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青空モール 怪異相談室(特別編) ~相棒ピィちゃんの綴り書き~  作者: いろは えふ
一章

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7/22

綴り書き 壱ノ七

 強引に曇天を引きずり、ヨウムはベッド下の穴へと飛び込む。


「ああ。忘れていたわ。お喋りなチーフに私の名前を聞いて。青鬼へ伝えるからと知らせて頂戴。期限は次の満月まで……ああ。ベル……どうか……無事に……」


 胸の前で手を組み、女性はすっと目を閉じた。


 穴の中は滑り台のようになっており、そのまま海中へと曇天とヨウムは投げ出される。身体能力が底辺の曇天は溺れている。慌ててヨウムが助け上げ、砂浜へと転がった。


 砂浜の奥には豪華客船と思われる沈没船が打ち上げられている。


「ぷはっ! おい、曇天! 大丈夫か? 息してるかっ!?」


 指先の一つも動かさない。ヨウムは真っ青になり、焦って曇天の身体を揺すった。


「動き過ぎてもう動けません。それに、すこぶる眠いんです。おんぶしてください」

「し、心配したじゃねぇかっ!」

「面倒くさくて息するの忘れてました」

「おぉいっ!」


 砂を踏みながら駆けて来る足音。身体を徐に持ち上げて髪をかき上げた曇天は目を凝らす。


「だ、大丈夫ですかっ! お客様!? この時期でも夜の海水浴は危ないですよ。当ホテル自慢の塩分泉。若返りの湯で是非身体を温めてください。さあ、早く! 風邪を召されては大変です」


 駆けて来たのは紅髪碧眼のホテルの支配人。紅人だった。心配そうに曇天とヨウムを見つめながら左手を差し出して来る。警戒するヨウムを制し、その手を左手で取り、立ち上がる曇天。


「すみません。少しはしゃぎ過ぎてしまったようです。温泉。案内して頂けますか? それと、仕事を思い出したので明日帰りたいのですが、天桜港へ帰着する便は何時でしょうか?」

「おや? もうお帰りになられてしまうんですか? それは大変残念です……天桜港へ帰着する明日の便でしたら……」


 スーツのポケットからフェリーの時刻表を取り出し、左手で捲りながら丁寧に説明をする支配人。支配人を眺めながら、曇天は自分の左手を見つめている。


「水仕事。もしくは、海で何か作業をされていましたか?」

「いいえ。していませんが」

「随分と冷たかったので」

「ご不快な思いをさせて申し訳ありません。この年になると中々冷え性も治りませんで……」

「貴方も左利きですか?」

「ええ。たまに不便ですが、生まれつきなのでこればかりは」


 頷き、手をすり合わせる支配人は、どう見ても20代前半なのだが。


「失礼。少し電話をしても? ここに迎えを寄越します」

「構わねぇよ」


 ヨウムが答えると、支配人は左手でスマホを取り出し、電話を掛け始めた。


「ああ。海影(うみえ)さん。今大丈夫ですか? 海岸へお迎えをお願いします。お客様が海で転んでしまわれたようで。お風邪を召すといけませんから上着を持って来てください。直ぐに温泉へご案内お願いしますね」


 支配人が電話を切ると、数分もせずにチーフ従業員の海影が現れた。無言で曇天とヨウムを案内する。案内された温泉は灯台の屋上部の一角。時間のせいか客は疎らだ。


 男湯の暖簾の前に立ち止まり、海影は深々と頭を下げる。


「さ、佐藤様っ! さきほどは大変申し訳ありませんでした。旦那様の手前仕方がなく……お怪我は……大丈夫ですかっ? 申し訳ありません……申し訳ありませんっ……っ……ううっ……」

「てめぇ、何してくれてんだよっ! コイツ死ぬとこだったんだぞ! あんなのっ、おもてなしと真心とは正反対の行動じゃねぇかっ!」


 両肩をぐいっと持ち上げ、詰め寄るヨウムを曇天が首を振り、胸元に抱えてやんわりと制す。嘴や顔周りを撫でられると意に反して、ヨウムの身体の習性で少し落ち着いて来てしまうのが情けない。


「地下牢のあの人。恐らく奥様ですよね? 貴方に名前を聞けと言っていました。青鬼へ名前を伝えろと。どうして亡くなったなんて……」

「お嬢様と奥様を守るためです……旦那様は、ある日を境に人が変わったようになってしまわれました……その日から、みんな監視をされているんです。旦那様の理想の世界が崩れてしまわないように。私がみんなを……お嬢様をお守りしなくては……いけないんです……」


 遠くで雷が鳴る。海影はさっと顔を上げ、ドーム状の透明屋根を見上げる。視線で何かを探し、曇天とヨウムへともう一度深く頭を下げた。


「お嬢様は雷が苦手なんです。近くにいてあげないとだわ。し、失礼します」

「あ、おいっ! 名前は?」

「祠の……幽霊の呪文……」


 呟いて、海影はバタバタと走って行ってしまう。


 晴れていれば星や月、夕日や朝日もよく見えそうだ。冷えた体を温めるべく、曇天とヨウムは温泉へと浸かっていた。


「なあ。あの子放っといて本気で帰る気か?」

「僕は正義の味方でもなんでもありませんので……内輪のことは内輪で解決してもらう方がいいでしょう?」

「あの子との約束は? 青鬼、連れてってやるんだろ?」


 不機嫌そうに曇天を睨み付けて、ヨウムは曇天の耳朶を引っ張る。


「この村に本物は恐らく二つしかありません。僕には手に余る案件です」

「でもよ。同種の気配がやたらこの村多いんだよ。一つはアンデルセンの女店主。多分、悪魔の監視役を任されてるグレモリーだ。アイツはあくまで監視役だから、関わって来る可能性はねぇ。放っといても大丈夫だろ。けど、気になんのはあと二つ。一つにオレの大っ嫌いなアイツの気配もすんだよな。この村、異様に小鳥が多いだろ? 派手好きなアイツの仕業と思うんだよ。もしもアイツなら、絶対ぇお嬢ちゃんが危ねぇ。精神攻撃を得意とする悪趣味なヤツだしな」

「また悪魔ですか? なんなんです? 貴方たち。揃いも揃って暇なんですか? 貴方の都合に僕は関係ありません」


 引っ張られた耳朶を痛そうに開放して、心底面倒そうに溜息をつく。ベラドンナオイルの小瓶の店、アンデルセンの女店主が悪魔であれば、同種のヨウムが喋っていても違和感を感じていなかったことには納得だ。曇天はそのまま湯船から上がろうとしている。


「放置は気分よくねぇなあ……オレたち相棒だろ?」

「勝手に貴方が憑いてるだけじゃないですか」

「お前は危ういから、オレが見張っておいてやらないとな」

「だから、余計なお世話だと何度も……」

「怪異解決しねぇと、お節介なオレと離れらんねぇんだろ。お前?」


 ヨウムの言葉に不服そうに唇を引き結ぶ曇天。その表情にピィちゃんはニカっと笑みを零す。


「それ、美味しいですか?」

「味はしねぇなあ。冷たくて美味い気はする。曇天も飲むか?」

「いえ、僕は結構です。黄泉の岩戸が閉まるのは……ね?」


 はたと動きを止め、ヨウムはガタガタと震えだす。


「ややや、ヤバイッ! お、オレ……飲んじまった……」


 先ほどの仕返しが叶ったとばかりに曇天は意地悪く微笑んだ。


「思い出しましたか? まあ、元から地獄の住人の悪魔ならば大丈夫なのでは?」


 夕食時の会話を思い出し、焦ったピイちゃんは、ドライヤーで羽を乾かしながら、飲みかけのフルーツ牛乳の中身を洗面台へと流す。慌てて瓶を自販機の横のカゴへと返した。

 

『逃ガ……サ、ナイ……』


「何か言いました?」

「いんや?」


 ヨウムは不思議そうに首を傾げる。遠くの雷鳴の音が近付き、風が窓を叩く。


「天気……荒れそうですね……」


 にわかに外が騒がしくなり、曇天とヨウムは脱衣所を出る。入口の窓の付近に海影。その腕に抱きつくようにしてベルが蹲っている。スケッチブックは持っていない。いつの間にか増えていた、観光客が騒いでいる。


「どうかしたのか?」

「ま、窓に幽霊がいたとお嬢様が」


 ヨウムの声を聞き、曇天に気が付いた少女が駆けて来て、腰元へと抱きつき、顔を埋めて震えている。


「私も見たわっ! 髪の長い女の幽霊よ。傷だらけで足がなかった」

「海藻が絡んでた。全身青白くて、腰から下が光ってたぜ」


 観光客が口々に幽霊の特徴を述べ、恐怖は伝播していく。


「僕は明日帰る予定なんですが……」


 首をぶんぶんと振り、涙目でしがみ付く少女の力は年齢にそぐわず強い。風雨も強くなり、轟音を唸らせながら何度もガラスドームの屋根を叩きつける。


「外がこれじゃあ流石に明日は無理だと思うぞ。嬢ちゃんもお前を絶対離さないって強い意志を感じるしな」


 振り解くのを諦めた曇天は、クソデカ溜息で脱力する。


「分かりました……やむを得ません。解決しなくても、僕を恨まないでくださいね」



 ――――7――――

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