第十話『繰り返された裏切り』
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凄惨な報復があっても、義勇軍は解散しなかった。
怖気づく者もあったが、ここで引いてもさらなる重税と圧制があるだけだと、人びとは奮起した。なにより指導者であるエルドとバルディが拳を下ろさなかった。二人は、今や人びとの希望そのものだった。
「屈するな!後ろにもはや道はない!」
「ただ一揆や反乱ではない、本当の革命を始めるんだ!」
「飢えて死ぬより、黙って殺されるより、戦い抜いて死のう!」
「奪われたものを取り戻すんだ!」
「これ以上なにも奪わせるな!」
二人の鼓舞に義勇軍は奮い立った。
義勇軍は目標を王都陥落に定めた。それまで襲撃先は行政所がほとんどだったが、国王軍の駐屯地や領主の屋敷といった場所にも向かうようになった。
地方の駐屯兵と義勇軍とでは気迫が違った。義勇軍の誰もが命を捨てる覚悟で戦いに挑んでいた。義勇軍にあったのは数の利と士気の高さだけだったが、それでも兵を圧倒するには十分だった。
ひとつの駐屯兵団を落とすと、武器と糧秣が手に入った。それを用いてまた別の駐屯兵団を落とした。場数を踏んだ分だけ兵も鍛えられ、統率力が増した。
義勇軍は順調に玉座に迫っていった。だが王侯貴族たちもただ手をこまねいているだけではない。王都に近づくにつれその守りは厳しくなり、やむなく敗走することも増えた。
(……内通者がいる?)
私がそれに気づいたのは、義勇軍の一団が渡っていた陸橋が、潜伏していた国王軍の兵士によって落とされるという事件が起きたからだった。
国王軍の作戦にしてはあまりにも周到過ぎた。なぜならその橋で落とされた一団は、後に続く大攻勢の先遣隊として王都を目指していたからだ。当然作戦は極秘のうちに進められ、先遣隊の移動も日の落ちた夜更けに行われていた。
なにより彼らが使った橋は老朽化で打ち捨てられたものだった。街道から離れており、近くの村落の住民しか使わないようなさびれた橋だった。
義勇軍の占領地域から王都へ向かうには大きな川を越えなければならないが、川にかかる橋は無数にある。街道から伸びる大陸橋に狙いを定めるならまだしも、なぜ国王軍はその小さな橋に目をつけていたのか。
(義勇軍がここを通ることをあらかじめ知っていたからにちがいない)
そして情報が漏れたのは、義勇軍の中に内通者がいるからだ。
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内通者を炙り出すのは簡単だった。
私が革命運動の参加者であることはまだ露呈していない。貴族社会の中で、私は影の実力者という立場を確固たるものにしている。天使の涙を牛耳る伯爵家の夫人。エルドやバルディ、革命運動の中心人物と幼馴染であることは知られているが、私は今のところそれと関りがあるとは思われていなかった。私は彼らと表立って交流をとっていなかったし、実際に直接会うこともなくなっていたから。
私はもうずいぶんと彼らと距離をとるようになっていた。連絡はもっぱら入念に手配した密書によるものだけで、週に一度程度だった。それでもエルドとバルディは義勇軍の状況を詳細に報告してくれた。私も貴族社会の中で革命のために戦っていると信じて。
私はたしかに戦っていた。義勇軍に有利な情報を流し、『天使の涙』をたたき売ることで貴族社会をより深刻な中毒へ導いた。けれどそれはエルドとバルディの望む戦いではなかっただろう。差別を煽り、井戸に毒を投げるような私のやり方を、彼らが称賛することは決してない。
けれど、それでいいのだ。
私には称賛なんて必要ない。革命の果たされた、三人が生き残る未来さえあればいいのだから。
貴族社会における私の表向きの立ち位置は、いち伯爵夫人に過ぎなかった。けれど『天使の涙』の取引をする中で、貴族側から見た義勇軍の動向は逐一耳に入ってきていた。それこそ軍の上層部、官僚クラスの人間しか知りえない情報を。私はそれをエルドたちに流していたが、同じように義勇軍の中からも貴族たちに情報を流している者があったのだ。
――――なぜ橋の奇襲が成功したのか?
私は『天使の涙』の上客である正規軍の師団長に問いかけた。
『天使の涙』で酩酊する師団長は、ある女の名をあげた。
義勇軍に属するその女は、これまでも何度か情報を売ってきた。はじめは真に受けなかったが、後で調べると女の寄越す情報はどれも正確だった。義勇軍の次の襲撃場所、日時、作戦概要など、女が持ち込んでいた情報通りにことは起こった。
師団長はそれでもすぐに女を信用することはせず、何度か情報を買い、それに合わせて軽微な兵の調整を行った。襲撃が予想される地点に、他が手薄にならない程度に兵を回し、義勇軍の糧秣を運んでいるとされた馬車を徴収した。
思い返せば、橋の奇襲の前にも、そうした小さな作戦の失敗があった。私は自分がそれらを偶然だと気に留めなかったことを悔やんだ。この時点で気づけていれば、橋上の奇襲という大損害を被ることもなかったのに。
師団長は『天使の涙』に頭まで漬かっているが、生来の慎重さは失わなかったらしい。検討を十分に重ねたあとで、女の情報を本物だと認め、五十名からなる義勇軍の先遣隊を奇襲する作戦を立てた。
作戦は見事成功した。女の存在も、まだ義勇軍には露呈していない。非の打ちどころのない完璧な勝利といっていいだろう。
しかし二度目はない。
私は師団長に大量の『天使の涙』を贈った。通常より茶葉を細かく刻んだ特別ブレンドだ。効き目は強烈で、ふつうの茶葉では二度と満足できなくなる。一口飲んだが最期、師団長はもはやその職務を全うできなくなるだろう。
何も知らずに、師団長は私に礼を言った。
私も師団長に心から感謝した。
裏切者を教えてくれてどうもありがとう、と。
私は内通者の女を知っていた。
ユダリア。
その女はやりなおす前の世界でも、私たちを裏切っていた。




