第二章 第一幕
彼――柳六花は今、【七晄】で一体何をしていてどのような人物なのかと言えば……。
主に人や妖に関する事件の解決に赴いたり、『柳神社』で若神主として過ごしている。
男にしては可愛らしい見た目に反し彼は術師だ。それも【七晄】で有名な霊術師。
〝異能〟と言う現象を故意に発動させる者達を総じて――術師と呼ぶ。
【日出国】内に現存する術師の種類は様々あり、陰陽術、呪術、占術、仙術......など。
その中でも不安定で不規則で、不可思議な異能を使う者達――それが霊術師なのだ。
体内を巡る霊力を自身の想像力、干渉力を以て霊術としてこの世に具現化させる技巧。
個人によって差は千差万別だが。その桁外れな術の威力と媒体を不要とする手軽さ。
だからこそ希少な存在でもあり、一都にほんの数人居るか居ないか程度だ。並みの霊術師というだけで優遇され、身分を保証されたり、統治者の後継ぎとして嫁や婿入りを果たしたりと、何処に行っても重宝される傾向にある。
術を発動させる触媒――代償は自身の命。ある種の自傷行為、いや呪いですらある。
霊術師は主に妖怪・怨霊・悪霊など怪異を齎す者達の退治・滅却を請け負う。中には自身の霊力、即ち生命力を分け与えその者を治療したり、と術の幅広い。
霊術師は幼い頃から鍛錬を積み不可視の存在と力を感じ取る感受性を磨く必要がある。
そして六花を含む柳家の人間は、元より保有する霊力量が多く、消費する霊力量が少ない為、霊術を頻繁に使用することができる。
術師の本来の仕事は妖怪や怨霊・悪霊の退治であるが、そもそもこのような存在達は人々の負の感情や不安定な気の集まるところに集中する傾向にある。
【七晄】の治安の良さや民達の器の広さや優しさにより、このような存在達にとって【七晄】は居心地の悪い眩しい場所なのだろう。
今はかつての在りし日と同じ、穏やかで平穏で、安全で安泰な毎日を過ごせている。
もし妖関係の事案が発生した際には、神社内の社務所に【七晄】の集落や農村。または他国から依頼と言う形で文通が届く。その依頼を受け、実際現地に六花が赴く形となる。
嗚呼......これが平和なのか、とぬるま湯に浸かる気分と、またこの平和をいつか失ってしまうのではないかという形のない不安に囚われ襲われたり。
六花自身の望む平和な世界が今此処にあるからいいじゃないか。でもまた逆に、今この時見知らぬ土地で人か妖が苦しんでいる、救済を求めている、とも考えてしまう。
これは美徳か。それとも傲慢な考え方か。いずれにせよ......。
季節は初夏。もうじき【七晄】の一年で最も盛況する催し――『七晄祭』が開かれる。
『七晄祭』の開催日は旧【七晄】が滅んだその日であり、此処で無惨に散っていった人々の分まで平和を享受し楽しむ、という一面と他に、その魂を昇華させ黄泉に返す、と言う意味合いを持つ。
その『七晄祭』を邪魔され開催できなくなってしまうのは即ち――【七晄】が滅んだも同義だと、それくらいの面持ちで捉えている。滅亡と復興の日。六花にとっては否が応でも思い出される過去の出来事......。
六花はその思考を振り払うように首を振って、右手を宙に軽く挙げた。
掌を中心に、そこに冷気が漂い、それが上に登って行くようにあるものが創造された。
霊術の行使。自身の霊力を元に、思考で現象を創造する。傍から見ると幻術や方術の類に見えなくもない。
作成したもの左手に持ち、今度は右手に作成したものの実物を取り出す。
それは枝の先の葉がない、一振りの小ぶりな〝柳の木の枝〟だった。
柳の木の枝と、氷の柳の木の枝。それは何処から見ても瓜二つの産物だ。
六花は手元の二つの枝を見比べながら、ぽつりと呟いた。
「柳の枝に雪折れはなし......僕はこの言葉を父上から聞いた時に感銘を受けたなぁ。しなやかな柳の枝は、例え雪が降り積もろうともその重みに耐え、折れることはない。周りの葉が枯れようとも、雪と言う重みが圧し掛かろうと柔軟に、従順に......」
周囲が変わろうとも、自身に災難が降りかかろうとも決して生き方を曲げないどころか適応し、流す。ただそこに在り続ける。
柳と言う姓と、枝と、その言葉の意味を教えてくれた光芒に六花は感謝している。
素敵な言葉の響き、これを六花は胸に刻み、忘れることはないだろう。
もしも、そんな生き方があったらどれだけ儚くも美しいと思えるだろうか。
***
翌日。昼刻前には兜鳥照光が率いる【暁一条】の『武士団』・『妖討団』少数が【七晄】にやって来た。
【暁一条】と【七晄】の『武士団』らによって丁重に『柳神社』内に運ばれていく帝ら被害者の様はさながら戦地の渦中のように思えた。
目の前を通り過ぎていく帝の姿があった。こうして崇拝すべく【日出国】の中心人物が目の前で、それも六花の神社の中で保護されることになるとは思いもよらなかった。
生前......まだ亡くなった訳ではないが、かつての凛々しさは失われ今も衰弱に向かって突き進むその様は見ていて気持ちの良いものではない。
老衰故か細くしわがれた体躯。目を閉ざし、悪夢を見てうなっているかのような表情。......そんな成り果てた帝の後方をふらついた足取りで追う女性――玉雫の姿があった。
白の小袖の上に上質な襦袢を羽織っており、そこには夏季を思わせる花の柄が散りばめられている。顔立ちは田舎娘風と言った出で立ちで、線の細い、顔の整った女性だ。
そんな彼女を自身の後見人として、愛する一人の女性として見ていた矢先の不幸。
彼女の表情も沈鬱で、仏像の如く硬直している。
そんな病人......と表現していいのかは分からないが一行が運ばれていく様子を見ていた六花の隣に居る照光が口を開いた。
「いやはや、この状況を滑稽だと罵るつもりはないが......悪い意味で面白おかしくなっているねえ」
「ああ、本当だぜ、全く。異例......いや異常な事態にもほどがあるぞ。今のところ【七晄】では俺達関係者しか帝がこの場この状況で居ることを知らない訳だが、そう何日も隠し通せる訳じゃない。照光、本当に【七晄】はこれ以上の協力をしなくていいんだな?」
後ろからどさどさと大きな足取りを立てて榊がやって来た。
「ええ十分です。向こうの上の人間にも昨夜ちゃんと伝えました。その上でこれ以上我々は【七晄】に助力を申し出ることはないです。これ以上お手を借りては【七晄】の伝統文化――『七晄祭』の開催に影響を及ぼしますからね」
「帝は毎年毎年【七晄】に足を運んでくれた、言わばもてなす対象だった筈なんだがなあ。今年は寵姫の玉雫様も連れて来訪するつもりだっただろうし、そうしたかっただろう......一体何が犯人の目的だって言うんだ?」
榊が胸糞悪いとでも言うように憤りを吐き捨てた。
「それを探り犯人を仕留めるのが【暁一条】の仕事ですよ。それに、仕方がありませんよ。妖共の行動理念なんて考えるだけ無駄です。奴らは基本自身の欲望に忠実かつ狡猾な存在です。今回の相手は知性が伴った妖とは言え、妖怪は妖怪です。必ずや俺が仕留めて見せましょう」
低く鋭い照光の言葉。その声音には熱を帯びるほどの激情が混じっていた。
「ですが......皮肉なことに妖相手には手も足も出ないのが俺です。だから今回俺は【七晄】で六花君らの力を借り、帝らの警護を務めることになりましたので」
「はっ、そうか。そりゃあ、お前は怒り心頭だろうなあ。だが復讐に身を溺れさせるなよ。復讐は――連鎖する」
「......そんなものは重々承知ですよ。俺は理性のない獣とは違うんですから。計画的に綿密に、逃げ場もないくらい追い詰めて――葬り去る。これが俺の常套句ですから」
「相変わらず好青年の見た目の割にはどす黒いものを秘めてやがるなお前は。俺は公務で忙しいから屋敷に戻る。『七晄祭』関係だけなら鏡音に任せたんだが......生憎と問題が積もっているからな」
鏡音―綾織鏡音。【七晄】の統治者である天羽榊の最側近を務める彼女は女性でありながらもその卓越した身体能力が評価され、今では榊の側近兼『武士団』の団長をも務め上げている。日々榊に公務を押し付けられて多忙な上に、『武士団』を束ねているとあっては心労も心配ものだが、鏡音は何時も飄々とした態度で仕事をこなしている。疲れなど微塵も感じさせないので六花は逆に心配になるくらいだ。
「じゃあ六花。暫くの間、『柳神社』にて帝達を保護してもらうが......何かあったら直ぐに俺に言ってくれ。公務を投げ出してでも駆け付けてやるから、な」
そう言って踵を返した榊。立ち去るその背に向かって照光が六花にだけ聞こえる声量で言った。
「それ、単に榊様が公務をやりたくないだけでは......?」




