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第十一話『よくある話』

初めての報復



ユダリアは農民の娘だった。

革命運動初期からの参加者で、主に傷病人の手当てを行う看護婦の役を務めていた。気立てがよく働き者の娘で、私たち四人も一目置いていた。革命運動が本格化し、義勇軍が立ち上がるころには、中核メンバーの一人にさえ数えられるようになっていた。

武力衝突が増えると、彼女は衛生兵として義勇軍の後援につくことが増えた。そこでバルディとの仲を深め、二人は一時、恋人であったという噂もあった。

真実はわからない。私はそのころにはもう修道院に入れられていて、現場を目にすることはできなくなっていたから。

エリナは二人の間柄は同士以上のなにものでもないと否定したが、少なくともそういう噂が流れる程度には仲がよかったのだろう。いずれにせよ私は既婚の身だった。その上で修道院に封じられていた。なにを言える立場でもなかった。

やりなおしたあとのこの世界でも、二人の関係は同じように親密だった。

バルディから送られてくる手紙には、たびたび彼女の名が登場した。有能であること、自分を助けてくれたこと、私とも気が合いそうなこと、文体こそいつものそっけないものだったが、筆が乗っているのは明らかだった。彼女のことを書くバルディの字は軽やかで柔らかかった。

私はいまも既婚者だ。例え革命が成功しようとも、バルディと結ばれることはない。穢れたこの身を彼に触れてほしいとは思わない。

それでもやはり、彼が他の誰かと結ばれると思うと、苦しかった。応援することはとてもできなかった。

ユダリアがどれだけ清く美しい娘だろうと、私は祝福することはできないだろうと思っていた。二人の結婚式は、仮病を使ってでも欠席しようとさえ考えていた。

ところが、ユダリアは裏切者だった。

バルディの思いを踏みにじっただけじゃない。はした金のために義勇軍を売って、多くの兵士を死に至らしめた。

絶対に許せない、と思った。

革命を頓挫させかねない裏切りに対する怒り。バルディに想われていたにも関わらず、という嫉妬。

なにより、やりなおす前の世界で三人を死に至らしめた、という憎しみ。

そう、彼女はおそらく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


やりなおす前の世界で革命が失敗した要因はさまざまだが、その決定打と考えられるのが、内通者による情報の漏洩だった。

義勇軍の作戦はことごとく先読みされ、戦線は瓦解してしまった。


(……ユダリア)


あの女に違いない。

あの女は三人の処刑の原因を作った。

そしてまた、やりなおしたあとのこの世界でも、私たちを裏切った。


(殺さなければ)


私はすぐ行動にでた。まずエリナに手紙を出し、ユダリアに内通の疑惑があることを明かした。それから真実を確かめるために、ユダリアと話す機会を設けてほしい、と頼んだ。


「エルドとバルディには秘密にしてほしい」


私は手紙の末尾にそう付け加えた。


「二人にとって彼女は信頼のおける仲間のはず。もし彼女が本当に裏切っていたら、きっと二人はショックを受ける。だからまずは、私と彼女だけで話をさせてほしい」


エリナはすぐに了承の返事を送ってくれた。

待ち合わせはエリナの暮らす修道院。やりなおす前の世界では、私の暮らす場所でもあった。







人目を避け、真夜中に訪れた修道院は、静まり返っていた。

月明かりに照らされた十字架を前に、私は神に祈ったときのことを思い出した。


やりなおす前の世界。三人の処刑を見届けた後、修道院に連れ戻された私は、ここで酷い折檻を受けた。そのときの傷はいまのこの身体にはない。けれど痛みは、はっきりと覚えている。

まったく大したことのない痛みだった。

鞭打ち百回。たったそれだけの傷で、どうして私は立ち上がることもできなかったのだろう。

エルドは、エリナは、バルディは、戦いの中でもっと酷い傷を負った。もっと辛い目にあったというのに。たかが老いた修道者の鞭打ちで動けなくなってしまうなんて。私は非力な過去の自分を思い出し、うんざりした。

あんな思いはこりごりだ。

私は胸に潜めたナイフに触れる。


(やりなおす前はみんなが全部やってくれた)


今度は私が、全部をやる番だ。







「貴方は……?」


エリナに連れられてやってきたユダリアは、記憶にある姿よりいくらか痩せていた。

いつも朗らかな笑みを浮かべている女だったが、表情は硬く、視線も鋭い。突然の呼び出しに警戒しているのか、それとも義勇軍での苦労が単に顔に現れているだけなのか。


「彼女はヴェロニカ。その……私の友人なの」


やりなおしたあとの世界で、私とユダリアにはまだ面識がなかった。だからエリナは私のことを、ただ友人とだけ紹介した。

貴族社会に潜り込む、つまり義勇軍側の内通者である私は、革命運動のメンバーであることが公になっていない。エルドとバルディ、それからエリナ以外の人間にとって、私はただの貴族、義勇軍の敵だった。


「どこかでお会いしたことがありますか?」


聡い女だ、と思った。

私はたしかに身分を隠して革命運動の会合に参加したことが何度かある。しかしもう何年も前の話だし、平民に変装もしていた。会合の中で何か発言をすることもなく、とにかく目立つ振る舞いは避けていた。この女とは挨拶を交わしたことさえない。それにも関わらず、女は私を覚えていた。


「よく覚えているわね」


私は正直にそう言った。


「革命運動がまだほんの小さな火種でしかなかったころ、私たちは何度か同じ会合に参加したことがあるわ。私と貴方は黎明期の仲間といっていいかもしれない」


そう、初めは仲間だと思っていた。

嫉妬はあれど、バルディが見初めた女を、悪く思いたくはなかった。それがまさか、こんな裏切りにあうとは。


「でも……貴族ですよね?」


「貴族だって全員が悪人とは限らないでしょう。現に革命運動を指揮するエルドは貴族なわけだし」


「エアハード様は爵位を剝奪されています。ですが、貴方様は……」


「内通者なの、私」


女は瞠目し、小さく一歩、足を引く。

私は一歩前に出て、女が置いた距離を間髪入れずに詰める。


「私は貴族だけど、革命の同志よ。未だに貴族でいるのは、義勇軍に有益な情報をもたらすため。正規軍の動向や、貴族たちがこれから行おうとしている報復措置の内容、それから義勇軍を裏切って情報を売る屑がいることなんかを、私は義勇軍に教えてあげているの」


女はかすかに足を浮かせたが、再び足を引くようなことはしなかった。

女は視線をエリナに向け、騙したんですね、と言った。


「弟が見つかった、っていうのは、嘘だったんですね」


友好的とは程遠い、冷たい口調だった。

どうやらエリナは、女にとってなにか重要な事案を餌にしたらしい。


「ごめんなさい」


私が口を開く前に、エリナが詫びた。


「周囲に気取られないよう貴方を呼び出すには、これしか方法がなかったの」


「……エルフリーナ様でも嘘をつくことがあるんですね」


「本当にごめんなさい」


エリナは心底申し訳なさそうに頭を下げる。

ユダリアは突き放すように、かまいませんよ、と言った。


「逆の立場なら、私も同じことをしたと思いますから。行方不明の弟が見つかったと知らされれば、私は一目散に駆けつけますし、バルドリックとエアハード様もそれを止めることはしないでしょう」


「二人はここに来てないのね?」


私が聞くと、ユダリアはなにもかも諦めたような、覇気のない顔つきで頷いた。


「ええ。私はここに一人できました」


「なぜ呼ばれたかわかる?」


「さあ」


ユダリアは乾いた薄笑いを浮かべた。


「まったく心当たりがありません」


白々しい。

私は口をつきかけたその暴言をどうにか飲み込み、エリナの肩を叩いた。


「あとのことは二人で話すわ。エリナは外で待っていて」


「でも……」


「私一人で大丈夫よ。それに、この場を設けてもらっておいてなんだけど、貴方は部外者じゃない」


エリナの表情が強張る。

きっと彼女は深く傷ついただろう。

私も胸が張り裂けてしまいそうになる。やりなおす前の世界で、修道院に封じられた役立たずの私を、それでもエリナは仲間の一人として認めていてくれた。私は彼女の優しさに何度も救われた。それなのに、立場が逆転したいま、私はエリナに優しくすることができない。

私はエリナを突き放さなければならない。革命の火の粉が届かない場所へ。かすかな血飛沫とも無縁の安全地帯へ。


「エリナは革命運動とはなんの関わりもないんだから。協力には感謝するけど、ここから先の話を聞く権利はないわ。ここから先の話に口を出す権利があるのは、革命のために働く仲間だけよ」


「……そうね」


エリナは踵を返し、聖堂から出ていった。


(ごめんなさい)


私は届かぬ声で詫びる。

でも、これは確かに、やりなおす前の世界で貴方が望んだことだから。

私はエリナを突き放す。革命の熱にあてられることのないところまで。血の臭いが届かない遠くまで。


「ずいぶん冷たいんですね。エルフリーナ様だって、修道女とはいえ、私たちと同じ革命を目指す仲間なのに」


()()()?」


私は笑顔で首を傾げる。


「はした金のために仲間を売ったお前のような女が仲間だと?」


すべてを悟っていたのだろう。

改めて裏切りを指摘されても、女は動揺を見せなかった。


「迂闊でした。まさか革命に加担する貴族がいたなんて」


「この革命はエルドとエリナと私、そしてバルディがはじめたものよ」


バルディの名を聞いた女は、眉間にしわを寄せた。

その瞳に浮かぶのは、思慕の揺れではなく、侮蔑の念だった。


「このことは、まだバルドリックには伝えていないんですね」


「ええ」


「なぜですか?」


「いくつか聞いておきたいことがあったからよ」


私は胸に手をあてる。そこに潜められた剣は、氷のように冷たい。

あるいは、それに触れる私の手が、炎のごとく燃えているか。


「黎明期から革命運動に関わっていたのに、どうしていま裏切るような真似をしたの?革命の成就はもう間もなくだというのに。そのとき内通者だった自分がどうなるかなんて、容易に想像がつくでしょう?それともばれないとでも思っていたの?火事場での金稼ぎを狙って、今日まで運動に参加していたのかしら?」


「裏切るつもりがあって革命運動に参加したわけではありません」


女は淡々と答えた。


「私の家は税を払えず離散しました。私は売春宿へ、父母は炭鉱へ、弟はどこかの貴族の屋敷に売られたそうです。もう長いことろくにものを食べていなかった父母は、炭鉱に入って数日で死んだそうです。弟がどこにいるのかは今でもわかりません。生きているのかさえ……」


ユダリアは凍った表情を、憎悪に揺れる瞳を、私の後方に吊るされた十字架へ向ける。


「私は売春宿を逃げ出しました。毎日数十人の相手をさせられて、与えられるのは固いパンひとつだけ。客と店主からは毎日暴力をふるわれます。病気にかかるとさらに場末の宿に送られます。娼婦の未来は、病気で死ぬか、暴力で死ぬか、自殺するか、その三つしかありませんでした。だから殺される前に逃げたんです。そして逃げた先で、革命運動に出会いました。――――貴族たちを改心させ、私たち農民の生活を向上させる。そんなことできるはずがない、夢物語だと思いました。だってそうでしょう?私はまだ家族四人で暮らしていたころから、毎日神に祈っていましたが、ついに生活が良くなることはなかったんですよ?神にも果たせないことがなんの身分も持たない私たちにできるはずがないじゃないですか。いえ、私はそのころ、もはや神の存在を信じなくなっていましたが。だって、なんの罪も犯していない私たちがこんなに酷い目にあっているのに、神は助けてくれませんでした。私たちを見捨てる神なんて、存在しないも同然じゃないですか」


悲惨な話だった。けれど私は同情しなかった。

革命運動に参加する人間は、大抵似たような経験をしている。私たちは傲慢な貴族による支配を、理不尽な搾取を、それによって引き起こされる際限のない悲劇を終わらせるために立ち上がったのだ。

それなのにユダリアは貴族に加担した。自分からなにもかもを奪った貴族相手に、義勇軍の情報を、百人の仲間の命を売り渡したのだ。

どんな過去があろうと、この女が犯した大罪は許されない。

神様がこの女を救わなかったのは、この女がいずれ大罪を犯すことを知っていたからだ。

そして神が私に奇跡を授けたのは、神に代わってこの女を罰するためだ。


「革命も神も信じていないのに、なぜ運動に参加したの?」


「バルドリックがいたからです」


ユダリアは視線を十字架から私に戻す。


「私はあの男が夢破れ無残に死んでいく様をみるためだけに、革命運動に参加しました」

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