第九話『正しい未来へ続く橋は一本だけ。ならばそれ以外は、すべて切り落としてしまわなければ』
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私の目指す革命の終着点は、王位の簒奪と議会の開放だった。
社会を一新させるために、旧体制は破壊しつくされなければならない。社会の形を大きく変えるためには、土台ごと入れ替えなければならない。同じ土台を利用すれば、きっと同じようなものにしかならないだろうから。
そのために、国王とその親族は残らず処刑する。不当な重税を強いていた官僚一同も、地位と資産をすべて没収した上で重刑に課す。
これまで貴族たちが平民に強いてきたことを考えれば、やりすぎでもなんでもない、当然の帰結だ。
義勇軍の代表として、エルドは国王に対話を求めた。税制の見直しを訴え、農民の議会参加を認めるよう迫った。
けれど国王は聞く耳を持たなかった。
埒が明かない、と、私たちは武力行使に出た。地方の官庁を占拠し、有力貴族の屋敷に火を放った。私が偽の襲撃情報を流したので、正規軍の対応は後手に回った。義勇軍は勢いづいた。相手が暴力で怯むと知ると、もはや対話など求めなくなった。義勇軍のほとんどの人間が、革命は武力によってのみ為されると考えるようになった。
それでも、なおも、エルドは平和的解決を諦めなかった。
「暴力によって勝ち取った革命では、その後の秩序も暴力によって保たれることになる」
それがエルドの懸念だった。
「支配者が貴族から力のある農民に代わるだけだ。それこそ革命でもなんでもない。ただ首が挿げ変わっただけ。社会はなにも変わらない」
そうかもしれない、と私は思った。
それでも負けるわけにはいかなかった。
革命はすでに始められてしまった。いまさら後に引くことはできない。いまここで引けば、あるいは妥協すれば、私たちはまた同じ道を辿ることになる。
このまま運動が長引けば、貴族たちは対話に応じるかもしれない。しかしおそらく、それは見掛け倒しに終わるだろう。
彼らは一度自分の顔に泥を塗った私たちを決して許さない。歩み寄ったと見せかけて、こちらが武装を解除したところで掌を返すだろう。首謀者のエルドは間違いなく極刑に課せられる。エリナも、バルディも、私も、決して無事では済まない。
だから私たちは勝たなければならない。
私たちの敵を一掃し、完全な革命を成し遂げなければならない。
例え革命後の世界がいまより酷いものになろうとも、三人が死んでしまう未来よりはずっとましだから。
だから私はエルドに理解させなければならなかった。
暴力の他に、現状を打破する道はないのだ、と。
貴族がいかに腐敗しているか、いかに生きるに値しない存在なのか、彼に骨の髄までわからせてやらなければならなかった。
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「報復措置が必要ですね」
爵位を失ったエルドに代わって侯爵家の領地を治めるようになった男に、私はそう耳打ちした。
「襲撃を恐れての宥和策など愚劣です。我々は断固たる態度を示さなければ」
新興貴族の嫡男であるその男は、『天使の涙』の中毒者だった。
誘導は、糸を操るよりも容易かった。
「このままでは私たちの生活が危ぶまれる。これ以上税収が減れば『天使の涙』を買うお金だってなくなってしまいますよ?今のうちに、きつく灸を据えて、わからせてやらないと」
男はすぐさま行動に出た。
彼は領地の中で最も革命運動に傾倒している村へ赴き、村民を虐殺した。
百人の村人が、老若男女問わず殺され、その遺骸は見せしめとして晒された。
それが皮切りとなった。
各地で報復措置として、領主による領民の虐殺が行われた。
義勇軍への対処は、それまで貴族間で意見が二分していた。
宥和策か、強行策か。
統制をとるため、国王は貴族たちがそれぞれの領地でどちらかに寄った振る舞いをすることを禁じていた。故に独断で行動した男は厳しく罰せられた。
しかしこれで方針が固まった。
一度強硬策に出ると宣言した者が貴族から出たのならば、残りもそれに倣わなければならない。
そうして、国王自ら、義勇軍に対し宣言を行った。
「投降すれば命だけは助けてやる。ただしこれからも活動を続けていくのであれば、お前たちの家族の命は保証しない。それどころか無関係な隣人の死も、お前たちの責任となる」
宣言通り、各地で村が焼かれた。
罪なき農民が見せしめに殺された。
そのほとんどは税を滞納していた貧村だった。革命運動に加わる力さえ持たない、もっとも弱い人々が報復の標的となった。
義勇軍は怒り立った。バルディはもちろん、エルドもまた、これを受けて貴族に見切りをつけた。
「おれが間違っていた」
かつての領地で、報復に殺された人々の墓前で、エルドは涙ながらに言った。
「やつらはみんな人間の屑だ。なにが貴族だ。あいつらはただの人殺しだ。こんなことを平然とできるやつらが、改心なんてするはずがない。目には目を、報復には報復を。やつらにはその命を持って、この虐殺を贖わせなければ!」
怒りに燃えるエルドの瞳は、しかしなおも曇りなかった。
彼は彼の正義のために侵す殺人を、罪だとは考えないのだろう。
では、私はどうだろうか。
報復の虐殺。その火種は起こしたのは私だ。
私は誰も殺していない。この手に血は一滴もついていない。けれどたぶん、真実を知れば、エルドは私を許さないだろう。
エリナも、バルディも、いくら革命のためとはいえ、私の行いを認めはしないだろう。
エルドは私を罰するだろうか。
まだ私の行いは彼らに知られていない。『天使の涙』を流通させたことも、エリナを貶めたことも、虐殺を促したことも。
私には革命後の自分がうまく想像できなかった。
いずれすべてが露見するのだろうか。それとも隠し通せるのだろうか。
あるいは、自ら告白するべきだろうか。
これがやりなおしであることを。私はすべてを知っていて、こうするほかになかったのだということを。
(……想像できない未来のことを考えても仕方ない)
私はそう自分に言い聞かせた。
革命後のことは革命後に考えればいい。とにかく革命を果たし、三人が生き残る未来を作ること。
私が考えるべきはそれだけだ。
そのあと自分がどうなるかなんて、どうだっていいことじゃないか。




