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第十六話『革命はまだ終わっていない』




突如として始まった、義勇軍の大攻勢。

寝耳に水だった。全く予想していない事態だった。

義勇軍は首都の扉が内側から開け放たれるのを待たず、まだ高く聳えていたその壁を、無謀にも打ち壊し始めたのだ。

戦火は瞬く間に首都中に広がった。

まったくわけがわからなかった。

私が存在しない援軍を国王に仄めかしてから、まだ一週間と経っていない。いくらなんでも早すぎる。援軍に希望を見出し、国王や大臣たちだけでなく、国王軍の指揮さえ持ちなおしている、この状況での進軍は最悪といっていい。

しかし私に義勇軍を止める術はない。国王軍は応戦し、攻撃開始半日足らずで両軍に大勢の犠牲者が出た。それでも勢いは義勇軍にあり、市街地にはいくつも火の手があがっていた。

義勇軍が城に到達するのは時間の問題だと思われた。


「いったいどうなっているんだ!」


国王はそういって周囲に当たり散らした。

一番の標的は、もちろん私だ。


「援軍はまだか!?いつになったら現れる!?」


「……要請を受けてまだ一週間です。どんなにはやくとも、もう一週間はかかるかと」


なぜこんなにもはやく動いてしまったのだ?エルドたちに私の密書が届いていなかったのか?私は喚き散らす国王以上に混乱していた。しかし決して態度に表すことはせず、努めて平静に国王をなだめようとした。


「一週間も持つはずがないだろう!」


しかし国王は聞く耳を持たなかった。老いた細腕で私を嬲り、罵り、ついには城の地下牢へ投獄するよう命令を出した。私は抵抗しなかった。頬が腫れ、体中にあざができたが、痛くも痒くもなかった。破かれたドレスも、毟られた髪も、ちっとも惜しくはなかった。

こんなものは八つ当たりにすぎない。

私をどうしたところで、義勇軍を止めることは不可能だ。

それがわかっていてなお、側近たちは王の暴虐を止めなかった。もちろん、影で見ていた私の夫も。借金を肩代わりしてやった大公も、見て見ぬふりだ。止めに入れば次の標的が自分になると恐れたのだろう。愚かで、臆病な者たち。あんな卑小なやつらに怯えて暮らしていたなんて、一番の愚か者は自分ではないかという気にさえなる。

牢に放り込まれた私を、それ以上に罰しようとする者も、見張りにつく者も現れなかった。

私は暗い地下室で一人、清々した心地であった。

想定外ではあったが、義勇軍の勝利に間違いはない。犠牲は大きくなってしまったが、義勇軍の旗印であるエルドとバルディの命が危ぶまれる可能性は低いはずだ。


(あとはただ待てばいい)


彼らはきっと待ちきれなかったのだ。

いや、待ちきれなかったのは民衆の方だろう。

二人はきっと、興奮した義勇軍を抑えきれず、止む無く攻勢に出たのだ。

それならば仕方ない。自ら放った火で犠牲になるのなら、自業自得というほかない。

私はただ、エルドとバルディの無事だけを祈った。

きっと私を信じ、扉が開かれるのを待っていてくれた二人が、この戦乱でかすり傷ひとつ負いませんように、と、







まる一日が経っても、牢獄には誰もやってこなかった。

窓も明かりもない石畳の牢の中で、私はぼんやりと膝を抱えていた。


(ようやく終わる)


空腹も渇きも感じなかった。

私の心にはただ安堵だけがあった。

もはや私にできることはなにもない。私がなにもしなくても、すべてが収まるべきところ収まるはずだろう。

城内は次第に騒がしくなっている。上階へと続く階段から漏れ聞こえる音が騒々しくなる度に、私の心は穏やかになった。

私は暗闇の中で一人夢想していた。

国王の首を携えたエルドが迎えに来てくれるのを。

昔と変わらない優しい笑みを浮かべたバルディが、そのたくましい腕で包み込んでくれるのを。

けれど私の前に現れたのは、血にまみれ、怒りの形相を浮かべた名も知らぬ義勇兵だった。


「――――おい、誰かいるのか!?」


「女がいるぞ!?」


「女!?」


荒々しく地下に流れこんできた義勇兵たちは、打ち据えられた姿で、一人牢に閉じ込められた私を見ても、同情などはしなかった。


「なんで女が一人でいるんだ!?」


「知るか、どうせなにかやらかしたんだろう」


「貴族には変わりない!殺そう!」


義勇兵は私のことを知らなかった。しかし興奮する彼らに自分が義勇軍側の人間であることを、エルドたちと並ぶ発起人の一人であることを告げても、すぐに信じてはもらえないだろう。


(まずい)


どう切り抜けたものか。とにかくエルドたちに会わなければ、私の立場を証明することは難しい。


「――――やめろ」


盛る兵士たちを押しとどめてくれたのは、まだ十代半ばと見える少年兵だった。


「闇雲に殺すなと団長たちが言ってたじゃないか」


少年は地下に降りてきた兵士の中で、最も血と泥にまみれていた。


「こいつらはみんなちゃんと裁判にかけるんだ。誰がなにをしたやつなのかはっきりさせないと、みんな自分の復讐がきちんと果たされたのかわからないだろ」


汚れているだけではない。少年の瞳は、誰よりも暗く淀んでいた。

私はその瞳にどこか見覚えがあるような気がしたが、どこで見たのか、はっきりと思い出すことはできなかった。

いずれにせよ彼の一声で、私は救われた。

兵士たちは地下牢に私以外の人間がいないことを確かめると、戦場へ戻っていった。







その後、地下牢には捕えられた貴族たちが続々と放り込まれるようなった。

どうやら城は完全に義勇軍の手に落ちたらしい。私の夫や大公、国王の側近たちが次々と連行され、牢の中は瞬く間にすし詰めとなった。

牢に入れられた貴族たちは誰もが少なからず暴行を受けており、中には牢に入れられて間もなく死んだ者もあった。

義勇軍は容赦がなかった。しかしこれまで彼らが受けてきた仕打ちを考えれば当然の報いともいえる。同じ房に入れられた私の夫も、額から血を流し、鼻があらぬ方向に曲がっていた。奪われたのか、脱げたのか、自慢のコートも革靴も身に着けていない、みずほらしい姿をしていた。虚栄を絵に描いたような男は、いまや人目も気にせず房の隅で頭を抱え、どうして私が、なぜこんな目に、とうわ言を呟くばかり。


(なんて脆いんだろう)


私は伴侶である男の転落を冷笑した。これまで使用人たちにしてきたことを考えれば、まだこの程度の仕打ちでは甘いとさえ思った。


(やりなおす前の私は、こんな卑小なものに怯えていたのか)


夫は権威以外になにも持っていなかった。夫だけではない。この牢に追い込まれたほとんどの貴族が、権威だけを頼りに生きてきたのだ。

私たちは目に見えないその力に怯え、家畜のような扱いを受け入れてしまっていた。

社会制度とは恐ろしい。本来人間が秩序を持って共存するために作られたものだったはずなのに、支配者次第でこうも歪んでしまうとは。

けれど歪んだ社会は長く持たない。

私は子供のように怒り狂い、泣きわめく貴族たちを見て、革命の成就を痛感する。


(虐げられてきた人々にこの光景をみせてやりたい)


飢えた赤子に、首をくくるしかなかった一家に、凌辱された娘たちに、行き過ぎた折檻で命を落とした数多の使用人たちに、貴族たちの末路を知らせてやりたい。


(これを見れば、彼らの魂もすこしは慰められるだろう)


息の詰まるような牢獄の中で、私の心はかつてないほど晴れやかだった。

国王の処刑を見る前に、エルドの勝利宣言を耳にする前に、私は革命の成就をありありと実感していた。


(すこしもったいないかもしれない)


私は緩む表情を、こみ上げてくる喜びを必死に押さえつけた。


(勝利に浸るのは、エルドとバルディの無事を確かめてからだ)


私は昂りを抑え、静かに迎えを待った。

この感動を分かち合える、唯一の友の到着を。







騒がしかった牢の中は、次第に静まっていった。

夫は隣に佇む私に目もくれず、ただ己の不幸を嘆き続けていたが、気づけばその声は羽虫のように小さくなっていた。

『天使の涙』が切れているのだろう。激しい倦怠感と眩暈のために、立ち上がることもできなくなっているようだった。

牢の中のほとんどの貴族は、夫と同じように『天使の涙』の副作用に苦しんでいた。

恨み言交じりのうめき声がそこかしこで響く。見張りの兵に無実を訴える者もいるが、もちろん取り合ってはもらえない。兵は『天使の涙』を差し入れるどころか、パンのひときれ、水の一杯寄越そうとはしない。

まる一日が経つ頃には、地下牢はすっかり静まり返った。

誰もが声を出す力を失っていた。

代わりに満ちたのは強烈な悪臭だ。汗と糞尿、苛烈な暴行を受けて息絶えた者の死臭で獄内はいっぱいになった。

私も、徐々に衰弱していった。

他の者たちとちがい、私はもうまる二日、飲まず食わずで牢に閉じ込められている。大したことはないと思っていた打撲がいまさらになってひどく疼き、自力で立ち上がることもできなくなっていた。

それでもなお、私は穏やかな心持ちを保っていた。

やりなおす前の世界で、革命が頓挫し、捕らえられたエルドたち三人も、同じ城の地下牢に入れられたと聞いている。そこで処刑当日まで酷い拷問を受けていた、と。

私はいまようやく、三人と対等の場所に立つことができたような気がした。

やりなおしたこの世界で、やりなおす前の三人と同じだけの苦痛を負った。

そして今度こそ私たちは四人で悲願を果たす。


(私たちの革命は成功したのだ)


罪人たちが蠢く暗闇の中で、私は一人歓喜に浸っていた。


(はやくみんなに会いたい。)

(エルドとバルディとエリナと、この喜びを分かち合いたい)


私はそのときを待ち続けた。

けれどいつまで待っても、迎えはやってこなかった。







城が陥落して二日目、ようやく私は牢から出された。

エルドとバルディが迎えにきたわけではない。他の囚人たちと共に、裁判のために連れ出されたのだ。

私たちは玉座の間に引き立てられた。荒れ果てたその広間に国王の姿はなく、壇上に置かれていた玉座さえ撤去されていた。

玉座のなくなった壇上には、エルドとバルディが立っていた。

私の想像とは異なり、二人は他の兵士たちと同じように汚れた甲冑をまとい、少なからず負傷していた。エルドは右足を引きずっており、バルディは左目を包帯で覆っている。それでも堂々と貴族たちの前に立つ姿は立派だったが、私は心配でたまらず、列を抜けて二人のもとへ駆け寄ろうとした。


「動くな!」


しかし近くにいた兵士に肩をつかまれ、手枷をつけていた私はろくな受け身もなく倒れてしまう。周囲の兵士たちの嘲笑がさざめく。遠い壇上に立つエルドとバルディは、倒れた私に目を向けたが、眉ひとつ動かすことはなかった。遠すぎて、私が誰かわからないのだろう。あるいはみずほらしい姿の女がヴェラだと、私だと認識できないのかもしれない。

私はエルドとバルディの名を叫ぼうとしたが、うまく声が出なかった。

二人は私に気づいていないだけ。

そうわかっているのに、なぜか胸に刺すような痛みが走った。

一列に並べられた貴族たちは、一人ずつエルドとバルディの前に引き立てられ、自分の名を告げるよう命じられた。なおも高慢な態度を崩さず、命令に背こうとする者もあったが、突き立てられた刃と、差し出された一杯の水を前に、最後は誰もが屈した。

どうやら捕えた貴族はひとりひとり裁判にかけるらしい。エルドらしいといえばらしいが、そんな手間をかけずとも、この場に罪のない人間など存在しない。誰も彼も、民を虐げ、私欲に溺れ、貴族の義務を忘れ、快楽を貪り、虚栄で肥え太った揚げ句、わが身を守ることすらできなくなった畜生どもだ。全員極刑がふさわしい。

しかし冷静に考えてみれば、嬲り殺しにしてしまうのは周辺諸国への体裁が悪い。刑法に則らなければ、国際社会からこの独立を認めてもらえなくなるかもしれない。

やはりエルドは賢明だった。その後の不都合を理解してなお、全員すぐさま処刑してしまえと考える私とは、比べものにならないほどに。




「――――次!」


長い時間をかけて、ようやく私の番がやってきた。

私は差し出された水を拒み、恭しくエルドに跪いた。


「……ヴェラ?」


やはりこの場にいることに気づいていなかったらしい。エルドとバルディは私を目にしたとたん、血相を変えて駆け寄ってくる。


「どうして君がここに!?」


「無事だったのか!」


「酷い姿だ……すまない、気づくのが遅くなって……」


「ずっと探していたんだ。どうしてはやく声をあげてくれなかったんだ」


エルドは私の手枷を解いてくれる。バルディはたくましい腕で、私を抱え上げてくれる。


(終わったんだ。ようやく)


そう思うと気が抜けて、意識が遠いた。

私は大好きな人の腕の中で、ゆっくりと意識を手放した。

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