「羊飼いの少年」
だだっ広い平原の中を、たくさんの羊を連れ一人の少年が歩いている。
その少年は、村で飼い育てた羊を市場に売るよう母親に頼まれ、はるか異国の地をめざし旅をしていた。
のろのろ歩く羊の群れに併せ、少年も呑気に口笛を吹きながら足を運んでいるが、それは決して楽な道のりではない。
荒涼とした砂漠を進み、茫洋な大河を泳ぎ、急峻な尾根を渡って、旅は数日間にも及ぶ。それは時に、命の危険すら伴う過酷な行程だ。
なかでも最大の難所はオオカミの里で、市場への道中、どうしてもオオカミたちが生息する峠を通過しなければならない。
過去多くの村人がオオカミの襲撃に遇い、命からがら逃げ帰り、その都度大事な羊は奪われてきた。
羊飼いの少年は今回はじめてその峠を越えることになるのだが、母親からは、もしもオオカミに出会ったら絶対に歯向かってはダメ。とにかく羊は諦め、すぐに逃げるようきつく念を押されていた。
そして、いよいよ里に入った矢先、オオカミたちはまるで少年を待ち伏せしていたかのように道を塞いだ。
「おいっ、小僧!命が惜しけりゃ羊はすべて置いてゆけ!」
リーダー格のオオカミがいきなり恫喝した。
だが少年は、さして驚く様子も見せず、ニコニコして答えた。
「オオカミさん、僕にいい考えがあります。どうか僕の話を聞いて下さい」
「ん?いい話だと?──うーん、まあいいだろう。聞くだけ聞いてやろう」
オオカミたちはその度胸に免じ、話ぐらいは応じる余裕をみせると、少年は礼を言って得意気に話し始めた。
「もしここでオオカミさんたちが羊を襲えば、すぐに食べるものは無くなってしまいます。けれど僕がこのまま町に出向き、羊を売ればお金になります。お金になれば、たくさんの干し肉が買えるでしょう。これから厳しい冬に入り、食料の確保が難しくなる状況では、目先の羊より干し肉の方が勝手がいいのでは?」
少年の提案に、オオカミたちは膝を打った。
この少年を見逃すことで、労せずして干し肉にありつける。オオカミたちにとって、これは願ってもない話だ。
それに町に向かえば、帰りも必ずここを通るはずで、もしこの話が嘘なら只じゃ置かない。少年が我々を騙すとも考えにくい。オオカミたちは、喜んでその申し出を受け入れた。
こうして少年は、羊を一匹も失うことなく、オオカミの里を通り抜けることに成功した。
そうして町の市場に着くと、思った以上の高値で羊を売りさばくことができ、大金を手にした羊飼いの少年は、そのままファーストクラスに乗って無事ふるさとに帰っていった。