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96.第二王子アレクシオスの宴(2)

挿絵(By みてみん)




《エーリヒ・グリューネヴァルト》




「もう、お兄様もうるさいわね。いいでしょ、私はジークに会いに来ただけなの」

「おい、アドルフィーナ」


 向こうから言い争いながら第二王子アレクシオスとその側近達、そして第一王女アドルフィーナとその側近達の大所帯がやってくる。

 その華やかな一団は、さらに華やかなジークヴァルトとリュディガーの前で止まった。王族達を前にジークヴァルトらは畏まる。


 今夜のアドルフィーナの装いは、第一王女らしく会場で最も目を奪うほど艶やかであり華美な深紅のドレスだ。その様相からは彼女の芯の強さが窺え、大胆に露出したオフショルダーの肩周りも魔導シャンデリアの灯りに照らされた肌が艶めかしい。その白い肌に豪華な首飾りが綺羅びやかさを添えていた。



「久しぶりね、ジーク。もう。お兄様の宴に出るなら教えてくれても良かったでしょ?会いたかったわ。…あなたもそうでしょ?」

 金色の美しい長髪をさらりと後ろに払い、ついと首を傾げて小悪魔的に微笑む。尊大な態度で言い放たれるアドルフィーナの大胆な発言に、周りで見守っている貴族達はざわめいている。


「やはりアドルフィーナ殿下は…」

「このままリーデルシュタイン伯爵を射止められたら大変なことにならないか…」

 ざわざわとした喧噪の中からもちらほらと聞こえてくる貴族達の会話。



「私達はそのような間柄ではない。誤解を招くようなことは控えてはいただけませんか、殿下」

 対するジークヴァルトも涼やかな笑顔でそう言った。王女に対してなかなか辛辣な返しである。

「…え…?」


 それには見守っていた貴族達だけでなく、アドルフィーナも少し驚いたようだ。オレンジ色の瞳を意外そうに丸くしている。

 いつもは機嫌を損ねないようにジークヴァルトが当たり障りなく接していることを知っているアレクシオスも、美しい青眼を見張っている。

 アレクシオスは王位継承権を持つ者として、同じく王位継承権を持つアドルフィーナが従弟の有力貴族であるジークヴァルトと懇意になることを警戒しているのだから、当然の反応だ。



「どうしたの、ジーク?そんな言い方。いつもならもっと優しいのに。それに殿下だなんて、よそよそしいわ」

「いくら従兄妹といえども、身分を弁えませんと。…先ほども身分を弁えない者がいたので、少々考えを改めたところです」

「身分を弁えない者…?」

 アドルフィーナは眉根を寄せて周りを見渡した。すると、誰かがすっと目を逸らしたのに気づいたようだ。


「ああ…アレね。最近ジークにしつこくまとわりついてるって聞いたわ。…そう。アレに煩わされて今日は機嫌が悪いのね。可哀想なジーク……伯爵令嬢ごときで、本当に身の程知らずな女ね…」



 アドルフィーナの声は低くなり、それは嗜虐的な響きを含んでいた。標的となった件の伯爵令嬢は俯き、青褪めて、今にも倒れそうな様子だ。アドルフィーナが学院時代にジークヴァルトに言い寄る令嬢達を休学や退学に追い込んでいたことを知っているのだろう。今夜は第二王子の宴と油断していたようだ。

 ジークヴァルトは意図的に矛先を反らしたようである。それにはエーリヒも感心した。


「でも、一曲くらいは踊ってくれるでしょう?あの子は私があとで教育しておくから」

 アドルフィーナがジークヴァルトに妖艶に微笑んだ。

「…………」

 教育という名の制裁か。

 ジークヴァルトはダンス一曲で先ほどの失礼な女を今後牽制できる価値を測っているようである。

 ここで断ったとしても、失礼女は少しはおとなしくなるだろうが、それはそれでアドルフィーナがうるさかろう。



「では、一曲だけ…」

「うふふ。そうこなくちゃ」


 アドルフィーナは嬉しそうにジークヴァルトに手の甲を向けて白い腕を伸ばす。その指先は艶かしくジークヴァルトへ向けて伸ばされ、彼がその手を取ることを微塵も疑わない気位の高さを思わせる素振りだ。

 ジークヴァルトは手にしていたグラスを給仕の使用人に預け、その手をとって広間の中央に向かう。


 エーリヒからするとそれは、己の主君が特段敬意を払っているようには見えないのだが、普段からの振る舞いの優美さがそつなく王女をエスコートしているように映る。周囲にはお似合いの二人に見えていることだろう。


 身分の高い二人がダンスに向かうと、それまで踊っていた者達が中央を避けていく。

 そして王女と伯爵のダンスが始まった。




 今宵の舞台の中心で、優雅に踊る二人をアレクシオスは少し不機嫌そうに眺めていたが。


「エーリヒ。最近王都を出ていたんだって?」

 しかめた顔のままこちらに近づいてきて話しかけてきた。

 アレクシオスとエーリヒの周りに、アレクシオスの側近達が守りを固めるように立ちはだかり、遮音の魔導具を使うのが見えた。



 エーリヒとアレクシオスは同い年である。…世間的には。

 ちなみにエーリヒは貴族学院の過程を全て飛び級で修めているので、特に二人の同学年の思い出などない。あるのはアレクシオスの歪んだ劣等感と、この神童と呼ばれた同学年の逸材が自分の側近にはならなかったという屈辱感。

 そのせいでエーリヒは今まで彼の引き起こす厄介事に幾度となく巻き込まれてきた。という腐れ縁とも言うべき二人である。



「ええ。国境沿いに魔獣が増えていると聞きまして、調査の一環で出ておりました」

「そうなのか。そう言えば北部国境周辺に近年なかった魔獣の討伐依頼が上がっていると言っていたか…」

 アレクシオスは口元に手を当てて思案するように独りごちた。


「だが、シュタールの件にはそなたが噛んでいるとも聞いたぞ」

「あれは帰りの道中に巻き込まれたのですよ。おかげで旅程が狂って帰りが遅くなり、いい迷惑でした」

「ははっ。…だがそのお陰で兄上の…。いや…」

 そのお陰で王太子に打撃を与えられたと喜んでいるのだろう。だが自陣営の者以外に言うことではない。軽率だ。



「そう言えば…プロイセでは何か捜し物をしていたようだが…見つかったのか?」

「おや。あそこは王太子殿下の御膝元と思っていたのですが、さすが王子殿下ですね。何か耳目があるようだ」

「…ふん。…本当にお前は小賢しい…」

 アレクシオスは腕を組む。視線はまだジークヴァルトとアドルフィーナにある。

「まあ、いい。…だが、それ以上首を突っ込まない方がいい」

 アレクシオスの口調が変わる。



「いくらお前でも命に関わるぞ」



 何の話だ。エーリヒは思った。

 首を突っ込む…?プロイセでの捜し物の話ではなかったのか。探られると不味いものでもあるようだな。


「お前の命などどうということはないがな。…だがまあ…今からでも私のもとにくるなら詳しく教えてやっても良い。私は兄上とは違って、さほど狭量ではないつもりだ」


 よく言う。過去にあれほど嫌がらせをしておいて、どの口が言うのか。



「私の主君は…ジークヴァルト様なのですよ、殿下」

「そんなことはわかっている。…だが、あやつはどうするつもりだ?兄上につくのか?それとも、あれと婚姻を?…あのように踊る姿は似合いではあるが、あやつが妹を好いてはいないことなど見ていればわかる」

「政略結婚など高位貴族としては当然のことでは?意外にもくだらないことを言うのですね」

 エーリヒはアレクシオスに微笑んで見せた。


「…本当に腹の立つ奴だ…」

 チッとアレクシオスは舌打ちした。

「…何が望みだ?」

「……望み、とは?」

「アドルフィーナと本気で婚姻したいわけでもなかろう。…私につけばいい。お前の主君ごと。お前達が有能なのはわかっている。…次世代の政に使ってやるぞ」



 “次世代の政”とは。なかなか踏み込んできたな。焦りでもあるのか。


「……本気で王太子に勝てると?」

「そのつもりだ」

「それでは王陛下も敵に回すのでは?それに、王太子よりも手強いのは王妃の勢力でしょう。殿下もそう思っているのでは?」

「…あの女か。…文字通りの毒婦めが…」




 王妃を毒婦呼ばわりとは。まあ…否定はすまい。あの女は本当に毒を使う。それでこれまで王の愛妾達をことごとく始末してきた。

 そして、エーリヒの母もまた、その毒に倒れたのだ。

 幸い、水魔法の巧みな使い手であった母オリーヴィアは、自らで体内の毒素を処理し、その早い処置のおかげで命を取り留めることができた。

 だが健康を害して臥せったことは事実だ。それを機に、罹患を理由にして強制されていた第四王子の護衛騎士を辞任し、侯爵領に療養の名目で下がることが許された。



 当時まだ若かりし王子だったコンスタンティンはきっと、お気に入りのオリーヴィアに王子妃が嫉妬で毒を盛ったことは知っていただろう。だが王子妃――今の王妃の実家であるハインミュラー公爵家を恐れていては、強く出ることなどできない。


 その頃のコンスタンティンはまだ王ではなく、しかも王太子でもなく、実母の後ろ盾も弱いただの第四王子だった。だがコンスタンティンは継承権が低いながらも、とても美しい王子だった。それを見初めたのがエリーザベト・ハインミュラー公爵令嬢だ。何の力もなく美貌だけが武器の第四王子コンスタンティンが、王子妃の実家のハインミュラー家門の力に逆らえる訳がない。

 その上そもそもエーリヒの母オリーヴィアは、すでに人妻で、侯爵夫人だったのだから。



 魔法に長けたオリーヴィアは学院卒業後は魔術師団に所属し、第一線で活躍。侯爵と婚姻後は長男次男を候爵領で出産して暮らしていたが、長男が学院入学の時期に王都に戻り、魔術師団で副官をしていた。


 だが年上のオリーヴィアの美しさに目をつけたコンスタンティンは、強引に自身の親衛として魔術師団から引き抜いて側に置き、無理矢理にも愛妾としたのだ。だがそれがエリーザベトに知られ、毒を盛られることになった。それにより侯爵にまでも事が露見したのだ。

 その頃爵位を継いだばかりの候爵は、すでにほぼ候爵領での公務を行っていたが、本格的に王都から自領へと移り始めた時期だった。



 そのようなことは、今もなお続いているらしい。社交界では色狂いの王だと評判だ。だが一方で、今だに若さと美貌を保つ王の誘いを望む女達もいる。

 若い頃からそんな奔放な王だ。愛ゆえか執着ゆえか、嫉妬深い王妃が毒を盛らねば、きっと今頃はエーリヒの腹違いの兄弟姉妹はたくさんいたことだろう。



 毒を盛られたことでオリーヴィアは再三の護衛騎士辞退の申し入れをようやく受け入れられて侯爵のいる自領へ戻り、心の傷を癒やして安寧の日々を取り戻せるはずであった。だがそんな折に妊娠が発覚し、その後密かに出産をする。それがエーリヒである。エーリヒの誕生は出生記録をずらして改ざんされている。



 エリーザベトのせいでオリーヴィアを失ったコンスタンティンは今度は新たな側妃を迎えた。ハインミュラー公爵令嬢であった王子妃と、ケンプフェルト公爵令嬢であった第一側妃がすでにいたのにも関わらずだ。それが当時エルツベルガー侯爵令嬢であった現在の第二側妃、アレクシオスの母である。

 それ故、実際はアレクシオスよりもエーリヒの方が一つ年上となる。




「ハインミュラーのことも策はある。…これ以上を聞きたければお前の主にもそれなりのものは要求したいところだな」

「何の確証もないその話を判断材料とするには少し弱い気もするのですが…」

「なんだと?」

「エーリヒ卿。黙って聞いていればアレクシオス殿下に対し、無礼が過ぎるぞ!」

 アレクシオスの側近が気炎を上げた。


「無礼ですか…。己と主君の進退を決めるのに遠慮などはしていられませんからね。判断しかねるのであれば主君に提案などできるはずもありませんよ」

「貴様…!」



 側近達が熱くなったところで、ジークヴァルトのダンスが終わり、戻ってくるのが見えた。

「どうやら時間切れのようです」

 エーリヒはわざとアレクシオスをひたと見つめた。

 こいつは何か情報を持っている。

 アレクシオスの表情を見逃さないようにしていると、やはりその瑠璃色の瞳の奥に焦りが見える。




◆追記◆


画像はアドルフィーナのイメージ

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