case4.人類史の転換点
今話は前話より500文字ほど長いです。
終わったのだと、そう思っていた。終わらせることができたと自惚れていた、ともいえるかもしれない。
「終わって……ない……?」
コウは、震える声でそう呟く。化け物は、ゆっくりとこちらを向いていた。終わっていなかった。だから自分はここで終わるのだ。そう思った。
もしかして"これ"は【禁函】などではなかったのかもしれない。すべては茶番だったのかもしれない。
(そんなの、なんだっていい……。)
自分はここで死ぬのか、と思い恐怖で腰が抜ける。堅持していたこの箱も取り落としてしまって、地面にへたり込んだ。
これまでの疲労とこの恐怖で、全く動くことができず、意識も朦朧とし始める。そんなぼやけた視界の中で、化け物がこちらにゆっくりと近づいてくるのがわかった。
(潰される?吹き飛ばされる?食われる?)
曖昧な意識の中でそんなことを考える。その時突如、大きくなり続けていた爆音がひときわ大きくなるのをぼんやりと感じたと同時に、四方八方の壁が崩れて形状も大きさもバラバラな化け物たちが数えきれないほど、建物――もはや瓦礫としか言えないほど壊されているが――の中になだれ込んでくる。
コウは、あまりの振動と音に、薄れていた意識を無理やり覚醒させられる。そして、その次に来たのは困惑だった。
「なんで?避け……られてる……?」
化け物たちは、狂ったように押し寄せてくるものの、コウの周りだけは綺麗に避けていくのだ。その困惑のまま、化け物たちが進む先を見やってみると。
「あれ、あの、箱だ……!?」
コウがさっきまで持っていた箱に群がっている。そして直後、なぜか大小さまざまな化け物たちが群がっているというのに箱が見えるという不思議な状況に思い至り、驚きの光景を目にすることとなった。
「ばっ……化け物が、吸い込まれ……てる……。」
コウを迂回した化け物たちは総じて、地面に転がっているそれほど大きくもない箱に吸い込まれていたのだ。そして、自ら進んで入っていくようにも見えた。
コウは、周りを化け物の波に囲まれそんな異常な光景を眺めていることしかできない。そんな状況に、感じた困惑を深めていくのだった。
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サイトJ エリアAi警察本部
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普段、誰もおいそれと開けることをしないはずの扉が、勢いよく開かれる。そして、30代に入ったかと思われる男が一人飛び込んできた。
「成瀬凶対部長!学生が一人、三課が追跡中の少女を追って禁函区域に入ったと!すぐ救出に出動します!」
「待て、許可できん。清水課長、事前準備期間を設けず禁函区域に突入することがどれだけ危険かわかっているだろう。」
成瀬凶対部長と呼ばれた人物は、男の発言を即座に否定した。これは、それほど禁函区域という場所は危険である、ということの表れでもある。
「だからですよ!我々でも危険な場所に一学生が!」
「許可できん。今行っても君たちが無駄死にするだけだと理解はしているはずだが。」
「部長は見捨てろと!人命に優劣などありまっ……」
「当たり前だ!……だから許可できんと言っている。」
凶函対策部部長、と書かれた机の前に座る男はその机を殴りつけ、それでも食い下がる男の声を遮った。
「……。」
これ以上は反論できないようで、入ってきた男も沈黙する。そして、少し落ち着いたのか、一言断って退室した。
「……すいません、頭を冷やしてきます。失礼します。」
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「ふぅ……。」
清水 想、31歳。エリアAi警察所属警視で、凶函対策部禁函区域捜査第一課の課長というのが彼の素性だ。
「課長、また天然水ですか。コーヒーとか飲まないんです?眠くなりません?」
そう言って声をかけてきたのが渡辺 翠。彼の部下で、殺伐とした任務の多いこの課のマスコット的存在である。
「渡辺警部補……。勤務中に眠くなるわけないだろ?」
「えー、でも一度くらいは眠くなりませんか……?」
「その気持ちはわからないな。」
そう言う清水の声色は、いつもに比べていくらか覇気がなかった。
「……やっぱり、だめですって?」
「ああ……。」
「そりゃそうですよ、普通禁函区域に入るときは前一週間以上準備することになってますもんね……。」
「だからちょっと、ちょっとですよ?その子もなんてことをしてくれたんだーって、思っちゃいます。」
「彼だって、何か理由があったんだろう。」
「そりゃそうですけどね……。」
「というか、三課が追ってた子を追ってって話ですから、その子の知り合いとか?なんにせよその子のせいなのでは?」
「渡辺警部補、そういうことは言わな……」
「はいはい、わかってますよー。」
それから、数時間たって。
「課長~、緊急で招集ですって。」
「ああ、聞いてる。第一会議室だ、急ぐぞ。」
(緊急で招集……?いままで、そんな言い方されたことなんてなかったが……?)
これが、世界が変わり始める予兆だなどとは、誰も思わなかった。
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あれから、何日経っただろうか。コウは、どうすることもできない毎日を過ごしていた。そもそも、周りを調べていくうちに、なぜかここがエリアAi付近どころか、サイトJですらない可能性が高いことに気が付いてしまったのだ。なぜなら、使われている言語が違う。その辺の文字を見てみても、どう見たってサイトJで使われている日本語ではないのだ。
「多分……これロシア語……かな?なんでそんなとこに……。」
とにかく、地図があるわけでもないし、自分がどこにいるのかわからないので下手に動けずにいた。
その中でわかったことがいくつかある。
まず、あの箱は、【禁函】で間違いないだろうこと。
(あの化け物たちがこれに吸い込まれてったんだ。多分だけど、【禁函】なんだろうな。)
ちなみに、コウは何度もこれを壊そうとしてみたが、なぜか体が言うことを聞かなくなって、毎回失敗した。なので仕方なく持ち歩いている。
そして、今度こそコウにとって因縁の災害は幕を閉じたということ。
「化け物……あんなたくさん……。」
化け物が吸い込まれていく速度はものすごかったが、それでも吸い込みが終わるまでとても時間を要した。あれだけの化け物が吸い込まれていったのなら、きっとみんないなくなったに違いない。
さらに、なぜか空腹にはならないこと。
「お腹……空かないな。のども渇かないし。」
明らかに何回か夜を超えているのにも関わらず、空腹やのどの渇き、ひいては体の不調を感じることもなかった。眠気だけはやってくるので、はじめのうちは我慢していたがそのうち慣れて、今では瓦礫でできた物陰で睡眠をとることにしている。
「あと何日、こうしていればいいんだろう。」
そうして何もやることがないと、忘れようとしてもあの少女のことが脳裏をよぎる。
「うっ……おぇっ……。」
多分あの少女は、降ってきた化け物の下敷きになった。そして、死んだ。また、目の前で。死体は見なかった。探しもしていないが、あれだけの数の化け物が集まってきたのだから、食われたり、押し潰されたりしていて見つけることはできないだろうと思った。
結局彼女を助けることはできず、あの日のように自分だけが生き残った。その事実にコウはここ数日、何度も吐き気を催した。
コウにとって、孤独は身近な存在だったが耐えられるかどうかは別の問題だ。なぜ自分だけがいつも生き残るのだろう、なぜ自分は生きながらこのような苦しみを味わわなければならないのだろう。そう思いながらも、そう遠くない周辺を探索したりして来るかどうかわからない救助を待った。
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それからまた数日経ったある日。なにもすることがないこの生活にもそれなりに慣れて、少女のことを可能な限り頭の片隅に追いやって瓦礫の上でぼーっとしていた時だった。
ふと、なんだかざわつくような感覚がした。その、気になった方向を見てみると、一瞬かすかに赤い光が煌めいたような気がした。普通なら気のせいで済むかもしれなかったが、今は違った。なぜなら。
(こんな何日いても代り映えしない場所で……?)
コウはここでそれなりの日数を過ごしている。その中で、ここはあまりにも変化に乏しい場所だということが分かっていた。だから、確信はなく勘がほとんどだったが、赤い光は気のせいではないと思った。
いい予感はしないので、少し警戒してその光がした方を少し見張ることにする。
「なんだ、あれ……?」
すると、その光が見えた方向から、今度は点ではなく線を描くように赤い光が見える。その光は、徐々に鮮明になっていってだんだん何が放つ光なのかがわかるようになっていく。
「あれ……人……?」
その光の元は、服装や顔まではわからないが、何か光るものを持った人影であることが分かった。
(どうしてこんなところに人が?何のために?それより、近づいてきてる……?)
どうやらその人影の進行方向はこちららしかった。そしてあることに気が付く。
「は、速……!」
その人影は、あれだけ遠くに見えていたのにも関わらず、眺めているうちに近くまた近くと尋常ではない速度で近づいてきているのだ。その異常事態に、特にやましいことがないコウも危機感を覚えて、近くに置いていた推定【禁函】を抱え、瓦礫の山から下りる。
そして、隠れるか隠れまいかと思案しているうちに、 ”高速で動く人影”はその人相が分かるほど接近していた。
歳は三十を過ぎたほどの男で、警察の装備を着用している。両端が赤く光っている、大人の身長ほどに見える警棒らしき棒をこちらに向けて、大層驚いた表情をしていた。
(そっちが近づいてきたんじゃ……。)
なんてコウは思うが、警戒心から声にも表情にも出さない。こっちは警戒して、相手はおそらく驚いて声を出さないので、数秒の沈黙が場を支配する。その沈黙を破ったのは、相手からだった。
「君は……五木 匣くんで、合ってるな……?」
そう、どこか怪訝そうな声で尋ねられる。コウは、正直に返事すべきかを少し考えて答える。
「……はい、そうですが……。」
結局ここで警察らしき人に嘘をついてもいいことがないと思って正直に答えることにした。
「どうやって、ここまで?」
「……大きな門をくぐっていった人を追いかけてたら、突然めまいがして、気がついたらここに……この近くの瓦礫の中にいました。」
緊迫したやり取りはまだ続くようだった。
「その、追いかけていた人はどこに行ったか分かるか……?」
「……結構前の話なんですけど、この辺にもともとあった建物の中でまた会って、あとからやってきた化け物……この辺は化け物が出ると思うんですけど、その……その化け物が上から降ってきて、下敷きに……うっ……。」
そこまで説明して、あるいはさせられて、コウはまた忘れていたことを思い出して気分が悪くなり、口元を抑えた。
「顔色が……、そうか、すまない。つらいことを思い出させてしまったようだ……。」
「だが、君が生きていてよかった。どこかに隠れることができたのか?」
コウは、蒼白い顔のまま、ぽつりぽつりと答える。
「いえ……。なぜかその化け物たちは僕のことを襲わなくって……。」
「何……?奴らは今まで例外なく無差別。どういうことだ……。」
そしてまた、二人の間に沈黙が流れる。しかし、男はふと気が付いたように胸につけていたトランシーバーをとった。
「こちら清水。捜索対象の男子学生と接触。どうぞ。」
どうやら一人で来ていたわけではないらしく、一緒に来ていた仲間に連絡を取っているようだった。
数秒して、返答が返ってくる。
『こち……。捜索……をこ……、で……?すぐ……らに……います。』
相手の声は、よく聞き取れなかったが、驚いているであろうことは声色からわかった。それに対して、男がまた返答する。
「いや、彼は今、精神状態が良くない。大人数だと悪影響があるかもしれん。近くで待機してくれ。」
そして、先ほどよりも少し長い間をおいて、またトランシーバーから声が聞こえる。
『了解。』
こんなやり取りを本人に聞こえる距離でするのはどうかと思ったが、コウは聞こえなかったことにした。
男は、トランシーバーを胸に装備しなおして、こちらに向き直ると、言った。
「名乗りもせずに済まない。俺は警察の清水というものだ。」
「それで、その手に持っている物は、いったい何なんだ……?」
二人の間に、再び緊張が走った。
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