第一章
【七晄】は【日出国】内に存在する七国の内の一つだ。
周囲を自然豊かな山々や平原に囲まれた、のどかでゆったりとした土地である。
そこにある、周囲を大きな外壁でぐるりと囲んだ条坊制の都。七つの大路で仕切られた珍しい造りだ。そして南側には都の玄関口である――『七晄門』がある。
門をくぐり抜けた先には都を南北に貫く横に広く縦に長い朱雀大路の道が存在する。
その大路の両脇に商店兼家の木造家屋がずらりと奥まで並んでいる。
この通り一帯は『七晄商店路』と呼ばれる場所だ。
右往左往行き交う【七晄】の民達は多く日中【七晄】で一番人が集まる場所でもある。
数多の人々の話し声、笑い声、子供の声、商人の声――良い意味で喧騒的な場所だ。
建物一つ一つが均等に並び、都の中に木々や植物が植えられていたりと中々他の国では見られない特徴――いや特異な点がある。
特異な点は外観だけではなかった。この都を見渡せばあちこちで貴族・庶民問わずに交流したり、歩いていたりしているではないか。
貴族が庶民と似通った格好をしていたり、庶民が貴族の娯楽を嗜んでいたりと。
はたまた、都の周囲は広大な畑が広がっているのだが、そこで働いている貴族も居た。
この都に初めて足を踏み入れる者ならば驚愕し腰を抜かしてしまう光景だろう。
そう【七晄】は別名――自由の都、と言う異名も持つ、七国の中でも特別な国なのだ。
先代の、何事にも寛容な統治者が【七晄】を統治・管理してきており、その風習と慣わしが今でも続いている。
それは内政も同じで、この国【七晄】は【日出国】の他国とは奇異な政策と方針を掲げ統治・管理されている。
その政策の一つにこう言ったものがある。
貴族並びに庶民の階級制度の完全撤廃、と言うもの。
言葉の通り上流・中流・下流貴族。上流・下流庶民など古くから定められ守られてきた階級制度がこの都では意味を成さず機能しない。いや、そもそも存在しないのだ。
住む場所も、着る服も、就ける職業も、食べる物も、遊ぶ娯楽も全てが自由。
そして、何処の誰だろうと、通行手形を所持していなくとも入都することが可能。その為、行き場を無くした浮浪者などが仕事を求めてやってきたりもする。
何もかもが個人の自由を最大限尊重したものとなっており、他国から見れば奇怪極まりない政策が執り行われている。
元々【七晄】と言う国は先代の統治者からこういった風潮の、風変わりな政策が執り行われてきたが今代の統治者もそれに感化されたのか、先代以上に変わり変わった都になっている。先代の意思を継ぎながらも、そこには独自性がある。
都の美しい建物の並びと、商店路の大通りをひたすら北に向かって進んだ先に在るのは、統治者の住まう寝殿造の建物――『七晄殿』だ。此処の景観は昔ながらそのままに、それ以外のものはほとんど変わったと言ってもいいだろう。人も、建物も、文化も。
字面だけ見ればそこに住まう人々から不満の声も沢山上がりそうだがそんな事は実際、殆どないに等しい。
元々の国民性の良さと、統治者自身の人柄や、常に人々の意見を取り入れ実践する姿勢――それら色々な要因が相まってむしろ他国より内政が安定している。
自由。まさに文字通りその言葉の意味をものにしており、独特な発展を遂げてきた。
都を包む四方の門上に警邏が務めているので自由の都とはいえ警備は万全で安全だ。
北面の真ん中に位置する場所に広大な面積を持つ建造物――『七晄殿』。
周囲を築地塀で取り囲んだ豪華絢爛な寝殿とそれに引けを取らない程美しく整えられた広大な庭園を保有するこの場所だけは、【七晄】の外観や内政が変わろうとも昔ながらの姿のまま不変だった。
その建物の南の母屋から東西北に延びる―渡殿と言う渡り廊下を渡ると――対の屋と呼ばれる、母屋よりも小さい部屋に行くことができる。
その一室にある一人の少年が居た。
彼の少年の名は――柳六花。
都では特徴的な紅葉色の髪の色を持つ美少年だ。丸く大きな瞳に、小さな鼻と口。長い髪とその顔立ちも相まってか、何処か小動物風にも見える。
小柄で細身の体躯を包むのは、上半身には直垂と呼ばれる、羽織った前合わせ部分に紐が付いた麻の服を、下半身には丈の短い、鼠色の裾絞りの子袴を履いている。
此処は元々、【七晄】の現統治者である――天羽榊の自室だが今現在【暁一条】から一人の来客があり、応接をする間となっている。
突然の来訪、と言うこともあり榊は「所要を終わらせてから来る。だから暫くは相手を頼んだ」と六花に告げそそくさとその場を去って行った。
そして本来は統治者など偉い立場の人間が立ち会う場......なのだがこうして、六花が立ち会って話を聞いている、という状況である。
最初は軽い世間話だったが次第に話の本筋がずれ、奇妙な方向に進み始めた。
「〝妖怪〟と言う存在達はね。霊......霊的類の上位互換だと思ってもらえればいい。霊と言う地上に残存する思念や生前の悔恨を抱えた怨霊が生き物に憑いて初めて妖怪と言う存在になれる。この世に誕生することができる」
「............」
「要はね、〝人間〟だって妖怪になれるのさ。妖怪は人間には戻れないけどね。だから付喪神だの、取り憑かれるだの、言われていてね。逆を言うと全ての妖共は人が元となって作られた存在でもある。人々は妖怪達を神の子だの言って神社や祠、寺で崇め奉りたがるけれども元の存在的に、今の人の世の発展具合を見るに、人々の言う神の子を人は超えたと言っても大袈裟ではないだろう――六花君?」
「ええと......。はあ......そうかも知れませんね」
対面に座り、妖怪に関する謎の持論を展開する青年。つらつらと雄弁に語るその話を聞きながら六花は困惑交じりに返答を返す。
彼は――兜鳥照光は隣国の【暁一条】に住む武士の一人だ。
しかし彼は武士でありながら同時に貴族でもある。
貴族も詳しく分ければ上流、中流、下流貴族と大きく三つに分けることができ、照光はそんな貴族階級の中で下流貴族にあたる家系出身の貴族だそうだ。
とは言え【七晄】にはこのようなややこしい階級の順位だのの概念がない。なので順位のあれこれを聞かされたところで六花にはよく分からない。分かることといえばその見た目の高貴さ、だろうか。身分制度に疎い六花でもその身なりを見れば察しがつく。
白くきめ細かな肌に、一つ一つがくっきりし、整った顔で美青年と言う型に当てはまるだろう。勇ましいと言うより美しいの方が型に当てはまる顔立ちで、黄金色の髪の毛を短く揃えており、すらりとした肢体に薄青色の直衣に黒の鳥帽子。足先から足首までを白の足袋で包んでおり足首辺りを紐で括ってある。きちんとした身なりながらも動きやすさを重視している。腰には武士であるから許されているのか大振りな太刀が携えられている。貴族も太刀を携えて歩く者も居るがこれは基本的に儀礼用で実際に抜いて斬ることは無い。
しかし、彼は貴族ではあるがれっきとした武士だ。本物を携えていてもおかしくない。
きっちりとした服装や身分制度があることに違和感を覚えそうになるが【七晄】外ではこれが当たり前なのだ。
六花達【七晄】の民から見れば他国の政策や文化は風変わりに感じるものだ、又その逆も然り。
異国の人と関わると同じで【日出国】内でも特別な、ある種別国だと認識させられる。
特別と言えば、【七晄】ではもうじき『七晄祭』と呼ばれる催しが開催される。
『七晄祭』――毎年初夏を過ぎたこの時期になると開催される、『七晄商店路』を中心に夕刻から夜に行われる【七晄】全体の宴のようなもの。
その際、各国の要人や官人などが【七晄】に赴き、【七晄】の統治者と一緒に別で宴会を催し親交を深めたりなどすることがある。
その為、今回は【暁一条】からその打ち合わせで使いが事前に通達に来た、かと思えば会話の内容は全くの無関係だった。
「ええと......それで。今日は一体、どのようなご用件で?」
「まあ、そんなに焦らないでくれ。今の話も本筋に関わることだから」
「本筋......ですか。『七晄祭』に関する事柄ではなく?」
「ああ、勿論それもあるが、それ以前の問題でね」
「は、はあ......」
何やら妙な言い回しであった。それに引っ掛かりを覚えながらも六花は取り敢えず生返事を返す。まあ、恐らく、ただの人懐っこいお喋り好きな青年なのだろうと思いながら。
「さて......。その前に一つ、気になっていたことがあってね。――単刀直入に聞こうか、人も妖も両者を救う風変わりな術師......とは君のことかな? ――柳六花君?」
唐突だった。先までの雄弁な態度とは裏腹に表情は真剣そのもの。瞳の奥まで覗き込むかの如く、真剣な表情で、形の良い黒い瞳で照光はそう問うた。
「えっ......」
それは知る者だけが知る、大陸を巡り、人も妖も、争い諍いが発生すれば介入し、事態の収束・解決に一役買うと言う噂の人物。
しかし同時に、人間の天敵、相容れぬ存在達である妖怪。それらも救う為、一部からは忌み嫌われ、逆に一部の妖怪達からは賞賛されている。逆もまた然り。
人間も妖怪も分け隔てなく助ける――そのような人間が【日出国】には居るのだ。
しかし――こうして噂から、本人に辿り着き、会いに来るとは思わなかった。
特段、意識して素性を隠しているつもりはなかったので、何時かは知れ渡るだろうとは思っていた。そう、彼――柳六花がその人物なのである。
今の六花は『七晄殿』のすぐ隣にある『柳神社』内の社務所にて生活をしている。その社務所に依頼が寄せられるので、それを受け解決するのが仕事である。そこで、人間同士のいざこざ、妖怪に関する困りごとを全て解決に導いてきた過程で、照光の言ったような噂が芽生えたのだろう。一応【七晄】では高名な術師の末裔だ。術師として役立たねば名折れと言うもの。
「その表情。知られたことによる戸惑い、と言うよりかは知られたことに対する驚きの方が大きいのかな?」
まるで、こちらの一挙手一投足を一瞬たりとも見逃さず推し量り、全てが読まれて筒抜けになっているような気がした。何かしら、人の心を読んだり、把握したりする術でも使っているのだろうか。そう思わせる鷹のような瞳だった。
「ああ、勿論、術なんて使っちゃいないよ。俺は昔からどうも、術師になる才能だけはなくてねぇ。全く悲しいもんだ、本当に」
「ええと......」
「その代わりと言っちゃなんだが、昔から勘が鋭くてね、観察力と勘を駆使して何とか術師と渡り歩いていてね」
「............本当に驚きました。僕の素性を見抜くこともそうですが、まるで読心術でも心得ているのかと本当に信じてしまいそうです」
「【日出国】でも名高い霊術師様にそう言って頂けるとは......本気で術師を目指したくなるね!」
にっ、と。笑い、無邪気にもそう言った。
「ええ、照光さんならきっとできますよ」
「ははっ。救世主様の言うことなら嬉しいね」
「その......救世主と言う言葉は、あまり......。ただでさえ柳家と言う家系を背負うことで僕にとっては精一杯なのに、それ以上は......荷が重すぎますよ」
「おおっと、すまない」
こんなんじゃ足りない。これだけやっても尚、世の中は微動だにしない。それほど自分と言う一人の存在はちっぽけで干渉力もまるでない。それをこれまでの経験を通して痛感させられた。
だからといって此処で諦めるつもりはない。〝旧【七晄】を滅ぼしたあの人をああもさせたこの世の中を正すべきだ〟。六花は本気でそう思い信じている。
人も妖も、最初から悪い、害為す存在は居ないと思っている。そのような行為をしてしまうのには何かしらの理由が隠されている筈だからだ。
皆、本当は優しいんだ、この世に最初から悪い人や妖は居ないんだ、と。
彼は今まで沢山の〝優しさ〟を貰った。だからこそ今の彼が成り立っている。
ならば貰った因果を応報として出会った全てに返し、広め、伝える義務がある。
その想いが、その願いが、その優しさが――広まり循環する世の中こそが六花の目指すところであり、目指すべき最果て、大望である。
「ですが......人助け、妖ごとも含みますが――でしたら幾らでもお受け致します。どんな困りごとでしょう? 僕が両者円満に恒久的に解決してみせましょう」




