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第十九話『裁判』




革命は成功し、王政は打倒された。

しかしエルドたちは国王を処罰しなかった。

国王は無能な老人、王であることしか能のないような男だったが、だからこそ『天使の涙』に溺れることも、国外へ逃亡することもしなかった。そんな王の態度は、一部の貴族だけでなく、一部の市民たちからも評価されていた。玉座への執着は、王としての責任を果たそうとしたのだと解釈され、国王の処罰は意見が二分することとなった。

革命の成果として処刑すべき、という農民派の意見と、慈悲を与えるべきだという市民派の意見。

その市民派の中には貴族に並ぶ特権的階級であった聖職者も多く含まれている。彼らの教義は刑罰を含む一切の殺人を認めていない。加えて国王は敬虔な神の信徒として知られており、修道院は現国王の治世下でずいぶんな潤いをみせた。聖職者たちが彼の処刑に反対するのは当然といえよう。

結論から言えば、エルドたちは国王を殺さなかった。

殺しもしないが生かしもしないことで、両派閥の意見を汲み取ったのだ。


エルドは義勇軍が主体となった国民議会を作り、これまであった絶対王政から、立憲君主制へと移行することを宣言した。

国の長は国王ではなく新しく制定される憲法となる。法のもとに、新しい平等な社会を築こうというのだ。

もともとこの案は、革命の初期からあったものだ。革命は現王制を打倒して果たされるものではない。そのあとになにを築くかによって、真価が問われる。

誰を罰するか、そのことにエルドたちは重きを置いていなかった。彼らはいつも、新しく作るもののことを考えていた。

エルドからしてみれば、王政が打倒され、ようやく本当の革命が始められる、といったところだろう。

けれど私はちがった。

私はずっと壊すことだけを考えていた。

やりなおす前の世界でエルドたちの首に輪をかけた者を、残らず殺さなければ気が済まなかった。なかでも国王は、三人の処刑を決めた、いわば主犯だった。生かしておけるわけがない。

なるほど立憲君主となれば、無能な王でも務まるだろう。お飾りの存在であることは、あの老爺にとってなによりもの得意だろう。

これ以上ないほど相応しい処遇ともいえるが、しかしそれでも、私は納得できなかった。

エルドたちにそうしたように、今度は私が、あの老王に処刑を宣言してやりたかった。

大衆から罵詈雑言を浴びせられる屈辱を、足場が失われる絶望を味あわせてやりたかった。

けれど私はそんな意見を言える立場ではなかった。

私はもはや誰をも裁く権利を持ち得なかった。

国王が赦されたいま、人びとの憎しみは『天使』に集められている。

この国に私より罪の重い人間はどこにもいなかった。







私が客間に軟禁されている間に、地下の牢で、貴族たちは結託したらしい。

彼らはすべての罪を私に被せようとした。正確に言えば、私の罪を告発することで、自らの罪を軽くしようとした。

裁判が始まるころには、私を『天使』と呼ぶものはいなくなっていた。

私は『悪魔』になっていた。

国を堕落に導いた果てに、他国へ売ろうとした冷血の『悪魔』に。


「――――すべてあの女に強要されていたんだ!」


そう証言したのは、私の夫である伯爵だった。


「『天使の涙』……いや、『悪魔の血』なんて、あの女に教わるまで、私は存在も知らなかった。原産国の名さえ聞いたこともなかった。もちろん恐ろしい副作用があることも……あの女はすべてを知ったうえで私に『悪魔の血』を飲ませた。そして酩酊する私を操り、『悪魔の血』を国中に広めていったんだ!」


夫はすべての罪を私になすりつけることで保身を図ろうとした。そして実際のところ、彼の証言は、彼自身の意志、欲望もそこにあったという一点を除いて、間違いではなかった。

証言台に立った夫は見る影もなくやつれていた。飛び出した眼球、色のない唇、震えと脂汗。どれも『天使の涙』の副作用だ。酷い倦怠感と頭痛も抱えているだろうに、それでも保身のために言葉を尽くす男に、私ははじめて感心した。

生き延びるために、人のふり絞る力の強さときたら。


「――――この女はすべてを意のままに操ろうとしていた」


そう証言したのは、エルドの元夫である大公だった。


「ああ、そうだとも。確かに大公家には負債があった。しかしそれは返す算段のついていたものだった。破産など、他国に領土を渡すことなどありえない。別にあの女をあてにする必要はなかったんだ。それが、あの女は、他国への借金より自国の貴族からの借金の方が体裁がいいだろうと、こちらの方がずっと都合をつけられるからと、ほとんど無理やり負債の肩代わりを申し出た。私は気づかぬうちに『天使の涙』を盛られていたんだろう、成金の下級貴族からの怪しい誘いなど、ふだんであれば絶対に乗らなかったが、なぜか断ることができなかった。――――エルフリーナを陥れたのも私の意志ではない。あれもあの女に脅されてやったことが。よほど嫌っていたんだろう。なにしろ借金の肩代わりをする代償に求めたのがエルフリーナの失脚だったんだからな。――――まったく本当に悪魔としかいいようがない。どうせエルフリーナの美貌や名声に嫉妬していたんだろうが、それにしても義理とはいえ世話になった姉にあんな仕打ちをするとは。そのために莫大な借金まで肩代わりするとは。とても同じ心を持った人間とは思えんな」


大公は自分の面子を保つために事実を歪曲させた。

それでも概ね事実であり、私は完全に否定しきることができなかった。

大公は負債で完全に首が回らなくなっていたし、返済の見返りに私が求めたのはエリナとの離縁だけでなく『天使の涙』流通の後ろ盾になってもらうことだった。けれど彼はそれをあえて口にしなかった。この裁判において『天使の涙』との繋がりを口にすることは自らの首を絞めることに他ならない。大公は私が思っていたよりずっと狡猾だった。もちろん裏を取れば大公が『天使の涙』の流通に関わっていたという事実はすぐに証明される。だが大公はこの裁判で印象操作に成功した。

寄付金を横領した散財家という汚名を着せられたエルフリーナ。彼女の汚名はいまではすっかり灌がれ、負傷した民に尽くす聖女として敬われている。彼女の負った冤罪は、『天使の涙』の元締めである『悪魔』の手によるものだった。となれば、人びとの憎しみはますます私一人に向けられる。大公の影は薄れていき、その分だけ私は黒く塗りつぶされる。

諸悪の根源は『悪魔』だという認識が、いっそう定着していく。

まるで革命さえ、『悪魔』を倒すための戦争であったかのように。


「――――『悪魔』は罪なき人々を堕落させました」


そう証言したのは、教会の修道長だった。


「『悪魔』によって惑わされた人々にはなんの罪もありません。むしろ哀れな被害者であるというのが、教会の認識です。『天使の涙』、いや『悪魔の血』には、人の理性を壊す力があったのですから。抗うことは大変難しい。――――『悪魔』の目的はこの国のすべての魂を地獄へ送ることでした。ご存じの通り、地獄に送られるのは罪人だけです。そして『悪魔の血』を飲んだものはみな罪人です。誘惑に抗えなかったからではありません。まだご存じの方は少ないでしょう。『悪魔の血』には堕胎の効果もあったのです」


この証言に、裁判場は大きく揺れた。

この時点で、『悪魔の血』に堕胎の効果があるということは、まだ世界的にもあまり知られていないはずだった。それを修道長はどこで仕入れてきたのか、あるいははったりでものを言っているのか、いずれにしろこれ以上なく効果的なタイミングでの暴露だった。

教会と貴族はこれまでひどい癒着関係にあった。貴族の搾取を民衆が教会に泣きついても、教会はのらりくらりと言いくるめてしまう。なぜなら搾取して獲得した財の一部は教会に横流しされていたからだ。

この国の貴族は祈りも戒律も持たなかった。もちろん彼らも神を信仰してはいたが、赦しは金で買うことができると思い込んでいた。そして神の代弁者である修道士たちは、それを容認していた。

革命がなされたいま、教会が貴族を庇うメリットはない。義理を立てているわけでもないだろう。連中が恐れているのはこれまでの癒着を明るみに出されることだ。手のひらを反して糾弾するのではなく、貴族を庇うことで、自分たちを守ろうとしているのだ。

そこでまた『悪魔』がやり玉にあげられた。

正確には、『天使の涙』には確実な堕胎効果はない。ただ統計的に、『天使の涙』の中毒者には男女問わず不妊の傾向が強くなる。

私が『天使の涙』を服用し続けていたのもこれが理由だ。付き合いのため、顧客に安全性をアピールするため、というのももちろんだが、なによりも夫との間に子を設けないために必要だったのだ。

あの男との間に子を持つつもりはなかった。

子は革命の足枷にしかならないとわかっていた。

私はその効果を望んで服用していたが、もちろん顧客に教えることはしなかった。生殖機能をあえて弱めたい人間はいないだろう。それに私たちの信仰する神は、堕胎を殺人としている。

いかなる理由があったとしても、殺人を犯した者は地獄に堕ちると教典に記されている。

だからもし『天使の涙』が不妊効果を持つと知っていれば、それだけで手を出さなかった者は多かったはずだ。

小賢しい協会はそこを突いた。私が不妊効果を知っていたという前提で話を進め、それを知らずに服用していた貴族たちを被害者とした。

そしてそれを広めた私は正真正銘の『悪魔』であると、教会の名のもとに宣言した。

愚かな俗物ども。神から奇跡のひとつも預かれない身分で、よくも私を罪人扱いできたものだ。

しかし修道士という毛皮に騙され、民衆は彼らの言葉を鵜呑みにした。

私は教会お墨付きの『悪魔』として、高く、高く、吊り上げられていく。


「――――この女は援軍を呼び込もうとしていた」


そう証言したのは、恥を捨ててでも玉座にしがみつくことを選んだ老王だった。


「隣国の辺境伯に派兵を依頼していたが、あれは陳の意志ではない。この女の独断だ。陳は和平に応じる心づもりでおった。しかしこの女が他国を巻き込んだことで後に引けなくなったのだ。この女が余計なことをしなければ、首都での悲惨な戦いは避けられたであろう」


これを訊いて、私はたまらず嗤ってしまった。

本当にこの老爺には、恥というものがないらしい。

首都を囲んだ義勇軍は何度か和平交渉を試みたが、国王はそれをすべて黙殺した。書面に目を通すこともしなかった。それどころか送られた使者を骸にして返す有様だった。その所業はもちろん義勇軍に伝わっている。それさえも私の指示にするつもりなのだろうか?矛盾はどう説明するつもりなのだろうか?


「なにを笑うのだ、悪魔め!」


被告人として立たされる私の態度が気に食わなかったのか、老王は証言台から唾を飛ばした。

傍聴に詰めかけた民や、裁判官を務める義勇軍幹部たちの視線が私に集まる。

感情を押し殺すべきだった。冷然と口を閉ざしているべきだった。私はしかし嘲笑と怒りを抑えることができなかった。


「失礼――――ですが、これを笑わずにいられます?せっかくお飾りとして生かされたのに、自分から処刑台に飛び移るなんて。こんなに浅薄な人間が王である国なんて滅んで当然だわ。それともそこが絞首台だと気づかずに飛び込んだのかしら?なおさら愚かね。子供にもわかるような嘘をわざわざついてまで、すべての責任を私ひとりに押し付けようだなんて!」


「ふ、ふ、不敬だぞ!」


私の嘲笑に、老王は顔を真っ赤にして怒鳴る。


「腹の腐った悪魔め!噓をついているのは貴様だろう!陳の発言はすべて事実だ!」


呆れた。この老王は事実を認めないどころか、自分の中の事実を捻じ曲げてしまっているのだ。

貴賤を問わず、こういう人間はいる。特に老王のようにプライドの高い人間がそうだ。都合の悪いことはすべて忘れることができる。でっちあげた過去を、事実として記憶をすっかり塗り替えてしまうことができる。矛盾を矛盾とも認識できず、威勢だけ筋を通そうとする痴れ者。


「ええ。たしかに私は、陛下に援軍を仄めかしました。けれどそれはすべて嘘。少し調べればわかりますよ。あの使者も、証文も、すべて偽物なのですから」


「どちらも本物だ」


国王は断言した。どちらも間違いなく本物である、と。

私は呆れてエルドに視線を送った。エルドは眉間に深い皺をよせ、遠目にもわかるほど深く息を吐いた。


(そうだよね。呆れちゃうよね)


私はエルドに心底同情した。傀儡とはいえ、こんな出まかせを口にする老爺をこれからも玉座に据えなければならないなんて。きっと苦労が絶えないことだろう。

エルドは片手をあげ、静粛にするよう呼びかけた。


「証文については真偽不明だ」


しかし次に彼が口にしたのは、老王の狂言をたしなめる言葉ではなかった。

それどころか、彼の世迷言を肯定するかのような発言だった。


「使者については……陛下のおっしゃる通り、おそらく本物だと思われる」

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