第八話『革命は平和から最も遠いところになければならない』
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革命運動は順調に進んでいった。
『天使の涙』は貴族社会でい日増しに深刻化し、一日中茶をすすっている重度依存者が各家に一人は見られるという有様となった。同時に民衆の不満、貴族への不信感は絶頂を迎え、革命の機運はかつてないほど高まった。私たちの運動への賛同者が増え、バルディのように正規軍を辞して義勇軍に参加する兵士も後を絶たなかった。
その兵士の流入により革命運動はいよいよ表面化することになる。これまでは啓蒙活動に励み、賛同者を募るばかりだったので、私たちの存在が議会で取り沙汰されることはなかった。聡い者は気づいていたであろうが、数少ない優秀で心ある貴族こそ、『天使の涙』の蔓延をどうにか阻止しようと奮闘していたので、私たちに目を向ける余裕はなかった。
議会は義勇軍が本格武装を始めたことを知って、ようやく腰をあげた。
私たちはこの機を待っていた。
下級議員として議会に参加していたエルドは、私たちの代表として手をあげた。税の軽減、貧民の救済措置、議会の開放、そして封建的特権の廃止を求めた。当然これは却下され、エルドはその場で逮捕された。私たちはエルドの釈放と改革案の検討を求め、各地で同時に暴動を起こした。貴族たちは逆上し、下民に屈するものかと、軍を挙げて暴徒を一掃、首謀者としてエルドを処刑しようとするが、しかしそれに待ったをかける者があった。
私の夫、『天使の涙』を牛耳る伯爵である。
暴徒が襲ったのは役所でも軍の詰め所でもなく、ほとんどが貴族御用達の商家の納屋だった。そして襲われた納屋のほとんどに大量の『天使の涙』が貯蔵されていた。
伯爵は訴えた。
――――やつらはなんらかのルートで『天使の涙』の在りかをつかんでいる。このまま衝突が続けば、すべての在庫が燃やされてしまう、と。
夫の懸念は私が誘導したものだった。私が革命運動に参加していることを知っているのは、エルドたち三人だけだ。夫はもちろん、革命の賛同者たちも、伯爵夫人である私が革命運動の中枢にいることは知らない。
私は『天使の涙』の倉庫だけを狙って襲撃させた。そして夫に、次は伯爵邸の番だ、と耳打ちしたのだ。
――――ひとまずは宥和政策をとるべきだあ。鎮圧は『天使の涙』を安全な場所に移してからでも間に合う、と。
『天使の涙』の常習によりすっかり頭の鈍くなった夫は、私の言葉を真に受け、貴族たちに懇願した。反乱者たちの要求を飲まなければ、『天使の涙』の安定供給ができなくなる、と。
それは絶大な脅し文句だった。
貴族たちはエルドを保釈した。もちろん無条件に私たちの要求を飲んだわけではない。彼らにも体面があった。彼らは釈放の対価としてエルドに説得を命じた。私たち反乱を武装解除させることが、エルドの放免条件だった。
エルドは正規軍を一個中隊引き連れて私たちのもとに戻ってきた。
中隊はエルドの見張りであり、義勇軍への威嚇であった。私たちはしかし臆するどころかその中隊を捕縛し、武装解除させた状態で城へ送り返した。事実上の宣戦布告だった。義勇軍は正規軍と渡り合えるだけの武力をすでに有している。私たちは貴族にそう思い込ませた。
実際のところ、義勇軍の兵力は正規軍に大きく劣っていた。正面から戦を仕掛ければ一日と持たず義勇軍は瓦解するだろう。しかし貴族連中は私たちの策略にまんまとはまり、私たちの兵力を過大評価することとなる。
エルドについていた中隊は私たちを見くびっていた。彼らの油断もまた、私が夫を通じて流したデマによって生まれたものだ。
――――義勇軍はしょせん寄せ集めの貧民。ぼろ布をまとい石を握りしめるだけの人々は、甲冑の騎士が居並ぶ姿を見るだけで尻尾をまいて逃げだすだろう、と。
思惑通り中隊は私たちを格下と思い込み、税の徴収を行うような軽い気持ちで義勇軍の前に現れた。義勇軍は総力をあげて彼らを捕えた。そしてまるで自分たちが義勇軍の一個小隊に過ぎない、といったような口ぶりで彼らを脅迫した。
予期せぬ敗北に中隊の兵士はすっかり縮み上がった。無傷で城へ返された彼らは、私たち
のよい喧伝を行ってくれた。
――――義勇軍は脅威だ。正規軍に匹敵する武力を有している、と。
体面を潰され、貴族たちは怒り心頭だったが、義勇軍を侮るなかれという兵士たちの意見を無視することはできなかった。
この騒動をへて、革命運動はいよいよ表面化する。
エルドは爵位をはく奪され、名実共に革命運動の先導者になった。
バルディもまた、義勇軍の指揮官として広く知られるようになっていた。
修道院に入ったエリナは、大公夫人であったときと同じように、貧民の救済に尽力した。革命運動へ直接的な関りは持たなかったが、彼女に救われた農民たちはみな彼女の無実を信じて疑わなかった。貴族であっても、修道女であっても、エルフリーナ変わらない。自分たちにとって聖母のような存在だと慕い、敬服していた。
貴族社会の中に残っていたのは私だけだった。私だけが、革命運動への関与を隠し、社交界への出入りを続けていた。
これはエルドの希望でもあった。エルドはあくまでも平和的な革命を目指し続けていた。革命は貴族の打倒によってではなく、貴族の改心によって行われるべきだと信じていた。彼は私がその架け橋になることを望んでいた。
私は彼の意志を尊重したが、実行には移さなかった。私は貴族が改心することなどないと知っていた。本義を失い快楽に溺れる貴族連中はもはや社会の膿だ。不純物を取り除かなければ、新しい体制は築けない。
私の頭にはいつも処刑台の三人の姿があった。
ボロボロになった彼らを嘲笑う王と貴族。
私は今度こそ、本当に首をくくるべき人間に縄をかけなければならない。
私はそのための暗躍を続けた。『天使の涙』を流通させ、夫を操り、義勇軍が有利になる情報操作を行った。エルドは私に表立って革命を呼びかけるよう、貴族たちに改心を呼びかけるよう求めたが、応じることはできなかった。そんなことをすればエルドの二の舞だ。改心させるどころか、内通者として捕縛されるだけだ。そしてエルドの一件で懲りた貴族たちは、私に温情など決して与えないだろう。いかに『天使の涙』を牛耳る伯爵家の夫人とあっても、極刑は免れない。
私は今度こそ革命を成功させなくてはならない。
二度目の奇跡があるかどうかはわからないのだ。
私は神が与えたこのたった一度のやりなおしで、無念を晴らさなくてはならない。
例えそのために、すべての正義と理想を捨てることになったとしても。




