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第二十一話『一足先のお別れ』




私は裁判で一度も嘘をつかなかった。

ただ、自分のしたことを、狙いと真意を、包み隠さず話した。

もちろんやりなおす前の世界のことは話していない。話すつもりもなかったし、話したところで、聴衆も裁判人も信じはしなかっただろう。

裁判は長くかかった。

回数を重ねるたびに、私の置かれた状況は悪くなっていった。

私の義勇軍への貢献は、一部は認められた。積極攻勢に出てからの義勇軍の快進撃は、私が流した情報がなければ成り立たないものだったからだ。かといって、『悪魔』の烙印を消すことはできなかった。私が計画的に流していた『天使の涙』はたしかに貴族社会の腐敗を早め、革命を加速させたが、その影響は民衆にも及んだ。領民への締め付けは一層厳しくなり、茶葉を得るために課せられた重税は民に追い打ちをかけた。身を売らざるを得なかったものもあれば、首をくくった者も多くあった。革命のために立ち上がったのは、余力のあったほんの一部の民衆だけだった。

死んだ人間が多すぎた。

私の行いは、革命という大義名分があってもなお許されることのない卑劣な行為とされた。


――――『悪魔』は時世を読む力に長けていた。義兄であるエアハードが中心となったため、革命の機運をいち早く察知していた。はじめは革命に加担するつもりはなく、『天使の涙』で利益をあげることだけに執心していたが、革命軍に勢いがあると察するや否や方針を変え、革命軍へ加担するようになった。革命軍と貴族、どちらが勝ってもいいように、どちらでも表には立たず、裏方に徹していた。そして革命軍に勝った現在、自分は革命思想を持っていた人間だと、主張している。


そんな憶測が、いつの間にか大衆にとっての真実になっていた。

もはや誰も私の話に耳を傾けることはなくなっていた。

これ以上の裁判は無駄だと、即刻処刑すべきだという声が日に日に大きくなっていった。

城下では暴動さえ発生し、義勇軍からなる新政府は結論を急がざるをえなかった。


たぶん、私は処刑されるべきなのだろう。

こうなってしまったからには、私を殺さないことには、革命を終えることはできない。

裁判が長引くだけ、私への憎悪は深まっていく。

革命が終わったことで、どこまでも広大に開けたと思った未来が、瞬く間に狭まっていく。

願った小さな幸せさえ、もはや叶いそうにない。

主審として立つエルドの顔は疲れきっていた。同じように、私も疲れていた。毎日罵声を浴びせられ、身に覚えのない謀略を指摘され、反論する気力も失っていた。

早々に罪を認めてしまえば、どれだけ楽になっただろう。

それでも私は、覚えのない罪で殺されるつもりはなかった。

革命を果たすためなら、三人の運命を変えるためなら死んでもいいと思っていた。けれどすべてを成し遂げたいま、私は誰のためにも死ぬつもりはなかった。


(がんばったのに)


私は、みんなのためにがんばった。

それなのにどうして死ななければならないんだろう。

恥辱に耐えて夫を篭絡した。大麻をばらまき国中を堕落させた。心優しいエリナに罪を着せた。エルドの正義を血に染めた。バルディが愛したかもしれない女を殺した。

もう私の身体にきれいなところはひとつもない。

一生かかっても、この身に沁み込んだ毒は消えないだろう。

それでも私は、自分を誇りに思う。

神への誓いを果たした自分を。

最悪の結末を退けた自分を。

だから私は、諦めたくなかった。


民衆が、世界中が、命をかけて守った三人が、私を諦めていたとしても。

私は最期まで、希望を捨てはしなかった。




□■




「ヴェラは、変わったな」


革命運動が本格化してしばらくたった頃、バルディは私にそう言った。


「前にも同じことを言われた」


「そうだったか?」


「うん。バルディが軍をやめるときに」


「そういえば、そうだったな。あの頃から、ヴェラはどんどん頼もしくなっていく」


運動が本格化したとはいえ、まだ地方での小競り合いが続いていた時期だ。

貴族も義勇軍に対して本格的に腰をあげるようなことはなく、まだ比較的余裕があったときに、私は物資の受け渡しのため、バルディのもとを訪ねていた。

義勇軍の物資はいくつかの拠点に分散して保管されており、私が訊ねたのは西部地方の農村だった。

長閑な場所だが、街道に近く、物資の保管場所としてはうってつけだった。

この頃のバルディは義勇軍の最前線で兵を率いていることがほとんどだったので、顔を合わせるのはずいぶん久しぶりのことだった。

そして思い返せば、二人きりでゆっくり話をしたのはこれが最後だった。


「大隊長殿に褒められると照れますね」


私が冗談めかして言うと、バルディは苦笑を浮かべた。


「よしてくれ。おれはただのまとめ役だ。奇襲作戦はヴェラが立てたものだし、それにこれだけの後方支援がなければ、とても立ち行かなかっただろう」


バルディは私が運んできた積み荷に目をやった。兵士五十人分の武器に鎧、弓矢、火薬。どれも国王軍に悟られないよう、『天使の涙』に紛れさせて、遠方の国から仕入れたものだ。


「苦労しただろう」


「なんでもないよ、こんなの」


眉を下げるバルディに、私は笑みを返す。

無骨な彼は、表情の変化に乏しい。だからこそ、目に見えてわかるその表情の変化で、彼がどれだけ私を心配してくれているのかはっきりとわかる。


「前線で命を張ることに比べれば、なんてことない」


「武器がなければ戦場に立つこともできない」


「それじゃあ、私たちは武器職人に感謝しなきゃいけないね」


バルディの心配を拭うため、私はまた冗談を口にする。

バルディは肩を竦め、そうだな、と乗ってくれる。


「顔も名前も、どこの国のものかも知らないが、次の礼拝ではそいつのために祈るとしよう」


「ええ?」


「なんだよ」


「驚いた。バルディがきちんと礼拝に行ってるなんて」


「最後に行ったのは五年以上前だけどな」


「五年前って……まだみんなでお屋敷にいた頃じゃない」


不謹慎ながらも、バルディらしいその態度に、私は笑ってしまった。

バルディは神を信じていないわけではないが、長く退屈な礼拝が苦手らしく、屋敷にいた頃もなにかと理由をつけては避けていた。そんな彼を引っ張るのが、私とエリナの毎週末の務めだった。


「だめだよ。神様にはきちんとお祈りしなきゃ」


「跪いて祈っても、なにも変わらないだろう」


「……そうだね」


そう。バルディはきっと祈る必要なんてない。そんなことをしなくても、神様は彼をご覧になっている。彼が正しいことを知っている。だからこそ、私にやりなおしの機会を与え、彼を最悪の結末から救いあげようとしてくださったのだから。


「バルディの分まで、私が祈っておくから、安心して」


「エルドの分も頼む」


「うん。でもそれはきっと、エリナがもうやってくれてると思うけど」


「エリナはおれたち三人のことを、常に祈り続けているだろう」


そうだね、と答える声はかすれた。

エリナが修道院に送られてしばらく経つ。すっかり馴染んだようだけれど、彼女に対する醜聞は、未だに私の耳に届く。

耳を塞ぐことは許されない。彼女を貶めたのは、他ならぬ私自身なのだから。


「三人分祈るのは大変だ」


私は気持ちを切り替えるように、声を張る。


「長いお祈りからエリナを解放するためにも、はやく革命を終わらせなきゃ」


焦りは禁物だ。けれどできるだけ、急いでことを進めよう。

そう決意を新たにする私を、バルディは眩しいものをみるように眺めた。


「ヴェラは一足先に革命を終えたようだ」


「え?」


「気弱で優柔不断だった君が、気づいたら誰よりも頼もしくなっていた」


それは私が、二回目だからだよ。

そう思ったけど、もちろん、口に出すことはしなかった。

そんなことないよ、と謙遜すると、あるよ、とバルディは否定した。


「正直、羨ましい。それにちょっと、悔しくもある」


「悔しい?」


「昔から、なにかやるときはいつもエルドかエリナが舵をとっただろう。おれたちはそれについていくのが常だった。それが不満だったことはない。好奇心旺盛なあの二人といると、おれは自分一人じゃたどりつけなかった場所に行けたから。それはヴェラも同じだったんじゃないか?」


「うん。振り回されてることが、楽しかったよ」


四人で屋敷を抜け出して、近くの街の夜祭に参加したこと。庭に迷い込んだ子犬をこっそり飼育したこと。嫌味っぽい来客にイタズラをしかけたこと。エリナと私も交えて、生傷ができるのもかまわずに、決闘ごっごをしたこと。

どれもあとで大目玉を受けたが、楽しい思い出だった。

バルディの言う通り、発案はいつもエルドかエリナで、バルディと私はそれに付き合わされる形だったが、嫌だったことは一度もない。


「おれはヴェラのことを、妹のように思ってた。おれたち四人は兄妹みたいなもんだが、どちらかといえば、あの二人と、おれたち二人で、別々の兄妹といったほうがしっくりくる」


「……そう?」


「ああ。おれたちは昔、似ていたから」


「そうかな。私はおどおどしてばかりだったけど、バルディは昔からしっかりしてたよ」


「そうでもない。おれたちはよく似てたよ。本当に血をわけた兄妹みたいに」


バルディは私の肩を抱き寄せた。体温を感じられるほど近づいたのに、私はむしろ一歩距離を置かれたような心地になって、胸がきゅうと締め付けられる。

私はバルディが好きだった。

小さいころからずっと。結婚して、夫に身体を開いたいまでも、バルディを恋しく思っていた。

それに、バルディも私のことを好きなんじゃないかと思っていた。

私よりずっと美人なエリナが傍にいるのに、エリナ以外の誰がそばにいるときだって、彼はいつも一番に私を気にかけてくれたから。

でもそれは、どうやら私の勘違いだったようだ。

彼が私に親切なのは、私を本当の妹のように思っていたからで、私を女として、恋焦がれる相手として見てくれたことは一度もなかったのだ。

冷えた手ぬぐいで優しく締め上げられるような痛みが、胸から全身へ広がっていく。

痛くはない。苦しくもない。

三人の処刑を目の当たりしたときに比べれば、なんてことない、さざ波のような感情の動きだ。


(私は失恋したのだ)


寄せては返す切なさと寂しさに、心が流されることはない。

最初から成就することのない想いだとわかっていた。夫にあますことなく与えてやった、『天使の涙』に毒されたこの身を、バルディに触れさせたいとは思わなかった。

ふいに打たれた終止符は、むしろ私の決意を固くさせた。

必ず革命を成功させる。眩く開けた先の未来で、バルディの幸福を願おう。

バルディが誰と結ばれても、必ず祝福しよう。相手がエリナだったら、きっと嫉妬より喜びが勝るだろう。でも義勇軍の一員で、近頃バルディと親しいと噂される女の子が相手だったら、悔しさの方が上回ってしまうかもいしれない。


(それでも、耐えなければ)


私はバルディの好きな人にはなれなかったけど、大切な妹にはなれたのだから。

きっとそれはこれから先も一生変わることはない。私は一生、バルディにとって特別な存在だ。

やりなおす前の世界のことを考えれば、それだけで、十分じゃないか。


「でもやっぱり、私とバルディがそんなに似てるとは思えないな」


私は平静を取り繕って笑った。

バルディは私の肩を抱いたまま、遠くを眺めて、似ていたよ、と言った。


「おれはヴェラに負けず劣らず優柔不断だった。決断力がないというか……自分でなにかを決めるのが苦手だったんだ」


「そうかな。バルディは私たちの中で一番大人びている印象だったよ。遊びも、お菓子も、いつも私たちに譲ってばっかりで」


「選ぶのが苦手だから、譲っていただけなんだ」


「でもなにか本当に危ないときは、一番前に立って助けてくれたじゃない。怒られる時も、怪我をしそうになったときも……」


「一応、使用人の子どもだからな。なにかあったら坊ちゃんたちを守るんだぞって、親父にきつく叩き込まれていたんだ」


意外な告白だった。

失恋のせいかもしれない。それともやりなおした分、十年分だけ長く生きた時間の差が現れたのかもしれない。隣に座るバルディが、精悍な顔つきの戦士が、自分よりずっと幼い子供のように感じられた。


「義勇軍の顔役として隊をまとめるようになった今でも、おれは変わらず優柔不断だ。戦闘中は闇雲だからどうにか誤魔化せているが、作戦を立てているときなんかは、不安でたまらない。ヴェラの助言がなければ、とっくに立ち行かなくなっていただろう」


遠くに向けていた視線を、隣に立つ私に戻して、バルディは言う。


「似た者同士だと思っていたんだがな。気づいたらヴェラは変わっていた。昔は一緒に悩んでいたはずなのに、いまのヴェラにはなんの迷いもないようにみえる」


それは一度失敗しているから。

最悪の結末を経験しているからだよ。

私はそう思いながら、遠くに目を向けた。


「神様が教えてくれるから。だからなにも怖くないし、迷うことがないんだよ」


バルディは苦笑する。


「やはりおれも真面目に礼拝に通うべきか?」


「神様の声は私が聞いておくから大丈夫。バルディはその分、みんなの声に耳を傾けて」


「みんな?」


私はバルディに視線を移す。

子どものころから変わらない、深く澄んだ彼の瞳に、作り笑いの私の顔が映る。


「バルディは優柔不断っていうけど、私はそうは思わないよ。バルディは周りの人をよく見てる。みんなの話を聞いて、一番平和な答えを出そうとしてくれる。そうやって悩み抜いて出した結論は、絶対に間違ってない」


「……絶対に?」


「絶対」


「ヴェラが言うなら、きっとそうなんだろうな」


晴れやかな顔で、バルディは笑った。


「ヴェラの言う通りにしよう。おれは今まで以上に周囲の意見を大切にする。なにかに迷うことがあれば、仲間たちの声を聴くことにするよ」




私はこの日のことをよく覚えている。その後革命運動が本格化し、バルディと距離ができてしまっても、何度も思い返し、数え切れないほど夢に見た。

革命の最中だということを忘れてしまいそうになるような、長閑な田園風景。稲穂の輝き。高い秋の空。冷たい木枯らし。すぐ隣にあるぬくもり。触れた肩。太陽と土の匂い。

まるで世界に二人きりになったみたいだった。

頼られた喜びがあって、失恋の切なさがあって、強がりの虚勢があって、確かな決意を抱いたあの日。

バルディはいまでも覚えているだろうか。

私と同じように、あの時間を、特別に感じていてくれただろうか。


そうだったらいいな。

確かめる勇気があったら、思い残すことはなかったかもしれない。


最悪ではないけれど、悲しいこの結末を、受け入れることができたかもしれない。

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