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98.宴のあと(1)

《エーリヒ・グリューネヴァルト》




「エーリヒ、早いな。今日は戻らないかと思ったぞ」


 ソファーで寛ぐジークヴァルトがにやりと笑う。隣のソファーでは、アルブレヒトがそんなジークヴァルトを見て笑みを漏らしている。

 先に戻ったジークヴァルトは執務を切り上げて、王城の自室でアルブレヒトと一杯やっていたようだ。この様子だと、どうせ二人で先ほどのことを酒の肴にしていたのだろう。趣味の悪いことだ。



「あの女は情報源ではなさそうでしたので」

「なんだそれは」

「情報源とは…?」

 エーリヒは折りたたまれた小さな紙片をジークヴァルトに手渡し、空いていた隣のソファーに座る。

「教会、子供、プロイセ…?」

 ジークヴァルトは紙片に書かれた内容を読み上げ、アルブレヒトに手渡した。アルブレヒトもそれを確認している。


「あれはアレクシオスの手の者です。主君がアドルフィーナの相手をしている最中、アレクシオスが匂わせてきたのですよ。情報の代わりに主君ごとあの陣営に入れという誘いでした」


 エーリヒはアレクシオスとの会話の詳細をジークヴァルト達に話した。




「エーリヒがプロイセを嗅ぎ回っていると勘違いしたわけだな」

「そのようです」

「つまり、プロイセに我らが求める教会の情報があると」

「その可能性はありそうです」


 教会の情報。シュタールで手に入れた、警備兵が持っていた指示のメモ書き。


『次の出荷、子供十人。女は適宜。子供は全て教会へ。女と見目のよい者は別に出荷。補充、急げ』



「なんだ…てっきり閨の誘いかと」

 ジークヴァルトはまたからかうようにエーリヒを見る。

「閨の誘いでしたよ」

「…………」

 ジークヴァルトとアルブレヒトが目を見合わせる。

「お前、断ってきたのか?」

「ええ。誘いに乗れば情報源なら何か話してくれるかとは思ったのですが……違うのなら行くだけ面倒臭そうですからね」


「…………」

 ジークヴァルトは頬杖をついた。そして一口果実酒を飲む。

「あれはなかなかいい女だったぞ」

「そうですね」

「……賢者だな、アル。いや、聖人か?」

 アルと呼ばれたアルブレヒトはふふっと声を漏らして笑っている。



「アドルフィーナもなかなか美人ですよ、主君」


 エーリヒはにこりと微笑んだ。するとジークヴァルトは心底嫌そうな顔をする。



「あれは…見た目はそうなのかもしれないが。だが……わかるだろ…」

「ええ。面倒臭いでしょうね」

「…………」

 ジークヴァルトはぐうの音もでないようだ。


「行けば行ったで何か得るものはあったのかもしれませんが。あのアレクシオスが親切心だけで情報をくれるとも思えませんし。寝首をかかれるということもあり得ますよ」

「…それもそうだな」

 ようやく理解を得られたようだ。




「それで、プロイセなのですが。あの日いなくなったヴェローニカを探すために領主の館の建物や敷地内、街中はほぼ探知魔法で探りましたが……何か怪しい所があったかというと思い当たりません。プロイセには小さな教会もありましたが、何かを隠せるような広い地下などもありませんでしたし。納屋ならありましたが、荷物だけで生命反応のような魔力もありませんでしたね」


「そんなことまで調べたのか?」

 二人はエーリヒを見ながら目を丸くする。

「あのときはヴェローニカが突然いなくなり、王太子側にさらわれたのかと思っていたので、どこかに囚われているのかと思ったのです」

「それは…大変だったな」


 だがあのときの苦労のおかげで街の隅々まで丁寧に探知した結果を参考にできる。それに、あれがなければこのプロイセの情報も手に入らなかっただろう。



「プロイセは歴史ある街だそうですから、地下や坑道などはないのですか?エーリヒがまだ調べていないような、旧市街地とか…」

 アルブレヒトがプロイセの街の地図を出してきた。

「地下……旧市街地…」

 そう言えば、プロイセは古都だから観光がどうとか誰かが言っていたな。


 プロイセ周辺地図を見ると、近くに旧市街地があった。ユリウスがいた場所、旧プロイセ城のある丘の新街道とは逆側のすぐ下である。


「もし旧市街地であれば少し範囲は広いですね。今は遺跡のような状態で、奥の方はスラム化していると聞きます。ここを捜索するのは骨が折れそうですね」

 アルブレヒトは地図を見ながら言った。



 だがユリウスがいたプロイセ城の近くであれば、人間達が近づいて奴隷の子供達を集めだすなどすれば、ユリウスが排除したはずだ。あいつの気性からすると、自分のテリトリーをそんな理由で荒らす奴らを生かしておくわけがない。


 ユリウスはエーリヒのように探知魔法は使わないようだが、魔素の乱れには敏感だ。短期間ならまだしも、長期間人間が複数人出入りするなら気づくはず。

 それともやつの守っていた範囲は城だけだったか。

 帰ったら一度確認するか。

 いや…やはりこの後すぐコンラートに確認させよう。



 エーリヒはプロイセ城から離れた場所も見る。少し離れた場所に小さな湖があった。そのほとりに何かの跡がある。

「ここは…?」

「ここは昔の教会跡地……祈りの場のようですね」

 エーリヒが指摘した場所をアルブレヒトが読み解く。

「教会…」


「旧市街地からもプロイセからも少し距離がありますし、湖のほとりまでの道のりも街道からは離れていますから、今は誰も近づかないでしょう。…用事がなければ」

 そう言ってアルブレヒトはエーリヒを見た。

「調べる必要がありますね」

 エーリヒが呟く。



「頼めるか、エーリヒ」

「ですが本当にプロイセに何かがあるとするのなら、エーリヒがプロイセを探っていると思ったのはアレクシオスだけではないでしょう。あそこは王太子の勢力下なのです。エーリヒだけでは危険ではないですか、閣下?」

 アルブレヒトはジークヴァルトに訴える。

「それに、彼らも警戒しているでしょう。その後のシュタールでの件もありましたから」


「ふむ。もしかしたらすでに痕跡を消されている可能性もあるな」

「ですが逆にプロイセを素通りしたからこそ、油断しているかもしれませんよ」

 エーリヒはニヤリと微笑んだ。

「そういう考え方もあるか…」

 ジークヴァルトは顎に手を添え思案する。



「プロイセには入らずにまずは直接そこへ向かってみましょう。やつらの耳目に触れないように。当てが外れたときはまた、探知魔法で旧市街地をしらみつぶしにしますよ」

「お前にしかできない芸当だな」

 ジークヴァルトは苦笑する。


「頼りになる者を連れて行け、誰でも貸すぞ」

「いえ。主君の守りも固めねば。私の不在を狙われては困ります。やつらは追い詰められているのですから。私は自分の護衛騎士で十分ですよ。アルブレヒト、主君を頼みましたよ」

「もちろんです、エーリヒ」




◆◆◆◆◆◆




「そろそろおやすみになりますか?ヴェローニカ様」


 一階の応接室で食後のお茶をしながら、今日の料理実験の話を皆でしていた。

 膝の上で黒猫がゴロゴロ喉をならしながら寛いでいる背中を優しくなでていると、ソファーに座っていた私にヘリガが声をかけてきた。


 隣に座るユリウスを見る。今日も大丈夫そうだ。

 ここは魔素が薄いというから心配していたけれど。でも早くご飯を食べさせてあげたいし、そろそろ血のことを言ってみよう。ふたりきりのときにしか言えないから、もう明日かな。



「そうね。じゃあそろそろ――」


 するとエントランスの方が騒がしくなる。

「あら?エーリヒ様がおかえりになったのかしら?今日は早いですね、ヴェローニカ様」

 リオニーがそわそわした様子でエントランスを見てくると応接室を出ていく。



 エーリヒに会うのは本当に久しぶりだ。ここ一週間以上、眠っているところしか見ていない。

 わずかに緊張して待っていると、入ってきたのはリーンハルトとディーターであった。

 エーリヒはまだ王城のようだ。

 少し残念には思ったが仕方のないことだ。それよりもあまりにも忙しいようだし、体を壊さないと良いのだけれど。



「「ヴェローニカ様、ただいま戻りました」」

 リーンハルトが畏まり、ディーターは屈託なく笑う。

「ええ。おかえりなさい、リーンハルト、ディーター」

 応接室に入ってきた二人を笑顔で迎えると、ディーターがため息を漏らした。

「はぁ。なんか、癒される…」

 リーンハルトがディーターを横目で見て、苦笑いをするように口元を緩める。リーンハルトはよくそんな表情をするのだが、ディーターを憎めないなと思っているのだろう。



「リーンハルト、エーリヒ様は?」

 ヘリガがきびきびとした態度で尋ねる。ディーターに尋ねないところがヘリガらしい。

「エーリヒ様はまだ王城だ。今夜はアレクシオス殿下の宴にジークヴァルト様と出席されていたから、…まあ、遅く、なるだろう…」

「アレクシオス殿下って…、まさかエーリヒ様を置いて戻ったの?」

「いや、宴は…終わった、というか。もう退出したから、大丈夫だ。…心配はない」

 ヘリガの剣幕に少々狼狽えながらリーンハルトは歯切れ悪く答える。


「なんなのよ、それならそう言ってよ。じゃあまだ執務中なの?護衛だけ帰したってことは今日も王城でお泊まりなのね?…たまには早く帰ってこちらでゆっくり身体を休めればいいのに…」

 ヘリガはちらりと私を見た。

 エーリヒの身体の心配と、私への気遣いだろう。エーリヒがここへ戻り王城に勤めだしてからというもの、ずっとまともに会ってはいないから。



「宴は途中退出したんだけどね、帰りにエーリヒ様を待ち伏せしてた女がいてさ。ジークヴァルト様が気を利かせてくれて、俺達だけ先に帰ってきたんだ。エーリヒ様はその女の手にキスしてたし、抱きつかれてたから…あれはあのまま今夜はこっちには戻らないね。いい女だったよなぁ…ね?リーン」


「ばっ!ディーター…」

 ニヤニヤしながら話すディーターにリーンハルトは慌てふためく。だがディーターはそれを意に介さないようだ。



「どこの令嬢かなぁ。エーリヒ様の場合、会場で声を掛けても護衛中だからってみんな断るんだけど、それ知ってて回廊で待ち伏せてたんだろうね、きっと。エーリヒ様も抱きつかれても嫌がる素振りはなかったし。顔見知りだったのかもな、あれ。俺だったらあたふたしちゃうよ、初めて会う美女にあんなことされたら。いやぁ、手慣れてるよね。やっぱエーリヒ様は違うわ」


「「…………」」

 ディーターの発言にその場が沈黙する。



「姫、そろそろ寝よう」

 ユリウスが私を抱き上げた。ひざの上の猫が起き上がってトタンと床に下りる。

「ディーター…」

 退出する際にリーンハルトの責めるような小声が聞こえた。


「え?でもエーリヒ様がモテるのなんていつものことでしょ。あんないい女に誘われたら男は行くよね…あ、ごめん。子供に聞かせることじゃなかったか」

 パタンと扉が閉まり、あとは聞こえなくなった。




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