたい私としては、私自身の面影が残るのは困る。キャラクターは1から作ることにした。
すると目の前に、キャラクターの素体が現れる。白色のワンピースをまとった、どこからどう見ても特徴のない普通の少女だった。その背から、まるでとんぼのような薄紅の二対の翅が生えていることを除けば。
「わ……」
恐る恐るその翅を触ってみる。つややかで、すべすべで、触り心地のよい布を触っているような、薄い薄い硝子をなぞっているような、そんな不思議な感覚だった。
が、そんな風に悦に入っている場合ではない。翅が赤系統の色ということは、属性は炎寄りなのだろう。ならばキリリとした目元の、元気な少女に仕立て上げよう。
炎と言えば情熱・元気・活力、なんて言葉が思い浮かぶ。どちらかと言うとそれらは姉を現していて、私にはあまり似合わないような気もするけど、折角のRPGなのだ。多少演じたって誰も文句は言わないだろう。
姉には劣るが、たぶん普通の人よりは上手いと自負するイラストのセンスをフル活用して、元気で、笑顔が似合う、一人の快活で勝気な妖精を作り上げる。髪は肩につくくらいの赤茶色で、少し吊り目気味。笑うと、八重歯がちょこんと見える。服装は、スカートが花びらのように広がったツーピースにした。
我ながら渾身の出来栄えである。
これで宜しいですか? の問いかけに、私は迷うことなくOKサインを出す。
「では最後に、キャラクターネームを登録してください」
元気で陽気な、自分だけの妖精。名前もすぐに浮かんだ。
「きっと、太陽みたいな子だから、『ヒカリ』がいいな」
「キャラクター『ヒカリ』を登録しました。それでは、クォーターの世界を、お楽しみ下さい」
声と共に、周りに何かが顕現する。一瞬眩しさのあまり目を閉じ、恐る恐る目を開いた。そこには、幻想的な光景が広がっていた。視界に入る全てが、薄水色に輝く水晶で作られた街だったのだ。
「わ、はあああ!」
情けないほどに大きな声をあげてしまう。現実では絶対に見ることの出来ない光景。陽の光が水晶に乱反射して、地面には幾何学的な模様が浮かび上がっている。世界にきらめきが、溢れていた。
「これ、ほんと、すごい……」
演じることなど忘れ、思わず素の感嘆を漏らす。私はしばらくの間、そうしてその場に、竦むように立ち尽くしていたのだった。