第七話『剣を握ることは恐ろしくはない』
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エリナ同様、バルディも『天使の涙』の蔓延に危機感を抱いていた。
『天使の涙』の流行が貴族たちの税の取り立てに拍車をかけていたからだ。
バルディは軍が貴族の手先となって税の取り立てに向かうのはおかしいと上官に直談判し、中隊長の任を解かれてしまっていた。私は直接交渉は無意味だと彼に訴えたが、騎士道を重んじる貴族階級の士官なら必ず話を聞いてくれる、と彼は談判に出てしまった。そしてやりなおす前の世界と同じように、降格させられてしまった。
降格させられた彼は、一兵卒に戻った。それでも彼の仕事は降格以前となにも変わらなかった。上官の命で税を滞納している貧村に向かい、わずかな食料と衣類、家畜、女、子供、金になるものを巻き上げる。
貴族たちは『天使の涙』を得るために金を必要としていた。税の徴収は次第になりふり構わないものへと変わっていた。
もう限界だ、とバルディは言った。
「貴族たちは正気じゃない。こんな状況で平民の地位向上なんてできるわけがない。平和的な革命なんて無理だ。俺はもう親から子を無理やり引きはがすのは御免だ。切っ先を向けるのはやせ細った農民じゃない、肥え太った貴族であるべきだ」
バルディはもう限界だ。私はそう思った。だから彼に退役を促した。
私たちは非暴力の革命を目指しているが、それが果たせると心から信じている者はいなかった。一滴の血も流されない革命など歴史上存在しない。私たちもいずれは武力を持たなければならない。手段のひとつとしての暴力を持たなければならない。
平民出身の身でありながら、その武功によって一時は軍の中隊長にまで上り詰めたバルディ。彼の腕があれば、寄せ集めの義勇軍であってもそれなりに正規軍と渡り合っていけるだろう。
しかしバルディは命令とはいえ平民から略奪に等しい蛮行を働いた自分に、義勇軍を指揮する資格などないといった。自分についてくる者などいないだろう、と。
「大丈夫」
私は望まぬ任務で疲弊した彼の背を強く押した。
「私を信じて。バルディならきっとできる。貴方はなにも悪くない。それに今までのことを悔いているのなら、なおさら戦わなきゃ。貴方が奪ってしまったものを、貴方自身の手で奪い返すの。そうやって罪を滅ぼして、証明すればいい。貴方の真の志を。革命の意志を」
事実、彼はやりなおす前の世界で、そうして信頼を回復し、義勇軍の指揮をとっていた。
私が背を押さなくても、きっとバルディは自分で決意を固めていただろう。おせっかいだったかもしれない。けれど私は、悩み苦しむバルディを見ていられなかった。
「ありがとう」
バルディは少し困惑したような様子だった。
「ヴェラは、変わったな」
バルディが訝しむのも無理はなかった。やりなおす前の私は、受け身で、視野が狭く、短絡的だったから。バルディを励ますことはおろか、助言を与えることなんて絶対になかったから。
けれどそのバルディの言葉は私の胸に突き刺さった。他意がないことはわかっている。彼の驚きはむしろ好意的なものだった。
彼はその後私の助言に従い軍隊を辞し、義勇軍組織に邁進するようになった。私のおかげで迷いがなくなったと何度も感謝された。
けれど、変わってしまった私は、それを素直に喜ぶことができなかった。
バルディも、エリナも、エルドも、『天使の涙』を流通させたのが私であることを知らなかった。民衆の血税は『天使の涙』を売りさばく伯爵家に流れていることも。夫を篭絡するために、私が演じている痴態も。
すべては革命のためだ。なにも後悔はしていない。やめるつもりもない。けれど汚れてしまった私は、次第に彼らに近づくのが恐ろしくなっていった。
エルドの理想主義的な改革案を嘲笑ってしまいそうになる。
バルディが義勇軍の衛生兵として働く女性と懇意にしているという噂を耳にして腸が煮えくり返る。
エリナに関する根も葉もない噂話を耳にするたびに罪悪感で押しつぶされそうになる。
私は次第に革命運動から離れていった。
諦めてわけではない。革命は必ず成功させる。けれど私は裏方に徹するようになった。
汚れ役はすべて引き受ける。彼らが英雄になれるよう全力でサポートする。
いやこれはすべて建前だ。
本音は恐ろしかったからだ。
汚れた私を見られなくなかった。変わってしまった私を、彼らに見てほしくなかった。
彼らにはいつまでも高潔であってほしかった。そして彼らの目に映る私は、ただのヴェラのままでありたかった。
革命の同志であるより、幼馴染で、親友で、きょうだいのままでいたかった。
革命が終われば、きっとまたもとの関係に戻れる。
私の汚れは革命を為すことできっと拭われる。
そう信じて、私は彼らから離れていった。




