2 村崎守正-A
一応、主人公の恋人役の登場です
❤
「…………」
白塗りの壁面には幾つもの窓が並び、広大な駐車場を見下ろしています。周りは木々草々に囲まれ、空気の澄んだ郊外という地利を最大限利用していますね。
偶に門を通った車から降りる人は、老若の組み合わせが多いです。運転席から降りた若人が、助手席や後部座席から降りた老人に手を貸して自動扉の向こう側に消えます。
そうです。ここは、九雲ヶ丘総合病院なのです。
「……はぁ」
何故、私が九雲ヶ丘総合病院に来ているのか。それは、担任の所為なのです。
『恋風、ちょっといいか』
『は、はい……』
一学期の最終日ということで、今日は午前中で放課後となりました。クラスメート達が、暑い日差しにも負けない熱気を吐き出しながら教室を飛び出していきます。私は、昇降口が混雑することを予想して、少し落ち着いてから帰ろうと考えていました。窓辺の席に座り、四角く切り取られた眺めを一望に収めていた時のことです。その時、悪魔――では無く、担任の口十先生に話しかけられました。
『放課後、暇だったりするか?』
『え、えっと……。は、はい……』
放課後の予定としては、お兄ちゃんのために手の込んだ料理を作ろうかなとメニューを考えていた程度なので、『はい』と答えてしまいました。――この時に、何が何でも断っていれば……!
『そうか。じゃあ、ちょっと頼まれてくれないか? うちのクラスに、村崎って生徒がいるの分かるか? 村崎守正だ』
『は、はい……。名前、だけ……なら……』
私は一応クラス委員長なので、クラスメート全員の名前を暗記しています。
『そいつ、入学以来ずっと入院してるんだよ。んで、もう夏休みだろ? 折角入学したのに学校と疎遠になっちゃあ、治る病気も治らねえ。――そこで、ちょっと顔を出して欲しいんだよ』
『顔、を……。病院に、お見舞い……ですか……?』
『ああ。九雲ヶ丘総合病院だ。恋風が人見知りなのは知ってるが、こんなこと頼める奴はお前以外にいないんだよ。頼まれてくれねえか?』
病院。病院は、墓地と同じくらい私にとってはタブーな場所です。今は、お兄ちゃんに作って貰ったネックレスがあるので――ある程度! までは、大丈夫ですけど……。でも、それでも……――と、悩んでいる間に押し切られてしまいました。
いつも思いますけど、口十先生は強引過ぎます……。
「……はぁ」
目の前に聳える白亜の建造物を見遣りながら溜息。縁起が悪いのは承知の上ですけど、それだけ気が重くなってしまう理由が私にはあるのです。
仕様が無いので、覚悟を決めて通学用鞄から銀細工の中に水晶玉が咲いたネックレスを取り出します。お兄ちゃんが私のために作ってくれたネックレス。水晶玉の中には、淡く揺蕩う光のようなものが浮かんでいます。
ネックレスを着けて、深呼吸。一つ、二つ、三つ――よし!
心に気合を刻み込んで、病院の敷地内に入ります。自動扉の前で、もう一度深呼吸。強張る身体を無理矢理動かして扉を潜れば、心がチクチクと痛みました。
「……大丈夫、だいじょうぶ」
チクチクと痛むだけなら、まだ大丈夫な証拠です。
「……はぁ」
安堵の溜息を零してから、受付のカウンターに足を向けました。
カウンターの向こう側には、白衣に身を包んだ綺麗な看護師さんが座っていました。私がカウンターに近寄ると、僅かに身を乗り出しながら笑顔を浮かべます。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……です……」
お兄ちゃん以外の人と話す時は、心が震えます。小さい頃の経験がトラウマになってしまっていて、眼鏡越しでも目を合わせることが出来ません。情けない話ではありますけど……。
しかし、ビクビクと目を伏せる私に看護師さんが気を悪くした様子は感じられません。このような時は、小学生にしか見られることのない低身長が役立ちます。非常に不本意ですけどね……。
「今日は、どうしたの? お見舞いかな?」
小さいのに偉いわね、という副声音が聞こえます。――けど、気にしません。
「は、はい……。お見舞い、で……あの、村崎守正……さん、の――」
「あら、守正君の知り合い?」
私が全てを言い終える前に、看護師さんがとても嬉しそうな声を上げました。
「従妹ちゃんかしら? 守正君のお見舞いに来てくれたのね。ありがとう」
「……?」
何故、受付の看護師さんに感謝されたのでしょうか? 村崎さんの親戚でしょうか? 全く分かりませんが、否定の言葉で流れを遮る必要もないのでスルーしました。
相手の勘違いを利用するのは、私が身に付けた処世術の一つです。
「守正君の病室は、八階よ。808号室ね。向こうにエレベーターがあるの、分かる? 中央エレベーターで八階に上がれば、出て直ぐのところにナースセンターがあるから、分からなくなったらそこで訊いてね」
「は、はい……。ありがとう、ございました……」
「いえいえ。出来れば、守正君の話し相手になってあげてね」
とても優しい声音で見送られ、私は少しだけ申し訳ない気持ちになりました。
受付の看護師さんの様子からすると、村崎さんは人に好かれる人のようです。少し、本当に少しだけですけど安心しました。
教えられたエレベーターで八階に上がると、降りて直ぐのところにナースセンターがありました。これも、教えられた通りですね。数人の看護師さんが働いているのが見て取れます。
しかし、病室の番号は既に分かっています。808号室。ナースセンターの方に態々訊くまでもありません。どこかに案内が描かれた地図がある筈です。声無き案内人。私にとっては最高の人材です。
案内板は、エレベーターを降りて振り返れば直ぐ見つかりました。案内板によると、病院はコの字を描いて建てられているようです。エレベーターホールから左右に伸びる白い廊下、その右手を進み、曲がり角を左手に曲がって突き当たりが808号室ですね。
ドキドキと緊張しながら、目的地に向かいました。
『808 村崎守正』
ドアプレートを確認。どうやら、ここで間違いないようです。この扉の向こう側に、村崎さんがいる筈です。――もし、もしも村崎さんがいなければ残念ですが留守ということで長居は失礼に当たってしまうので速やかに帰宅する必要性がありますね。もしもの話ですけど!
どうか留守でありますように――と願いながら、スライド式の扉をノックします。
コン、コン――。
私の小さな手を最大限利用して僅かな音を立てましたけど、果たして――。
「はーい?」
「…………」
誠に残念なことですけど、返答がありました……。
深呼吸を繰り返し、覚悟を決めてから――強張る手で扉を開けました。
「美森さん、今日ははや……い……?」
真白の病室。一人部屋のようですけど、少し洒落た内装は広いです。革張りのソファがあれば、テレビや冷蔵庫もありました。そして、部屋の中央には――綺麗なシーツと大きなベッド。スライド式のテーブルが備え付けられていて、その上には大きな液晶のモニター? があります。……何故、モニターが?
ベッドの傍には、白衣を羽織る男性がいました。慌てて目を逸らしましたけど、その足の長さで高い身長が窺えます。恐らく、医師さんでしょう。
「えっと、君は? それに、その制服は……」
「わ、私は……恋風薫、といいます……。あ、あの……村崎さんの、お見舞いに……」
「君は、九雲ヶ丘学園高等部の一年A組?」
「は、はい……」
「な・る・ほ・ど。守正のクラスメートか。し・か・し、こんなに可愛いクラスメートがいるんなら、守正も早く治さないとねぇ」
「…………」
チラリと一瞥すれば、医師さんが液晶モニターの影に目線を落としていました。液晶モニターの影に、村崎さんがいるのですね。――無反応のようですけど……。
医師さんの漏らした苦笑が耳朶に触れました。その響きからして、村崎さんが無反応なのは日常的なことなのかもしれません。
「ごめんねぇ。守正、これで結構人見知りだから」
人見知り。その共通項を耳にして、私の心は少しだけ和らぎました。思わず細い息が零れます。
「それじゃ、ここに椅子があるから。出来れば、ゆっくりしていってね。ボクはもう戻るから」
カツカツと足音が近付いてきます。医師さんでしょう。身体が勝手に強張ってしまいましたけど、その緊張を解すように頭を撫でられました。大きな手で、優し気に。お兄ちゃんには負けますけど、それでも撫で慣れているであろう手付きです。撫でられ検定一級の私が言うのですから、間違いはありません。
背後で扉がスライドした音を最後に、室内に静寂の幕が下りました。お見舞いに来たという性質上、非常に気不味いです。取り敢えず、ベッドの脇に置かれた椅子をチラリと確認して、勇気を振り絞ります。
――がんばれ、かおる!
私は怖ず怖ずと移動して、通学用鞄を足元に置きます。プリーツスカートの裾を気にしながら椅子に座って、恐る恐る面を上げました。
「…………」
髪の長い横顔。ほとんど陽に当たっていないだろう白い肌は木目細かく、睫毛も長いです。綺麗な女の子かと思いましたけど、名前からして男性の方でしょう。無表情で、冷たい雰囲気を受けます。――それなのに、村崎さんの傍に座っているだけで私の心がザワザワします……。
とても温かくて、冷たい。塩味の雫が零れ落ちる。そんなイメージが、私の心にポッと浮かんでは消えました。
「…………」
村崎さんは、無言です。
「…………」
私も無言ですけど……。
――……村崎さんは、何をしているのでしょうか?
先程から、カチャカチャとした軽い音が耳朶に触れています。改めて、視線を持ち上げてみました。
村崎さんの白魚のような両手には、ゲームのコントローラーと思しき物があります。――ということは、ゲームをしているのでしょうか? 赤い帽子の髭面オジさんが私の脳裏を過りました。
もう少しだけ視線を上げて液晶モニターを窺えば、映画のような映像が流れています。ゲームではないようですけど、村崎さんはモニターの映像を見詰めながら両手の指を動かしています。
「……?」
村崎さんが何をしているのか、私にはサッパリ分かりませんでした。――もしかして、これは話題になるのでは?
入院生活が長いらしいので、学校生活などの話題はNG。対人能力の限りなく低い私が、小粋なジョークで話の花を咲かせることが出来る訳もありません。質問という会話の初歩ですけど、だからこそ良いのです! 私が奇を衒っても、空気が益々冷えるだけです。
「あ、あの……それは、何をしているん……ですか……?」
「…………」
「え、えっと……」
「…………」
――無視されました……。
これは、私が悪いのですか? それくらい常識だろ、ということなのですか? 馬鹿なことを訊くな、ということなのでしょうか……。
うぅ、お兄ちゃん助けてください……。
「………………ハァ。ゲームだよ、ゲーム」
「――っ!」
物凄く嫌そうな声でしたけど、村崎さんが答えてくれました! ――というか、私と話すのは嫌なのですね……。
『出来れば、守正君の話し相手になってあげてね』
優しい看護師さんの言葉が、ふと脳裏に浮かびました。
長い入院生活。きっと、私には想像もつかないくらい辛く苦しいことがあったに違いありません。その辛苦に、心が苛まれたのでしょう。――それは、私にも分かります。お兄ちゃんが、お兄ちゃんがいたからこそ私は……。
心身一体。心と身体で、苦痛は半々だと言います。話すだけでも、心の傷を癒すことに繋がるそうです。
たった一日。偶然は必然。――がんばれ、かおる!
「ゲーム、なん……ですね……。最近の、ゲームは……す、凄いですね……」
「…………最近のゲームって、君いつの時代の人? 女の子だからっていっても、物を知らな過ぎじゃない?」
「す、すみま……せん……」
うぅ、世間知らずなのは承知しています……。
「……大体、君も物好きだよね。入学以来一度も登校してないクラスメートのお見舞いに来るなんて。何? バツゲームでもしてるの? 君、気弱そうだもんね」
「……あ、あの……――」
「というか、君本当に高校生? 因数分解とか出来る? まだ掛け算割り算を習ってるんじゃないの? そもそも、誰がお見舞いに来て欲しいって頼んだの? 同じクラスってだけで、随分と自意識過剰なんじゃない? オレが寂しがってるとでも思った訳? 凄いね、君は神様だ。神様だったら、オレの病気を治してくれないかな?」
「――……っ!」
ガタッ――。
気がつけば、私は思いっ切り椅子を跳ね飛ばして立ち上がっていました。そのまま、足元の通学用鞄を拾い上げて病室を出ます。
走るように、逃げるように――。
幸いなことに、病院を出るまで誰にも咎められることはありませんでした。
「――……うぅ、おにぃちゃぁん……」
目尻の涙を拭いながら、私は帰路につきました。
守正君、入院生活結構長いです
関係ないですが、薫ちゃんの身長→139cm
『村正オンライン』のPCかおるちゃんの身長→149cm
オンラインゲームだと、自分の理想が反映されたPCが出来ますよね笑




