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犬上さんと鈴本君  作者: 大石次郎


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1/2

犬上さんと付き合うことになった

葉桜の5月、俺、鈴本紘一(すずもとこういち)は中学2年生だ。


小学生の時に少年野球クラブでしごかれた反動で中学は緩い文化部に入り、塾は週4コマだけ。という全体的にぬるま湯な日々を送っている。


最近ハマってるのはVTuber夜散(よるち)ら子の配信と、早起きしてジョギングとバットの素振りをすること。わりとモブだ。


と、そんなモブの俺が同じモブ仲間の2人と今日夜、時間を合わせてゲームのオンラインで強モンスター狩りに行こうと相談してると、


「犬上さん、髪きれ〜。部活ガッツリやってるのによく維持できるね」


猫撫で声。


「バレー部だから。ソフトボールとか陸上やってたら切ったよ」


犬上(いぬがみ)さんが取り巻きの山田藍子(やまだあいこ)に髪を櫛でとかれながら話してる。


「やはり犬姐(いぬねえ)は演劇部向きだよ! 来たれっ、演劇部!!」


「やらないって。緊張するから」


演劇部で声大きい菅沼菜々美(すがぬまななみ)にまた勧誘もされてる。


犬上さん、あるいは犬姐等と呼ばれるこの女子は犬上涼夏(いぬがみすずか)。中学生にしては背がすらっと高くわりと長髪。男装的のルックスだがサバサバしてフランクなタイプだから、キャーキャー言われる感じでもない。


まぁ山田みたいなファンもたまにいるけど···


「っ!」


犬上さんと目が合った。机の下でピースサインしてくる。


「···」


俺も机の下でピースを返す。


そう、実は我々はいわゆる交際を開始しており、つまり犬上さんこと犬上涼夏さんは、俺の彼女なのだった。


_____



あれは進級して1週間経ってないくらいの頃、部活の後、体育館の脇にも1本ある満開の桜の木をスマホで撮っていた。


と、軽く風が吹いて、後ろからミントと緑茶の匂いがした。デオドラントスプレー?


振り返ると、部のジャージを着た犬上さんがいた。


「おっ、犬上さん」


「鈴本君、桜とか好きなの?」


「ん、どうだろ? 去年、ここの桜撮ろっかな、て思ってる内に散っちゃったから」


「ああ、実は私もなんだ。ここ穴場だよね」


おもむろにスクールバッグからデジカメを取り出す犬上さん。


「本格的じゃん」


「昔、姉貴がハマってたみたいで、もらったんだ」


「へぇ。なんか360度撮れるヤツもあるよね」


「知ってる。あれ、ほしい」


等と話しながら2人でしばらく花吹雪の桜を撮っていた。


「···俺的に満足した」


「私も」


向き合って笑ってしまった。中学に上がってから犬上さんとまともに話したのは初めてで、小学生の時同じクラスだった期間が確か2年程あったけどその頃もそんな喋った記憶がない。というか、


「犬上さん、小学生の時背低かったのにすんごい伸びたよね?」


「うん。小6くらいからだったけど、中1の時、関節が痛過ぎてなんかの病気かと思って病院行ったくらい」


「マジで?」


「マジだ」


そんなだったんだ。


「同じ人と思えないよ」


「鈴本君もね。声変わったし」


「そりゃ変わるって!」


また笑って、ま、こんなもんかな? 2人だし、あんま間延びしても変な感じだし、と、


「じゃ」


てな具合に立ち去ろうとしたら、ぐっ。スクールバッグの紐を掴まれて引き留められた。


「おお?」


犬上さんは真顔だった。


「鈴本君。小学生4年生の時、野球やってる君がカッコ良くて好きだったんだけど、今のフニャっとした君も趣きがある気がした」


「趣きがある···」


それ、古民家とか壺とかに言う形容詞じゃないの?


「よかったら···私の、彼氏になってみない?」


なっ?? 趣きで?


「友達じゃなくて?」


「それも違うかと」


「···なるほど」


なにがなるほどだ、と自分にツッコミつつ、


「わかった。犬上さんのことは『背、伸びたな』くらいしかわからないけど、俺で、よかったら」


「うん。でもちょっと、バレるまで学校では隠そう。私、恋バナとか全然してなかったから···恥ずかしい、かも?」


赤面する犬上さん。カワっ。


「いいけど、すぐバレない?」


「それはそれで。助走期間がほしい」


助走て。


「わ、わかった。隠す、方向で。今日も?」


「うん。私、部室寄ってく」


「はい」


犬上さん立ち去りだし、一度振り返って手を振り、結構な速さで去っていった。


「···助走、か」


こうして桜降る中、一先ず助走らしい交際が始まったわけだ。


_____



塾の最後のコマが終わって渋めのデザインの夜散ら子の筆箱に筆記用具をしまっていると、スマホ会社のアプリに着信あり。親かと思ったら犬上さんだった。


犬上さんは友達はDM、部活は別のアプリで、俺や家族はこれにしてる。誤爆対策が念入りだ。


『交流戦勝ったけど明日の練習流れたから午後からどっか行こ』


スタンプのチョイスが犬。ふふ。


『行こう』


鈴のスタンプで俺は返信した。


_____



春物のプルオーバーとカーゴパンツ。持ってる中じゃマシなの着てきた。


T駅のバスロータリー近くの天使っぽいモニュメントの近くで待ってると、たぶんお姉さんの軽自動車が1台停まって私服の犬上さんと山田が降りてきた。送ってくれた人に礼を言ってる。


···つか、山田?


軽自動車は軽くクラクションを鳴らして去っていった。


片手を上げてみると2人でこっちに来ながら犬上さんはごめん、て感じのジェスチャーをした。


ズンズン来る私服の山田藍子! 全体暗色系だがリボンは多めだ。


「鈴本君こんにちはっ、同じクラスの山田藍子だよ?!」


近い近いっ。頭突きされそうっっ。


「いや知ってるけどっ、なんで山田さんがいるの??」


「私は犬上さんの側近だから!」


側近、だったか〜···


「ごめん。藍子にバレた。家に来ちゃって」


犬上さんは寒色系のチュニックにスカンツ。今日もすらっとしてる。


「今日は私が犬上さんを警護するから!」


「···了解です」


まぁモブが犬上さんと付き合うとなると税金みたいな物も発生するんだろう。


気を取り直し俺達3人は電車移動。最初は気まずいがそこは中学生。部活等の学校関連でもなく自分達で電車移動するだけでちょっとテンション上がる。


「T川だ。写真撮ろうぜ」


「デジカメ持ってきてる」


「私も撮るから!」


電車が橋を渡るだけで盛り上がった。


なんだかんだで電車とバスを乗り継ぎ、俺達は目的地、『動物園』に到着した。


「おー! 私、小学生の時の校外学習以来だよっ。犬上さんは?」


「私の家、動物園好きだからたまに」


「俺は弟が好きだから年一くらいかな?」


「鈴本君には聞いてないよ?」


「···」


やり辛ぇ。デートてこんなマンツーマンでブロックされるもんなの??


困惑しつつ動物園デート? は始まった!


「おっ、出たゴリラ! デカっっ」


「犬上さんっ、小鳥の群れだよ! ギリ勝てないねっ」


「ここのヤマアラシ、好きなんだ」


「おっ、出たサイ! デカっっ」


「犬上さんっ、ラーテルだよ! 普通に勝てないよねっ」


「ここのお土産はナッツチョコが美味しくてコスパいいよ?」


俺達は例によってすぐ盛り上がり、写真も撮り、兎の触れ合いコーナーではテンション上がり過ぎて山田が鼻血を出し、食堂では皆アボカドチーズバーガーを注文した。


「年一くらいで来てるけど、思ったより面白かった〜」


「幸せ···もう、思い残すことない···」


そのまま昇天しそうな山田。


「結果的によかったかも?」


夕方、電車で帰る頃には山田は完全に眠ってしまい、犬上さんに寄り掛かって夢の中だ。


「藍子、午前中みっちり塾だったから」


「そら眠いよ」


2人で笑ってしまう。


「···鈴本君。時間、中々合わないけど」


「犬上さん、またどっか行こう。今度は2人で!」


「うん」


犬上さんは今日一の笑顔を見せてくれた。


_____



後日、山田とも協議? の結果、我々の交際は公の物としてそれぞれのグループとして明かすことになった。まぁ、勝手に隠して勝手に公開したただの中学生2名なんだが···


それでも話はすぐ広まり、それなりにはインパクトがあったようだ。俺はともかく犬上さんは2年の中でも人気あるから。同性にも。


ザワザワして、当然俺のモブ仲間達からも強めのリアクションがきた。


「鈴本ぉ〜っ?! お前というヤツはぁっ!!」


パソコン部の福田英治(ふくだえいじ)。元少年野球のキャッチャー。今、結構太ったなぁ。


「夜散ら子氏と犬上さん、どっち取るんだ。鈴本っ!」


囲碁将棋クラブの勅使河原隼汰てしがわらはやた。空手やってる。


「いや夜散ら子は比較対象じゃないし」


「別腹かよっ!! 不埒っっ」


「お前というヤツは〜」


ややこしいなぁ。見ると犬上さんも山田と菅沼に絡まれてた。山田には三つ編みにされてる···


目が合うと2人とも苦笑するしかない。


今んとこ連絡取ったり1回山田込みで動物園行っただけだから微妙なとこだけど、上手くいったらいいなって思ってる。


次、犬上さんとどこ行こっかな?

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