序章
和風な小説を書きたかっただけ。あくまで練習、試作、骨組みのつもりですので期待はしないで欲しい。
面白くはないと思う。暇つぶしにもならないと思う。それでも良いならどうぞお好きに読んで欲しい。
獣は、ただひたすらに孤独であった。
何処へ行き、誰と関わり、何をしても......最後に残るのは獣ただ一人。
己の願望を叶えまいと動けば動くほどに破滅と滅亡が周囲を埋める。
それ故の――孤独であった。
人間と言う生き物はどうしてこうも薄汚く、汚染された器と魂を持つのだろう。
正義を謳う愚か者。民達を支配し愉悦に浸る者。抵抗もなしにその立場に甘んじる者。
愚かで、醜悪で、滑稽で――獣は更に自己嫌悪......とは違う歯がゆさがあった。
全世界の生物の救済――そんなもの、ありはしない。ある筈もない。あってはならない。
歴史は繰り返す。それを幾度も見てきた。どれだけ正義を掲げた王だろうと、どれだけ権力を振りかざし暴政を行ってきた愚王だろうと――結末は変わらない。
結局そこには何かを〝奪う〟必要があり、生物はそれを裏表でしか見ない。
見る側面によってそれは正義だろう。勇敢であっただろう。称えられるだろう。――だがどうだ? その先に〝真の平和〟などあっただろうか? ――否、そんなものはなかった。
この世全ての命ある種は皆、他者の血肉を喰らってでしか生きることができないのだ。
それが故意だとしても、そうじゃないとしても。
でも――と獣は思う。どれだけ足掻こうが世の中に真の平和など訪れないと知っているのならば、その矛先を全て自分一人で抱え込めば良いのではないか、と。
暴君を抑える必要がある――ならば獣が討ち果たしてみせよう。
愚かな偽善者が民達を騙そうとしている――ならばその偽善者の前に立ちはだかろう。
ただ使い潰されるだけの奴隷だと諦め、その立場に甘んじる存在がいる――生き抗うことを忘れた生物としての欠陥だ。どうせ死に絶えるならば獣が楽にしてやろう。
奪った。全てを奪った。奪って、無くして、滅ぼして、壊して、騙して、殺した。
獣は世の中に真の平和を齎す為、この世の不均衡を是正する為、蔓延る悪を全て受け止める為――この世の誰よりも悪に染まった。
真の平和を実現する為に、獣は真の悪へと成り果てた。
獣は、惑い迷って辿り着いたこの島国でも、そうせざるを得ないのだと――この時までは思っていた。
***
現在の【日出国】の季節が初夏だから、これは初春の頃の出来事だった。
ある地方の里から依頼が入り、彼は現場に赴くことになった。
その現場と言うのが【七晄】と【暁一条】の半ばにある竪穴住居が特徴の村である。
武士の霊が悪霊となり夜な夜な村人を襲っては斬りかかり、多大な被害を齎していると言う。それを解決する為彼は一人で現地に赴き夜半まで身を潜め現れるのを待った。
すると、ずさずさと引きずるような足取りで村の出入り口正面から現れたのは武士――落武者の霊だった。余程生前の未練や怨念が強いのか、術に通じていない者でもその姿をはっきりと視認できる程くっきりと具現化している。
筋骨隆々のその大柄な男の身を、頭から足先まで甲冑が覆い、体中に青白い鬼火のようなものを迸らせている。見ただけでその武士の絶望・激情が伝わってくる。
抜いた刀身を片手に村中をふらつかれては村人達の安眠も安全もままならない。
この場には、宵闇に青白い鬼火を漂わせる武士と、一人の小柄な少年が居た。
彼はその落武者の行く道を塞ぐように躍り出た。相対するまで五、六歩のところで互いに足を止める。
その場に戦いの開始を合図するかのように月明かりが照り付ける。
だが彼の言う戦いとは互いに剣戟を靡かせるものではない。
「お前は誰だ?」
低く生気の感じられない声音で落武者が問うた。
「初めまして、お初にお目にかかります。僕は六花――【七晄】の柳六花です」
「......【七晄】、柳だと? あの仲良しこよししかできぬ、無能一家か。愚かにも民共の逆襲で簡単に滅んだと風の噂で聞いている。まさか一家の生き残りが居たとはな......」
「無能......ですか。確かに、僕は無能です。僕にもっと力があれば〝あの日の被害〟を防げたかも知れない。僕以外にも生き残りが居たかも知れない。ですが僕は、あの日の罪滅ぼしではないですが、両親の意思を、自分の理想を以て今この場に居る訳です――つまり、今夜僕は貴方を救いに来たと言うこと」
「............何。この俺に救い、だと?」
「僕には貴方のように死後も尚倒したい相手、あるいは救いたかった相手の為に死して尚戦う強さを持っていません。僕は偶然柳家に生まれ力を持っただけの、ただの人です」
「何が言いたい?」
「僕は、先程も言いましたが貴方を救いに来たんです。成仏や滅却をしに来た訳ではありませ……」
言いかけて武士は無言でこちらに突進してくる。その踏み込みと膂力、剣筋を見るに生前は名の高い強力な武士だったのだろう。
「戯言を!」
そう来ることは既に予想できていた。今までの経験でも話し合いで始まり終わることは少なかった。六花は刀――〝木刀〟を手に落武者は激突した。
舞い踊るような軽やかな、柳家特有の剣術で、霊術を織り交ぜながら受け流していく。
その姿はまるで花びら舞う境内で踊る巫女の晴れ舞台のよう。
何とか落武者の片膝を着かせる程度には消耗させ、暫くの間、宵闇に沈黙が訪れた後。
「お前は......何故俺を止めながら、俺を救おうとする?」
厳かに、そう問う声があった。声音からはまだ、戦意の喪失は感じられなかった。
「貴方にも優しさと言うものを知って欲しかったから......ただそれだけの理由です」
彼はもう戦いたくない。術を振るう行為も、それを相手に打ち付けることもやりたくない。だからこそ目の前の落武者の感情の揺れを機敏に察し、激高させないように慎重に言葉を選びながらそう言った。
「お前にとって優しさとは何なのだ?」
「一般論で語るならば、人に尽くしたい、役立ちたい、良い印象を与えたい......それらに付随する行為のことを優しさと言うのでしょうが。僕の考える優しさとはもっと奥深いところにあります。人間も妖怪も生まれた全ての生物は皆優しいんです。大事なのは生まれた家庭と育った環境で、人が子に言葉を教えるとその子は言葉を発することができるように、僕の言う優しさは代々継承されていくべき心の在り方であって、教えれば教えられた人は誰かに教えたくなる、それの繰り返し――因果応報となる」
「......要するにお前は、俺が悪いんじゃなくて、俺の育ってきた環境やら何やらが捻じ曲がっちまっているのが問題だと言いたいのか?」
「貴方にも何かしらの矜持はあるのでしょう。だからこそこうやって人里に現れては、人間にとって害だと思われる行為をする」
「あくまでも悪さをする、とは言わないんだな」
「貴方ほどの知性があれば分かるでしょう。人間が腹を空かして獣を狩る――これは人間側にとっては当然の行為であっても、獣側からすれば命を狙われている訳ですから。本能しか持たない獣や妖怪なら話は別ですが......僕や貴方のように知性を兼ね備えた生き物ならその行為の裏に必ず理由がある筈です」
「じゃあお前はそこらの獣が狩られるのですら、苦痛でたまらないと?」
「僕は不必要な犠牲をなくす為に日々奔走しています。人間同士や、妖怪などが絡んだ戦いなど、不必要でしょう。それは一方的な感情によって引き起こされるだけの問題でしかありません。だから僕は仲裁者として問題に介入して、何とか解決に導き命の尊さ、優しさを知って欲しいと、そう想い願って行動している訳です。僕は――血も、涙も、武器も大っ嫌いですから」
最後は肩をすくめて微笑を浮かべて言った。落武者側からすれば何故目の前の少年は敵に笑顔を見せ、腹の内を晒し、あまつさえ救おうとするのか不思議だし奇妙極まりないだろう。暫く落武者は黙ってみせた。
「......正直、お前のことは最初、正義に憧れる荒唐無稽な偽善者か何かだと思っていた。だが、お前の瞳の奥の本質が本物だって気づかされた。......お前だって何かを背負っているんだな。それでも尚、俺みたいな半端物を救おうとしている。俺の生い立ちから全てを話してやるよ。だからお前の話も聞かせてくれ。傷の舐めあいって奴だ」
「ええ、勿論。話を聞くだけではなく、是非お手伝いをさせて下さい」
そして――その落武者と地に座り互いに語り合った。深かった天蓋の闇も、何時の間にか薄れていき、地平線の向こう側から日が出始めていた。大地が照らされ、鳥が鳴き、木々は風に靡く。また新たな一日が始まるのだ、と。
強い風が吹いた。思わず目を覆った。風が止み、六花は先まで語り合っていた落武者の方をそっと見る。だが、そこにはもう何もなく、六花一人だけが取り残されていた。
あの落武者は生前の未練全てを六花に話し終え、救われ満足そうに成仏したのだ。
その事実に六花は良かった、と心の底から安堵した。
また、誰かを救うことが、誰かの求めを満たすことができた、と。
真の平和を実現する為に、少年は誰よりも優しい人間になろうとした。




