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第一章 二幕

 そうして、正式に【暁一条】からの来訪者――兜鳥照光の依頼を受けることになった六花。ついては具体的な依頼内容を聞こうとしていたのだが、その矢先――。

 「しかし、榊様が居ない状況で話しても二度手間だからね――雑談がてら君に個人的に聞いておきたい質問でもしていいかな?」

 そう言ってひとまず本題から離れることになってしまった。

 「ええ、まあ......答えられることがあるならば、ですけど」

 「君の正体も分かったことだし。ああ、勿論、広めるつもりはないよ。こう見えても口は固い方なんだ。……それで、最近は何処を旅しているの?」

 「ここ一年間は【七晄】を拠点に活動していますよ。一周回ったって感じですかね」

 「詳しくは知らない、知っていても噂程度だけれど、此処までの旅は大変だったろう? 力を使った方が早く解決する事態にも君は真摯に向き合ってきた。本当に......早々できることじゃない」 

 「両者円満に解決できれば、わざわざ血を流し争う意味はありませんから」

 「優しいんだね、六花君は。清流(せいりゅう)君とは真反対だ。倒せない、じゃなくて、倒さない、なのかい?」

 そう言って照光は遠い過去を懐かしみ、見つめるように呟いた。

 「しかし今頃清流君は何処で何をしているんだろうねえ。此処数年は帰って来ていないよ。家族を置いて出て行くなんて、一体何を考えているのやら」

 清流。六花は二人兄弟の弟で、兄である――柳清流(やなぎせいりゅう)がいる。

 昔は両親含めて四人【七晄】で暮らしていたけれども〝あの日〟以来清流とはめっきり会っていない。今何処に居て、何をしていて、誰と過ごしているのか。何一つ分からない。

 「清流君か君かが【七晄】の統治者として後釜を継ぐと思っていたんだがね。まあ事情も事情だ、仕方ない」

 羨望のような、落胆のような。何とも判別がしづらい表情をする。

 「先代の【七晄】統治者である柳家の光芒(こうぼう)様、そして綾子(あやこ)様には本当に遺憾だったね......」

 今は亡き、六花の両親に照光が追悼の意を声に出す。あの日の出来事以来、清流も何処か六花の知らないところに行ってしまった。それから丸々五年間行方知らずとなってしまった。亡くなった訳ではないだろうが、両親と同じく失った喪失感の方が強く彼にのしかかる。

 「いえ......僕はもう大丈夫ですので」

 どうやら話を聞くに照光はかつて清流と懇意にしていたらしい。

 どうりで面識のないと思っていた清流のことを、君付けで語っていた訳である

 清流がまだ【七晄】に居た頃。統治者の座を父から引き継ぐ為、修行兼見識を広める為に、よく【暁一条】に行っていた。その頃に出会い懇意にしていたのだろうか。清流は六花に自身の話をあまりしてくれなかったので、どのような人間関係を築いていたのか分からない。

 「そういえば、話が変わるけどさ。【七晄】は都の周囲に結果を張っていないんだって?」

 六花の心中を察してか。この場の雰囲気が重くなる直前、照光は話題を変えた。

 「はい、そうですね。まあ、でも妖怪達などの怪異が悪さをしに来ることは今のところほとんどないので、都の術師の方々は若干の手持ち無沙汰を感じているでしょうね」

 通常であれば都内の神社などに御神体としての御守りや、都の周囲一帯に結界を施すものなのだが、【七晄】にはそれがない。通常であれば結界の守りのおかげで妖の都内侵入や害のある行為から人々の安全を保障しているのだが。

 「ははっ、そうか。そうなんだね、【暁一条】とは大違いだ。あっちはね術師を最大限動員して結界を張り維持してやっとって感じだよ......全く。本当に、【七晄】は特別なんだなあ、【暁一条】から引っ越しを検討したくなってきたよ」

 「良いと思いますよ。榊様も皆もきっと歓迎してくれます。【七晄】は来るもの拒まずの体制ですから」

 【日出国】には人間と妖怪が住んでおり、人の世と同じように妖の中にも悪意を持って悪さをする存在が一定数居る。

 自由の都。それは人間だけと言う垣根を越えて妖怪達にも重きを置いて考えられているのだろう。来るもの拒まずとはその通りで、襲われようと、俺達は堂々とそこに居る。だから襲いたいなら襲ってみろ、と言う榊の考えや思想を直に体現している。

 だからと言って万が一、人や妖に関わらず争いや諍いが起きた場合、何も抵抗しない訳はない。都と民達を守る『武士団』や主に妖に特化した『妖討団(ようとうだん)』なる組織形態はしっかりと存在する。

 「もしかしたら......【七晄】に妖共が寄り付かないのは、実は清流君のおかげだったりして。――あいつが陰ながら妖怪退治でもしていたり、ねえ」

 唯一の血の繋がった家族である六花でさえも清流の今現在を知らないし、知る(すべ)もない。

 ただ唯一、六花は確信していることがある。それは――清流は生きている、と言うこと。

 弟の六花とは違い、頭脳も剣術も霊術も、全てに置いて幼い頃から完璧だったし、模倣していた存在であった。そんな兄が何処かでくたびれている姿など想像できない。

 「それで、その......兜鳥様は普段妖怪退治を専門とする武士の方なのですか? 先の話では妖怪がこれからする話に繋がってくるとかなんとか、そう言った......」

 だが同時に、術師の才能は無い、とも言っていたが。

 「中々良い直感を持っているね。それに――照光でいいよ。もう一度言うが俺は術師じゃないよ。残念ながらそんな才はまるっきりないんだ。普通は武士が出る幕じゃないんだが......強いて言うなら、妖怪と言う存在にちょっと因縁があってね、ほんのそれだけさ」

 伏せ目がちにそう言う照光。次に懐をまさぐり、取り出したるはある一つの小道具だった。

 照光が取り出したそれを見て六花は驚きと狼狽を感じてしまった。

 「ちょっと驚いたかな? 実は俺もこれ――〝変換器(へんかんき)〟を持っていてね......今じゃあ先代【七晄】統治者、君の御父上の偉業は瞬く間に【日出国】全体に伝わり、今では偉人扱いされている。これも人々にとってはある種の神扱いされていそうなものだけど......つまり、君の御父上は遂に人が世を統べる為に必要な、そして今の人の世に不足して足りないものである武力を生み出したって訳さ」

 それは錆色の一見何の変哲も無いまるっぽい小道具。知らない者からすればただの奇妙な装飾品だと思われて、気にも留められないだろう。

 だがしかし、この様な見た目をしていても立派な武器だ。

これは近年【日出国】全体に、今はまだ数は少ないが普及し、いずれは量産され、広まっていくだろうと予想している、刀や槍、弓に次ぐ新たな武器の一種だ。

 変換器――特別な名を持たぬ錆色の円い小道具。掌にすっぽり収まる程度の小さな代物だがそこから繰り出される現象は可愛らしい見た目とは裏腹に大変危険で凶暴なものだ。

 妖怪が振るう超自然的な現象である〝妖術〟を、人の手で再現し繰り出す為に六花の父である柳光芒が発明した代物、いや武器だ。

 妖怪には〝妖力〟と言う特別な〝力〟の原水が常に体中を巡っている。元々は霊的類(れいてきたぐい)など魂が、物や動物の死骸などに乗り移って初めて存在できる存在。本来の姿が魂そのものであり、肉体はお飾りに過ぎない。だから手や足を動かす様に自然と妖術を、自己の力の原水から好きに取り出し現象を発現できる。

 人々は昔ながらそう言った類の存在を認識出来る、感じることができる強い感受性を兼ね備えている生き物だ。人によって様々、個人差はあるがそう言った特別な〝感〟を察し、人によっては見ることができる。

 だから信仰という、存在しない神や生き物を崇め奉る神社や寺と言った建物が存在する。

 そしてその場に行くと俗世とは違った不思議な感覚を感じ取れる。それが此処で言う勘。

 そして、人間に流れうる命の源――生命力。それをここでは〝霊力〟と呼び体内に流れうるそれが膨大であればある程、変換器を用いた際の術の大きさに比例する。

 人らが用いる妖術の様な超自然的な現象を〝霊術〟と呼ぶ。

 自身、又は他者、その土地に根差す地脈や霊脈などの霊力を利用し、霊術を行使する術師――それらを総じて霊術師と呼ぶ。

 【日出国】にはまるで妖怪のように異能の力を振るう者達が一定数存在する。霊術師はその術師と呼ばれる枠組みの中の一つの術の形態だ。

 才無き者に力を。変換器の存在意義は正にそこにある。とは言えあくまで戦の補助的なものだと認識して使用しなければならない。幾ら霊術を何の才もなく発動できるとはいえ、その規模や強さは変換器の使用者の技能に大幅に依存するのだ。

 例えば、幾ら切れ味の良い刀を渡されたとしても、それを使いこなせる力量がなければ、戦場に置いて何の役にも立たない。そういう認識で変換器は使用しなければならない。

 そして霊術はある種使用者の感受性の影響を強く受ける術であり、不可視の気を感じ取りそれらを認識、受け入れ自分の物とし、再びこの世に超自然的な現象として再現する。本当に特別な訓練を受けないとそもそも使い物にすらならないと言うのが霊術である。

 妖怪の体の大部分が妖力と言う霊魂で構成されているのなら、人間は霊力と言う生命力が体中を循環していると捉えればいい。

 霊力か妖力か。霊術か妖術か。人か妖か。それだけの違いでしかない。

 生命力を削って霊術として術を使うということは自分自身の命そのものを消費して術を展開すると言う意味である。

 変換器は人と妖以外が持つごく自然的な場の力――霊脈・地脈と言ったこの世の大地、地中を巡る星の力。山や川、海など自然に堆積するそれらの力を借り充填することができる。

 まだまだ改良が必要な武器ではあるが、霊力を溜め込めると言う点を利用し、既存の武器と組み合わせて使用されてたり、と今や各地で猛威を振るっている。

 「まあ俺にはどうやら術師としての才能は変換器を以てしても皆無だから......こうして日々持ち歩き力を温存しているが、使いどころもなくてね。本当に、御守り程度のものさ」

 照光は掌にすっぽり収まった円いその小道具を優しく撫でながら呟く。

 この広まり方は光芒の望んだものではないだろう。自身の父が善を思って作った小道具が戦の激化を助長している事実に、息子である六花はやるせない気持ちになる。

 六花も光芒の遺品として変換器を一つ、持っている。その片割れであるもう一つは清流が持っている筈だ。今も懐に大事にしまっている。

 この二つは既存の、現在【日出国】全体に流通する変換器とは違い、特別なものだ、と生前の光芒は言っていた。何が特別なのか未だによく分かってはいないが。

 実際、変換器を手にしてみても六花は本当にただの御守りとして身に着けているだけであって、一度も使っていない。これは本当に、力なき者が守りたいものを守る為にある道具であってそう易々と使う気にもなれない。

 それに六花は一応霊術師として名を馳せて来た柳家の血を継ぐ者だ。運よく力を持っているのでこれに頼る必要性もない。

 「人は神をも超える力を生み出せた存在、生き物であると言うこと。後はこの世に蔓延る妖共(あかやしども)を全滅させれば俺達人間が望む真の平和と言うものが訪れるんだけれどねえ......。あいつら妖共はどこにいっても跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)して碌な事をしでかさないね、全く。とまあ色々話が脱線して俺の考えも混じってしまったが......」

 そう話す照光の瞳に一瞬、おぞましいような、憤怒のような感情が芽生えていた気がした。

 最初から感じていたことだが、照光が妖怪に関することを語る度にそこには何かしらの想いが混じっているような声色だった。

 気のせいだろうか、と気にする間も無く照光は表情をぱっと変えて。

 次なる話題を話そうと照光の唇が開きかけたその時、それを阻止する声と存在がこの場に現れた。


 「おいおい! 照光、お前誰の六花を虐めてやがる?」


 どかどかとした足取りでこの部屋に入ってくる様はまさに乱闘騒ぎの闖入者だ。

 彼は――天羽榊(あもうさかき)という、この国【七晄】の現統治者(とうちしゃ)である人物だ。

 暗黒色の髪を乱雑に長く伸ばし、これまた黒ずくめの直垂(ひたたれ)を羽織っている。胸元のがっと開いた直垂だ。腰の右側には大小様々な瓢箪(ひょうたん)を三つ、紐で括り付けている。

 濃い眉に鋭い眼光の三白眼。高い鼻に赤い唇。手入れの施されていない無精髭に乱雑な長髪。......こと身なりに関してはかなり無頓着感が否めないが。

 その獰猛な獣を彷彿とさせる凛々しい顔立ちと、恵まれ引き締まった体躯も相まって誰も口に出せない。と言うか案外様になっている。

 狩りに出かけたならば大型動物を飄々とした表情で狩って来そうな野性的な言動。

 良い意味で開放性、余裕、力強さを見た者に植え付けるような、そんな人物だ。

 性格は見た目に反して非常に明るく、冗談好きでもある。

 まさに天真爛漫を人で表現したかのような人物だ。八百万の神の中の頂点に位置し、太陽の神として祀られる天照大御神のような明るさを持っている。

 彼の周りに影は生じない、ある種日の光を具現化したような人物、それが天羽榊だ。

 「誰も何も、貴方のものではありませんよ、彼は。......それに虐めていたとは心外ですね」

 そんな榊様の言葉に手で払うような動きを見せながら照光がねめつける。

 「はっ、まあいい。六花は優しいからな。何か言えないことでも言われて脅されでもしたら何時でも俺に言ってくれ。斬首してやる。それか六花が氷柱でも顔面に捻じ込んでやれ、俺が許可する。はっははは?」

 怖い冗談を言いながら両手を腰に当て高笑いする榊。

 「......斬首って榊様。貴方一応この国の統治者でしょう? 相変わらずな振る舞いですね。間違えて自分の首を切らないで下さいね」

 榊の冗談めかした軽口に、あしらうように、呆れたように返答を返す照光。

 「俺が切るのは六花と【七晄】に仇なす不逞の輩だけだ」

 その二人のやりとりが、距離感と言い、言葉の掛け合いといい、二人には長年の付き合いがあったかのように見える。

 そしてどうやらその予感は当たっていたらしく、二人はかつて【暁一条】で同じ『武士団』に所属しており仲が良かったらしい。

 「俺が【七晄】を統治する限り、争いは起こらねえよ」

 榊様は元々【暁一条】の人間で【七晄】とも、特に光芒と仲が良かった。

 六花の両親が若くして亡くなり、次の統治者を早急に決めなければならなかった。その時、本来ならば清流か六花が統治者としてその座を引き継ぐ手筈だったが、清流は不在。そして当時の六花は若く経験に乏しかった。その為、代理で外部の人間である榊が異例の後継者として統治者となった。そして今、清流か六花どちらかに、何時でもその座を明け渡せるようにと守ってくれている。

 かつて光芒が築き上げてきた【七晄】をより良く発展させ守る為に。

 そして暫く、榊と照光は久方振りの再会と言うこともあって世間話をした後に、話はようやく本題に入った。

 「俺が今日【七晄】を訪ねた理由。これには妖怪と、そして近日開催される『七晄祭』にも関係することです」

 先程までの余裕のある笑みは消え去り、照光の表情と声色は真剣そのものになる。

 この場に榊が同席している為、口調は敬語になっているが、逆にそれが薄ら寒い雰囲気を増長させているように思えた。

 「此処から先の話は他言無用でお願いします」

 「六花、此処から先の話は聞こうが聞くまいが六花の自由だ、俺が来るまでの間、照光のお喋り相手してもらって悪かったな。こいつは元々俺に用があって此処まで来たんだ。六花に依頼を頼みに来たわけじゃあないからな」

 慈愛を感じさせる優し気な声色で榊は言った。六花の為を思って最大限配慮、そして優先的に考えてくれている。

 それは今この場だけでなく、出会った時からだった。榊は友人の光芒の息子、と言うだけあって昔はよく遊び相手になってくれたものだ。

 今では、本当の父のようにも感じている。若干の過保護感は否めないがそれだけ榊にとって六花は大事な親友の大事な息子なのだろう。無理に親面している訳でもない。

 そうなってしまったのはやはり――あの日の〝災厄〟だろう。

 その日、当時の六花以外全員の【七晄】の民が全滅した。

 表向き【日出国】では旧【七晄】の臣下の叛徒勢力による暴動で焼け落ちた、と。

 しかし、唯一当時の生き残りである彼は違う。彼だけが真実を知っている。あれは叛徒勢力による暴動なんかではないと。あれは正真正銘――妖怪による手、だと。

 そしてその後、他国の顔見知り達の態度も変わってしまった。

 哀れみの目で見る者、痛々し気な目で見る者、同情の目で見る者。

 そんな目で見られてしまうのが六花は申し訳なくて、それでいて今まで通りに接して欲しいと思ってしまう。

 「君にとっては故郷でもあるし、戦地でもあるからね。俺も無理強いはしないよ」

 二人の視線と言葉を受けながらも逸らすことなく六花は返答した。

 「いえ。協力する、と先程言いましたので」

 「......そうか」

 幼子を見つめる母のような眼差しで言った榊は照光の方へ向き直り。

 「じゃあ照光、話の続きを頼む」

 榊はあくまでも六花の意見を尊重する方針だ。六花が選んだ選択なのならば自分が口を挟む余地は無いと。だが実際は一言二言、言いたいことはあるのだろうが。六花の心境を最大限慮って。これ以上の心配の追及は逆に、六花に負担を掛ける、とも弁えている。

 「ええ、分かりました」

 しかし、これから照光が話す内容は普通の妖怪退治とは訳が違うのだろう。他国の統治者に直々に頼みに来るくらいだから相当だ。それくらいは六花も肌で感じ取っていた。

 「ではまず簡潔に話を纏めて、結論だけを言いますと――先日、帝が別荘から意識不明の状態で『天帝(てんてい)』に帰って来ました」

 「おいおい! いきなりぶっ込んでくれるな!」

 いきなりの、ことの重大さに六花も、声を上げないが内心かなり動揺した。

 【暁一条】の『天帝』。それは【日出国】で一番に偉いとされている人物―帝が住まう都のこと。言わば七国の頂点であり、【日出国】の中心地だ。

 「元々帝は少し前から寵姫(ちょうき)玉雫(たまのしずく)様の祝いごとで別荘のある地へ信頼の置ける側近や護衛らを連れ、そこで宴を開催する為、向かわれました。しかし帰ってくる日になっても一行は帰って来る気配を見せず......そしてその日の夜半過ぎ、命からがらと言った様子で寵姫の玉雫氏だけが『天帝』に一人帰って来たのです。衣類はぼろぼろで、何か恐ろしいものを見たかのような顔面蒼白振りでして、碌に事情を聴きだすことができず。兎に角一度静養を与え落ち着かせてから話を伺いました。すると、宴が佳境に入るところで、突如天候が悪化し、室内の灯共は消え、そこへ入りこんだ何者かが全員を......とのことです」

 「......全員を、何だ?」

 奇妙なところで口を閉ざした照光に榊が首を傾げ、恐る恐るその先を尋ねた。

 「それがその......実に奇怪なものでして。一人夜な夜な女の身一人で逃げて来た玉雫様も状況が混乱により、よく分かっていないらしく。後日俺を含む『武士団』、そして『妖討団』が帝の別荘へ向かいました。そして宴が開催されたと思われる一室へ実際に向かってみました。惨憺たる状況を覚悟してはいましたが、実際はそのような事実はなく。室内には散乱した食事や酒、そして乱れ倒れる護衛と側近......そして(みかど)の姿がありました」

 「意識不明......ってこたぁ殺されてはいない、と言うことか」

 「ええ、幸いなことに。現場に到着した我々はまずその場に倒れ伏す者達の容態を確認しましたが全員が全員同じ症状でして。息はあるけれど眠ったように意識がなかったのです」

 「ほほう。それはまた......実に奇怪なものだな」

 「一滴の血痕すら流されていないことから、帝の命を狙った訳ではないでしょうし。それに打撲等による意識の断絶であればもう目覚めてもおかしくなかった。ですが、そんなことは一切なくまるで......まるで何かの瘴気にあてがわれたようでして......今現在『天帝』に居る術師や医師らに容態の解明と治療を急がせています」

 「元々帝も毎年恒例で『七晄祭』には参加して下さっていた。今年もその筈だったが......全くこんな時期に(おおやけ)にできないような問題が発生するとは」

 誰よりも自由を好みそれを反映させて来た榊であるが故に今回のこの件は悲しいだろうし、主犯にはそれ相応の怒りを抱いている。その様子が隣でも空気感で伝わって来る。

 「恐らくですが此度のこの問題。妖の仕業でしょう、と言うのが我々の見解でして。都の陰陽師や医者を集め診させると......帝の体は呪いにも似た何かに取り憑かれ衰弱へと進んでいるとのことです。その要因や原因は全く分からずじまいでして、治療の余地は今のところなく......帝だけではなく他の者達も状態は一緒です」

 「何......? 衰弱、だと?」

 「それって、つまり......」

 これには思わず六花も声を出していた。

 ただでさえ高齢の身である帝だ。その身が衰弱に進んでいるとなれば、行き着く先は容易に想像できる。

 「ええ。このままでは帝は、謎の術の病の影響で、原因不明の衰弱死をしてしまう、ということです」

 苦みを含ませた面持ちで照光が言った。仕える主が何者かの手によりそのような状態に陥らせられたとなれば当然だ。

 唯一分かることとして原因は呪いにも似た何かでありそれは妖怪の仕業の可能性が高いとのことだ。

 妖怪しか謎の昏睡を引き起こす方法はないだろう。人であっても薬か何かで暫く昏睡状態に陥らせることは可能かも知れないが......。

 元来妖怪と言う生き物達は基本、喧騒的な場所や自然の無い場所を嫌う傾向が強いといわれており、基本的に人里離れた山奥や川、海など自然が多く人目に付かない場所に住んでいることが多い。

 故に帝らの宴の喧騒さに怒りを覚えた妖怪がこのようなことをしたのか、とも思われるが、帝が連れて行った護衛や側近の中には術に長けた者達も居たらしい。それに別荘周辺には強力な結界を施してあり並みの妖怪であれば侵入はできない、とのこと。

 六花は結界の知識に疎いのでどういったものなのかまだよく分かっていないが......。

 人や物に化ける、姿を消すことができる、結界を壊せるなど。術者や結界すら欺く力を持った妖怪ならば侵入できるだろう。そうだとしたら犯人は相当高位な妖怪だ。

 何にせよ殺しが目的でないのなら何なのだろうか。

 今ぱっと思いつくのは警告を含めた牽制で、命だけは残したと言う捉え方もできる。

 もしくは、衰弱していく様を見せつけ、周囲の反応を愉しんででも居るのだろうか。それだとしたら相当高位な妖怪で、そしてかなりの知恵がある者になるだろう。

 唯一逃げて来た玉雫と言う――六花も知らなかった帝の寵姫――が混乱で状況がよく分かっていないとのことだったが、玉雫はそこで人の理性を壊す何かを見たのだろうか。

 聞いた話で思考を自分なりに纏めていると隣で榊が沈みがちな声色で発した。

 「話は分かった。帝やその側近らの命が危篤状態にあることも。【暁一条】の混乱は【日出国】全体に響く。それでお前は俺達に何を望む? 『七晄祭』の中止か?」

 その続きの意味を六花は薄々感じていた。

 恐らく照光は玉砕覚悟でこのように【七晄】へ救いの手を借りに来たのだろうから。

 「どちらも、と言ったら傲慢でおこがましいかも知れません。それは承知の上で、です。今回の事件は我々【暁一条】だけでなく【日出国】全体を揺るがす一大事です。このままいけば帝の命はおろか、他国の安全を脅かしてしまうかも知れない。相手はかなりの大物だと、俺は思っています。【暁一条】の民達、そして他の七国の方々に混乱と被害を招く前にこの問題を解決したい。民達に悟られずに解決する為にはなるだけ少数精鋭で早急に解決したい。帝が何日も『天帝』の座をあけるのは不自然ですから。それに【暁一条】は戦力の大部分に壊滅的打撃を受けてしまいました。それら戦力を補填する意味でも強力な人材が必要です」

 その切迫ぶりを見るに相当今回のこの場での話に思い悩んだのだろう。

 本当は自分らの力で解決したい。でも相手の力量を鑑みるに【暁一条】では事足りない。

 相手が妖怪となればその存在の対処に特化した術師が出るのは当然だ。しかし照光自身は変換器を以てしてもその能力に乏しいと先に自分で言っていた。

 【暁一条】でも名の知れた優秀な術師は、そのほとんどが謎の昏睡状態に陥り力にはできない。だが此処には照光の古馴染みである榊。現役の霊術師である六花が居る。

 「なので六花君と【七晄】の力を借りたい......と言いたいところ何ですが」

 思わせぶるように一度言葉を切った照光。そして前置きの続きをすぐさま話し出した。

 「正直な話。我々の手にも負えないような高度な術を操る相手です。【暁一条】の結界と同等の強さを持つ別邸の結界を潜り抜ける相手でもあります。それほどの知恵があるのならば当然『七晄祭』についてもその辺りの人間から盗み聞きしていてもおかしくはない。それに背に守るべきものを抱えながら、素性も分からぬ相手と戦うのは至難の業です。『七晄祭』で各国の要人達が一斉に集うのならば守りも盤石なものになるでしょうし......なので問題が解決するまでの間【七晄】で我が【暁一条】の姫たる玉雫様達の保護をお願いしたい」

 無礼も情けも承知の上で、と言うことは表情を見ればはっきり分かる。

 てっきり六花かその他の武士か術師が【暁一条】へ戦力補給の為に赴いて欲しい、と。そのような内容の依頼だと思っていたが、的が外れた。

 それに対し榊は暫く黙り込み、唸るように溜息を吐きながら。

 「あのな、照光。家ぁ、傭兵は雇ってねぇんだ。それに人の良心を刺激するようなものの言い方も気に喰わねぇな。【暁一条】は一体何を考えているんだ?」

 「......今回のこの件に【暁一条】は関係していません。あくまで個人的に保護して欲しいと言う俺の気持ちが......」

 「はっきり言ってやったらどうだ」

 詰問口調だった。胡坐をかき、腕は胸の前で固く組み、顎を突き出して見下ろすように。

 榊が自覚しているかどうかは分からないが、明らかに拒絶の意を感じる仕草だと六花は思った。

 その拒絶をする根本、矛先は六花を慮ってのことだとは六花自身も分かっていた。

 何事にも興味津々で行動力のある榊だが、唯一毛嫌いすることがある。

 それは大切な仲間が危機に陥りそうな時、または陥った時だ。

 見た目や性格から、独裁者風に感じる者も少なからず居るかも知れないが、実は物凄く仲間想いで、何処の国よりも民達を家族同然、大切にしている。

 それが影響して現在の【七晄】を形作り、民達が付いて行こうと思えた訳だ。

 こと六花の場合少々過保護過ぎる一面があるが。

 そして実際に然程時間は経っていないのだが、長く感じられた沈黙の後で照光は語り始めた。

 どうやら話す覚悟を自分で決めたようだ。自身の立場や身分、矜持(きょうじ)を天秤にかけても此処で六花の力を借りたいと偏ったのか。今は【暁一条】の武士としての兜鳥照光ではなく、悩みを抱え友に全てを包み隠さず打ち明ける一人の青年としての兜鳥照光だった。

 「拠りどころを無くし今も嘆き苦しんでいる御方――玉雫様や帝らの為でもあり、優秀な武士・術師が機能不全に陥ったことによる混乱......残念ながら俺には奴らを纏め上げられるほどの実力を持ち合わせていない。家柄も実力も突出していない俺には誰も従いません。【暁一条】は弱肉強食の国ですから強い者が牽引し、弱い者は指示に従うしかない。確かに、俺は本物の家族が一人も居らず失うものは何もない。でも情が消えた訳でもない......だから【暁一条】に居る仲間は勿論のこと、『七晄祭』を間近に控え、【日出国】中から沢山の人々が集まる【七晄】の為......一抹の不安を抱いて催しに臨んで欲しくない。【七晄】が、今度は人の手ではなく妖の手であの日の二の舞になって欲しくないと切に願うから。玉雫様含め帝らをそちらで保護して欲しい。俺の勘が強く訴えかけてくるんです。このままでは何かおぞましい......恐ろしい、何か......」

 その最後の言葉は何故だかどうして、照光の手先が震えているようにも見えた。

 「それに俺には妖と言う存在が許せない、この世の全てから消滅させる目的がある」

 「勘......か。お前の勘は良く当たる。昔は結構当てにしていたっけ? この話自体もたいそれた内容だが、お前の勘ときたら妙に腑に落ちるし説得力があるな」

 良く当たる勘。それは虫の知らせ、予知能力とでも言うのだろうか。

 「此度の件。先に説明した内容しか分かっていません。沢山の未知と危険が隣り合わせです。それでも俺は犯人である妖を倒したい。でも俺には才がない。何かを守る力がない。黒幕と対峙する時、少しでも雑念が減ればありがたいと......そう思ったんです」

 改めて、照光は頭を深く下げた。それに対し榊はゆっくりと口を開いて話し始める。

 「六花の親代わりの俺としちゃあ此度の件。断固お断りでお引き取り願った。関係のない国の民達や他国への二次被害も考えて、だ。余計な火種を自国に持ち込みたくない。今の【七晄】は俺の命よりも重い、命を賭してでも守るべき場所だからな。......まあ、今までこうして何処から嗅ぎ付けて来たかは知らないが、どいつもこいつも六花や変換器目当てで【七晄】から引き抜こうとする奴が居たもんだ。こと霊術師家系としては最高の血筋である柳家でありながら、力を使わないのは勿体ない。とか、柳家の血筋目当てで縁談を取り付けようとして来る奴らとかな。貪欲さは時には大事だが、俺は私利私欲に塗れ溺れてしまった奴らを散々見て来た」

 いつものおちゃらけた榊とは違う、一人の子を、民を想っての、統治者の顔だ。

 「ふんっ。全く気に入らねぇ状況だな。まるで六花を誘い込んで引きずり出してる見てぇじゃねぇか。そこらの有象無象だけではなくて、運命と言うのは何処まで六花に負担を強いるつもりだよ、全く。――今のその話、【七晄】は協力しよう」

 榊は全身を掻きむしりたくなるような感情を勢いを乗せてそう言った。

 「ありがとうございます。俺も話せることは全て話しました。一部私欲が混じっていたところは否定しませんが......本当に良いんだね六花君? 俺は君に、ただ自分の未熟さ故に暁の姫を守れないから、姫が居ては全力で黒幕と対峙できないから、姫が亡くなっては帝の後継者が居なくなる。だから帝諸共(もろとも)保護してくれれば、全力で黒幕に立ち向かえる。たったそれだけの理由で、依頼と言う断りづらい言葉を用いての頼みだ」

 最終確認、とでも言うように問うてくる照光。

 「ええ......」

 ――血を見るのが嫌いだ。何故ならそれは死に直結するものだから。

 人が死ぬのは怖いし恐ろしい。それが戦でも病気でも事故でも。

 ――涙を見るのが嫌いだ。涙は負の感情で生まれて良いものじゃない。

 涙は感動した時、嬉しい時、切ない時。決して恐怖の感情で流すべきものじゃない。

 ――武器の存在が嫌いだ。武器があるから争いが生まれる。

 武器は生命の根を切る最悪の道具。道具なのにまるで生きている様な、魂が入っているような異質さを備えている。

 「もちろん......」

 これらは全て六花の言い訳、ただの甘え、そう一言で片づけられても何も反論は出来ない。何かを得る、守る為には何かを犠牲にする必要がある。彼はそれが受け入れられないし、受け入れたくない。

 それは美徳なのか、愚かなのか。

 彼は誰よりも優しい人間になりたかった。亡き父上と母上の想いを託されたから。

 

 ――争いなんて大っ嫌いだ。血も、涙も、武器も取り巻くその全てが。


 彼はかつて【七晄】を失った。家族を失った。友を失った。様々なものを失ってきた。

 でも彼は報復だけは絶対にしなかった。いや、できなかった。

 それが血で血を洗う不毛なやりとりが続くだけだと予感していたから。

 自分一人で抱え込めば何事も起きないじゃないか、と。

 それが大人と言うものであり、考え方であり、両親から望まれ自分が夢見た優しい人間と言うやつではないだろうか。

 相手だって何かしらの理由が、きっとあったのだろう。

 人が腹を空かして獣を狩るように。でもそれは快楽や愉悦の為ではない、生きる為だ。

 【七晄】をかつて滅ぼした者もきっと何かしら得るもの、得たいものがあったのかも知れない。

 ――この世の全ては因果応報でできている。全ての行為は巡り巡って自分に帰って来るものだ。

 亡き父上、柳光芒の声がした。

 ――誰よりも優しい人間になりなさい。ありきたりかも知れないけど、六花にはそういう人間になって欲しいわ。

 亡き母上、柳綾子の声がした。

 何時も、二人が口癖のように言っていた言葉がふと六花の頭によぎった。

 そして最後の教えでもあった。忘れられない、六花にとってかけがえのない言葉。

 自分も他人も、自身が行った行為は必ず何時の日か自分自身に返ってくるということ。そしてそのような巡りがあるからこそ善行を積めるような優しい大人になって欲しいと。

 目の前で助けを求める者が居る。遠路はるばるこの地までやって来てまでだ。

 そしてその奥。この混乱を招いた張本人が、何かを理由に苦しんでいるのかも知れない。救いの手を、優しさを与えなければならない。

 「僕にできることがあれば、是非協力させて頂きたい」

 「ありがとう六花君! 柳家の術師を味方に付けたとなれば、奴にとっても大きな抑止力だ!」

 血潮を撒き散らすだけが、何も争いじゃない。

 そうして【暁一条】と【七晄】は手を組み、【暁一条】が帝を謎の昏睡状態に陥らせた黒幕の突き止めるまでの間、暁の姫――玉雫を【七晄】で保護することになった。

 「帝らを保護するのは六花としても、【七晄】としても請け負った。......だがしかし、照光達の戦力はどうする? 帝達をこっちに任せるくらいだ……最悪、【暁一条】は滅びてしまうと予見しての特攻か?」

 榊が誰も触れたくないであろうところを直接的に指摘する。

 その問いを予想していたのか、照光は間髪入れずに言葉を返した

 「いいえ。非道なようですが......どのみち結界を抜けられるような相手では警備が万全であったとしても民達全員の安全を守ることはできない。だからと言って民達を見捨てることは決してしないと誓いましょう。戦力に関しては少々心もとないですが、俺の勘では大丈夫な筈です。相手の素性が本当に何もかも分からない現状、どんな策を弄したところで意味はありませんから」

 この後も三人で知り得る情報を共有し、明日帝らを極秘で護送しに来ると話が付いた。


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