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第二十話『悪魔か、天使か』

冗談を、と思わず叫びそうになった。

けれどエルドはこのような場で冗談を口にする人間ではない。

凍り付いた私に厳しい視線を向けながら、エルドは続けた。


「使者との面識を大公が証言したのだ。大公は借金で辺境伯と繋がりがあったからな……たしかに顔を合わせた覚えがあると、両者が認めている。使者の証として携えていた印章も、辺境伯のもので間違いない」


「……あの辺境伯は除籍されているわ。すでに存在していない」


籠城戦が行われていた渦中ならともかく、革命を終えた今、隣国の情勢をつかむことは容易のはずだ。ましてや国境に構える辺境伯ともなれば、現在の当主が誰であるかわからないはずがない。


「すべて承知の上だ」


当然、エルドはすべてを知っていた。

私たちが革命を行うさなかで、辺境伯の当主が交代したことを、前当主は『天使の涙』に溺れ、爵位を剥奪されたことを、エルドはすでに把握していた。

それならば私の思惑は理解されるはずだ。私が用意した偽の援軍は、すべてその前当主の名のもとに偽装されている。

使者として立てた男はたしかに前当主に仕えており、大公との面識もあった。けれどその男は前当主と共に屋敷を追い出されている。

当主同様『天使の涙』の中毒者で、傍仕えという立場を利用し甘い汁をさんざん吸い尽くしてきた男が屋敷に残ることを、生真面目な新当主が当然許すはずはなかった。使者は『天使の涙』の規制が厳しい隣国から我が国へ逃れ、私のもとへ仕事と『天使の涙』を求めてやってきた。男は自分が身一つで追い出されたこと、新当主に不当解雇されたことを切々と訴えたが、その身を改めてみれば、屋敷から追い出される寸前、手あたり次第懐に入れたと思われる貴重品の数々が転がり出た。そしてその貴重品の中に、前当主の印章があった。

男が現れた段階で、私はすでに偽の援軍による足止めを考えていたので、これも神の思し召しかと震えたものだった。偽の使者と印章をつくる手間が省けたと、私は迷わず男を拾い上げた。

私は大金と極上の『天使の涙』を餌に、男に偽の使者を演じるよう指示した。餌に目が眩んだ男は詳細を聞くこともなく私の言いなりにふるまった。

私と共に首都入りした男は、革命が終わるその日まで、使者として貴賓室で丁重にもてなされていた。

革命が終わり、男もさすがに己の窮状を、自分がどのような目的で利用されていたか悟ったことだろう。あるいは『天使の涙』に腑抜けた男のことだ、いまのいままで理由もわからず、ただ喚き散らしていただけかもしれない。


「使者は私が仕立てた偽物よ」


私が使者と印章の出所について説明すると、場内はざわめいた。

驚きによるざわめきではない。私を非難するざわめきだ。


「見え透いた言い訳だ!」

「そんな都合の良い話があるか!」


傍聴席から野次が飛ぶ。静粛に、とエルドは一喝したが、私を庇ったわけではない。依然固い表情から、彼が私をかばったわけではないことはすぐ見て取れた。

たしかに都合の良い話だ。しかしまごうことなき事実であり、裏をとるのはたやすいはずだ。

エルドならすぐに調べをつけるはずだ。

それなのにどうして、彼は使者を本物として認めているのだろう。


「援軍について先方に確認をとった」


エルドは私の内心を読んだかのように、語った。

援軍が本物であれ偽物であれ、すぐに隣国と話をつける必要がある。エルドは裁判が始まる前から隣国へ使いをやり、調べを進めていた。生真面目な若き辺境伯は、もちろん援軍の準備などないことを認めた。しかし辺境伯は私が想像する以上に堅物だったようで、自分は援軍要請に応じた覚えはないが、前当主はその限りではないかもしれない、と答えたのだ。

前当主が爵位を剥奪されたのはごく最近のこと。我が国で革命運動が佳境に入り、国王軍が首都での籠城戦を余儀なくされた時期だ。だからこそ、革命が落ち着くまで誰も当主の交代を知らなかった。

そしてそれは、裏で前当主と繋がっていた私とて同じことなのではないか、というのが、現当主の推測だった。


「私は援軍要請に応じた覚えはない。もしここに揃えられた証拠品が、私の名と家名を象ったものであるならば、私はそれを偽物だと認めることができただろう。だがここにあるのはすべて前当主のものだ。この署名と印章が偽物であるかどうか、私には判断ができない。前当主は身分を剥奪されたあと国外へ出たと聞くが、所在を突き止めるには長い時間がかかるだろう。見つけたとして、証人としての成り立つかも怪しい。もし、本当に援軍を出すつもりであったならば、それは国の許可を得ない侵略行為。国王から預かる兵を勝手に動かすなど言語道断。身分剥奪では済まされない重刑が下されるだろう。故に、真偽はどうあれ、前当主は絶対にこれを認めないだろう」


生真面目な辺境伯の回答書面を、エルドは厳粛に読み上げた。

つまり辺境伯の言い分はこうだ。――――爵位剥奪直前に、前当主が援軍要請に応じていた可能性がある。そして使者と印章の真偽を確かめることは難しい、と。

さらに、この辺境伯の言い分を裏付けるように、私が仕立てた偽の使者は、頑なに自分は正規の使いであると言い張っているらしい。愚かな男だ。偽物であることを認めれば、重刑が課せられるとでも思っているのだろうか。この状況では、偽物であることを認めた方がよほど保身に繋がるというのに。うまくすれば、国王を足止めした功績を称えられるかもしれないのに。

男は自分の置かれた状況を理解していなかった。自分は正規の使者であり、丁重に扱われるべき存在なのだと主張することで、どうにか身を守ろうとしていた。


(こうなるなら、始末しておくべきだった)


私は後悔したが、もう遅かった。

私の無実を証明するはずの使者は、証人として役に立たないどころか、状況をややこしくさせるばかりだった。


「この悪魔と隣国の辺境伯との繋がりは私が保証しよう」


証言が終わった後も場内に残っていた公爵が立ち上がった。


「なにしろ辺境伯を紹介するよう頼まれたのは他ならぬ私だからな。悪魔は確かに辺境伯と繋がっていた。援軍要請は間違いなく事実だ」


「……ありえない」


冷静にならなくては。

私はそう自分に言い聞かせ、動揺を飲み込む。

想定外の状況だった。偽の援軍を仕立てたという事実さえあれば、私が義勇軍の味方であることは疑いようがなくなるだろうと慢心していた。


(このままでは、本当に罪を着せられてしまう)


私は深く深呼吸した。落ち着こう。私がこの裁判でしなければならいのは、とにかく冷静であること。証人たちの矛盾を指摘していくことだけだ。

必死になって身を守る必要はない。

なぜなら私は、事実として潔白だからだ。

私の行動はすべて革命のためにあった。やりすぎだと思ってはいるかもしれないが、エルドもそこはよく理解してくれているはずだ。なにがあっても、最後は私を信じてくれるはずだ。

私はそう、信じていた。

だから、恐れに飲まれることはなかった。


「証拠が不揃いだとして、なんなのです?」


熱気を帯びる議場に、冷や水を浴びせるように、私は言った。


「結局援軍はこなかった。それがすべてです」


「そうだろうな」


我が意を得たと、今度は老王が私を嘲笑する。


「だから貴様は義勇軍につくことを選んだ」


「……なにを仰りたいのですか?」


「見苦しい言い訳はもう十分だ。ここにいる全員が知っているぞ。貴様ははじめから、()()()()()()()()()()()()()振舞っていたんだろう」


「は?」


「義勇軍でも社交界でも貴様が表に立とうとしなかったのは、()()()()()()()()()()()()()するためだったのだろう」


なにを言うのかと思えば、まったく馬鹿馬鹿しい。

存在しない援軍が立証できなかったとしても、これまでの私の足跡を辿れば、義勇軍側の人間であることに疑いようはない。私に民衆の憎悪を向けさせるにしても、もっとうまいやり方があるだろう。

私は呆れを通り越して白けた気持ちでいたが、聴衆はざわめいていた。


「なんだって?」

「彼女は義勇軍のスパイだったんじゃないのか?」

「エアハード様はそう言ってたぞ」

「ああ、バルドリック隊長も言ってた」

「『天使の涙』を流したから『悪魔』と呼ばれてるが、本当はいい人なんだろ?おれたちの味方なんだろ?」

「全部革命のためにしてたことだって、エルフリーナも彼女を庇っていたわ」

「でもそれなら、どうして援軍なんて……」

「だから、援軍の話は国王軍をかく乱するための嘘だったんでしょ」

「本当に?」

「本当か?」

「援軍だけじゃない。エルフリーナ様の件はどうなんだ」

「うん。私も、スパイにしたって『天使の涙』のことは許せない」

「怪しいよ。あたしゃあの女は黒だと思うよ」

「そうだ。あいつは悪魔だ。だって援軍の話がなければ、国王軍はさっさと投降したんだから。おれの母ちゃんが、弟が、殺されることもなかったんだ!」

「……」

「……」

「……」

「そうよ……あたしの旦那だって……都市が戦場にさえならなければ……」

「ああ……おれのガキだって……」

「やっぱり悪魔なんだ」

「味方なんかじゃなかったんだ」

「どっちが勝ってもよかったんだ」

「でも、エアハード様が……」

「騙されていたんじゃないか」

「そうだ」

「そうよ」

「悪魔はこれまで多くの人を誑かしてきたんだ。バルドリック隊長も、エルフリーナ様も、みんな被害者だ」

「なんてことだ」

「許せない」

「悪魔め」

「やっぱりあの女が全部悪いんじゃないか」


国王の策略に、聴衆はまんまとはめられていた。熱しやすい彼らは、格好の的を見つけたと言わんばかりに、ため込んだ鬱憤を吐き出していく。

私は彼らに怒りを覚えない。

ただ哀れだと思う。

彼らには私を裁くだけの判断材料がない。ほとんど者は革命軍の実情も、貴族たちの思惑も知らない。つまりこの裁判で語られたことがすべてなのだ。飛び交う噂に振り回されるしかないのだ。

彼らが求めているのは真の悪人ではない。案山子でも代わりは務まる。

誰に石を投げるべきなのかさえわかれば、それでいいのだ。

革命のためには血が流されなければならなかった。そしてその血を洗い流すためにも、また血が必要とされている。

私も、やりなおすことができなければ、きっとそうだった。

失ったものは二度と戻らない。

ただ元凶を憎むことしかできない。

なにも得るものはないとわかっていても、復讐に身を投じるしかない。


――――私はあの男が夢破れ無残に死んでいく様をみるためだけに、革命運動に参加しました。

――――こんな世界、滅んでしまえばいいんです。


復讐のために革命を頓挫させようとした女の声が蘇る。

もしやりなおすことができなければ、私も同じように、復讐のためだけに生きただろう。

なにもできないまま修道院で一生を終えることなんて、きっと私にはできなかっただろう。

標的を定めようとする大衆の心を、私は理解できる。自分たちを救うための革命に、命より大切なものを奪われた彼らの悲しみは深い。簡単に癒すことなどできない。

けれど私は、彼らの慰めになるつもりはなかった。

彼らの絶望を静めるために、やすやすとこの身を捧げる気はない。

ここまできて、死ぬつもりはない。

私は自分の行いに誇りをもっていたし、これまでそうだったように、神の加護をどこかで期待していた。最後には、すべてうまくいくだろう、と。まるく収まるだろうと。

なによりも、エルドが、バルディが、エリナが、私を処刑にかけるようなことは絶対にないだろうと、信じていた。


処刑台にあがるその瞬間まで、私は信じ続けていた。

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